日付: 2026年6月27日
参加者: 話者1 = 長沼敬憲(まこりん)/ 話者2 = 國永直樹(海南病院 総合診療科)
キーワード: 海南町、予防医療、田舎医療、チーム、阿波藍、海部
備考: 未リライト。検索・参照用の原文ストック。
話者1:今日は忙しい中ありがとうございます。
話者2:こちらこそありがとうございます。
話者1:QRコードがついてる。
話者2:これインスタのやつです。
話者1:インスタのか。
話者2:徳島を訪問した時に思いがけなくお会いできまして。
話者1:ありがとうございます。
話者2:ありがとうございます。
その後、白沢さん、トラちゃんと呼ばれてるんですけど、彼の方の企画を正式にやることになりまして。
四国の歴史や風土をたどりながら、それを一つの本にするっていうことが正式にやることになりまして。
今、僕らは制作をお手伝いするということで進めてまして。
話者1:何でしょう。
話者2:彼のトラちゃんのお遍路さんをしながら、道中でいろんな人と出会いながら、そこで体験したことがベースになる中で。
医療機関というか国永先生みたいな方にあまりお会いするイメージはなかったんですけど。
できくんと出会ったのがやっぱり一つのご縁で。
やっぱりどういう形でか、本の中にも何かしら反映させていただきたいという思いもありつつ。
同時にやっぱりこれからいろんな形で関わりが出てくるような気がしてまして。
うち、僕たちは出版の仕事もしてますし、今いろいろと発信するところが一応なり合いになってますんで。
ちょっと今日はあれでしょうかね、それぞれのちょっと思いというか、どんなことをしていきたいと思ってるのかとかっていうあたりを、ちょっと1回交換というかですね、やり取りさせていただいて。
ちょっとざっくばらんにというかですね。
話者1:お時間1時間ぐらいは大丈夫な感じ。
話者2:全然予定ないんで大丈夫です。
話者1:そうですか。
台風来るかと思ってたんで。
話者2:やっぱりすごいですか。
話者1:そっか台風か。
でも今全然こっちは雨降ってなくて、もう過ぎちゃった感じ。
多分県南の方。
話者2:今僕は倉敷にいるんで。
話者1:あ、倉敷。
話者2:四国の方は雨降ってるんですけど。
話者1:なるほど。
話者2:そうなんですね。
土日は倉敷なんですよ、僕。
話者1:そうなんですか。
なるほど、なるほど。
へー、なるほど。
内葉山すごいですよ雨。
話者2:そうですね。
話者1:そうですか。
ちょうど今強めな感じ。
話者2:今日は強いですね。
一瞬今止んでると弱めになったけど、その後またもう一段来る感じ。
昨日がそんな感じだったんで、多分それが後に流れていった感じ。
話者1:うんうんうんうん。
話者2:はい。
話者1:そっか。
話者2:うん。
なんかとりあえずその僕。
話者1:はい。
話者2:コットでっていうか、本当にすれ違った感じなんで。
逆にその本の中に、わざわざってあれですけど、入れ込まなくてもっていうか。
あれなんで、聞いて僕の話を、お互いも話し共感して、なんか使えそうなところがあれば、っていうくらいの感じで。
気楽にしてやってもらいたいかと思ってるんで。
話者1:またよろしくお願いします。
話者2:お願いします。
話者1:うちも夫婦と2人でやってる出版社で、一般的な多分出版社のイメージに比べるとちょっと変わってる感じもあるので。
それでいわゆる商業出版みたいに、たくさん本を刷って。
今は書店で本を買うっていう人も減ってきてるんで、そういう形もあまり切り替わってきてるんですけれども。
だから割と、著者の人と寄り添って。
それでその人の思ってるものを、そのまま本にするっていうところですかね。
だからちょっと、そういう従来のやり方とはちょっと変わってるところがあるのと。
今ちょっとやっぱり去年ぐらいからAIをだいぶ使うようになってきていて。
僕らの編集技法というのをAIに全部取り入れていてですね、一つのパートナーとしてやってるところもあって。
そこは結構だいぶ仕事の仕方も人との関わり方も変わってきてる中で、っていうのが一つです。
あとはうちの扱ってきた本が、やっぱり医療とか健康系結構多かったんですね。
だからお医者さんの本とかもだいぶ作ってきたり。
商業出版やってる頃は、そういう本がほとんどだったので。
国永先生の、また地域医療されてる方というのはあまり接したことはあまりないんですけれども。
何か本を離れた、今回の企画四国の企画を離れたところでも、何かお話というか今されてることが、何かコラボレーションするようなことにつながればいいかなという感じでしょうかね。
そんなところなんです。
話者2:国永先生は、クラシキの方が最初はベースだったんですけど、今あれですよね、軸足を通してきていて。
それで海南町の方が、割と主軸のような形で。
クラシキ永住で家も建てちゃってて、子供はクラシキ生まれクラシキ育ち、っていった状況のところで。
本当に2年ぐらい前に海洋庁の話が来て。
思い切って自分のやりたいことをやるために、家族を説得して。
ちょっと自分のわがままなんですけど、土日は帰ってくるからって言って。
短視不倫という感じですかね。
週末金曜日か木曜日にこっち帰ってきて、また月曜日朝行くみたいなことが多いです。
話者1:やりたかったことっていうのが、そういう地域診療的な世界なんですか。
話者2:そうですね。
僕は生まれも育ちも徳島で、大学も徳島だったんですけど。
最初に研修に行ったのが沖縄で。
特集会だったんですけど、その特集会は離島を持ってまして。
沖縄の先は宮古島、さらにその先のイラブ島ってところで。
あれ橋が繋がる前だった6000人の島で、診療所1個で医者1人だったんですよ。
そこに2年目の5月ぐらいに突っ込まれて。
2年目で6000人の背負って寝るっていう怖さとか、いろんなものを感じましたけど。
東京のど真ん中じゃなくて、こんな離島の八木市で研修一人でやらないといけない責任感と。
でも逆に全部見ないと、世の中日本の田舎って、たぶんこんなところばっかりなんだなと思うんです。
どうやれば日本の地域医療が継続できる地域医療作りができるのか、っていうのをその頃からずっと考えて。
だいたい離島はそうだったんですけど。
僕らより前は専門制度が違って、卒業したら内科とか外科とか生計科。
僕らは研修制度始まったんで、僕らより前の先輩たちはみんな内科か外科かみたいな感じだったんですけど。
島には八木市には外科医師しかいないんですよ。
なんでかっていうと、切れるから。
そうすると外科の先生が熱を持ってきて、内科のことを頑張ってやってるんですが。
研修から見ても、もうちょっと内科のことをやったほうがいいんじゃないかというような。
外科ってやっぱり救急なんで。
