日付: 2026年7月2日
参加者: 話者1 = 永原レキ(レキ君)/ 話者2 = 長沼敬憲(まこりん)/ 話者3 = きょん2
キーワード: 阿波藍、スクモ、発酵、藍商人、北前船
備考: 未リライト。検索・参照用の原文ストック。
話者1:でもすくもづくりもやってるとこ無くなったけど、その文化大革命とか大陸はそれまで大陸が要はシルクロードのこのイーストエンドで、そこでこうもう中国4000年の歴史でいろんな文化が世界中の融合してできたものがそれが島国日本に渡ってさらに日本でもう独自の発展と昇華していってやっぱ日本の文化って世界の文化だと僕は思うんですけど、その株になったのが日本橋やし日本橋は江戸で周りの国を海を向こうの国はもう政治的な理由か分かんないけどそれまでの文化を壊してしまう傾向にあって失ったものがいっぱいあって、やっぱ中国とか台湾とか韓国の学者とかはもう自国にないものが日本で独自に守られているっていう、それを自国が失ったものをもう一回取り直す戻すために調査しに来るみたいな、それが日本橋に行くとある程度江戸に行くと集まってるからまず江戸に来るんですけど、日本橋の結構製品書店とか中国とか台湾の企業が日本橋に結構今出展してるじゃないですか。
話者1:あれはなんか日本橋を拠点に自分たちの文化のルーツをとりあえず取り戻しに来るみたいな。
話者2:そうなんだ。
話者1:そうっていう動きがあるらしくて、結局日本橋にはあるけど日本橋にあるものがすべてじゃなくて、結局阿波藍だけ紐解いていっても徳島って場所を見ないとそこはもうわからないわけで、東京だけじゃそこを東京拠点にやっぱそれを支えた全国各地の自然環境とかそこに根付いた産業にいるものをそこと都市を繋ぐ流通の歴史とかっていうのをもっと紐解いていくといろいろなんか文化のその元が見えてくるっていうか。
話者1:やっぱそれになってるのがいわゆる1万2万ヘクタールが20ヘクタールになってたけど支えてるその人たちが最後の砦なんで、中国とか台湾のそこを日本橋東京だけお金と人を送ってても意味ないし、そこからさらに一番末端のところまでちゃんとお金と人とものことを流通させないと本当に途絶えるからいうところに国レベル日本だけじゃなくて世界各地の人たちが政治家政治とか経済の人たちが意識をして守ってもらえるような流れを作らないといけないっていうか。
話者1:ちゃんと文化を理解するための形で経済と文化本当は結びついてるんだけど、経済性の方にお金を置かれすぎちゃうと文化は逆に先のすっちゃうんで、そこのバランスかなと思う。
話者2:なるほど。
話者1:さっきの藍商人とか本当に価値の最大価値をその物事が持つ価値を本当最後まで理解して、それが必要なところにちゃんと繋げるここだったらそれは価値ないんだけど、それをこっちに持ってくると価値になる。
話者2:今ちょっと昼間みたいな時間が来てしまった。
話者1:そろそろ。
話者2:そうで。
話者1:そういったことをやってきた人たちが藍商人だったりとか、要はその国とか土地の代表である政治経済のリーダーたちがそこをちゃんと認識して理解して把握して、そこだけじゃなくてそれを価値化できる場所他の地域との繋がりとか全体のその存在を認識した上でそれらをうまく繋げて価値を最大に上げてたっていう。
話者1:それができる人たちが経済商人を支えてたからいろんなものが回ってきたっていう今の現代社会はそれができてないとか問題だと僕らは思うんですけど、今ちょっと僕なんか車動かさなきゃいけなくて。
話者2:僕らも次があるからね、エビス信仰とかの話も含めて5日に予定どおり。
話者1:わかります。
話者2:一応ほぼこれチェックアウトに近い感じでだいたい締めの言葉的に受けたまったということにして。
話者1:そうですね。
話者2:チェックアウトは2時間目ですけど。
話者1:そうですね。
話者2:一応いいかな、レキ君的にそんな感じでチェックアウト。
話者3:はい。
話者2:ありがとうございます。
話者1:ありがとうございます。
話者2:そこに今次はだから大きな流通と経済に振興とかそういうものも関わり。
話者1:うーん、まあ、なぁと。
話者2:あ、つなげました。
話者1:ビュッ。
話者2:うん、まあその辺を。
話者1:つまびらかにしていけたら。
話者2:うん。
話者1:あれ、ぴょんぴょんつながってる。
話者2:ぴょんぴょん1回落ちてるみたい。
話者1:ああ1回落ちた。
話者2:今聞こえてた俺はこれ落ちちゃった。
話者1:あんまり聞こえてない。
話者3:聞こえました。
話者2:落ちちゃった。
話者1:じゃあまあそういうことで。
話者3:はい。
話者2:ちょっと5日に。
話者1:ありがとうございました。
話者3:すみませんちょっと待って。
話者1:お願いします。
話者3:お願いします。
話者2:そうですねじゃあ今日はちょっとこれで。
話者1:あのはい。
話者3:すみませんちょっとバタバタで。
話者1:大丈夫です。
話者3:また構造化その他はシェアしますんで。
話者1:はいよろしくお願いします。
話者2:蓄積していきましょうとりあえず。
話者1:はいありがとうございます。
話者3:また改めて。
話者1:今日はありがとうございました。
話者3:はい。
話者1:ありがとうございました。
話者1:はい、じゃあちょっとレキ君、その話を少し、あそう、ですねばあ、の若干関わるうん、本題に関わることでもあるかもしれないですね。
話者2:そうですね。
話者1:あの大阪に行ってましたというのの、さ6月えっとね、京都はね、最初京都から話すと、あの祇園神社日本産祇園、うーん一つというかまあ一応日本の今日祇園代表みたいなのが京都の、うんですね、や坂神社だってあってさか、さん行きました、やそこのもね。
あそこを僕今まで日本産祇園ってその広島県福山のぬらくま神社とうち徳島県回復の四肢食いの神社すごいだとあとは京都のそのいわゆる八坂文化京都に今日の祇園まあ意外と今日の祇園はちゃんと参拝したことなくてうん今回ちょっとタイミングがあっていけて日本産業を制覇してきましたって言うあってます佐野さんとか村民将来アイネアンド竹ヶ島とかにも生連携あの特殊かもさ6月30日で名護市夏を超える大腹いっぱい大払いで血の上がったらいいんすごいタイミングでその日に行けてあの全別の仕事で京都行ったんですけど今日29日が仕事で翌朝があの家の名護市の大腹への血の悪ぶりに参拝できたって言う結構ピラクルなタイミングでしょ。
目が狙ってなかったんですよ。
これはまさに村民将来のあの象徴何かよく呼ばれ呼ばれた感じでした。
うんで自分を超えたのはあの京都その参拝する直前てか朝のよっちょっと止まっちゃったんでしょうかをマッチで行っちゃいましたね大丈夫あ聞こえますか。
話者2:うんっ。
話者1:今日ちょっと直前まで京都の夜飲んでて夜の街でうーんあの4時半ぐらいまでもじゃああの、吐きまくるぐらいまで飲んでいった町で4444歳で44歳でこんなマジ救急車呼ぼうかなぐらいなかったぐらいすごい恐るべしあの日本とそう、あのある意味次元を超えてでどうにか戻っ朝不復活してで家の悪ぐってみたいなちょっとだけどの壮絶だよ夜と日中を過ごしてきました。
あの京都行ったのは今僕がコモンやらしてもらっているジャパロニアっていう霧のキッピーの木を植える開始んえっとそこっときりはいきりですね創生切りっていう早く成長する霧をやる環境省の元事務次官そう中井徳太郎さんって方があの、あの元事務次官さんでその方がコモンをされているん会社なんですけどそうそこに僕も一緒にちょっとコモンで入らせていただいてちょっと自分の持っているその全国の匠あのとか伝統工芸とかまあサーフィンとかいろんなつながりをその会社で共有させてもらってて京都はあのつつみ浅木ちゅるしている漆屋さんがいるんですよ京都に漆の会社その漆の会社にあのお連れするのが今回の実お仕事だったんですけど。
その京都漆も藍染めとかと同様もうほんと貴重なあの古来のが原料とか技術でそうそれをまあ京都の町で日本のほんと7割8割をあの守っている会社があって国産のうちそう、ブーブー今日いいいいいい中人とか画材とか音量あの提供するというか生成して各地の主漆を塗る職員さんたちに届ける仕事をしている会社でうーんカレーと包みくんと一緒にあの擬音神社や坂神社ブーブー言っ僕はその彼サーファーでもあってサーフィンと工芸とその擬音で言うまあその信仰とかその歴史社区間の歴史で京都と四肢食いをつないでいきたいねってずっと話をしている仲間でそう一緒にあの漆と藍と霧で木のサーフボードを作った今までしたこともあってそうなんかそんなそんな動きをしてましたうーんすごいあのからのせっかくなんで大阪からの大阪翌日行って落語家の仲間があのそのある対象うんブーブー彼のちょっと大阪の天神社であったんでそこに行ってその神方落語の世界をちょっと勉強してするって言うあの応述でa本そうああああああ電波が悪いではその舞台の天天万宮のすぐし敷地内の落語のその舞台があってもうすごいすごいなんかもういいあのなんつーんだろう芸能とそれこそ信仰が結びついた場所で大阪にあってまぁそこも言ってみたいなからの徳島の昨日のより帰ってきていけさんみたいなチェックイン長めのチェックインでしたありがたいです。
じゃあチェック簡単にチェックインするとはい今はキョンキョン実家が東京にあるんではいそこにいますね。
あのあのから東京東京さん実家どこでしたっけ長歩の姉線が割って言うと。
話者2:あせんせんがわーなんすか。
話者1:うーん。
話者2:えっせんがわあれす友達います本当ですか。
