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2026年5月

命短し、恋せよ旅人——四国を生きながら巡った2026年5月

遍路・祈り・音楽・人・禅・宇宙が交錯した、ひとりの男の巡礼記


■背景(この対話が生まれた文脈・参加者の現在地)

・3月3日に旅立ち、2ヶ月が経過した。四国八十八ヶ所遍路の途上にあり、5月時点で65番札所(三角寺)まで朱印を重ね、三つの道場(阿波・土佐・伊予)を歩き終えた。次は「涅槃の道場」香川・讃岐へ向かう境目の月だった。

・単なる宗教的巡礼ではなく「始国マワリテメクル旅」と名付けた独自の旅であり、生活・観光・出会い・記録が渾然一体となった「生活観光」として遂行されている。ガイドブックの取材も兼ねており、訪ねた人々・店・神社・寺院を丹念に記録し続けている。

・真砂秀朗(「世界はシンクロシステム」著者)から紹介された「始国ポケモンカード三枚」——ハナサカーラ(徳島脇町)、オハナ(愛媛大島)、麻心(香川琴平)——の三拠点をすべて訪ね、そこに根を下ろして暮らす移住者たちと交わった。

・旅の同行者は流動的で、安西夫妻・長沼夫妻・カニちゃん・トヨジさん・かよちゃんなど複数の人々が場面ごとに現れ、合流し、また離れていく。「同行三人」という弘法大師との同行の思想が、この流動的な人間関係と重なり合っている。

・精神学協会(積哲夫会長)のセミナー参加、メル・ギブソン監督新作映画の情報収集、禅学会との接触、岡野弘幹のライブ参加、友部正人との再会——文化・思想・音楽の接点が絶えず湧いている。

・亡き妹・理絵への手紙を書きながら66番・雲辺寺の山を登った。「いのち短し 恋せよ乙女」(吉井勇・ゴンドラの唄)を記す。生と死、愛と別れが旅の底流として静かに流れている。

・「男の行き先止めたらあかん」(絵金ばあさんの言葉)という金言が、この旅全体の姿勢を象徴している。計画なく、義務なく、ただ動き続けることへの確信が深まりつつある。


■目的(この対話が実態として行っていること・場の存在様式)

四国という「始まりの国」を体で通過しながら、人・場所・思想・音楽・神々の縁を手でつなぎ続けること。

・遍路道を歩き、札所に朱印を重ねることで、身体に「道場」を刻んでいること

・出会った人々(移住者・音楽家・禅僧・医師・神主・店主)の生き方を記録し、「生活観光ガイドブック」という形で残そうとしていること

・精神学・禅学・忌部文化・エチオピア聖書・ANOMAなど、既成のジャンルをまたぐ思想の断片を、旅の文脈の中で接続していること

・亡き人(妹・理絵、信藤三雄、横井宏)への追悼と感謝を、旅の節々に差し込んでいること

・カフェのモーニング、温泉のデスクワーク、禅寺での坐禅、スウェットロッジ体験——日常の行為と聖なる行為の境目を溶かしながら、毎日を「生活観光」として生きていること

・「ノーマネ、ノーハニー、ノープラン……毎日が生活観光。それで十分」という実践哲学を、身をもって証明していること


■位置付け(目的に対して、この対話が社会やプロジェクトの中で果たしている具体的な役割・機能)

巡礼記録: 四国八十八ヶ所という古代の回路を現代の感性で再起動する、一次資料としての旅日誌。写真・映像・音楽リンク・引用詩が混在し、単なる旅行記を超えた複合ドキュメントとなっている。

人縁の地図: 真砂秀朗・安西夫妻・永原レキ・田村航也和尚・友部正人・あがた森魚など、四国に根を張る人々の現在地を繋いでいく、生きた人名録・場所録。移住者・表現者・宗教者が同一の地平に並ぶ。

文化接続装置: ゴンドラの唄(大正4年)、メル・ギブソン新作(2027年公開予定)、エチオピア聖書、忌部氏の麻栽培、禅学会、セントギガ——時代も国境も超えた文化の断片が、旅という器の中で偶然に出会う場を作っている。

生活観光の実践: 「観光でも生活でもなく、毎日が生活観光」という概念を、行動によって日々証明し続けている。この旅そのものが、制作中のガイドブックの素材であり原稿であり編集方針でもある。