地域を守っていくには、内科医が切れたり緊急処置ができたほうが、継続的に地域を守っていけるんだろうなって。
人材育成をその頃からしようと思って。
なんでもできる医者をたくさん育てていきたいなっていうのは、その頃があったんですね。
沖縄でそういうチームを立ち上げて、救急総合診療チームっていうのに。
3年目から5年目ぐらいで120人ぐらいみんな見てって感じ。
定期的に沖縄本島から離島とかに人が送れる派遣チームを作ろうみたいな感じで。
5年間やって。
ただ結婚したのが岡山の嫁さんで、1年目ぐらい結婚したんですけど。
沖縄じゃ子供は産まないって言われたんで。
僕は沖縄住みたかったんですけど、彼女は岡山大好きだったんで。
じゃあ帰るかっていうんで。
やっぱり市から勉強し直そうと思って。
大きな病院で専門医が、専門医ぐらいの知識をつけたいなと思ってたので。
日本で一番入院が多くて、年間3万人ぐらい。
倉敷中央病院って言ったところなんですけど。
3万人入院して、医者が450人500人ぐらいいて。
話者1:そんな大きいんだ。
話者2:看護師1200人いるっていう病院で。
飛び込んでいって。
そこでも2、3年やって。
とっとと沖縄帰ろうと思ってたんですけど。
2人子供が産まれて産んで。
甘美大島に行って。
やっぱ島っていうのはやっぱり出れないので。
お産だったりとか手術だったりとか、ある程度完結できて、ある程度いろんな手技が学べて。
その島で完結できる医療で、そのサイズの島で行くと。
特区の島か、甘美大島か、沖の島か、みたいな感じで思ってた時に。
甘美大島行こうって言って。
それを一人で行ってくれって言われたんで、嫁さんに。
じゃあまあって言って。
でも嫁さんもOKもらって、病院もOKもらって。
明日飛行機行って、向こうの病院も受け入れOKって言って。
行くって言った前日に、子供3人目の子供がお腹にいることが分かって。
前日にこれ明日行くけどどうするのみたいな話。
さすがに3人おいてはこれ多分3人目が止めたなと思ってですね。
諦めて倉敷に残ることはしたんですね。
で倉敷で結局そこから15年。
倉敷へ残って。
そこでもやっぱりいろんなことを学ばさせてもらって。
大きな組織の動かし方とか地域医療とか。
産児医療から大きな医療圏を、どうカバーするかっていうのを、俯瞰してみた。
ある程度。
でもここで多分子供たちも倉敷生まれだし、ここでやっていこうと思った時に。
ちょうど徳島の話が、田舎の話が出てきて。
いやでもちょっと厳しいなとか。
でも振り返ってみたら、後輩たちはみんな育って、ある程度僕なしでも回る組織になっていて。
ここには医者600人いるけど、海南町は医者1人だなと思って。
で、もう今まで20年僕が徳島で10年やってきて、やってもらったけど。
ふと徳島の後輩たち、特に学生たちがですね。
地域枠とか、自治課題衛生っていうのは9年間徳島でやらないといけないんですね。
卒業して、そういう後輩たちが。
徳島じゃ勉強ならないんですと。
救急とか総合診療を勉強したいけど、どうしようもない。
僕は倉敷でやってたけど。
これは徳島の中にちゃんと勉強できる施設を作らないと。
後輩たちのために、これから20年。
そういうのが勉強できる場所を、徳島の中に作ろうと。
徳島は本当に、都会とは全然違うし。
本当に医療も送れてて、っていうところがあって。
20年間外で、助けさせてもらったんで。
ころっきー徳島で。
徳島の中でやるのに。
都会もあんまり中途半端な病院に行くつもりはなくて。
今まで1200床の病院に行って、前の病院が350床で。
やるなら全然いないところかな、っていう。
一番。
話者1:遠い中の方かな、でやっぱり離島医療を目指してやってた自分らしい。
本当に地域最前線でやったらどうなるか、っていうのをやろうと思って海洋庁に飛び込んだんです。
飛び込んだ理由はそういうところなんですけど、そっから先はたぶんちょっと幸せ高くなってくるかもしれないですけど、そっからレキさんたちとか、なんとなく医療教育で田舎でもちゃんとした教育があれば人が集まるっていうのはなんとなく実感はあったんですけど、やっぱり病気に対する考えがですね、やっぱりその田舎だからこそ、やっぱりオーガニック系の人がちょっと多かったりとか、やっぱり自然派、やっぱり無農薬、土壌、山、自然っていったところに携わってる方はやっぱり漁業に関してですね、特にショッピングオグロの店長の岩崎さんとかは山の中に住んで、彼自身もアトピー皮膚がズタズタで、千葉にいるときはもう肌ボロボロだったんですけど、僕が会ったときにはつるっつるで綺麗で、やっぱりあっちに住み始めてやっぱり全然肌感とか全然違うし、でそれは海洋庁でもさらに山奥、やっぱり水土が変わると農作物が変わり、それを食べてる我々がより健康になっていくっていうのを見たときに、病院の中で病気を待っててもダメだなと、とにかく僕らはやっぱりそもそもそういう考えも前からちょっとあったんですけど、やっぱりその病院の外に出て予防に努めることで、病院に来る人を減らすために、僕らはやっぱり病院の中で働くんじゃなくて、病院の外で活動しないとダメだなって強く思っていたところがあって、そことこう歴史さん通していろいろ海洋庁の皆さんにつながるところがたくさんあり、より薬で治す医療から薬を使わない健康感とか、いったところにどう自分がコミットしていけるかっていったところに改めてっていうか強く、今までちょっとあったのがより強く思えたっていうのが、倉敷の総合病院でやってたことは全然あれなんですね、この取り組むベクトルがまた変わってきた感じがある。
話者2:そうですね。
話者1:ザ救急集中治療みたいな、もうICUからずっとへばりつきでみたいな。
話者2:そっかそっか。
話者1:やってたのがより地域で、そういう実はデータがあってですね。
1人の患者さんに対して多くの主治医が、例えば5人ぐらいの主治医が脳外科医、心臓外科医、消化器内科、皮膚科医って関われば関わるほど、患者さんの死亡率上がるんです。
話者2:死亡率が上がる?
話者1:上がっちゃう。
逆に1人のプライマリーケア医が1人の患者さんに対して責任を持ってちゃんと見ていただけた方が死亡率が下がるっていうデータがちゃんとあるんですね。
それがあるから北米は家庭医とかプライマリーケア医っていうのはちゃんといて、その地域を責任を持って見る医者っていうのがちゃんと育てられていて、その人が必要に応じて専門医が必要なときに専門医に送るっていうことをしてきたのはそういう背景がちゃんと論文化されていてあるんだ。
恥ずかしい話は徳島県って日本で医者人口が一番多い。
対10万人あたり329人で日本で最も多い県なの。
話者2:医者が多いんですか?