話者1:えっとねええっとメガネ屋さんがいるんですよ有名なえっせんがわの変顔のメガネ名前忘れた大ちゃんっていうめっちゃないすてきなメガネ屋さんがあってあの昔からあるやつかな書店外にあるよね。
話者2:ある何名前忘れたわかんないけどあのメガネ僕ぐらいの年のすごいすごい人の良い人間みせるのできてるあのa友達がん。
話者1:この人はサーフィンからのつながりとはまた別あの大杉俊平くんっていうあの大杉レンさんっていう俳優さんのあの息子さんが大杉俊平っていうカメラマンとして彼はまあ活動してるんですけど彼お父さん亡くなったとお父さんの実家が実家っていうルーツが徳島なんであのまあお父さんの足跡というかお父さんすごい徳島大事にされてた方ででなんかお父さんのまあその亡くなった後その余計徳島にこう来る機会が増えてうーんでなんか自分は写真家なんで写真を通じてその徳島のあの自然とかしたことだをあの伝えていくみたいな活動結構まあ有名人の店なんでまあメンティアあのよくあれを取り上げてあのなんつーんだろう色々違う。
そうなんかそんな俊平君との中まあ僕もこの5、6年付き合いがあってそれの彼の仙川に仲間が多くてやってるわけじゃないんですよね、メガネ屋さん彼の多分行きつけのメガネ屋さん。
話者2:おー面白い。
話者1:お父さんのお父さんのお父さんのお父さんのお父さんのお台からスイス堂かなスイス堂スイス堂スイス堂それそれスイス堂ですスイス堂さん本当にそうなんだ商店街にあるやつ確かにあの老舗で有名だと思う。
この辺は芸能人でなんかテレビに出たことあると思う。
そう長原レキって言った大ちゃん大ちゃんオーナーの大ちゃんがそうなんだじゃあ何代目かなんだねきっとね多分お父さんの時代からやってるはずですね。
話者2:そうですよね見て覗いてみよう手が脱線してるよだから船側にいてさっきのねレキ君の話だと髪型落語なんかいろいろと髪型落語といえば米町さんって人間候補になったその米町さんのところの協会にいてマネージャーみたいなことやってた女性が早山にいて彼女はそこを離れた後も落語の活動を啓蒙するというか、もっと一般に根差したような形で場を作るってことをやっていて島さんって言うんだけどまさかに彼女が思い浮かんだ。
話者1:そうだよね。
話者2:実は早山でもやっている髪型落語なのもう一回庶民というか一般の人との接点をもっと増やしていくってことを多分彼女はやりたいんだと思うけど落語ってことですか。
話者1:落語自体はねかつら米町さんでしたっけ。
話者2:資料をいろいろ見てたら米町さんめっちゃ出てきてました。
話者1:髪型落語を復興させた人という位置づけなんで中のキーマンみたいな人らしい。
話者2:それが大阪が本拠地なんですよね。
話者1:髪型の落語はもう一回衰退してて戦後にもう一回それをさせるというか、その中心人物みたいな感じがそうしてる米町さん。
話者2:早山にいるんだずっとついてた女性がいてね彼女の地域のこととかいろんな地域につながって活動してるんで彼女がどこかにつながるかもしれないななんて。
話者1:面白いですね人のつながりがね。
話者2:もともと粋の人だしね。
話者1:そうそう粋長崎だから粋津島の粋。
話者2:恵比寿ですね。
話者1:恵比寿なんだ。
話者2:恵比寿信仰がすごい根付いてるのが粋津島粋エリアにすごい根付いてる場所の一つなんで。
話者1:そうかなんかいろいろやっぱつながりますね。
話者2:たまたま昨日昨日恵比寿にいたのね。
話者1:そうですか。
話者2:恵比寿も一応あんまり大きくないんだけど恵比寿神社ってあってありますね。
話者1:でもあそこは恵比寿さんなんだけどなんだっけヒルコっていうの。
話者2:ヒルコですねヒルコちゃん今年のうちじゃなくてね昨日ちょうど用事があって行って少し手合わせてきたからさなんでヒルコなんだろうねみたいな話をしてヒルコの話もなんか徳島の淡木原で生み出されたけど背がない骨がない軟体動物的な感じで生まれてきたからこの子はダメだって流されて徳島の阿南って海から流されてそれのヒルコがたどり着いたのが兵庫県の神戸の一宮西宮恵比寿っていうのが関西が一番でかいんですけど関西の恵比寿神社恵比寿と恵比寿さんといえば西宮っていう商売神様なんですけどそこもそのヒルコ伝説後ろ主とそのヒルコの違い僕もあんま分かってないですけど昨日初めてそこを認識したくらいだったんで同じものなの。
話者1:ちょっと調べたら面白いかなと思ったりもした。
話者2:あとこっちの流れで言うと虎ちゃんが全部終わって最後に小屋さんの地元にある乳津姫神社そこからスタートしてるからそこにお礼参りというかそれで多分コンプリートだと思うんですよね。
7月の10日前後ぐらいに早山来てくれるんですよ。
そこで本のこととかも密にミーティングをしようとかっていうのも言ってるのとまだレキ君が会ってないけど発端になったマサゴさんっていうね。
話者1:マサゴさんもその時期に早山で僕ら行けないんだけどコンサートやったりもするからマサゴさんの今年のテーマが前も話したかもしれないんですけど早山さんがやさか神社とかはスサノー系で伊豆網的ないろいろ連想されるなとか思って自分たちが何となくいろいろと。
話者1:パズルのピースみたいに繋いできたものが、今日の話で特に阿波の国起点で繋がってくるとまた面白いというか、共有できるものが増えてくるような気がしてて、ちょっとお昼ぐらいまでそんな話ができたらいいなと改めて思っています。
話者1:つれづれなるままに聞きながらいろんなものが連想されました、というところですね。
話者1:ぜひともよろしくお願いします。
話者1:空海さんと、昨日インスタで、東京でお世話になった会社のミーシャさんが来月7月から9月まで、東京国立博物館で空海展があるんですよね。
話者2:やりますやります。
話者1:それの国宝ガイダンスをミーシャさんらしくてやるんだね。
話者1:そういうこともやるんだ。
話者1:広野さんでライブやったりとか今までもされてきたんで、広野さんとか、そうなんだ面白い。
話者1:ぜひお二人もチェックしてみてください。
話者2:面白そう。
話者2:行こうと思ってたんだ。
話者1:神言と、神言って空海が密教が大事って言ってるんだけど、神言と言葉じゃないですか。
話者1:落語とかもそれがどんどん消化されたものというか、本当の話かっていうし、言葉を操るプロたちだなと思って。
話者1:そういうのも昨日落語を聞きながら、神言っていう言葉を考えた。
話者1:人に物事を伝える手段として言葉が、文字があるっていうのは、それに人生かけた人たちみたいな。
話者2:確かに。
話者1:目的が笑わせることで、笑いが薬になったりとか、笑わせることっていうのは実はすごく崇高なこと。
話者1:そのために自分の人生かけてる奴らが集まってきて組織されてるというか、造成されてる。
話者1:神方落語もそうだし、吉本新喜劇とかも。
話者1:昨日一昨日で、吉本新喜劇も行ってマンザイ師も見て、そこが実は仏教とか神言っていうキーワードで、実は繋がるんじゃないかとか考えながら見てた。
話者2:そうだよね。
話者2:言葉の日本的な系譜がありそうだよね。
話者1:いろいろ考えすぎると、よくわからなくなってくるんですけど、歌詞作詞とかもそうだし、落語とかって普通に生きてたら接点ない人多いし。
話者1:僕の場合はたまたま正福定勝利っていうのが僕の友達で、同世代で、お遍路繋がりでもあるんですよ。
話者1:全国いろんな地方に回ったり、神方王道の古典落語もするし、創作落語もするんですよ。
話者1:歴史創作も得意で、すごい面白い仲間で、結構最近落語界で賞取ったり、すごい注目されてて。
話者1:彼とのご縁も空海仲間なんで、正福定勝利、早間の方とかにもぜひ。
話者1:昨日おとといは、京都の八坂神社から篠輪とか大阪行って、結構自分の中で。
話者1:自分のルーツが、西南、関西、大阪なのに。
話者2:確かに。
話者1:で、大阪って結構第二の故郷で、いろいろなじみがあるけども、結局やっぱ、全然何も大阪のこと知らなかったっていうか。
話者2:なるほどね。
話者1:なので、やっぱ自分の地元のこともやっぱ知らなかったし、大阪ってなかなか行く機会ないですけど、やっぱこの30過ぎて、なんかいろんな視点とかその捉え方が変わった感覚で大阪行って見直すと、人脈とかも含めて、やっぱ見る視点、パースペクティブがかなり変わっていくと、やっぱ大阪も見え方めっちゃ変わってくるっていうか。
話者2:そうかもね。
話者1:なんかすごい立体的に繋がりが、より自分の中で理解していく、認識していくっていう感覚があって。
話者2:それもね、本当なんか今回もいい学びの旅でした。
話者1:面白そう。
話者2:本当だっけ?
話者1:はい、そんな感じで。
話者2:きょんきょんも一言。
話者3:ありがとうございます。
聞こえてる?
話者2:ちょっとあと、しゃべったら私ちょっと消えるね。
画像が、画像がっていうか音声がやっぱすごい切れるんで、一回後で消しちゃいますけど。
話者3:そうそう、この間も思ったんだけど、西成の話してたじゃん。
話者2:さっき恵比寿さんの話してたけど、私恵比寿さんに行ったんですよ。
話者3:西成の恵比寿神社で。
話者2:あ、じゃあ今宮恵比寿。
話者3:そうそう、恵比寿さんっていうやつだよね。
話者2:そうそう。
話者3:なんかあそこ行きたくて、そういえばうちお札があるんだよ。
話者2:しかも今宮恵比寿の。
話者3:そうそう、今宮恵比寿の。
話者2:なぜかあそこに行きたくて、去年かな?
