Dialogue Crystallization

雪の森. 2026 2/11

ゆうみ
2026年8月7日

標高1500mまで上がると、雨から雪に変わった。日常から離れて、私たちは自然に着地。新雪の森へ入る——

標高1500mまで上がると、雨から雪に変わった。
日常から離れて、私たちは自然に着地。

新雪の森へ入る。
参加者は、ガイド・マサの位置を時々確認して、
自分のペースで好きな雪原を歩く。
ふっと目が合う木があれば、早足で、その木に歩みより、
感性のままに自然にふれあってゆく。

マサがゆるやかにフォールドしている境界のなかで、
大人も子どももしぜんに素になって、自由な心地になれるのは、
彼がこれまで高めてきた山との共振が伝わるからだろう。

雪の森を歩く

雪をそりに積んで、歩く子がいる。
大人からしたら、非効率なことをして無駄に疲れてしまうじゃない!と言いたくなるのだけれど、子どもは試行錯誤して雪運びに真剣。遊びの主人公は子どもなのだから、好きなように、なんでもやってみるのがいい。

「お母さん、ぼく疲れちゃったよ。」
「お母さんも頑張ってるー。」
「休憩の時におやつを食べようね」

子どもを励まし、気を紛らわし、
言葉のキャッチボールをして雪のせかいを歩いていく。
自然に包まれている心地、自分に向き合ってくれる人の存在。何気ない道中にかけがえない時が紡がれていく。

湿っぽい雪は冷たくて、身体から体温が奪われていくのが子どもでもわかる。
スタッフの呼びかけで、森の斜面で雪遊びが始まった。

スコップで雪のジャンプ台を作る人、滑る人、雪だるまを作る人。
自分の思うままに、雪に戯れて遊んでいる。

大人が集まると、お仕事や居住地を聞いてみたり、子育ての悩み事などを聞き出す人がいる。
FOSに集う人は、自然が恋しかったり、生命の充電にくるという明確な目的があり、
それぞれの人が自然とコンタクトをとる場を尊重している雰囲気がいいなーと思っている。


雪の斜面を登り下りを繰り返すそり滑りは結構ハードな運動になる。
時間を気にせず遊んでいたいけれど、歩いて車まで戻ることも考えて下山を呼びかける。

自然を舞台に動いている時には、時計の時刻に合わせるのではなくて、今、動いている身体が次の行動へしぜんに移行していくイメージを伝えていく。「10分後にそろそろ出発しまーす」
時を間にして提案する。私たちは全体を見ながら、準備に手が必要な人がいればさりげなく横についてみる。それは歩く時も同じで、なにか教えるのではなく、隣で歩いて、リズムやテンションを上げたり、集団を時間でコントロールするのではなく、個々の人の波長と繋がりながら、全体をコーディネートしていく。

午後になり雪面が沈み歩き難く、ウェアーもびしょ濡れ。
子どものテンションが急激に下がってしまった。

「ぼく、もう疲れちゃったよ。頭が痛い。」

急に電池切れで、疲れて暗い表情でつぶやく子どもを見ると、
母も心配になり、子どもに甘い言葉をかけて、子どもの行動を止めてしまう。
ここは動かないと! 身体が止まってしまうと、ゴールがもっと遠くなる。
「止まると冷えて動けなくなるよ。ここは頑張って歩こう!」きっぱり伝える。
黙々とただ身体を前に前に運んでいく子の後ろで、その子の動きをみてサポートする。

「やったー! 道路にでたー!」

ママも子もゴールに辿り着いた気持ちは達成感というより安堵感。
宙に浮いていたような歩きを終えて、いま、生きている。
静かな実態感覚をほっ〜と安堵感として感じられたことだろう。

車に戻り、乾いた靴下や衣類に着替えて、
日常へと戻る意識に切り替えていく。

御殿場駅に着くと、雪は雨に変わる。
生命力の溢れる自然から、
灰色の固いコンクリート社会へと戻ってきた。
帰ってきちゃったなーと寂しい気持ちと、日常への安心感もある。
私たちは、社会と自然とを行き来しながら生きている。

自然のなかにいる時、
私たちは生き物である感覚が優位にはたらく。
雪山を歩き通せた経験は、
きっといつか、自らの生命が発動する時に、
蘇るように生命力が働きだすことだろう。

自然の摂理にふれる体験をしたい。
自分に内在する生命にふれることができるから。


コースを終えた翌日、参加者からメールが入る。
「雪の富士山、森の静けさや、降り積もる雪の美しさを存分に感じることができました。心地よい疲労感がありますが、子どもは、朝から清々しく元気で、珍しく自分で起きて、朝ごはんをおかわりして、ご機嫌で登校しました。」

清々しく元気で、ご機嫌なボク。
生命本来の働きにスイッチが入る。
それはとっても気持ちいい!
本体としての自分なのかもしれない。

自分の生命が喜ぶことをしたい。
自然に入った時に、澄んだ感覚に調っていく辺り。
自然にゆだねて、静かに待ってみよう。

※一昨日、書いていた原稿ですが、昨日、編集塾3回目のセッションの後、描き添えてみました。
みなさんの言葉を聞いて、私になにか注がれています。

人は体験したことを話したがるけれど、その体験ではなく、コア・わたしの根っこにあるもの。
感覚でつかんだものは伝えたくなる。
わたしを生かしている生命本体からの呼び声を、身体を澄ませて待ってみるってことなのか。
美しいモットーではなく、スローガンでもなく、、、。
自分に向き合っている人の存在は励ましになりますね。ありがとう。
2/20 金曜日

#雪の森#自然#生命#FOS

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