話者1:徳島県は最も多いです。
話者2:意外な。
話者1:しかし死亡率は悪いんですよ。
ワーストから数えた方が早い。
し、がんの死亡率も高い。
話者2:そうなんだ。
話者1:データと重なる感じなんですね。
話者2:そうです。
話者1:医者が多くても地域の死亡率は下がらないし、より上げてしまってる、悪くなってる。
それが真逆のことをやってるのが長野県。
話者2:そうなんだ。
話者1:長野県は100年から70年くらい前には海がないんで塩漬けにして魚とか食べてたんでものすごく高検査数が高かった。
70年くらい前に柵総合病院っていうそこにいた若月先生が一時産業と密接した農村医学会を立ち上げられまして、いかに食から予防につなげることが大切か、っていうのを歌って、そこから長野県の予防に対する認識が県を挙げてみんなが、やっぱり食に気をつけそして健康診断を早く受けることによって早期発見につなげるっていうのをめちゃめちゃ進めてるから、長野県1位っていうのはここ10数年は全く不動の1位。
そして2位からだいぶ下がるんですよ。
長生きするなら長野県に行った方がいいです。
そういうデータも僕らはやっぱり知ってはいるんですけど、実際実践するっていったときにやっぱり日々病院の業務に追われて、農卒中を見ないといけないとか、心筋梗塞を治療しなきゃとか、抗がん剤治療だってやってるけど、それに傍作されて、じゃあどうやったらもっとこうなる人もっと。
話者1:防げるかっていうのをみんな考えてはいるんですけど、実践までいけてないっていう。
それは海洋庁となれば徳島県でもその都会の方には医者が多くて、専門的な治療できるけれども。
そもそもその海洋庁から病気になる人が減れば、次の病院に行く人は減るし。
そして大学病院に行く人も減るっていう構図は、いや海南病院で頑張るんじゃなくて、海南病院の外、そして海洋庁、町を挙げて。
そして医者がいないからこそ、病気にならない仕組みに向けていくことが、より地域全体というか海洋庁を超えて、徳島市内までより良くできるんじゃないか。
そしてこれが一つのパッケージになれば、日本全国、田舎が頑張った方がいいんだよと。
田舎こそフロントライン。
ということをようやく本格的に気づけたというか、海洋庁に行ったからこそより声高らかに、僕らが最善して、僕らが次の病院に行く人を減らせることができれば、必ずこの地域はどんどん良くなる。
これを一番、日本の四国の徳島の一番田舎でやったら、日本全国の田舎が元気になるんじゃないか。
そうかモデルみたいな形で、まず自分たちがやってから。
自分たちがやって、お医者さんが少ないことを逆手にとるわけではないですけど、環境を整える中で海南病院も位置付けられていてっていうところで。
でも実質病院に行く人が減ったほうがむしろいいんだっていう考え方。
まあ色々と考えながら、それを僕自身やっぱり、料理できないんで。
だから塩分6分の食事作ってても無理だし、料理してないから野菜もわかんないんですよね正直僕。
だからわかんないからこそ本当に地域のお母さんたちとかお米を作ってる方々と、本当にどういう野菜食がいいのか。
野菜作ってる人からすると今度は土が大切だとか、次はもう水が大切だとか言い始めて。
わかんないけど一緒にやるしかねえなって思って。
そしてみんなでそれであとはサーフィンとかヨガとか、体作り。
やっぱり食、そしてどうやってエクササイズを日常に取り入れていくかっていうところ。
そういうような地域になれば。
だからいろいろね。
あのあれですよね、インスタになんかイベントが話題になりながらとか、発信力がすごいですよね、いろいろやるっていうのがあるんです。
今まで全然やってなかったんですけど、やっぱりその海洋庁って言ったところ、やっぱり一人でも僕の人に知っていただくっていうこと。
それは医療が目指すところが、その病気で病気を見るのではなく、街を挙げて一緒に街をインフラ的にして、そして街を健康にするのに、まあ一つ一緒にできることをやっぱりみんなに知ってもらうためには、今の、まあいつもツールというか今の時代だからこそのものは使っていったらいいかなと思って。
そんなといやーなるほど。
あの、僕らさっきあの商業出版をしていた頃は、あの子が医療健康系の本作ってましたって話をしたんですけど、で作るとまあいろいろと学べるんで。
まあお医者さんとマンツーマンのような関係もなれるんで。
ただその時は東京に住んでたんですね。
であの、でもまあお医者さんではないんですか、食事の先生とか出会いもあったりいろいろやって、僕ら的にはいろいろ体のセルフメンテナンスみたいなことをやってきていたんですが、やっぱり環境要因としてのやっぱり東京のような場所の限界みたいなのがあって。
あのだから葉山に来たってことはないんですけど、やっぱりその土地というか場の環境の大切さっていうのは。
話者2:うん。
話者1:やっぱり個人個体だけで管理できるものではないというのはもう、すごくわかるようにはなってきたりっていうのが一つと。
あとはあの頃の前にあるお医者さんと3年ぐらいですね勉強会とかやってたんですね。
でその方もあのまあガンの事とか下界だったんで。
あのそういう手術は成功しても患者さんが必ずしも治るともかぎらないっていうところ。
っていうんですかね、あの、もちろん再発の問題もありますけど、やっぱり治るか治らないかはあの、なんですかね。
もっと違うところに要因があるんじゃないかっていうようなことを話されている方で。
でやっぱりそれはで、ガンになったからといって、何でしょう。
まあステージが上がったからといって全員がなくなるわけではないというケースもある中で、治る人には治る特有のケースっていうのがあるはずだっていうようなことを話されていて。
まあそこやっぱりその人の生き方とかあのバックグラウンドのところを、お医者さんがやっぱり忙しいからなかなかそういうところまでは、要は対応ができていなかったっていうんですかね。
まあそんなような話とかをあのいろいろと一緒に学びながらこう対応しながら勉強したような時期があってですね。
で、まあガンになっていろいろ学ぶや気づきもあるけど、やっぱりそれでもなくなってしまうこともあるし。
リスクももちろん大きいからやっぱり元気な間に、あのそういう関係性を作ってっていうようなことはあの、なんでしょう。
その頃から僕らもそういう、仕事柄接する機会もあったりしたんですね。
でその後に今コロナが来たり、葉山の中でこう僕らも地域の人たちと関わる機会が増えてきて。
あのまあいう閉塞した中で逆に対話っていうのをやるようになって。
ダイアログという技法としての対話会っていうのをやるようになってから、あの関係性の中で人って変容するっていうことがすごくわかるようになってきて。
でこの対話的なこの関係を例えばこうやってお話しする中にも取り入れていくと、まあ本の制作とかですね。
今まではインタビューとか読んでですねやってたものが、あのまたちょっと変わってくるわけですね、そのトーンが。
そうするとこう創作する制作するもの、そのものの何て言うんですかね。
まあ手前味噌だから何と言っていいかわからないですけど、クオリティが変わってくるなっていうところがあってですね。
でやっぱりなんか人がまあ自分という存在のまあ、まあいろんな意味での健康というのがあった上でやっぱり。
まあその環境があって、あとやっぱり人とのつながりがあってみたいなところですよね。
で背後にはやっぱり歴史とか風土や文化があるんで、やっぱりそこにもつながっていくっていうのがまあ当たり前の話なんですけど。
あのそこをどうやって共有するかみたいなところに、まあ元々興味がある中で今回あの、その白沢さん、トラちゃんという若干かなり変わった方なんですが。
あのものすごいエネルギッシュな方でもあるって。
それで彼が彼の情熱というか、あの四国っていうところが、四国の四を始まりと書き換えて、四国は始まりの国だと。
ならうんまあ、先生おっしゃって、海南町が一つ、海洋町が一つのひな形っていうのと考えに行ってるかもしれないですけど、もう少し大きいスケール、四国があの、すべての文化とか歴史が凝縮されているっていうのは彼はそういう捉え方をするんですね。