話者3:うん。
話者2:なんか行ってるんですよねっていうのをそうそう、この間西成の話をしててそうだと思ったんだよねって思った。
話者3:それはレアです。
話者2:レアだよね。
話者3:レア。
話者2:それとなんか、この間なんだっけ、亀ちゃんの話もしてくださったじゃないですか。
話者3:で、しずちゃんっていう、知ってる?しずちゃん。
話者2:うん、わかるわかる。
亀ちゃんと会ってましたね、しずちゃん。
話者3:そうそうそうそう、だからしずちゃんのインスタで亀ちゃんとそうそう映ってて、あ、これが噂の亀ちゃんだと思って、かわいいおばあちゃんが。
話者2:そうそうそうそう。
話者3:師匠。
話者2:ねえねえねえそうそう、なんか面白いなと思ってたんだよなと思って。
話者3:それをちょっと出しときます。
話者2:亀ちゃんはもう本当に亀ちゃん。
話者3:でもなんかかわいらしいおばあちゃんっていう感じだけどね。
話者2:亀ちゃんもぜひちょっと一度トラちゃんに会わせたいですね。
話者3:トラちゃんまだ会ってないのか、そうだよな。
話者2:多分、多分。
話者3:そうだよね、話題に出てないから会ってないんだよな。
話者2:うん、出てないと思う。
話者3:あの人がもう完全にもうマザーなんで。
話者2:すごい。
話者3:で、なんかそうずっと会いたかったとか言って、そういうやっぱ人なんだとか思って。
話者2:面白いなと思ってます。
話者1:大阪はその恵比寿さんがあるところって、まさにその地名が恵比寿なんですよね。
話者2:その隣に大黒町っていうのがあって。
話者1:そうですよね、大黒町です。
話者2:恵比寿町と大黒町っていうのが隣り合わせてあって、日本橋があって。
話者1:で、昔はそんなの全然知らなかったけど、やっぱ大黒、多くにぬしとことしろぬしがついで地名にもなって。
話者2:だいぶ進行した。
話者1:だからやっぱ大阪もそういう。
話者2:で、その先に四天王寺、西成があって、聖徳太子の大神。
話者1:そうですよね。
話者2:四天王寺があって、手塚山っていうのがあって。
話者1:安倍の生命とかがね、いたところ。
聖徳太子とか空海とか。
話者2:やっぱ相当、大阪も超重要拠点なんだなっていう。
話者1:確かに。
話者2:思います。
話者1:関西、西、そういう情報が結局、現実の現在、今の大阪を歩いてると、維新の会とかの政策かわかんないけど、外国人だらけで。
話者2:特に中心地のナンバーとかのアーケード街とかのお店とかもほとんど外国の人たちが。
話者1:すごいね。
話者2:だからやっぱ、そこに対して、大阪の人たちも神方落語もそうだし、本当の大阪の、本当のっていうか、もっと古い古来の伝統とか、歴史とかっていうところとか、今もそれが根付いて、今も根付いてる場所とか人とかっていうのに対する、意識とか認識が、知識が全然追いついて足りてないっていうか。
話者1:だから、僕ら徳島で、この阿波藍とか淡路とか、農林水産業とか自然環境を守るっていうか、その価値を改めて、相認識して共有していくっていうのと同じように、都市部でもやっぱそれ同じさしかないと。
話者2:だから、っていうのはすごい思って。
話者1:確かにね。
話者2:思いました、本当に。
話者1:大阪って、やっぱり都市としての大阪のイメージが強いから、まだしも京都や奈良の方はもう少し下のレイヤーも見えるんだけどさ、大阪はちょっと見えづらくて、そういう場所として行くっていう機会がなかなか今まで作れなかった。
話者2:だから、そういう人多いんじゃないかなって気もするしね。
話者1:たこ焼きとかね。
話者2:その中で吉本新喜劇って出てくるじゃないですか。
話者1:吉本がやっぱ出てきてるのはすごいなって思いました。
話者2:吉本っていう会社はやっぱすごいなっていうのは思いましたね。
話者1:ジャニーズとか吉本とか問題めっちゃいつもね、最近叩かれてるけど、芸能を支えてきてる会社っていうのは世間とその途中に根付いてるものを、芸能ってそのハブやと思うからやっぱつくづく。
話者2:その芸能になってきて、今の現代でもちゃんと事業として成立してて、ある程度認知もされてて、芸能っていう会社ってすごい。
話者1:確かにね。
話者2:コンプライアンスとかいう話みたいになると、芸能ってさ、もともとはいかがわしいものにつくれてた。
話者1:全部を妨害したような感じでね、面々と続いてきてるからね。
話者2:だからそこをあまり綺麗にしすぎちゃうとね、本当はちょっと光と闇みたいな。
話者1:教養範囲が狭くしてる中で、でも守るものは守るとかね、伝えるものは伝えるみたいにね、心が閉まるからね。
話者2:その辺が、認知されづらい社会でやってくるのは大変だろうなと思うから。
話者1:今だから苦労、陰と陽、両方が均衡を保って、それを保ち続けてきたものが、その均衡がもう保たれなくなってきて、黒い部分をめちゃめちゃ突っ込まれて、それを破壊されようとしてて、ヤクザとか極右の世界とかもそうじゃないですか、すごい一層されたりとか、死とか陰を忌み嫌って、それが悪だみたいな、排絶する傾向にあって、丸ごと全部ね、それはもう、その辺がよくわからない正義みたいな、ちょっと行き過ぎてるなっていうのは、めっちゃ思います、ほんと。
話者2:悪いものを取れば良いものが残るかって、そうとも言えないっていうね、体のこともそうだけど、何だからただ取っちゃえばいいとか、バランスもあった上で、悪いものも含めて成り立っているわけじゃないですか、だから、仁教とかヤクザもみんな暴力団って感じで、ネーミングされたってことだよね、昭和って結構そういうのがだんだんえげつないというか、切り捨てる切り捨てるで、変な正義がね、広がっていったような体系もあるから、それで今、残長というか、そうやって作られちゃったものの、結果としてどうなったかみたいなところの今、現象が現れている時代かなと思うからさ、平成で、今、令和になったけど、もう一回作り直すというか、構築し直すようなタイミングで今、こうやって出会えたり、物語をもう一回作り直す必要があるのかなっていう、レイヤーを全部もう一回何とか可視化して、そこに今日の話とか、ある部分のレイヤーに焦点を当てて、表層だけじゃないところで、うまく話をつないでる感じもするけど、その流れで、カワイイとか、ちょっと待って、前回の振り返り的に見ると、次回はということで、愛について、阿波藍めの文化と出会うまでを話して、そこからですよね、亀ちゃんと出会ってみたいな、エビス信仰とか環境とかその他、産業的なものとかいろんなもの、どう連動していくかみたいなところがメインで、空海さんの話とかまで、前回の内容の補足と、あと、懸念事項があって、一個は音楽家で僕すごい影響された、小澤健次さんの方にも実は影響されたんですけど。
話者1:なるほど。
話者1:その、その、その、その、その、原発の放射性核廃棄物処理上の問題が直面して、その原発の放射性核廃棄物処理上の問題が直面して、その活動、勉強会して、それをやってたのは、テレビ、ニュースになったりとか、それこそ神戸の当時の友達を通じて、それこそ神戸の当時の友達を通じて、その子が小澤健次さんの知り合いだったんですけど、ちょうど、その小澤健次さんと奥さんのエリザベス・コールさんっていう、彼らはアメリカに拠点を移してて、彼らはアメリカに拠点を移してて、今のメジャーシーンを一度離れて、ニューヨーク拠点に活動してて、ニューヨーク拠点に活動してて、で、向こうでそのパートナーのエリザベスが、で、向こうでそのパートナーのエリザベスが、映像の監督でドキュメンタリーフィルムとかを撮って、映像の監督でドキュメンタリーフィルムとかを撮って、で、小澤健次がその音楽を付けて、で、小澤健次がその音楽を付けて、その映像作品とかを作って、南米、中南米とかに回って、それこそ西洋文化に侵食されていくというか、それこそ西洋文化に侵食されていくというか、支配されていく、そういった威圧的な現象になっていても、自分たちや日本の友達や文化を守ろうとしている人たちに、自分たちや日本の友達や文化を守ろうとしている人たちに、女性にターゲットをあてて、映画をちょうどやってたんだけど、女性にターゲットをあてて、映画をちょうどやってたんだけど、女性にターゲットをあてて、映画をちょうどやってたんだけど、手仕事とか食べ物、工芸とか。
男性にターゲットをあてて、映画をちょうどやってたんだけど、そういう体制と支配される側を守ろうとする人たちに。
日本に帰ってきて上映ツアーをされてたんですよ。
日本各地域、都道府県もなるべく回るみたいな流れで。
上映ツアーチームみたいなのが作られてて、その中に僕の知り合いが繋がりがあって、どうせやるんだったら、そういう意識のあるコミュニティ。
人がいて、コミュニティでメッセージを受け取ってシェアしてくれる人たちのところって、それまでのメジャーの活動とは全く違うベクトルで活動されてて、たまたま僕は原発の活動をしてて、そういうやる気のあるというか興味のある面白い友達がいるって紹介されて、そしたら小澤くんとエリザベスが徳島でやりたいって言って、来てくれて。
うちに滞在して一緒にいて、映画の上映もやらせてもらってみたいな。
その時にやっぱり前回お話ししたミーシャさんと宮沢和海さんと会う前の話なんですけど、そういうテレビとかメジャーの世界で活躍されている方と接点をご縁いただく機会が、環境問題を通じてあった。
話者2:なるほどね。
話者1:良かったものがいました。
話者2:そこもポイントなんだね。
話者1:その後も、いわゆる世界にジャック・ジョンソンとか、ジョン・フルーの周りとか、すごい世界のメッセンジャーアーティストがいるけど、日本にもそういう日本のアーティストがそういう意識を持って活動されている人たちがいるっていうのは結構実体験として、20代前半で経験させてもらったっていう。
その中で自分は何ができるのかなみたいな、別に有名人でもないし、プロサーファーにもなれないし、ミュージシャンにもなれないし、みたいな。
でもそういう人たちが活動している人たちがいる中で自分も何かしないとっていうのは、よくも悪くもそういうプレッシャーだったり後押しになって、自分ができる道を探していたときに、ところで阿波藍に出会ったのかなっていうところが補足。
もう一個は、こういう名刺でミーシャさんとかその名前出してるんですけど、マイクロくんでテックの、彼がこの間まさに薬物処置とかで捕まってたり、コンプライアンスみたいなところで、このデータAIの他の人たちに迷惑かけちゃいけないっていうか、この話してるデータの内容がどこまで出るか出ないのかみたいなところがあって、こういう名刺を出さないほうがいいのかなとか。
話者2:そうね。
今お見せしている構造化のやつとかはまず内部で、そらちゃんと共有しているサイトが、あれも別にまだ紹介は、あのアドレス知ってる人しか見てないから、実質的に誰も含めてなくて、あれは叩きとして作ってるんで、ある程度政策が進んだところで、瀬戸向けにリニューアルする、みたいなときに何をどの程度盛り込んだ方がいいかっていうのは一応確認はして、あんまり過剰に反応する人じゃないかもしれないけど、こういう名刺でちょっと気にした方がいい人は外すとか、そういうようなことは普通に本の政策でも一緒なんで、ですよね。
そこだけ結構気をつけないとって思ったので、すみません。