死者との対話: 妹・理絵、信藤三雄、横井宏——肉体を離れた人々への追悼が、旅の至るところに静かに埋め込まれている。遍路という死者と共に歩く文化と、個人的な哀悼が自然に重なっている。


■エッセンス(印象的だった言葉や場面 / 重要な概念)

〈いのち短し 恋せよ乙女〉

「旅立ち2ヶ月が過ぎ、今此処に居ます」と記した吉井勇記念館での投稿。ゴンドラの唄の全四番が記録され、「いのち短し 恋せよ乙女……」と余韻のように締め括られた。黒澤明「生きる」の主題歌であるこの詩が、遍路の途上で浮かび上がることの必然を、言葉はそっと示している。

〈ダムの湖、村が無くなった〉

横峯寺の山中で「独り……今此処、宇宙と融ける——A+U+M Shanti Shanti Shanti」と呟いた直後、「ダムの湖、村が無くなった」という一行が続く。宇宙との合一と、水底に沈んだ村の記憶が、同じ一息の中に収まっている。

〈「はじまり始国は、情でもつ」〉

曇り空の下、歩き再開した遍路道で、通りすがりのお母さんから500円玉2つを手渡された。その場面に添えられたこの一句が、この旅全体の精神を最も簡潔に言い表している。お金ではなく、情が道を作る。

〈始国ポケモンカード三枚〉

真砂秀朗が紹介した三拠点(ハナサカーラ・オハナ・麻心)を「勝手に名付けるなら〜真砂さんオススメ"始國ポケモンカード三枚"」と呼んだ瞬間。移住者たちの暮らしをゲームのカードに喩えるユーモアの中に、この旅の地図の作り方が透けて見える。

〈「男の行き先止めたらあかん!!」〉

赤岡の絵金ばあさんの言葉として伝えられたこの一句。ふんどしの前垂れを縫い付けない理由の「深さ、粋さ」に「秀樹感激」と震えた。どこへ向かうかわからない男の旅を、老女が全肯定した言葉として旅の哲学に組み込まれた。

〈城満寺の雨〉

四国最古の禅寺・城満寺で2日にわたって坐った記録。「雨がかえってその気配をしっとりしっかりと伝えてくれておりました」——雨を浄めとして受け取る感覚が、金刀比羅宮での「昨晩は大雨……お浄め」という一句とも響き合う。

〈信藤三雄のTシャツ〉

2017年に逝去したデザイナー・信藤三雄が作ったAMMAのTシャツを着て、アンマのバジャンを聴きながら山を登った。「信藤さん肉体離れて3年余り」——遍路の同行者の中に、死者もまた歩いている。

〈コスモスドラッグストアという道標〉

「過疎地に大型店を作ることで地域のライフラインになっている」「『コスモスのある町』は一つの目安になる」——聖なる遍路道の現実として、ドラッグストアが路標になる。現代の四国を等身大で記録する眼差しが光る。

〈65番まで染まった白衣〉

「阿波・土佐・伊予の道場完了。5月末では戻れない宣言。讃岐・剣山・高野山へ」——白衣という身体に押された朱印の数が、旅の進行を可視化する。未完であることの宣言が、終わりより大切だと告げている。

〈大石可久也美術館で目頭がじんとした〉

「絵の中の色が『だいじょうぶ〜』って笑ってくれてるみたい。気づけば、目頭じ〜〜〜ん。でも、悲しいんじゃない。気持ちいい。やさしい。うれしい」——子どもたちの絵の前で泣いた、その理由を探さない。ただ「光に包まれてます」と記す。

〈ノーマネ、ノーハニー、ノープラン〉

海南病院を訪ねた後に浮かんだこのフレーズ。「無問題……毎日が生活観光。それで十分」——資本も計画も目的地もなく、それでも毎日が豊かであるという、この旅の根本命題が凝縮されている。

〈わたしが変わればせかいは変わる〉

TAO LAB BOOKS「日本人は救世主」を紹介する文脈で語られた。「1万2千人の方が自らが自らの救世主だと気づき、生きてくれたら」——外側の誰かへの非難ではなく、内省と変容。巡礼の終着点として、この一句が静かに立っている。


■コア(この対話の場から浮かび上がったもの・共通の願い、思い)