でその一つの象徴が空海さんの巡礼のあの八十八箇所だったりというのもあるんですけど。
あの、何や結構スケールは大きいというか、ちょっと本当に本になるのかなって感じであるんですが。
そこその中で割と重要な場所として何か、海洋町の皆さんとかね、徳島に。
やっぱり僕らは徳島しかまだ行ってないんで、あの短い期間だったんですけど、何かしらご縁を感じていて。
なんかその地域の課題とかやってることとかも、やっぱりな何か反映させた、普通のガイドブックみたいなものを作るっていう。
雰囲気ではないので、まぁちょっと取り留めもないんですけど、そんな背景もあって今あの。
一旦国の先生と話ができたらうん、なんか企画以外のことも本当にやれる何かが生まれるかなぁみたいな感じで、ちょっと今お話しさせていただいた感じですね。
話者2:空海、僕はあんま詳しくないんですけど、それこそ本当に神社関係はいろいろ、海洋町行くようになってちょっと勉強して。
本当に阿波小敷研究会が言ってるところがどこまで本当か、諸説ありって言ってますけど。
まあその位の一番のまあいいの国がいいっていうあの感じがつくところはやっぱり、その泡インベとあのん。
インベと雨部が手をかけで人類統制をしていったところの国に、まあ伊勢島伊豆伊東で千葉の泉で群馬の伊勢島。
そして阿波が坊所半島の先に阿波があって、その先阿波神社があるっていうのもまあなんか面白いなと思いますし。
まあその海部っていう地名がまあ雨部のやっぱり、僕おばあちゃんが海部出身なんで。
そういうのがあってまあここで、海洋庁で育った後輩たちが本当に、海洋庁で留まることなく日本全国に飛び立っていって。
まあそういうここで学んだことをどんどんどんどん地域に落としていくっていうのは、そういう場所になればなという思いもあります。
そんなところもいろいろ考えつつ、それはやっぱりれきくんであったとかその辺のこう、海洋庁来た後の出会いとしては、その辺りが一つのきっかけになったんですか。
話者1:来てほんと来てから勉強させてもらったんですけど。
ただれきさんの持ってる空海の情報と僕がちょっと見てる動画、ちょっと違いそうで。
またどっかで一緒になりそうなんですけど、自分はその今古代の方からちょっといろいろ、いろいろ勉強したいとか。
そういったところで本当に伊東とか伊豆とかもっとあの辺行きたいなっていうのはすごい今思ってて。
話者2:そうなんだ。
伊で重なってるんですか。
伊なんですかね。
伊の国が。
なのでマナーズールとかの辺もちょっと行ったことはないんですけど、行きたいなぁって。
あの後輩の森安先生は鎌倉出身であの辺のこといろいろちょこちょこ教えてくれるんで。
この間言ってた、彼もわりとそういうことには関心があって。
森安先生も。
これも多分こっち来てからですね。
多分みんなそれぞれ勉強し始めて。
話者1:うん。
話者2:彼こそ本が大好きで。
話者1:なるほど。
話者2:この海洋町なら海洋町というのが一つの。
話者1:文化的なエリアとした場合に、そこにいろいろ縁があって住んでる人たちがいてって中に医療もあるってことだと思うんですけど。
当然そこにさっきの話と僕の話と重複するんですけど、歴史とかそういうものも何ですか無関係ではないというか。
アイデンティティ的なものも含めて、先生の中でもいろいろと今繋がり始めて一体化し始めてるようなイメージなんですかね。
話者2:そうですね。
今もう本当にすべてが重なりどんどん重なってくるんで面白いというか。
農地おばあちゃんがそこの実家、海洋町、天部だし結構その流れそこの血を引いてるのかなっていう話。
今おばあちゃんが亡くなってるんですけど、本当に縁があって今多分おばあちゃん見てくれてるんじゃないかなと思って。
それがなければ多分僕もあそこに思い切って、そんなどいなかの潰れそうな蒸気池のように、全員に止められましたけど悲しい。
やめとけよみたいな感じで。
だけどまあ僕もここはむしろ今までで一番人生の中で、一番楽しいことをやれてるなって思うんで。
そういう気持ちで。
話者1:いやもう何やってても、逆に倉敷帰ってくると何食べてても病気になってんじゃないかなって最近思うんだよね。
話者2:あーそうか。
話者1:寿司廊とか行こうとかやると、いやいやちょっと海洋町で今お刺身食べてたら寿司廊行くのかなみたいな。
話者2:確かに。
そうか。
ギャップが生まれてるんですねあれでしょう。
話者1:うん。
倉敷はまあそんな大都市って感じでない印象があったんですけどでもやっぱりある程度地方都市としては、こうあれでしょうかね完結してるというか。
話者2:病院としてはですね。
病院としては、病院として多分この病院が中西区で最も一番有名な病院で。
なので徳島大学とか島根大学から患者さん送られてきたりとか、そういう感じになるんです。
なので症例とか疾患の種類が日本で一番多くて。
日本もいいんだ。
疾患の種類も数も東大抜いてうちがずっと1位だったんですけど。
話者1:そんなに。
話者2:去年か一昨年ぐらいから東大と富士山保健愛知の病院がちょっと頑張ってきて、今2番ってか3番ってぐらいにちょっと落ちてきた。
ここ十数年はずっと倉敷病院が一番だった。
話者1:すごいね。
周りに大きな病院がないから大学とか行くと大きな病院がいっぱいあるんで、患者さん取り合いになるっていうか。
症例も種類もこっちは肝臓強いけどこっちが肺が強いと、分かれちゃうんで田舎であればあるほど偏らなくて、全部集まってくるっていうのはこの倉敷病院だった。
話者2:だからこそ僕は倉敷でやってたら徳島の後輩たちも、徳田の後輩たちも来るし山口の子も来るし、いろんな子をここで教えてそして地方に訪問させていくっていうのを、思い描いて15年やってきたわけです。
でもいざやっぱりそこまで徳島にすごいコミットできたかって言われると、そんなだしやっぱり徳島の中で飛び込んでいかないとダメだなと思った。
話者1:いわゆる何でしょう。
そういう総合病院の現代医療とかがスタンダードになってる先生だと、割とそういうある種地域心医療とかね。
あるいはさっきおっしゃったようなオーガニック的なものでは、例えば代替医療とかですね結構抵抗を持ったりですね。
異質なものとして捉える人も結構いると思うんですね。
逆に現代の医療に対してすごい批判的になって、そういうものから足を洗うかのようにして、自由診療でそういう代替医療の方をメインにやってる方なんかは。
何でしょう家庭医学の方とかああいう実用症では、そういう先生の方が多いんですねどっちかというと。
アンチテーゼが多いのでちょっとその意味でバランスが、何ていうのかなちょっと欠けてるというと失礼かもしれないですけど、感じることもあったんです。
でもそこは国田先生は離島の医療とかもされたりとか、割と何かこうそういう経験も積まれたことも含めてで、今の中でこう全部調和してるような意識があるんでしょうかね。
話者2:いいとこ使えばいいと思うんですよ。
必要なときに必要なものっていうところと。
そしてどうしても手術しないときはどうしても専用医学でやらないといけないとこもありますし。
救急医療とかで救命できる人も圧倒的に増えてはいるので。
ただその前の段階の病気になりにくいとか、そこは本当に東洋医学だとか。
東洋医学もやっぱりこうずっと同じ姿勢で肩こるのに対して、なんか張りうぬぬよりももっと予防っていうか。
体動かしちゃ肩もこらないんだしっていう。
もっと東洋医学の先はもうセルフコントロールというか、地域であと食をやったときに。
実は西洋のほうもですね。
西洋どっぷりいたんですけど、結構ポリファーマシーっていう概念があって。
高齢者が薬5種類以上飲んでると、よりいろんな病気になるとか転びやすくなる。
そういう話がいろいろ害が出てくるっていう話があるんで。
僕どちらかというと救急めちゃめちゃ見てきた中で、これ薬で救急車来たんじゃないっていう。