話者1:それだけちょっと改めて。
話者2:はい、そこもじゃあ、話すつつで、じゃああれかな、本題に入ってみますかな。
話者1:阿波藍に出会って、やっぱり阿波藍っていうのをなんとなく知ってたけど、いわゆる土から農家さんがいて、土作りから苗起こし、種まきからやってっていう、農業っていうものがあって、農業というか藍という葉っぱを育てる人たちがいて、それをさらに収穫して、刈り取って茎と葉っぱを分けて、その葉っぱを天日乾燥させるって、それを夏の間その作業をやり続けて、ストックした乾燥した葉っぱを、次は冬まとめて、寝床っていう室内ですね、下に専用の土の床を作って、発酵するに適した環境の下で葉っぱを積み重ねて、そこに適度な水をかけて発酵させていく、寝せ込みっていう作業。
それを週1回水を含むと、酸素と水に結合すると、その葉っぱに住みついている古藻菌っていう菌が繁殖する。
それで水を得て発酵がして、どんどんその微生物が葉っぱを分解していくみたいな。
それと同時に発酵と同時に熱を帯びて、70度とかすごい高温になるんですけど、発酵すればするほど水も蒸発していくんで、水が切れていくと発酵も止まるんで、ある程度水が減ってきたら、湿り気が減ってきたらまた追加で水を足して。
話者1:混ぜて均等に混ぜてまた1回やったら、むしろって布団の代わりにむしろで上から熱が逃げないように本当寝せ込みなんですけど、それをだいたい週1回ぐらいのペースで切り返しっていう水を巻いて切り返す。
均等にしないと発酵がバラになるんで必死、そういうのをやる愛師っていう、愛に師匠の師、愛師っていう職業があってみたいな。
それを約4ヶ月間かけてその切り返しを続けるともう最後、緑の乾燥した葉っぱだったのが、乾燥した緑色の葉っぱだったものが微生物分解によって体積すごい減ってかつ色も抹茶色の発酵、染料本当土ですね。
いわゆる森の中で紅葉樹とか分解されて、雨が降って微生物が分解して、その葉っぱが分解されたものが土になっていくっていう、人工的に愛という植物でやるのが愛師さんの仕事。
それでできたものがスクモって言われる、染料草冠に染めるって書いてスクモと呼びます。
これは愛という植物を発酵4ヶ月とかさせて発酵させて、その土のような大秘化させたものをスクモと呼ぶんですけど、これがいわゆる天然藍染めの日本の人工的な天然藍の原料ですけど、そういうの知らなかったですよね。
当時はアメリカと出会って、トータスという法制会社が人の肌に優しい人の体にも環境にも優しい肌着を作るっていうのを掲げて130年くらい、それこそ大阪で創業した会社が法制業界の縮小で地方に工場があった海洋町に本社を移して細々と法制業を残してきた会社なんですけど、そこが先代の創業者の教えである肌着は第二の皮膚であるっていう理念のもとで真面目に国産のものづくりを続けてきた会社が自分たちが作ってる肌着の染料を見直したときに、染料もやっぱり化学染料に切り替わってて天然のものって全くなくて取り扱ってなくて、健康な肌着を作るメーカーとしては染料も見直していかないとっていうことで徳島に移転してきたこともあって、徳島の伝統的な愛文化に着目して徳島の愛の染め師、藍染めする人とか染料を作る愛師さんたちとも5円を少しずつ作っていって自社の商品を染めてもらってデパートで販売してっていうっていうのを。
あとは徳島には障害福祉施設って全国にあるんですけど、徳島は障害福祉施設が天然の藍染めを導入して活動されてるところが何件かあってそういったところでトータスの製品を染めてもらって、ユニバーサルファッションとかも前からやっててその福祉とか社会福祉とか医療とか人と自然の健康環境的なところとかも結構すごい先見性の当時だから、僕がやったのも17年前とかだけど、それより前からもそういう活動をしてた会社なんですけど、ちょっと話がばらばら飛ぶけど、そういう会社が海洋町にたまたまあって、僕は帰ってきて帰国して東京のビッグサイトでなぜかその会社のブースで会ってそこの亀ちゃん、そこで一人で白髪でジブリのおばあちゃんみたいな人がそういう説明をしてくれてみたいなそう。
やばいやんってなってえーみたいなそっから、やっぱり海洋町と愛、徳島帰ってこの愛のこともっと勉強しないともっとこの日本は遅れてるって思ってた、アメリカ、オーストラリア、オーガニック、僕はサーフィン、音楽、アートって通じて日本にもっとそういう自然と寄り添ったローカルを大事にする価値観を広めていきたいって思ってたから、海外の英知をもってよくしてやるぜみたいな感じで帰ってきたけど、いや日本人やばいってなって日本やばい、しかも徳島すごいみたいなやば。
これは純粋に勉強しなきゃって、そっから愛の世界に入っていって、さっき言ったように愛師さんとかトータスという会社を通じていろんな人脈というか繋がりをシェア、シェアしてもらっていろんなとこ通う、1週間泊まり込みで染料作りを教えてもらったりとか畑一緒に作ったりとか。
そうトータスもちょうど僕が出会う1年前から自社で畑をして自社で染めをするっていう事業にも取り組み始めた時だったので、帰国して2年はゲストハウスとカフェ屋とかやってたんだけども、震災をきっかけにトータスの藍染事業に社員として入ってそっからより本格的に愛の世界との繋がり、イコール吉野川流域のとか徳島市内とか徳島の北部との繋がりを愛という文化を通して土地との繋がりっていうのも少しずつできていくっていうプロセスがありました。
愛染の具体的な話で、スクモを作る愛師たちがいてスクモ補足っていうとフスクモって草冠に染めるで、漢字の世界も結構奥深いじゃないですか。
漢字ってもいろんなあれが含まれてるんですけど、愛染だけじゃなくて今は化学染料っていうケミカルなものが染料にもほとんどいうものが流通してるんですけど、そうじゃない草木とか草木染めかな。
主には植物草とか木とかを原料に色を出すっていうのがそれ以前は主流だったんですけど、なので草冠って植物にあてがわれる縁ですけど、それに染めるっていうのがいわゆる愛という植物を発光させて出来上がったものに対してあてがわれたっていうのはそれだけしか言わないんだ、スクモって。
スクモっていうのは草木染め。
数ある草木染めの中でも重要な染料だっていうのは漢字が証明してると思います。
そこもスクモの面白いとこだなっていう。
それだけ他の草木染めに比べて圧倒的に時間かかるんですよ、染料作るまでのこのものは収穫してすぐ煮出してとかできるんですけど、愛の場合は収穫してからのかかる労力時間が他の草木染めと全く違うっていうかいわゆる愛という植物が持ってる効果効能っていうか聴取効果とか抗菌効果紫外線カットとかっていう。
やっぱりそういう薬効の強い他の草木染めも薬効あるって言われてますけどあるものもあるだろうけど、愛って特にそういう効能がある、強いって言われてて。
スクモ自体も成長剤胃腸薬として持ち運ばれてたり持ち歩かれたりとか。
ジャパンブルーって言葉もサムライブルーって言葉も、そのいわゆるただただスクモっていう染料元に生み出されるすごい深い濃い色がサムライブルーとか特に濃い藍色紺色に近い色に近いようなをサムライブルーって言うんですけど。
なんていうのかなその手前で説明が必要で、藍染めも生葉染めって言って収穫した生葉をすりつぶして水に混ぜて染める水色の薄い淡い色が出る生葉染めっていうのもあれば、乾燥させて乾燥した葉っぱを粉にしてそこにアルカリ材的なものを入れてやる乾燥葉染めみたいのもあるし。
そういうのは収穫してから結構比較的短いスパンでできるんですよ。
ただ深い濃い色は出ないんですよ、色違うんですね。
全然違うんです。
スクモにすることによって生み出されるそのすごい濃淡があって、それやっぱりスクモにすることによってすごい深い色が出るっていうのが昔の人が時間をかけて多分編み出していったんでしょうけど、まずスクモを作ることもそうだし、スクモをただそれに水とかお湯を混ぜて液体にしたら染めれるわけでもなくて、そこからがさらにスクモなんですけど、アク発酵だてって言うんですよ。
そのスクモを元に藍の染料を作って染める技術、藍染めの染料を作ること建てる、家を建てる。
アクっていうのは灰汁、灰の汁に発酵に立てる。
アク発酵だてっていうのが日本の天然藍染めの主流主な技術の名称なんですけど、他にもね愛もね色々あるんですよ。
小藍染め本藍染めとか色々あるけど、ちょっと僕が主に関わっているのはアク発酵だてです。
でもスクモがまずあるあとはまずは他のも一種共通して必要なのは灰汁アクですね。
アクっていうのは木の灰をお水なりお湯なりと混ぜてその灰が沈殿した上澄みですね、アルカリ液。
アルカリ液です。
これも強アルカリ液、強度のアルカリの強い水溶液が必要なんですけど、その強アルカリ液にするために木灰と混ぜるとpHが上がるっていうのはpHが上がるっていう概念はなかったかもしれないけど、なんせそういうただの水じゃできないけど、木灰入れたやつと入れたら水溶色素が溶けだして、スクモの中にあった色素が水溶性じゃないものが溶けて、そこにスクモって1回乾燥した状態で出荷されたりするんですけど、その乾燥されたスクモを仕入れた染め師さん、染めをする人たちがそのスクモを使って液体を作っていくのがアク発酵だってそこから先は染め師の仕事なんですけど。
農家さんがいて愛師さんがいて次染め師さんがいて、今ちょっと話してるのは染め師さんの仕事の内容なんですけど、あそこに木灰がいる。
それをさらにその液体に戻してさらにもう1回発酵させるんですよね。
もう1回発酵させるんだ。
自体を作るときも発酵させるし、その染料を染める作業ができる状態にするためにもう1回発酵させるってもう発酵だらけなんですよ。
これなんか本当言葉だけで今本当説明すごく難しいんですけど、なんせ農業から発酵発酵みたいな感じで、そこに愛の葉っぱだけじゃなく水だけじゃなくて発酵立てにはまず木灰が必要木が必要になって林業がつながってくる。
特に木灰なんで何かを使う、木を燃やした後なんで例えば料理とかね、熱をエネルギーとして何かを使った後の副産物なんですよ木灰って。
それを土に返したりすることもあるだろうけど、それを二次利用するのに木灰が二次利用できる。
その副を備えるための染料を作るためにそれとかもすごい錬金術だと思うし、それなのよく考えたのみたいな。
木灰がすごい重要で、しかも杉とかヒノキとかっていう新葉樹の木灰じゃなくて紅葉樹。
特にこの辺りだとえっと木炭とか炭にするものにもやっぱあの徳島とか四国九州だとあのウバメガシっていうガシのウバメガシの木があ。
話者1:る、硬いそういうものが炭にも適したりするんですけど、阿波藍染めに必要な木灰も硬い木の灰じゃないとダメなんですよ。
話者1:それはできる液体のpHの数値が全然違うんですよ。
話者2:そうなんですね。
話者1:薪とかもそうじゃないですか。
薪とか炭も本当そういう硬い木を使うんですけど、料理とかした後に出る灰とか、あとはかつお節とか、節を作る、いぶすときも結構硬い木が使われるんですけど、だからかつお節の工場から出た灰とかを、今も藍の染め師さんが分けてもらって、それで開く。
話者1:今もつながりがある。
話者1:だから林業だけじゃなくて水産業とも関わっていくというか、木灰だけとってもそういうあれなんですけど、木灰だけじゃなくてさらに必要なのは貝灰っていうのがあって、貝灰は二枚灰ですね。
赤貝とか。
話者2:貝なの?