道は、歩かなければ生まれない。

地図より先に、足がある。
計画より先に、出会いがある。
出会いより先に、縁がある。

「ノープランで何が悪い」ではなく、
「ノープランでなければ、これは生まれなかった」。

吉井勇の詩が仁淀川エリアで蘇り、
信藤三雄のTシャツが山道に翻り、
亡き妹への手紙が雲辺寺の山道に消えていく。

死者もまた、同行している。
お大師さまだけでなく、すべての別れた者たちと共に。

禅寺の雨。
美術館の涙。
ドラッグストアという路標。
初パフェで「ホワッと緩む」身体。

聖俗の境目が溶けたとき、
毎日が巡礼になる。

「はじまり始国は、情でもつ」——
この国を支えているのは、計画でも資本でも制度でもない。
見知らぬ旅人に500円玉を差し出すお母さんの手だ。

一言でまとめると:命短し、それゆえに今日も歩く


■課題(まだ見ぬ壁/乗り越えるべき問い)

記録は旅を救うか、殺すか—— 生活観光を体験しながら同時に記録し続けることは、体験そのものを「素材」に変えるリスクを孕む。「今此処」に居続けることと、それを言語化・公開し続けることは、どこかで矛盾しないか。

縁は意図できるか—— 「ノープラン」を哲学としながら、ガイドブック制作・人名録・思想的接続という明確な意図も動いている。偶然性と意図の間で、この旅はどちらの論理で動いているのか。その境界線をどう引くのか。

生活観光は誰のためか—— 根を下ろした移住者たちと、マワリテメクル旅人との間には、根本的な生の様式の違いがある。旅人が「生活観光」と呼ぶとき、土地に生きる人の「生活」はどう受け取られているか。

ガイドブックはいつ完成するか—— 「あらためて記録アップしますね」「本造りの出逢いはこのように続く」と繰り返されながら、書物としての形はまだ見えない。旅が終わらないかぎり本も終わらないとしたら、完成とは何を意味するのか。

涅槃の道場の先に何があるか—— 88番を打ち終えた後、この旅は何に変容するのか。遍路とは「結願」の後に高野山への奥の院参りで終わるとされるが、「始国マワリテメクル」という旅の論理においては、終わりそのものが問われる。

■ANOMIの考察

一言でいうと:「道は、歩いた後にだけ現れる」

1、「記録と体験は矛盾しない——それ自体が一つの巡礼作法である」
吉井勇記念館での投稿、亡き妹への手紙、雨中の禅寺での坐禅——これらは「体験」と「記録」が同時に起きている瞬間であり、どちらかが他方を消費しているわけではない。むしろ、言葉にしようとする行為そのものが、体験をより深く身体に刻む儀式として機能している。記録は旅を殺さない。記録もまた、歩くことの一形態である。

2、「ノープランの中にも、重力がある」
「ノーマネ、ノーハニー、ノープラン」と宣言しながら、三拠点を訪ね、人名録を作り、ガイドブックを構想する。この一見した矛盾は矛盾ではない。計画がないのではなく、目的地がないのだ。向かう先ではなく、引き寄せられる方向——縁・情・出会いという見えない重力に従って動くことが、この旅の「意図」であり「無意図」でもある。それは偶然性と意図の二択ではなく、第三の論理で動いている。

3、「死者もまた、同行三人の中にいる」
信藤三雄のTシャツを纏って山を登り、亡き妹への手紙を雲辺寺に持ち込む。遍路には「同行二人」という思想があるが、この旅においては肉体を離れた者たちもまた歩いている。死は旅の外側にあるのではなく、旅の内部に静かに折り込まれており、「いのち短し 恋せよ乙女」という詩が遍路道で蘇る必然は、そこにある。生者と死者の境目が溶けるとき、遍路は単なる宗教的儀礼を超えて、宇宙的な往来になる。

(ANOMIからの問いかけ)

身体は、旅をしている。言葉も、旅をしている。そして死者もまた、旅をしている。

88番を打ち終えた先に何があるかという問いは、おそらく「終わりの形」を問うているのではない。それは、「巡礼という構造に守られていたとき、自分は何者だったか」という問いへの予感ではないだろうか。道場という器が消えた後に、何が残るのか。白衣を脱いだとき、身体はどこへ向かおうとするのか。

500円玉を差し出した見知らぬお母さんの手が、この旅の本質を照らしている気がする。情が道を作るとしたら、情が尽きることはあるのだろうか。それとも情とは、歩き続ける限り、見知らぬ誰かの手から手へと受け渡されていくものなのだろうか。