薬のせいで救急搬送されてきたんじゃないっていうのは、実際やっててこれ5割8割言わないけど、2人に1人はこれ救急じゃないかなって思うこと多かったんで。
そこから薬害にも目が行き、多すぎてもダメだっていうのも。
その中でこの糖尿病とか、薬出しても治らないんですよね。
血圧の薬みんな一生飲んでるじゃないですか。
でも実はちゃんと、糖質を減らせれば糖尿病は良くなるし。
体重が減っていれば血圧は下がって。
そういう話になっていくとちゃんと薬やめられる人も出てくるんですよ。
薬やめられるんですかって言われて、僕患者さん頑張ってくれればやめられるんだよっていう話を。
なんとして本当に実際やめていく人が出てくるんで。
医者って薬を出すことに薬気になってて、そこじゃなくて患者さんを使えないか。
患者さんを使えないか卒業させることに診療報酬が落ちれば、もっと卒業させなきゃみたいな。
話者1:頑張ると思うんですけど、出した方が儲ける仕組みになってるから悪いんですよね。
話者2:確かに。
話者1:旅行者が出ないからそこには。
卒業したら10倍お金が出るみたいな。
話者2:確かに。
話者1:出れば、もっと頑張れみたいな。
話者2:そうだよね。
話者1:エンパワーメントっていうか、僕らも家に行ってご飯作ってあげるわけじゃないんで、患者さんを応援するしかできないっていうところ。
いつまでも伴奏者としてですね。
そういう立ち位置であって、自分たちは治してるんではないっていう、医者の考えとか見方も変わっていくべきでしょうし。
話者2:そうですね。
話者1:患者さんもお医者さんに対する見方を、薬もらいに行かなきゃじゃなくて、やっぱり自分たちでどうにかしなきゃっていうのを、もうちょっといろいろ考えて、みんなが考えていくべき。
そこの構造的な問題って、結局内科診療はどうしても管理というんですかね、慢性疾患の管理みたいな、結局は治してるのかどうかっていうので、構造的にそうなってるっていう指摘はよく聞いてるし、あと薬を出すっていうのが、診療報酬の話では基本になっちゃうので、必要じゃない薬も出すと、残薬がものすごい量になってるっていうデータも出てますよね。
だからそこら辺が、でもそれも薬局も含めての全部、経済が成り立ってるようなところがあるんで、外科はすごく救急も含めてすごく必要な場面って思えるところが多いんですけど、内科っていうのは、在り方が変わった方がいいんじゃないかっていう話は、当のお医者さんからもよく聞いていました。
ただ、構造的な問題なんで、個人のお医者さんが一人取り組むっていうところでは限界もあるから、例えば地域ぐるみとか、何かあれですよね、それでもやれるっていうモデルみたいなものが出せるかどうかとか、以前やっぱりずいぶんこの辺難しい問題なんだなと思ったことがあったんですね。
個人の健康の取り組みとか、お医者さん個人のあり方としてはいろいろやれることあるかもしれないと思うんですけど、やっぱりそこだけではどういかんともし難いですよね。
地域や国全体の健康みたいな話になった時には、すごくそこが根っこなのかなと思ってたんで。
話者2:そうですね、お医者さんはそんなに、みんな生きていければ、生きていくだけお金がもらえれば。
そんなに年収何千万とか稼がなくても、食っていければいいかなって。
そこまで考えれたら別にクリニックの職員を食わせるぐらいは稼げばいいと思いますけど、そんなに躍起になって患者さんを増やす方向にいかなくてもいいと思いますし、もう一つはやっぱり病院隊になってくるとちょっと話が大きくなってくるんですけど、地方の海洋庁の病院が赤字だとして、赤字で云々というよりも、僕らは庁に何の税金払ってるかというと、自分たちの健康を守ってもらうために払ってて、どうしても黒字にならない分もあるかもしれないけど、それでも病院があった方が地域として必要だと言ったことまで理解してもらった上での税金というか、病院隊だけで見ると赤字だけど、庁の税制で考えると、すごい大きな税制の中での病院の赤字をみんなで自分たちは健康を守ってもらうために払ってるんだよみたいな感じのところまで、庁民が考えてくれるようになれればと言ったところも、それもちょっと海洋庁でいろいろやっていきたいなと思いますし、当然僕自身も今まで公立じゃなくて民間病院で働いてたので、赤字のままで終わらせるつもりはそんななくて、どうやって黒字をもっていこうかと思いつつも、不定にもらって無理矢理患者さんを入院させておいて黒字しようとは思ってなくて、もしかしたら僕らが関わることで地域の医療介護福祉の費用が高かったのが全体的に下がってくるみたいな見せ方ができれば、そこのデータまで持っていって、その中での病院の収益どうこうっていう、もうちょっと大きい視点で、一つの町単位でやれないかなっていうことを思っていますね。
予防後につなげて医療にかかる人が減る、介護が必要な人がもうちょっと減る、みたいな。
当然人口も減りますけど、そこは相対的に考えていろいろデータ出す。
話者1:そのビジョンとかは、何かしらまとめたものを発信したりとか、出してるものあるんですか?
話者2:今僕は喋ってるだけです。
話者1:そうですか。
それが、共有できてる人たちはいるとは思うんですけど、どういう思いなんでしょう?
もっと発信した方がいいと思ってられるのか、一旦まとめて何か、いきなり本とかってレベルじゃなくても何でしょう?
やっぱりこういう考えです、みたいなものが用意したいのかとか。
話者2:そうですね、一番ネックなのは僕が書くのが苦手っていうところ。
それと、ただ僕は実践して出来上がったものを発信するのは、自分のポリシーといって別にいいかと思ってるんですけど、何でもチャレンジの段階で、この前もガイアとか出ましたけど、僕としてはまだ早いし、実績ないから、ちょっとまだ早いんじゃないですか?みたいな感じのことも、まあまあ言ってたんですけど、病院じゃなくてNPOっていうことだったんで、診療看護師さんを世の中で光を当てるっていう意味合いにおいて、それだったらいいかなっていうんで、そっちを本物に出してくれってお願いして。
で、他の海南病院をとか何かいろいろ言われたんですけど、いやまだまだまだ全然、僕も行き始めてまだ1、2年というところで、僕自身20年構想ぐらいでは持ってるので、本当に5年ぐらいして何かしら形が今言ってるようなことの一つ二つ実ってきて、間違いなくこれいい、進んでるなって思った時は、一つずつ形に出していこうかなって。
構想としてはそういうことを、特に地域の人たちと共有しながら、前に進めていけたらなと思ってるんで、タイミングとかもいろいろ見ながらっていうか、そういうのも思ったりして。
あと立場上、今僕まだ条件じゃなくて、関係年度扱いで勤務してるので、その立場の人間が言うよりも、たぶんあと1年、次年度か次次年度ぐらいに委員長の話、本当はこの4月にって言われたんですけど、ちょっと延期してもらってて。
そういうタイミングとかでもいいのかなというふうに思って。
そんな感じです。
話者1:今でも、逆に言うといろんな人と対話というか話をしながら、少しずつその結果的な構想を広げたり固めたりしてるようなところ。
話者2:そうですね。
今まだ拡散発散の時期で、ある程度形決めて集約会に持ってって、一つずつものにしていく時期が多分来ると思うんで。
今はそういう意味合いで、今SNSをバンバンやってるのも、これ委員長になると立場上やりにくいところもあって、国の穴置きがやってる、発信するのと、庁立上の委員長がこうやって言ってるのはやっぱりちょっとずつ意味合いが違うんで。
それで委員長になるとそれがやりにくくなるんで、今ちょっと待っててくださいって言って。
話者1:今は。
ちょっと重なるかわかんないですけど、僕ら早間町に住んでて、ちょうど去年だったのかな、長生100周年だったんですよ。
町ができて、村から町になって。
100周年に合わせて、やっぱりいろんなことを町でもやろうって話もあって、数年前から僕らの周りでも何かできないかって話になって。