話者1:はい、ホタテとか。
貝の他で使う用途で言うと漆喰とかに使うですね貝灰は。
貝灰は貝、水産物由来のアルカリ剤で、貝の食べた貝を燃やして、貝の殻を燃やして粉々にしたものなんですけど、それも必要なんですよ。
話者1:木灰、貝灰、それはもうペーハ調整剤ですね。
そして木灰、貝灰っていうのは必要で、それ木灰だけでやるとこもあるし、貝灰使わないとこ、石灰でやるとこもあったり、石灰の方が手に入りやすいから、貝灰、石灰使う人が多かったり、でそれ使ってると違うとかそういうの言い出すから、これややこしいんで。
話者1:でも一応バーッと説明すると、木灰、貝灰、あとは日本酒。
糖分が必要です。
生物のその餌になる。
日本酒でかなう人もいれば、小麦とかのぬかのふすまって言うんですけど、ふすまを入れる人もいるし、あとは水飴、今だったら入れる人もいるし、何かしらその養分がいる。
餌をね。
海外だとバナナ入れたりとか、売りもらったり。
話者1:そう、なんせその木灰、貝灰と、日本酒とか小麦だったら、米とか小麦なんで農業なんですけど、作物、で貝灰は水産物、で木灰は林業、木材。
農林水産のしかも大体副産物なんですよ。
それを価値化しているっていうか、その再利用、二次利用するっていう、さらにされて作られるものなんですよ。
話者1:阿波藍光大呪。
天才じゃないですか。
価値がないもの、まあ価値がないというか、そのものが持っている価値を引き出すことが、やっぱ錬金術だと思うし、まあそういうのは当たり前に行われてる。
話者1:阿波藍染めの染料の原料とか、そのプロセスだけ見てても、なんか全く無駄がないっていうか、そうやって生み出される染料である。
まあそれが他の草木染めとかも、まあ明板使ったりするけど、やっぱそれが、なんていうのかな、その複合、総合格闘技みたいな、そこがその藍染め、特にスクモを使ったアクハコウダイの魅力というか、その凄さだと僕は思います。
話者2:あ、キョンキョン切れた。
話者1:でまあそういうのはね、やっぱ知らなかったわけです。
でこれってもうめちゃめちゃ重要じゃん。
環境のこととか。
で藍染めだけ見てもそうだけど、まあ藍染め以外の話をしたら、味噌とか醤油とかね、それこそ牧土産牧とか、もう日本ってそもそも藍に限らず、そういったもので全部がこう巡ってたわけで、藍は結構それの一つのハブになってたと僕は思うんですよ。
話者1:衣服、日本人みんなが藍染め着てた。
だからジャパンブルーっていう言葉があるし、で特に侍ブルーっていうのも。
染料を作るまでもすごい時間かかるんだけど、その薄発酵立てで液体化させて、染めれる状態にするまで、また2週間10日2週間かけて、徐々に液体を作っていくんですけど、さらに色も1回染めるのと、もう3回5回10回20回30回って、染める回数で全然違うんだけど、やっぱ最後職人さんが染める、手で染める時に。
話者1:あの重ねれば重ねるほど濃くなるんですよ。
だから濃い色ほど時間と手間がかかる。
でやっぱそのいろんな色日本人て同じ藍色には48色とかあのすごい何十色もその。
要は名称がついてて最初カメのぞきっていうところから始まるんですけど。
カメを覗いただけでふわっとちょっと映ったらすごい淡い色とか最初最後はえっとトメコンって言ってもうこれ以上。
これ以上染めても本色ならない。
トメコンが止まるトメコンでトメコンの一個手間がカチ色って言うんですけど。
なんせその間に藍色があったりルリー色があったりとか。
48色くらいあるって言われてて。
アメリカとか西洋とかだとせいぜいロイヤルブルーとかライトブルーとかブルーネイビーとか本当は5,6色。
青いことでも。
でも日本人ってやっぱ感性が豊かすぎてそこにちゃんと言葉がついてるっていうか。
一個一個にすごいディテールで。
その中でも深いトメコンその手前のカチ色っていうところまで染めた。
衣服を染めたり。
兜を染めたり。
お侍さんっていうのはカチ色っていうのをすごい好んだんですよ。
カチ色って漢字ちょっと褐色ちょっと難しい。
カチ色っていうのは字は違うんだけども。
勝負の勝ち負けに言葉遊びじゃないですよ。
演技を担いでカチ色に染めたものを身にまとって戦いに臨むっていうのが。
ティックスみたいになってそれが全国の武士たちに伝わったのが。
全国の武士たちが侍たちがそういうカチ色をつけていく。
好んで取り入れるようになったのが言われたのが。
今の侍ブルーって言われている言葉の語源なんですよね。
色の名前だけじゃなくて侍だけじゃないですけど。
藍染めを取り入れる理由がさっきの黄巾某中小臭。
農家さんも漁師さんも。
火消し消防の火消し恵みの火消しみたいなありとあらゆるシーンで藍染めっていうのが着られていて。
農家さんだったら汗とか虫除けとか日差し除けとか。
囚人の牢屋に入れられている人たちの囚人服って昔藍染めだったらしくて。
それはもうお風呂入れないし不衛生な状態の人たちが。
菌がいわゆる疫病が広まらないとか多分いろいろあったんだと思うんですけど。
恵み火消しは火が映りにくい燃え映りにくいんですよ。
だから藍染めの服を着てたって言われてて。
漁師さんとかも藍染めのものがあるんですけど。
日本人は外で自然の中で仕事をするとか。
いろんな自然の環境とか置かれているところから。
体を守るために藍っていうのがすごく効果的だったから。
どの分野でも藍は入れられて。
侍さんも怪我したりとか戦に行って。
不衛生な状況が続いたり。
いろんな体が危険に晒される状況が続くことがあるから。
やっぱりそういう時に藍の服を身にまとうことで。
少しでも自分の命を体を守るっていう目的があったみたいですね。
そういった歴史というか。
シュウフウシュウシュウカン文化が。
いわゆる今の言葉。
ジャパンブルーとか侍ブルーってものにつながってるっていう。
そんなこと誰も知らないじゃないですか。
話者2:知らない。
話者1:知らなかったし。
だからその辺をもっと勉強しないとなっていう。
のでそれが結果的に環境問題とか。
地方の農業とか。
土地の活用とか。
そういったものにもつながっていくし。
人間一人一人の個人の健康にもつながっていくし。
日本の酒米味噌醤油発酵食文化はすごく見直されてるけど。
衣、衣装飾というのも非常に農業と発酵によって作られてきて。
それがやっぱり自然と人間の共存に。
仕方を探してきたというのは。
食べ物が結構注目されがちやけど。
農業の復興から含めて。
やっぱり日本国全体で考えていかなきゃいけないっていうのは。
すごい思いますね。
やっぱりそれがもう完全に衰退しきってるんで。
衰退したきっかけが。
結局江戸時代。
明治大正ぐらいまでが。
阿波藍のピークって言われてて。
一番ピーク時の徳島県内の生産量。
藍の葉っぱの農作面積が2万ヘクタールって言われてて。
1万5千から2万分件によって違うんですけど。
そのくらいの広大な規模。
特に吉野川流域を中心に栽培されてて。
それが今は15から20ヘクタールに減ってるんだけど。
千分の1規模ですね。
減ってるって今の現状と。
なぜそこまで減ったかっていう。
ざっくり言うと。
一つは明治維新。
文明開化。
開国。
まずは海外から日本のすくもよりも。
インド藍。
インド藍が世界中結構流通してたらしいんですけど。
インド藍が入ってきたっていうのも一つ。
一つの理由の原因の一つって言われてたり。
その後はインド藍に続いて。
化学染料。
インディゴピュアっていう産業革命で石油石炭工業化されて。
石油石炭の需要が一気に増えて。
石炭を使った後に出る石炭のカスから。
藍染めの藍紺色と同じような色色素が含まれて。
それを抽出する技術が。
ドイツで1800年ぐらいに開発されて。
1750年の産業革命から。
その後に石炭の排気物いっぱい出るんですけど。
そこから抽出する。
藍色の色素を抽出するっていう。
それがインディゴピュアって名前で世界中に流通する。
広まっていくんですけど。
それも日本に入ってきて。
圧倒的に価格が。
生産コストが減る。
生産量も含めて。
それが今の現代もインディゴって。
ファッション業界とかでインディゴ詰めとかやれるけど。
ほとんどがインディゴピュア。
で。
岡山とかジーンズの街で有名で。
インディゴ詰めで有名だけど。
ああいうところ。
ああいう今の現代でいう。
産業として残ってるところの。
染めっていうのは。
基本的にはインディゴピュアと言われるもので。
僕が冒頭で話した。
阿波藍とは全く違うもの。
その辺の違いは全く認知されてない。
話者2:全く認知されてない。
インド藍とはどう違うんですか。
話者1:インド藍は植物が違うんですけど。
インド藍っていうのも。
インド藍豆花の。
インド藍っていう植物なんですけど。
日本はタデアイで。
タデアイの藍。
で。
沖縄とかに行くとリュウキュウアイ。
キツネのマゴカのリュウキュウアイ。
日本は違うんだ。
ヨーロッパに行くと。
アブラナカのタイセイ。
ウォードっていうのがあったり。
藍って日本だけじゃなくて。
世界各地にあって。
アフリカにもあるし。
なのでこれは日本だけに限らず。
世界に人類を。
いわゆる守ってきたというか。
植物であり。
文化で。
技術。
それぞれ植物の種類とかが。
微妙に違ったり。
あと繊維を作るプロセスとか。
全然違ったりするんですよ。
日本の藍だけ。
圧倒的に。
時間がかかるんですよ。
すくもを作る。
それ以外のところって。
ドロー藍っていって。
収穫した藍を水につけて。
そのまま。
そこから色素を水に抽出させて。
そこに3日ぐらいで。
もう抽出できるんで。
そこから藍の。
抽出してしまえば。
茎とか半分全部一回取って。
ネットで越して。
そこに抽出液が入った液体に。
石灰アルカリ剤を入れて。
混ぜて。
真っ青になるんですけど。
それ1日置いとくと分離して。
下に泥状の藍色の泥状が。
溜まるんで。
上の水捨てて。
残ったドローを乾燥させて。
染料として使うんですけど。
だいたいプロセス。
かかる日数としては。
1週間以内でできちゃうぐらい。
収穫からの時間が。
話者2:発酵はさせないということですよね。
話者1:染料を作る時点では。
すくもができないんだね。
すくもを作るっていうのは。
日本独自というか。
なんで日本。
日本の藍でも別に。
ドロー藍作れるんですよ。
タデアイでも。
でもなぜか日本人は。
みんなが1週間ぐらい。
作っちゃうものに。
なぜか。
全然違うやり方。
これは中国でもそういう。
中国からこのすくも作りが。
伝わってきた。
僕はよく聞くんですけど。
でも今中国には。
すくも作りの文化がほとんど。
残ってないって言われてて。
中国はその文化を。
失っているみたいで。
日本でそれが維持されている。
中国からそれを学びに来る。
調査しに来る人たちもいます。
お茶とか取り入れて。
それも。
戻そうとしてる。
話者2:うん。
なんで日本人が。
そこまでやるのか。
わからないし。
話者1:明確な僕は。
理由はいろいろ調べても。
これっていう理由。
わかんなくて。
ただでもやり続けてるんです。
それを。
だから。
インド藍とかの方が。
安価だし。
生産量とか。
生産労力とか。
コストとかで。
判断したら。
絶対勝てないんですよ。
それが衰退の大きな理由。
だって言われてますね。
でもその中でも。
細々と。
藍を作る人たちが。
徳島の吉野川領域に。
何件か残ってて。
その人たちが作った藍は。
徳島だけで。
消費されるわけじゃなくて。
基本的には。
京都とか東京とか。
九州の久留米とか。
東北青森の黄金橋とか。
日本各地で。
染めとか織りとか。
刺繍とかね。
いろんな技術がある。
文化があるんですけど。