僕らはそういう政策の仕事もしてるんで、結局早間のある程度イノベーティブというか活発に活動してる人たち、イノベーターって普通に呼んだ、その30人の人と対話をして、結局そのいわゆる対話といっても記事にしてですね、インタビューに近い記事なんですけど、僕らとしては一人一人のほとんど初対面の人ばっかりだったんですけど、早間で3万人の人口なんで、30人で1000分の1スケールで、一つのデータになると思ってました。
それで、そうやって記事も発信はしたのと同時に、ちょうど去年ぐらいからAIがすごく登場してきて、うちの方でもカスタマイズして、従来の生成AIと違うちょっと編集的な振る舞いをしてくれる、あのANOMI(アノミ)っていう名前のツールを作ったんですね。
そのANOMIに結局一つ一つの記事を全部構造化してもらうってことを、今日例えば話した国永先生の1時間なり2時間の話が、もう構造化できる。
話者2:すごい。
話者1:それで要は要素に分解していくっていうのと、あと一つは、AIって言語を扱うんですけど、言語の奥に非言語っていうのが領域っていうのに、結局、本とか作る時でもそれコアって呼んでるんですけども、本当に大事にしてるものってなかなか言葉にはなってないっていう。
ただそれを野暮なんですけど、あえて言葉にするのが書籍だったりするわけですよね。
そこで人に金銭振れるものだから、やっぱりいい本だねって言われるっていうものなんで、それっていろんなものに転用できると思ってて、その手法をAIの中に全部内蔵させた、AIを編集者にするのに近いんですけども、そうすると今回の話の中でのコアっていうのも一応出てきたりすると、要はメタ認知とは違うんですけども、言語解析よりもう少し半歩ぐらいレイヤーが上がるんですね。
要はAIも類推してくれるんで、僕らも類推しながら、この人にとって一番大事なのは多分こういうことだよねって。
話者1:その30人の人と全部コアを出すってことをやった上で、今度はメタコアっていうんですかね、このコアを全部掛け合わせて、早間町のある程度イノベーター的なというか、次の100年っていうのを意識してるような人たちはどんなことを共通して感じてるんだろうみたいな、早間の集合意識みたいなものを出すっていうようなことをやってきて、後でそのレポートも全然お見せしてもいいんですけども、地域でそういうことを今後もやっていきたいなっていうのに、早間モデルではないですけど、ひな形的なものが一応は作れたりしてるんで、今度海南町とかで例えばそういうことが何かしら対話的な、いろんな方が今、3日ぐらいしかいなかったんで徳島に、詳しくわかんないところもありますけど、人の繋がりがすごく充実してる感じがあったんですよ。
話者1:だから結局対話されてるんだろうなっていうところにおいて、そうやって言語化できないようなものも含めて、一旦言語化して共有しておくっていうのが将来っていうんでしょうか。
話者1:国永先生とかれきくんとかいろんな人がやりたいと思われてることに、何らか役に立つのかもしれないなとは思いました。
話者2:ありがとうございます。
話者1:そういうのは苦手なんで。
話者1:実践あるのみみたいな。
話者1:ひたすら走ってる方なんで。
話者1:あとその文脈でいくと、海洋町に行ったっていうのはやっぱり、どこかしら自分のウェルビーングっていうか、死ぬほど働いてきて、45になって、子供をほったらかして行くのはあれですけど、自分のウェルビーング、やっぱり海の近くで。
話者1:でもそれを今の時代、ここから先も、ある程度この都会の喧騒から、やっぱりこうやってネットがあれば都会とつながって仕事ができるっていう時代で、海洋町においていながらもいろんなところで仕事ができるっていうことも含めてですね、もしかしたらその大阪とか関西圏から、四国の都会から海洋町でとかいう人も、まあまあ最近では来てるんですよね。
話者1:そうなると今で田舎、結構医療界はでもそうですけど、田舎ってなんもないよねとかって、持っても仕方ないよっていう流れで、いやいや、海洋町は全然そんな悲観的な話は全然いなくて、いやいやこれからでしょみたいな、ここから面白いよみたいな話のことが結構多くてですね。
話者1:人口が減っていっている、減ってはいくと思うんですけど、移住者とのコラボレーションが起きてきて、そしてこれからまた新しい海洋町を待ちながら作られていく中で、当然今までの人たちと、僕らみたいなよそ者の人たちが本当にうまく融合して、ショッピングの岩崎さんじゃないですか、山の奥で、10集落ぐらいしかないところに家構えて、そこで神社のお祭りが消えていたのを30年ぶりに掘り起こして、みこしを30年ぶりにやって、そして地元のおじいちゃんたちと涙しながら酒かわすみたいな話とか、そしてそこの久保っていう地名なんですけど、その大きな獅子食い町っていう、山頂合併の前の獅子食い町の町民運動会が去年もあって、地区対抗にしたら去年は久保が優勝したという話になったときに、これは本当に新しい街づくり、移住者が来てそこに若い人たちが住んで、そしてその町民運動会で優勝して、それを見た今までの住民たちも、もう目をつぶってはられないし、そして何よりも仲良く、そして新しい街づくりをこの新しい若者たちと、そして30代、40代が生き生きと活躍することで、高齢者も若者もやっぱり引っ張っていけるようなっていう、なんか楽しいことしかしてないんですけど、そこに医療がちょっとは。
話者1:れきさんいわく、れきさんたちは今まで法律の町役場とか医療とか、全然無縁でやってきたときは、なかなかやっぱりこう、街の人たちも、同じ方向を向いてくれなかったっていう話をしてるんですけども、たまたま僕ら公立で、役場とも近い関係であって、役場と町立の病院を全員推ししてくれてるっていうのもあって、そこをこう、なんか偉そうなこと言うわけじゃないですけど、本当に僕らができることならば、本当に町と町にいる人たちを一緒に引き連れて、絶対健康できれば。
話者1:立場としてはそんな気持ちがいるんですけども、常にこうみんなと足並みを揃えて、町のインフラの一部として、みんなが同じベクトルに向けるきっかけが、自分たちが病院だったら、病院でもいいし、何も喧嘩することないんで、そういったところでたぶん、れきさんたちもすごい僕らを推してくれてるところは、なんかあるのかなと思ってて、ありがたい声です。
話者1:希望をすごく感じてるような感じ、れきさんも言ってましたけど。
話者1:それは本当に海洋町だけじゃなくて、本当にいろんな地域医療で、すごいここ何もないんだよねとか言ってる田舎の医療でも、逆にこういう感じで行くと、町全体ちょっと引っ張っていけるハブみたいな。
話者2:確かに。
話者1:病院でアサリ売れたりとか、できたらいいよねとか、病院でみんなでヨガとか、でもいいと思うんですよ。
話者2:そうですね。
話者1:そんな感じの一つの道の駅じゃないですけど、そういうハブの一つになれたら面白いなとか。
話者2:そうですね。
話者2:あんまり溝が外から来た人と中の人で、そこまでない感じなんですかね。
話者1:たぶん海洋民族の関係で。
話者1:海洋民族の開放性というか、もともと持ってる気質みたいなもので、あんまり閉鎖的ではない。
話者1:山川とはちょっと違う感じですね。
話者2:そっかそっか。
話者2:民族共生の。
話者1:そこはやっぱり海に近いのは全然。
話者1:徳島県の上山町の方はやっぱり山気質なので、結構やっぱりハードル高いらしいですね、いろいろ。
話者2:そっか、また違うんでしょうね。
話者2:あの辺今移住者多いけど。
話者1:多いですけどね。
話者2:結構違うんですね。
話者1:だいぶ慣れてきてっていう話はあるんですけど、やっぱりそれがもともと自然にあるっていうか。
話者2:すごい、そうなんだ。
話者2:なんかやっぱりモデルみたいなものとして、一つあれですよね、こういうふうに展開されてますってものが、形になっていくといいですよね、毎回に。
話者1:一つ一つ。
話者1:でも自分が思っている以上には早くことがちょっと進んでるんで、自分が置いていかれないように。
話者2:あとあれですか、町とか行政はどういう姿勢なんですか?
話者1:すごく協力的なというか、その辺は。
話者1:病院に関してはもう本当に全力で応援してくれてる。
話者1:町長は本当にやってくれてる。
話者1:町長さんがそういう感じのスタンスというか意識で。
話者1:ちょっと極端な話がもう全然赤字で大丈夫。
話者1:からって言われて、気持ちよくはないし、僕としてはやってやろうという気持ちはあるんですけど、まぁ本当にやっぱり町に病院があるっていう存続し続けるっていう、今までは存続が早く生まれてたっていうのが間違いなく存続ができるだろうっていう中で、全然煽ってないし、みんなを支えてくれて、ありがたいですね。
話者2:なるほど。
話者2:じゃあ本当に病院が一つのハブになってっていうところの機能としても、行政のなんていうか、そこの辺の応援もありつつだから。
話者1:そうですね、ありがたいです。
話者1:徳島県全体としても、その土井中の方が元気だっていうのは、やっぱりその応援してくれてるというか、喧嘩しないんで、患者さん取り合いにもならないし、なんか頑張ってるねみたいな応援してるよって、別に何もしてくれないですけど、応援はしてくれてるんで。
話者1:でもそれは本当に徳島県でいろんな医療関係で結構仲悪いんですけど、だけどうちの病院だけはどこともケンカせず、いろんなところが応援してくれてるのもありがたい。
話者1:それもすごい追い風っていうかですね。
話者2:面白いですね。
話者1:そうですね。
話者1:やっぱり田舎でなんか面白いことやってるのは、やっぱりどこに置いても本当に悪い話じゃないんじゃないか、なんかそのあたりがすごい。
話者1:たまたま行ってみてそこまで考えてはなかったんですけど、飛び込んで行ったときはそこまで考えてなかったんですが、そこに行ってみていろんなことが追い風で、感謝しかないですよ。
話者2:なるほど。
話者2:時代が変わる時って、中心は空洞化して、終焉の方からもう一回元気になっていくっていうのは、ある程度パターンとしてあると思うので、やっぱり今まではどいなかローカルみたいなところが、逆に新しいハブになるっていうのは、やると日本の歴史とかでもそういう結構繰り返しながら、みたいなある気がするんで、もしかしたら時代の先端に、やっぱり海南町の人たちとか先生はいらっしゃるのかもしれないななんて、今日聞いてて。
話者1:そうですね、いろんなことができればと思います。
話者2:なるほど。
話者2:あのー、なんか大まかなイメージというか、なんか、なんとなく共有できた感じでお話してきたんで、すごく良かったなっていうのと、ちょっとまあ僕もキョンキョンと話し、パートナーでキョンキョンって言うんですけど話して、なんかどんな感じで、僕らもまあそんなに密には関われないですけども、あと一応本も作ったりいろいろご縁がこれからできてきそうなんで、あとこの後ちょうどあれなんですよ。
話者2:4時からレキクンとまた話をすることになって、歴史の話を2時間ぐらいこれからする……聞くことになってるんで、ちょっと濃いですよ。
話者1:濃すぎるよ。
なんか。
話者2:そうだよね。
話者2:すごい深い入りの超深い入りみたいなコーヒーみたいな感じで、そういういろんな素材集めたところで、なんかこうまたいろんなヒントというか、アイデアが浮かんでくるような気がしてるんで、あの。
話者1:そうですね。
話者2:あんまり後先考えないで、またこうお話で、先生のこれまでの歩みみたいなものを、一旦お話しだけしといてもらえると。
話者2:データというか、もう全部コアは出せる。
話者1:ありがとうございます。
話者2:例えばですね、離島編とかですね、浦式編みたいな感じで、そういうことで少しずつコミュニケーションさせてもらえると、なんかこう、ちょっと偉そうですが相互理解が進んで、何かいろいろ発見も出てくるのかなというのはちょっと、今今日思いましたかね。
話者1:何ですか。
話者1:お邪魔じゃない限りで、ちょっとたまに声をかけさせていただいてとは思ってます。
話者1:僕はやっぱりこういうことを頭の中で考えておいても、やっぱり整理する時間ってあんまりなくて、やっぱこうやって人と対話することで、自分の考えがこう形にできるとか、すごい非常に思っているので、ありがたいです。
話者2:結構ですね、雑談っぽくこのぐらいの話でいいのって、大体話す人は思うんですけど、意外にちゃんとしゃべれていてですね、結構そのまま僕らは記事にしちゃうんですけど、ちゃんと読めるんですよ。
話者2:変な言い方ですけど、だから賢まった感じでなんかプレゼンテーションみたいなことしなくても、かえって割と本質的なことを話されてること多いんで、リラックスしてあんまり目的も定めない方が、かえって何かを生み出すきっかけになるような気がします。
話者1:ありがとうございます。
話者1:ちょっと時々おしゃべり、対話させていただいて、かなと。
話者1:そうですね。
話者1:ちょっとだけ追加でしゃべってもいいですか?
話者2:はい。
話者1:さっきは離島とか考えてて、その医療のあり方のもう一つ僕が大事にしているところが、やっぱり人がいないと新しい展開は全然できなくて、医者って個人プレイヤーなところが非常に多いんですけど、僕はやっぱり離島をやる時からチームをどう作れるかっていうか、チームビルディング。
話者1:チームが大きくなることをとにかく目標にしてるっていうか、っていうのをずっと思ってて。
話者1:それはその田舎の医療も継続してやるにあたって、まるでそのもう島で40年どっぷりっていう先生ももちろんいますけど、その次が来なければ、島の長い歴史からしたら40年ってもう本当に千年みたいな感じだったりとか。
話者1:そこで頑張ったっていうのも自己満足になってしまうなっていうのをずっと思ってて。
話者1:それは本当に一社二年目の時に、ここで僕一生やってもいいなと思ったんですけど、これで終わったら次また田舎。
話者1:その時も前の委員長は失踪していなくなって。
話者2:そう。
話者1:そうなんですよ。
居なくなる。
話者1:10年頑張ったんですけど、結局これを繰り返しなんですよ。
話者1:田舎やろうって言って来て10年やって疲れたって辞めて、引き継ぎなく新しい先生来てまた新しい医療になって、その先生は神様の扱われてまた疲れて辞めていく。
話者1:これに歯止めをどこかに食い止めるために、やっぱり異極とかじゃないですけど、やっぱり熱意を持った先生のチームをちゃんと教育機関で育てて、定期的に人が回っていくっていうか。
話者1:その中で長年そこに立ち去る人もいるだろうけど、ある程度組織として見ていく感じのためのチーム。
話者1:そこに沖縄の時は本当に350床の120床、本当に3年目と4年目だけで5人ぐらいで120床見てて、その後も後輩も定期的に入って作って。
話者1:倉敷の時は救急総合診療で最初2人だったんですけど、15年で60人ぐらいのチームになって。
話者1:病院の救急車の位置は救急医がほぼ全部見るようになり、救急患者の2,000人、緊急入院が1万人中2,000人ぐらい。
話者1:どこの診療かも見てくれないやつがあるんですけど、それを総合診療とかで僕らはバックできるようになり。
話者1:そこにはなんとなく倉敷庁員がまあまあこの辺だと有名なので、倉敷庁員だからできたんでしょみたいな感じのことを言われることがあったんですけど。
話者1:いやいや、ということと、あとは都会に医療職が集まる、田舎には集まらないっていう構図は違うと。