やっぱそういうの。
残されてる。
継承されてる方々が。
同じように。
染料にもちゃんとこだわって。
やられてる方々がいるから。
維持されてるというか。
江戸時代とか。
最盛期とかも。
すごいことやったと思いますよ。
日本一の産地で。
日本一の藍の産地って。
徳島は言われるから。
徳島が藍の。
メッカだって。
なりがちなんやけども。
使ってくれる人たちがいるから。
作る需要が増えたわけで。
供給する必要が増えたわけで。
そこからが。
藍商人の話になっていくんですけど。
やっぱその。
全国で使ってもらえる人たち。
技術とか文化とか地域。
土地があったり。
原料があったりとか。
そことのつながりが。
強かったから。
供給をどんどん増やせたし。
それが。
日本一の藍の産地になったんだけども。
藍の文化っていうのは。
徳島の先輩特許じゃないっていうか。
日本全体で。
生み出して。
大きくなっていった文化であるっていう。
またまた。
生産地の供給地としては。
日本で一番長い。
徳島の吉野川領域っていう。
他にも。
小銀座市青森。
藍犬の。
藍犬の民族維持。
それもそうか。
おかぐるめがすり。
九州。
あと岡山。
美善とか。
いろんなところ。
四国だったら。
伊予がすり。
愛媛県。
徳島ってあんまり。
いわゆる出口が。
あんまりないんですよ。
出口。
技術とか。
工芸。
話者1:ないことないけど、肩染め、染めもいろいろあるんですよ。
肩染めとか絞り染めとか、いろんな染めの技術っていうのは、使われ方っていろんなのがあって。
特に今日京都の西陣織とか有名ですよね。
江戸だった江戸小紋とか、特にはやっぱり江戸時代明治時代も、東京江戸と京が一番の取引先だったらみたいです。
大阪京都関西だった、東京は日本橋あのあたり一旦集約されて、日本橋を拠点に江戸の界隈に広まっていったそう。
だからまあいろんな各地の染織とか絞り染めの技術に関しては、僕はそこは専門じゃないんで説明ここでしきれないですけど。
話者2:じゃあスクモを作ってたっていう感じなんですかね。
話者1:そうです。
はい、スクモで形になって、あちこちでやってもらってる。
話者2:そうですね、各地の染織技術に関しては、お客さんだった。
話者1:うーん、そう。
まあなんで徳島の人たちはその阿波藍は徳島のもんや、みたいにこうなりがちやけど、徳島が守ってきたってなりがちやけど、そうじゃなくて。
あの、それ以外の使ってる技術の人たちの存在、土地の存在があって。
みんなでこの阿波藍と言われるあの、九州にも他各地に、そのスクモを作るっていうあの文化はもともとあって。
話者2:そうなんだ。
話者1:そう、それはずっと、あの阿波藍の起源から言うと、そのもうすごい、えっと奈良時代とかね。
話者2:うん、があったって言われてるけど。
話者1:それ、徳島が日本一の阿波藍の産地って言われ出したのは江戸時代に入ってからなんですよ。
江戸中期以降。
話者2:うんうん、うん、うん。
今も今も今もその生産量日本一の阿波藍、徳島なんですけど。
話者1:うん、うん。
徳島のだけのものじゃないっていうところですね。
一旦、一旦そんな感じで。
話者2:うん、うん。
はい、了解。
えー、あの徳島の生産量とこのスクモにこだわるというか品質で、はい、そのインドアイとかその海外国際的にはさ、もっと簡易に作れて。
話者1:うん。
話者2:安価でやれるものもあるにも変わらず。
話者1:うん。
話者2:さっきちょっと原因がよくわからないと話してるんだけど、品質が違うのかとか。
それにどういう風にとらわれて、色味とかはね。
話者1:そりゃやっぱり見る人が見たら違う。
話者2:うん。
そうね。
ほんとに泥灰とか、泥灰でで染め、泥灰でもその時間短縮すごい短い時間で染料を作れて。
泥灰もそこにさらにそのアクのアルカリ液入れて、糖分何かしら入れて、まぁちょっと似てる。
発酵させて染料を作るんで。
話者1:うん。
話者2:染料を作るまでの時間は全然違うんだけど、その染料を液体にして染めるプロセスは結構似てるんすよ。
話者1:うん。
話者2:で、泥灰での染料でも数回数染めればすごい濃い色出るんすよね。
話者1:うん。
話者2:だからなんでスクモにするんやろ、わざわざみたいな。
話者1:へー、不思議。
話者2:うん。
で、まぁそのやっぱりその絶妙なその色の濃度のとか、あの。
話者1:うん。
話者2:やっぱそのなんか赤みがかったっていうか。
話者1:うん、うん、あるんすよね。
やっぱり液。
話者2:へー。
専門家が、専門家っていうか阿波藍の人たちが見たら違うって分かる部分あるんですけど。
話者1:うん。
話者2:絶対一般の人とか、もう僕もそれなりの阿波藍見てきたけど。
話者1:うん。
話者2:まぁ違うのはなんとなく分かるけど、いやそんな4ヶ月も時間かけて。
話者1:うん。
話者2:やるやらなあかんなんでなんやろっていうの。
色の種類が何だっけ、48だっけ。
話者1:48、48なのか、100、108っていう人もいるし。
なんか。
話者2:へー。
日本の色ってさ全般的にすごく細かいじゃない。
話者1:だから。
話者2:うん。
話者1:でもそれはある程度昔の人は認識してたから。
話者2:はい。
話者1:って言葉も生まれて。
話者2:はい。
そうだね、今の我々が見ると。
あの色の種類が何だっけ、48だっけ、48。
話者1:るとそこまで見分けがつかなくても見分けがついたってことなのね。
話者2:そうね。
話者1:だからそういう目で見たときにその目に叶うというか、ものを作ろうとなった時には4ヶ月ぐらい書けないと、いうここなのかなぁとは聞いててちょっと感じた。
話者2:ん。
話者1:ね。
今の社会の基準ではない基準があったかなっていう。
話者2:いや、結構ねもう深くもそこはね。
なんかあの探求しきれてないっていうか面白いね。
話者1:そこでも。
でもそれすくもにすると流通しやすかったとかそういうのがある。
話者2:いや、それも泥合いも水分を見てるんですよ。
最初。
でも泥合いも結局布の上とかに引いて天日乾燥してブロック状にするんで軽いんですよ。
流通の運搬しやすさ、持ち運ぶ運搬のしやすさではない。
すくもにすると水分飛ばせば飛ばすほど軽くなるんですけど、すくももね最終的に叩いてたってガッチガチに固めるんです。
昔は。
あの、今は結構その土のような状態である程度その水分が多少乾いてるけど多少水分が残った状態で、かますっていうあの藁のみたいな袋に入れて出荷するんですけど、昔はねそれをついてついてあのガッチガチに固めてガッチガチに固めたなんか固まりみたいな状態で出荷してたみたいです。
それやっぱ船に少しでもたくさん乗せるために。
だから今はその作業してないんですね。
話者1:うーん。
なんせね不思議な。
話者2:すくもを作るときはもうすくもの山になった藁の葉っぱの山になったところに水かけて混ぜて後ろを引いた後、酒器みたいなのを備えてお酒を置いて祈る。
ずっとあるし、それこそ恵比寿三羽草。
恵比寿苗林行浄瑠寺の三羽草をすくもの根床でやるんですよ。
一軒だけそれやってるところがあって、私はそのすくもの山根床が県内いろんな場所にあって、みんな正月にはちょうどすくもができるのってその正月年明けとかなんで。
10月11月12月1月には1月2月には1月ぐらいにできるものは多分。
そうするとすくもの根瀬込みの終盤に正月が重なって、三羽草っていう恵比寿苗林行浄瑠寺の身分の低い人たちが各家庭にも回ったりするけど、愛知県のどこにも回って恵比寿苗林をすくもの根床にさせてあげる。
そこは面白い。
話者1:つながってるんだね。
恵比寿の話もこの後聞きたいんだけど、なんか今の予感では江戸から明治で相当な断層があって、江戸って言っても歴史本には載ってるけど、全然異世界って感じ。
だから僕らの普通に感じてる感性ではちょっと捉えきれないものも、自分の中で成り立っている産業だもんね。
時間間隔が全然違うんだなと思うし、長いって思ってたか分からないんだよね。
4ヶ月とかっていう。
今の価値観で言ってるだけだからね。
メジャーが違うというか測度が。
そういうものを呼び起こそうとしてるのかなって思った。
江戸の街の話とか江戸時代という場所が、阿波の藍の発展には必要な場所なんで、文化の発展の上でも一番重要な場所は江戸なんで、江戸のマーケットがある。
ハイクオリティなマーケットがあったって感じだね。
そこに行くっていいのかな、次は。
話者2:藍を作る農家さん、藍師さん、染め師さん。
技術的な染め絞りとか、染め師さんの仕事なんですけど、染める前にいろいろ仕込む絞りとか型染めとかいろいろあるんですけど、技術的なものづくりの役割を担う人たちもある程度いろんな職種があって、各地に刺繍とか織りとかっていうのがあって、藍染めのものづくりの話で今までは職人さんとかアーティストとかっていうのは、それを探求する人たち。
今の時代の。
そこに自分の興味があって、それを受け継いでというか、それをものづくりを通じて、藍を伝えていきたいみたいな。
僕はやっぱり結果的にそこにはいけなかった人で、農業とか手仕事を、自分の時間というか、そこに根を下ろせなかったというか、やってたんですけど、2年前ぐらいまでは染めもやってたし、今はほんとたまに、自分の工房で染めをやめて2年ぐらい経つんで、やらなかったんですけど。
そういった人たち、周りにはそういう人たちしか、今も少ないけどいて。
僕がなぜ染めとか農業からの活動じゃなくて、今の活動をやってるか。
藍商人っていう、藍の流通させた人たちの存在と、その役割みたいなものが面白い。
染める人のものよりね。
染める人たちも仕事がないと、息子も農家さんもそうだけど、使ってくれる人がいないと、作ることができないわけで、その需要と供給の間に立って、いろいろシステムを作った。
その仕組みを作った人たちが、商人であり政治家。
当時は徳島だと阿波の藩主、八塚公ですね。
藍の商材として、藍を扱って海鮮業を中心に、全国の流通の仕組みを作った商人。
藍商人。
この八塚さん、阿波の藩主、八塚家と藍商人の存在が、僕はすごい面白いと思って、そこにもそういうところも、勉強してきたというか、自分なりに興味を持って、調べたりしてきたんですけど。
これどこまで話したらいいかな。
これどこから話したらいいか。
吉野川流域で基本作るじゃないですか。
吉野川流域で作る。
栄えた発展した理由の一つとしては、吉野川っていうのは毎年氾濫する。
やっぱすごい水害の多い。
日本三大暴れ川というのが一つ。
利根川、関東利根川と九州の十五川、徳島の吉野川。
それだけ水害に悩まされてきた。
で、利根川と十五川と吉野川流域それぞれちゃんと藍染めの文化やっぱ根付いてる。
主要な地域なんですよ。
渋沢栄一は藍商人。
藍のね、藍商人家系。
利根川通りで。
あれも、あのエリアも徳島に次ぐ一大藍の産地だったんですね。
くるめ。
十五川にもくるめがすりってあって、千歩川流域でも藍とか綿栽培がされてて。
徳島の藍が全国的に拡大して流通するまでは、九州も藍農家さん、スクモづくりしてたっていうのは聞きますし。
河川の流域に、藍のまずは農業が一番大事なんですけど、根付いてきてるんですけど、やっぱその藍だけじゃないと思うんですけど、水大事で。
特に藍っていうのは、よく肥料を置く、肥料食いって言って、肥料をたくさん必要とする植物なので、原作障害が起きるのかな。
なぜか肥料をたくさん使うから、一ところでずっと育てられないし。
洪水が起きると、上流山からの肥沃な土が平地に流されてくるし、洪水によってリフレッシュされたりするし。
やっぱそういう水とそれが運ぶ肥沃な、栄養価の高い土が運ばれてくるっていうのが、藍作の条件。