話者1:それは教育に人が集まってるわけじゃなくて、都会に集まってるわけじゃないっていうことだからこそ、この海洋庁でそこに良い教育、良い教育者かどうか分かんないですけど、とにかく良い教育があって、指導者はちゃんとここに人が集まるっていう構造を作れるんじゃないかと。
話者1:それをここで証明できれば、日本全国どんな田舎でも、そこで誰か教えてくれる人がいれば必ず人が集まるっていうのを、これも証明してやろうと思う。
話者1:そういうそっちもあります。
話者1:それをやっぱりこんな土井中でもちゃんと教育機関として動いて、実際本当に後輩たちがどんどん集まってきてるのは、これは当然倉敷庁員じゃないし。
話者1:特殊な土井中でもやっぱりちゃんと教えてくれる、ちゃんと指導してくれる者がいれば、若い子たちはそこに飛び込んでくるんだよっていう。
話者1:それを都会にしか集まらないから、田舎には人来ないよねって諦めてるお医者さんたちに、違うと。
話者1:田舎だから来ないんじゃないっていうこと。
話者1:それもやってやろうと思ってます。
話者2:チームビルディングみたいなことはもともとの先生の何でしょう、気質というか思いとして、そういうことも好きというか、何でしょうね。
話者1:そういうのは得意。
話者1:苦手な人もいると思うんですよね。
話者1:そういうことも含めての医療っていうふうに、発想が向かっていったのはやっぱり、やっぱり離島だったからっていう条件もあるでしょうけど。
話者1:何だったんでしょうかね。
話者2:ですね。
話者2:上のその時の副委員長が、沖縄本島でやってた時の副委員長が、すごい腕いいんですけど、人が集まらないんですよね。
話者2:それを研修院の最初の頃に言われて、確かにすごい勉強になるし別に嫌いじゃないし、みんなから好かれてるけど、チーム作りは全然できない人だったんですよね。
話者1:できないって思ってはなかったですよ。
その時は。
話者1:そういうのも周りが言ってて、なんかわかんないなと思ってて。
話者1:ただ、そのっていうのと、やっぱりチームがないと、離島が守れないっていうことと。
話者1:あと一つは僕自身は、そういうの作りたいって率先して、一番手でやる方じゃないんですよ。
話者1:ただ誰もやらないんだったら、誰かやらんといかんでしょっていう中で、なんかもう気づいたら背中押されてるみたいな。
話者1:いうことがそういう欲しいのかもしれないですけど、僕自身は先頭立ってやりたくはないんですけど。
話者1:でも責任感というか、誰かがこれをやっていかないと、形にならないっていう中のそういう思いですかね。
話者1:だからめっちゃ誰かやってくれるといいんでしょ。
話者1:別に海洋庁で誰かやってくれたら、別に僕は引いてもいいんですけど、それぐらいの、いつも。
話者1:本当は二番手でいたい人ですね。
話者1:僕は先頭切っては本当は一番嫌なんです。
話者1:人前で話すのもあんまり好きじゃないです。
話者1:みんなからはそうじゃないだろって、すごい言われるんですけど、誰かやってくれたらいいんですよ。
話者1:本当に手柄を取りたい方でもないです。
話者2:そうか。
話者2:でもトップダウン型の垂直型のリーダーみたいな、醸し出してるものとは全然違う印象があるので、やっぱりチームっていう言葉に象徴され。
話者1:るような、そこは思いつきます。
そこは僕は大学デビューなんで、中高生までは教室の端っこの方だったんですよ。
委員長とか生徒会長とかそういうのに立候補する人いっぱいいるじゃないですか。
メジャーな人とマイナーな人いるんです。
僕マイナーの方だったらすごい、マイナーな人の気持ちがわかるんですよ、すごい。
だからクラスでメジャーな人もいるけど、マイナーな人も全員揃ってクラスじゃないですか。
そしてクラス全員、誰一人として不快な思いをして欲しくないっていう中で、憧れててメジャーな人たちとも仲良かったんですけど、やっぱりみんないてチームっていうか。
だから海洋庁行った時も、誰一人として辞めて欲しくないっていうか、新しい僕らみたいな来て、僕らこんな色やるぜみたいな感じで入って気が付いたし。
そうなった時についていけないからっていう風には絶対になって欲しくないから、全員が辞めることなく続けられるように、足並みをちゃんと揃えていきたいですっていうのを一番最初に言ったんです。
いわゆるマイナーな場にいる人の気持ちも組みながら全体でっていうののチームなんですね。
掃除のおばちゃんまで含めて、バーナーでいるチームなので。
そしてみんなが気持ちよく続けられるように、仕事ができる人できない人ももちろんいますけど、できない人は10分の1しか働けないよとか言われてる人でも、10分の1は辞めるとしんどいわけなんですよ。
残された人はもっと10分の1また働かないといけないわけですから。
でも人が集まれば、0.5の人が5人くれば2.5人分働けるわけだし。
そしてみんなが仲良く楽しくっていう考えがベースであります。
個々の能力を発揮してみたいなチームビルディングとまた若干違う雰囲気もありますね。
能力主義的な要素だけではないみたいな感じでしょうかね。
話者2:できる人できない人とかだいたい言われたりね。
話者1:仕事してたり医療の中で結構看護師さんとか結構バーは言うんですけど、いやいやでも全員じゃないって。
そこはあと大学の時ラグビーっていうのがあって、全員違うポジションで、その一つのボールを。
僕は最後にボールを置くだけの役だったんですけど、走っておくだけの役だったんですけど、でもそれをみんなが繋いでくれて、それぞれの仕事がそれぞれ全員違うんだ。
でも全員がいないと取れないでしょっていう。
そこはラグビーでも結構培われたかもしれないですね。
話者2:そっかそっか体験的に学んだことになるんですね。
いろいろな要素が重なってっていうとこなんですね。
でも素晴らしいというか、そういうのを掘り起こしてもらわないと。
話者1:いやいやいや面白い。
でもそうだよね。
話者2:そうだなって思います。
なんかこんなところだろうなって。
話者1:人生2,3回この話は、マイナーな人の話は2,3回したことあるんですけど、でもだからこそそのマイナーな子たちの気持ちは本当に大事にしたいっていう感じ。
自分はなんかよく対応の委員長とかメジャーな人でしょ、みたいな感じで言われることあるんですけど。
話者2:そうですよね。
話者1:決してそうじゃない。
メジャーになることの方が善みたいな空気も社会にあるとありますよね。
なんていうかだからそこではないところにちゃんと本当のチームってあるような気がしました。
話者2:なるほど。
ちょっとまたパートパートで話を聞かせてください。
話者1:はい。
話者2:本当にリトー編だけでもたぶん1冊の本ぐらいになるくらいの体験をされてると思いますし、こう一個一個したら面白いですね。
いろんなリソースになると思いますんで。
話者1:はい。
話者2:じゃあちょっとこれで少しいろいろ動いてみて、また状況変わったところで、お連絡したい。
ちょっとまたお話の時間をみたいな感じでいかがでしょうか。
話者1:もっといろいろ聞きたくなるよね。
ありがとうございます。
今日予備水になった感じで、いいきっかけの時間いただけたんでよかったなと思います。
ありがとうございます。
すいません、短い時間で歴史の話が長いと思いますが、ちょっと休憩してから、のぞみたいと思いますんで。
話者2:すいませんお休みのところ。
話者1:いえいえありがとうございます。
はい、じゃあまたご連絡させていただきますので、今日はありがとうございました。
話者2:ありがとうございました。
話者1:失礼します。
話者2:ではではでは、ありがとうございます。
話者1:はい。