で、徳島は、江戸時代、八塚さんが入った時とかは、その藍の産地としては、他の地域の方がもっと盛んだったんですよね。
海に一個挟んだ向こうの晴間の国が、優秀な藍師さんたちがいたって言われて、八塚さんは晴間の国から藍師さんたちを招集して、吉野川陸に済ませて、技術指導してもらって、藍の藍作をより藍の政策として奨励したっていう、いうのがあったんで、それ以前は他の地域の方が藍の産地としてあったみたいです。
だけど八塚さん、政治家が意図的に藍作をいわゆる奨励した。
それ、やっぱ政治の力があったと思います。
人材であったりとか。
そう。
で、吉野川流域の自然環境条件を生かした商売、商材、藍に賭けようみたいになったんじゃないですかね。
多分。
で、決めて。
で、そっから藍が作り始められて。
で、藍が本格的に吉野川流域で作られ始めて。
で、その吉野川の自然の水の流れだけで、常に毎年毎年狙ったように土が毎回運ばれてくるとか。
そんな都合。
それだけで僕は日本一の産地になるっていうのは難しいと思う。
徳島ではよくね、吉野川がそうやって広くなって土を運んでくるから、徳島は日本一の藍の産地になったって、よく言いがちなんですよ。
徳島の、藍の肥料とか見てた。
僕はそんなわけないあると思ってて。
それもそう。
それがまず基盤にあったのは確か。
だけど、やっぱり2万ヘクタールって相当な土地なんで、それだけの藍作の支える肥料、栄養を維持するっていう、それを投入するだけの肥料を維持するのはすごい。
自然の水の流れだけじゃ絶対無理。
で、そこで、愛称人って言われる人たちの海鮮業が、船に乗せて。
当時はもうトラックもない、飛行機もない時代なんで、結局大量のものを乗せて輸出させるので、船が主軸で主要な輸送手段で。
その船を作る造船業。
造船業の原料を支える林業。
造船を作った船を運転する海鮮技術。
金備えた人たちが流通を支える。
徳島には、ナルトってところとか、吉野川とか、徳島の市内に、外の他の地域とつなぐ主要な港があって、ここに最終的に吉野川の藍が集められて、そこから海を通して全国に出ていくんですけど、それを担ってたのが藍商人。
あと水軍。
商人の商船だけじゃなくて水軍。
通行を管理する、いわゆる海賊森水軍。
瀬戸内海で一番有名なのは村上水軍。
水軍と連携して、海賊から守るとか、通行料払って安全に流通させてもらう、手打ちができる人たちがいたんだと思う。
それを全体のネットワークを、流通をスムースに円滑に行える、ネットワークを持った人たちが、藍商人だったと思うんですよ。
徳島の場合は、阪州八塚さん岡加江と一緒についてきた、森水軍がいて、その人たち森水軍というのも、流通、政治の参勤交代とかもそうだし、藍商人の流通にも多分関わってたはずだと思います。
そういう海鮮業の流通の仕組みを、ちゃんと作ってたのと、さっき言った原料供給。
木材のそれが徳島県南部中心なんですけど、杉、主に杉の安定供給。
杉をある程度しっかり供給できる土地が徳島の南部にあって、それが海洋庁海府軍。
あとは中川流域の杉と海府川流域の杉。
そこの林業家たちとネットワークを持ってた。
その木を運び出して、各中川、海府川から川を通って木を持ってきて、それを徳島の方まで木を運んで、徳島の浄化町のそば、阿波阪の八塚さんの城、徳島城の近くに、森水軍たちの拠点があって、そこに船大工の町があったんですよ。
そこで船を作るっていう造船。
話者1:業の技術集団も抱えてて、そういったものを全体的にネットワークを、チームを持ってたのが、持ってたのが一つあって。
話者1:そこに藍っていう商材を載せて、流通させてたんですよね。
話者1:これだから懸難の話がここで関わってくるんだけど、これをちょっと後にしておいて。
話者1:阿波藍っていうのが吉野川流域だけで育った文化じゃない、ってまず一つある。
話者1:買ってくれる地域に運ぶための手段があった。
話者1:買ってくれる地域があった、文化があった、人がいた。
話者1:そこに運んでお金にして、それで富を稼いだ。
話者1:プラス、肥料の話に戻しちゃったんですけど、藍を売りに行く先々は港町、全国各地の。
話者1:その港町で藍を売ります。
話者1:そこで船が空になります。
話者1:そこに実は藍商人たちは空になった船に、商材を積み込んで持って帰ってくるんですけど、それが肥料だったんですよ。
話者1:全国各地の港町は海沿いの地域なんで、必ず水産業があります。
話者1:太平洋の南部、太平洋の西日本海、静岡から西、沖縄まではカツオブシ。
話者1:黒潮流域はカツオが獲れるんで、カツオブシっていう産業すごい日本の食を支える上で、大事な産業で。
話者1:カツオブシって産業が必ず、特に鹿児島から熊本、浜草から宮崎で、高知で、和歌山で、ずっと静岡ぐらいまであって。
話者1:そのエリアにも藍は運ばれてたんで、そういった土地の地で藍を売った後に、カツオブシを作った後に出る。
話者1:カツオブシって身の部分しか使わないんですけど、それを乾燥させて粉にしたものが魚粉って言われてて、カツオブシの副産物なんですけど。
話者1:それが農業用肥料として使えるんで、それを買って帰ってくる。
話者1:東北とか北海道に行くと日清、秋田とか青森とか、日清五田っていうのがあるんですけど。
話者1:日清五田っていう、日清って油を取るために主に使われてたらしいんですけど、油っていうのを取った後に干からびたら食材としては良かった。
話者1:がないから油を塗った後のリシンを全部乾燥して粉にして、これも保肥料って言われてるのかな農業用肥料として販売されてて、それも全部阿波の藍商人が藍を売った後に北海道とかリシン商人から買い付けてそれを持って帰ってきて、千葉とかもそうで千葉は静岡から植えてかつぶしよりもイワシとかなんですけど、イワシも同じ油イワシ油っていうのは北のほう行くとリシンだけど東日本はイワシでイワシも油取るのにすごい重要だったんですけど、イワシが千葉の会話あるけど、イワシの扱ってた商人から漁師とか商人からイワシの乾燥した肥料を仕入れて帰ってくるそうやって全国に藍を売った後に水産業の副産物の農業用肥料としての素材を買い付けて帰ってくるんですそれがまた吉野川流域の藍の農家さんたちに売られるんですよね肥料と染料の中の1000倍特許を藍商人たちが抑えてたそれでうまいこと、だから好循環で吉野川流域のもとの話でいうともともと藍を育てるのに好条件の土地があって自然環境があってそこに人為的にさらに肥料を投入することができたから品質も生産量も上がるっていうそれでどんどん藍のクオリティが上がっていく生産量が上がっていくそれでどんどん経済としても発展していくっていうこれは吉野川だけじゃ絶対できないものまず根源として船がいる木がいるそういう海の流通を支える人たちがいるっていうその人たちとの関係性をちゃんと維持していく先々のいろんな水産業者とか藍を売るためには工芸に関わっている技術を持っている人たちいろんな人たちと徳島を中心徳島の海風県南の林業吉野川流域の農家さんで海鮮業者を主体に全国各地のネットワークを持ってた人たちが藍商人それをつなげたのが藍商人それができたから阿波の藍が日本一流に発展していくとか面白いなそこの藍商人たちの後悔を支えたその精神的な支柱になっているというか信仰がまさに恵比寿信仰とか本平信仰っていうあとは市岸島村方三女神とかそういう古来の海洋民族たちが信仰してきた祈りとか安全公開祈願公開安全祈願の対象の宗教的精神的祈りの対象みたいなものがあってそれが人の一つが恵比寿信仰だっていうのは前回お二人に共有した僕のインスタグラムに書いた徳島の恵比寿祭りで今も配られる白い紙に青色の丸がいくつかついてる紙がつけられてるんですけど藍の品質を和紙にその年取れた藍を和紙にこすりつけてその発色具合を見て藍の品質を調べるっていう手板紙って言うんですけれど昔はそれで藍の品質を調べて等級付けして価格決めてやってたんですけどそれを徳島の新町川藍波浜ってところで毎年品評会をしてから全国に出荷されるんですけどその品評会の判断するための手法としての手板紙っていうのは昔あって今その藍商人たちにとって大事なあれなんですけどそれが今も徳島の恵比寿神社1月10日の恵比寿さんの時には鯛とか笹のみんながよく見る恵比寿さんのもらえるやつあるじゃないですか、あれになぜか徳島の恵比寿祭りには白の紙に青い点々がついた紙が一緒につけられててそれは多分徳島だけだと思うんだけど川の藍商人と恵比寿神社恵比寿さんっていうのはすごい深い繋がりがあったのは間違いないと思います。
話者2:藍商人でさ保有名詞でさ誰か名前が残ってる人がいるのか名もない人今から見ると名もない人たちが全体で総目としてあったのか、その辺はどういう感じ?
話者1:山西さんとか鈴江とか藍商人あとくじめひょうじろう一番有名なのはくじめひょうじろうっていう人で淡銀行の創始者って言われてて徳島で初めて金融銀行を作ったのも藍商人なんですよ江戸時代明治か。
話者2:淡銀銀行は明治だよね。
話者1:その前身みたいな感じで江戸からの藍商人たちの系譜があってあのくじめ銀行っていうのが最初の藍商人が作った銀行銀行っていうかそういうあれですねでくじめ銀行っていうのができてそれが1回ちょっと飛んだしてそれをもう1回復活させるのに融資が集まって淡銀行として再生してるんですけど淡銀行の元になる仕組みを組織を作ったのは藍商人くじめひょうじろうって言われてます。
他にも藍商人有名な人たちいろいろいるんですけど彼らは徳島が始まりだけどやっぱり最終的には自分たちの流通の中心地を日本橋に構えてるんですね。
あれさ松坂商人とかが三井池が一番有名でしょ江戸の流通というかだから松坂の縦島と戦いを合わせていちご屋ですよね。
松坂とか三井というか伊勢出身の商人って多いんですけど松坂商人ともいるしでもあれ徳島淡商人もそうやって体制した人がいるのかなんかその辺は江戸の歴史も刻まれてる。
徳島で今も名前が残ってると大っ嫌いですよね、その全国。
話者2:面白いね。
話者1:でもあの三井とか江戸の日本橋の当時の様子を一番13メートル長い絵に描かれている旗大称乱っていう作品があってそれ見るとあの江戸時代の日本橋の商店みんな藍染めののれんなんですよ三井めっちゃある。
その商人たちの今も残る有名な商人たちの象徴として藍ののれんっていうのはあってやっぱその多分藍の染料のもとって多分徳島だと思う江戸時代中期以降は。
だけどまぁそこで旗大称乱って調べたらめっちゃ面白いんですけど江戸800夜長世界の人類史の中でもっと発展して成熟した時と場所が江戸の日本橋だっていうそれは藍だけじゃなくてあらゆる産業文化人物事が国内だけじゃなくて結局藍もそうだけどひも解いていく世界盲史から渡っていくそれが最終的にどんどん集まってきて成熟しきったのが江戸の日本橋だって言われてその時のその様を絵に残してあるのが旗大称乱。
今レプリカが三越の時間に出て広重の絵のおやつ?
作者不明なんですよ。
でもこの絵は全部本当に藍染めがバーってなってるだからそれにちなんで日本橋今小江戸室町とか日本橋って企業さんが何社かがお金出して日本橋ピンラーで藍ののれんプロジェクトとかやってるんですよねでも残念ながら徳島は全く絡んでないんですよそこに。
定品化したのがあれなのかね。
そういう三井家とかそのプロデュースみたいなもんじゃない?
話者2:実質は。
話者1:でも根幹のところは阿波藍とかが本当は関わっててクローズアップはされなかったのかわからないけどだから阿波銀行も日本橋に拠点を置いてて藍松林たちも日本橋にいろんな自分たちの拠点を持っててそれこそ渋沢栄一とかは阿波藍には勝てないというか誰だ?
武衆藍って言うんですけど今もあるけど武衆藍っていうのはやっぱ阿波藍は軍を抜いてたんで渋沢栄一なんかは阿波藍の商人たちに相当それに追いつこうとする勢力だったはずなんですけど時代の転換期で阿波藍という天然藍の需要が完全に衰退していくところで商材を切り替えて渋沢栄一は他にもサトウキビとか人材とかいろんな商売のあれを変えていくとこで大成して逆に阿波藍の商人たちは多分それまでの足枷になってたけどその時代の流れについていけなかったっていうか衰退していくっていう。
江戸時代とか明治時代って徳島の人たちもっと有名だったんだと思うんですよ今めっちゃ有名だけど大正とか昭和の頭までめっちゃ有名だったのに今全く知られていない。
他の業界にもいると思うんですよ特殊技術の人たちは今は全く企業としても今だったら森ビル森ビル特殊技術の人たちが特殊技術に関わってたみたいな聞いたことがある気もする。
阿波銀行とかね阿波銀行も全然有名じゃないじゃないですか。
でも三井住友とか三菱とか渋沢栄一日本銀行とかあとは僕が知ってるので九州だったら井出光さん。
井出光さんももともと藍商人。
藍商人っていうか藍の問屋だったのかな。
間違いなく阿波の藍を扱ってたと思うので井出光さんの一つ上のお父さんお母さんの世代までは藍の問屋だったんでだから阿波藍の商人たち絶対知ってるはずなんですよ。
渋沢栄一も井出光さんもだけど誰も何も残ってないっていうか一般には。
話者2:そうね。
話者1:僕ねどっちかこれまで松坂と縁があったから伊勢松陵松坂商人のルーツも一応まだ公開はしてないけど原稿書いてるんですね土地の物語として。
そこからの流れで江戸の日本橋の物語も書いてる。
話者2:そうそうだから形態がどうやって誕生したかみたいな本出したしね。
話者1:だからね。
その大まかな流れはイメージ的にだけど愛っていう視点がその時は入れられなかったからそうだから今回徳島阿波の国が入ってきてねより複合的に個人の思いとしても立体的に捉えられるかなと思って。
話者2:伊勢は三重県ですね。
話者1:多分あの界隈で藍を言うと愛知になるんですけど。
話者2:ああそうか。
話者1:でも松坂も縁があるから間違いなく藍の何か文化はずやしそこはあんまり意識が向かなくてもめんは松坂もめんだからもめんの産地だってのは知ってたしそれをデザインした縦島にねあれは当時の一番いわゆる肺からというか島から来てるからアイランドあっちの方に由来がだから何だっけ衆院選の公益とかやって鎖国する前は繋がってたから博来みたいなイメージで当時のトレンドみたいな戦後の日本人がアメリカのファッションに憧れるみたいに多分それに近いイメージがあったのかなと思って縦島はすごい域だと。
そこら辺まで抑えててでも線量としての藍はあんまりコミットできなかったから調べていますね。
だから今回面白いなと思ってあのあたりで有名なのは鳴海絞りと有松絞り。
有松愛知県。
愛知の藍染めでは全国区で有名なのは有松絞りっていう技術があってそれも徳島の人たちが現地に行って広めたって言われていて大美。
話者1:商人と阿波藍商人と伊勢松坂商人って、多分接点あったはずなんで、特に大美商人はよく聞く。
話者1:阿波藍商人と商人のコラボレーション。
話者2:そこはね、僕もちょっと全然詳しくない。
話者1:全然知らないんですけど、多分大美がもっと古いんだよね。
話者1:大美から分かれて松坂の方に来てるはずなんで、あの何だっけ、我望内里とかあの辺。
話者1:松坂は領地を与えられて発展させたんです。
話者1:もともと栄養士の流れは大美由来なんで。
話者2:あ、そうですか。
話者1:多分商人としてはね、多分大美商人の方がルーツが古いような気がして、そこからさらに三池とかは派生して松坂とか伊勢の方で。
話者1:もっと古い時代の商流ってのはあったと思うけど、あのでも燃料の話はあんまり僕は詳しくない。
話者2:逆に藍の話とかはしらっとぐらいしか分からなかったんで、今の話にどう結びつけていいかは。
話者2:レキ君とこうやって話しながら繋がってきてるから、すごい、そういう大きい視野も持ちながら。
話者2:阿波の国というかの歴史の今回の本のピンポイントもね、見えてくるかなとか、そんなちょっとまだモワッとしてるんだけど、すごい興味が湧いてきたっていう感じです。
話者1:豊臣とか八塚さんがそもそも愛知県から来てて、その小田原とかあのあたり岐阜とか愛知京都千葉っていうあのあたりって戦国時代の中心地なんで。
話者1:そこの豊臣の家臣として八塚は愛知からやってきてるんで。
話者2:そうなんか。
話者1:その辺はもう政治の話で言ったら超中心的なところで、そこに商人と政治と商人が絶対つながってるはずやし。
話者1:それが戦国時代あたりの話になるんだろうけど、そういう話だしたらまとまらない。
話者2:今でもなんか追いついてないけど、きっとあるでしょうね。
話者2:たまにブレスト的にその辺も少しずつ交えながらでも。
話者2:でもたぶん根っこの部分っていうのがあると思うんで、リキュラーに伝えたい根っこの部分は抑えながら、たまに脱線してみたいな感じでやればいいかなと。
話者1:そこがそういうのも本当だから大美の北前船っていうのがすごい重要なんで。
話者1:大美商人って多分北前船めちゃくちゃ抑えてたはずなんですよね。
話者1:多分それを使ってたはずやし、エリア的にね、サバ海道っていうので京都を日本海をつなぐっていうのの役割を果たしてたはずなんで。
話者1:その辺僕あんまり得意じゃないんですけど、そのそこまでめちゃくわしくないんであれですけど。
話者1:大美商人と愛商人、本当たぶん重要なパートナーだったはず。
話者2:商人ですね、松坂の商人。
話者1:みんなが聞く商人と言われる人たちの役割は大事だったはず。
話者1:そこと愛文脈、僕は松坂商人とか大美商人と愛文脈がどうつながってるのか。
話者1:そこは今のところはあんま分かってないけど。
話者1:日本橋の紀大将覧の話に戻すと、ありとあらゆる政治経済を担う人たちが、工芸とか食材とか衣服もいろんなものを人物とつないだのはきっと商人なんで。
話者1:シルクロードとかが始まって、結局その中国。
話者1:でもすくもづくりもやってるとこ無くなったけど、その文化大革命とか大陸はそれまで大陸が要はシルクロードのこのイーストエンドでそこでこうもう中国4000年の歴史でいろんな文化が世界中の融合してできたものがそれが島国日本に渡ってさらに日本でもう独自の発展と昇華していってやっぱ日本の文化って世界の文化だと僕は思うんですけど、その株になったのが日本橋やし。
話者1:日本橋は江戸で周りの国を海を向こうの国はもう政治的な理由か分かんないけど、それまでの文化を壊してしまう傾向にあって失ったものがいっぱいあって。
話者1:やっぱ中国とか台湾とか韓国の学者とかはもう自国にないものが日本で独自に守られているっていうそれを自国が失ったものをもう一回取り直す戻すために調査しに来るみたいなそれが日本橋に行くとある程度江戸に行くと集まってるからまず江戸に来るんですけど。
話者1:日本橋の結構製品書店とか中国とか台湾の企業が日本橋に結構今出展してるじゃないですか。
話者1:あれはなんか日本橋を拠点に自分たちの文化のルーツをとりあえず取り戻しに来るみたいな。
話者2:そうなんだ。
話者1:そうっていう動きがあるらしくて結局日本橋にはあるけど、日本橋にあるものがすべてじゃなくて結局阿波藍だけ紐解いていっても徳島って場所を見ないとそこはもうわからないわけで。
話者1:東京だけじゃそこを東京拠点にやっぱそれを支えた全国各地の自然環境とかそこに根付いた産業にいるものをそこと都市を繋ぐ流通の歴史とかっていうのをもっと紐解いていくといろいろなんか文化のその元が見えてくるっていうか。
話者1:やっぱそれになってるのがいわゆる1万2万ヘクタールが20ヘクタールになってたけど支えてるその人たちが最後の砦なんで中国とか台湾のそこを日本橋東京だけお金と人を送ってても意味ないしそこからさらに一番末端のところまでちゃんとお金と人とものことを流通させないと本当に途絶えるからいうところに国レベル日本だけじゃなくて世界各地の人たちが政治家政治とか経済の人たちが意識をして守ってもらえるような流れを作らないといけないっていうか。
話者1:ちゃんと文化を理解するための形で経済と文化本当は結びついてるんだけど経済性の方にお金を置かれすぎちゃうと文化は逆に先のすっちゃうんで。
話者1:そこのバランスかなと思う。
話者2:なるほど。
話者1:さっきの藍商人とか本当に価値の最大価値をその物事が持つ価値を本当最後まで理解してそれが必要なところにちゃんと繋げるここだったらそれは価値ないんだけど、それをこっちに持ってくると価値になる。
話者1:今ちょっと昼間みたいな時間が来てしまった。
話者2:そろそろ。
話者1:そうでそういったことをやってきた人たちが藍商人だったりとか要はその国とか土地の代表である政治経済のリーダーたちがそこをちゃんと認識して理解して把握してそこだけじゃなくてそれを価値化できる場所他の地域との繋がりとか全体のその存在を認識した上でそれらをうまく繋げて価値を最大に上げてたっていう。
話者1:それができる人たちが経済商人を支えてたからいろんなものが回ってきたっていう今の現代社会はそれができてないとか問題だと僕らは思うんですけど。
話者1:今ちょっと僕なんか車動かさなきゃいけなくて。
話者2:僕らも次があるからね。
話者1:エビス信仰とかの話も含めて5日に予定どおり。
話者2:わかります。
話者1:一応ほぼこれチェックアウトに近い感じでだいたい締めの言葉的に受けたまったということにして。
話者2:そうですね。
話者1:チェックアウトは2時間目ですけど。
話者2:そうですね。
話者1:一応いいかなレキ君的にそんな感じでチェックアウト。
話者3:はい。
話者2:ありがとうございます。
話者3:ありがとうございます。
話者1:そこに今次はだから大きな流通と経済に振興とかそういうものも関わり。
話者1:うーん、まあ、なぁと。
話者1:あ、つなげました。
話者1:ビュッ。
話者3:うん。
話者1:まあその辺をつまびらかにしていけたら。
話者3:うん。
話者2:あれぴょんぴょんつながってる。
話者3:ぴょんぴょん1回落ちてるみたい。
話者2:ああ1回落ちた。
話者3:今聞こえてた俺はこれ落ちちゃった。
話者1:あんまり聞こえてない。
話者3:聞こえました。
話者2:落ちちゃった。
話者3:じゃあまあそういうことで。
話者2:はい。
話者1:ちょっと5日に。
話者2:ありがとうございました。
話者3:すみませんちょっと待って。
話者2:お願いします。
話者1:お願いします。
話者2:そうですねじゃあ今日はちょっとこれで。
話者1:あのはい。
話者3:すみませんちょっとバタバタで。
話者2:大丈夫です。
話者3:また構造化その他はシェアしますんで。
話者2:はいよろしくお願いします。
話者1:蓄積していきましょうとりあえず。
話者2:はいありがとうございます。
話者3:また改めて。
話者2:今日はありがとうございました。
話者1:はい。
話者3:ありがとうございました。