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RAW TRANSCRIPT — 未リライト原文

永原レキとの対話④ — 文字起こし原文

日付: 2026年7月5日〜7月6日
参加者: 話者1 = 永原レキ(レキ君)/ 話者2 = 長沼敬憲(まこりん)/ 話者3 = きょん2
キーワード: 海部、忌部、空海、藍商人、廻船業、海部刀、ハイヤ節
備考: 未リライト。検索・参照用の原文ストック。


第一部(7/5 15:51〜)

話者1:じゃあちょっと前回の振り返りも含めてでチェックインをしてから本題に入りましょうかね。

話者1:じゃあ今日は僕からやりまとめましょうか。

話者1:えっと、この前のれきくんとのオンラインの後に急に思い立って国永先生のインスタを見たら、結構なんていうか充実というか。

話者2:そうそう。

話者1:まあなんていうの、もうデイリーでなんかもどんどん上げてる感じだし、内容がしかも濃いから。

話者1:だからクラシキにいた時代からこっちの、なんていうかカイオチに移ってみたいなところがもうね、たどれるじゃないですか。

話者1:だからちょっと急に思い立ってそれを全部こう拾っていくっていう、なんか結構わかんないことを、あの半日くらいかかったんですけど。

話者1:でもそこにもやっぱりいろんな、もちろんれきくんも結構な割合で出ていて、結構やっぱりすごい深いっていうかつながりがあるんだなとか。

話者2:そう。

話者1:四国の方にどこまでつながるかまだよくわからないんだけど、あのアノミに解析もしてもらって、ストーキング的な感じもしたんだけどもうずっと奥から見てるから。

話者1:いやいやでもすごい。

話者1:それも踏まえてで今日の話も聞ける感じもあるんで、そこでまたさらにレイヤーが1個重なる。

話者1:今日は多分エビス信仰とかね、割と何だろうな。

話者1:前回経済の話とかが多かったりもするし、経済と文化のつながりというか技術のつながりというかな、職人文化のつながりですよね。

話者1:今回そこに信仰が入ってくるのかなとか思っていて、ちょっとそこを一緒に掘り下げられるのが楽しみだなというところです。

話者1:よろしくお願いします。

話者2:お願いします。

話者2:僕はそうですね、なんか一気にちょっとでも間が空くと、頭が分解する感じやなっていう感じがしてて、自分の中でも整理がつかない。

話者2:話し始めるとバーって集中して話すんですけど、1回時間仰いでパって冷静に客観的に見て、自分が話した内容を見てると自分でもわからなくなるというか。

話者2:そんな感覚も覚えつつ、なんかでもひとまずは喋りきって、なんかそんな感じで思ってました。

話者2:今日はちなみに、とどろき神社のお幹の酒作り用のお米、お米の田んぼの草刈りを朝からやってて、7時半くらいから昼までやってもフラフラで。

話者2:フラフラでとりあえず帰ってきて、シャワー浴びて飯食って、満身創痍ですけどとりあえず切り替えてやります。

話者1:そうか。

話者1:よろしくお願いします。

話者1:じゃあキョンキョンもチェック。

話者3:キョンキョンの人とちょっと一言言うと、今週末日曜日かな、トラちゃんが家に来るの、2泊住んだよね。

話者3:なんで今私の家そんな広い家ではないので、トラちゃんが住めるお部屋を今作ってました。

話者3:作ってたり、私のアトリエを開放してたりとかしてたんで、ちょっと今まだそれが終わってなくてバタバタしてた。

話者3:なんで、キョンキョンの部屋を使わせるの、2泊。

話者3:遊びにとか紹介する人とかいろいろ提案したら、もうがっつり仕事モードになってるトラちゃんがいて、この日できますか。

話者3:そこで割と方向性決まるのかなどうなのかなって感じですか。

話者1:なるほど。

話者1:そこに向けての仕込みだよね今ね。

話者3:そうそう仕込みをしてます。

話者3:よろしくお願いします。

話者3:昨日そういえば7でコールのエミさん、1時間くらい電話喋ってて、キョンキョンさんの話しました。

話者3:あとマサゴさんも、エミさんも名識悪いそんなにゆっくり話したことないけどって。

話者1:そうそうそう。

話者3:エミちゃんからこれマサゴさんに渡してって本預かってるんだ。

話者1:そうですか。

話者3:あとルミナさん。

話者3:ルミナさんといろいろやられてますよね私は知らないですけど、ルミナさんはマサゴさんとつながってるんですかね。

話者1:つながってないです多分。

話者1:ルミナさんは徳島の鶴木さんの方にお祈りしに来るみたいな。

話者3:そうなんですか。

話者3:来年かなそれは。

話者1:来年なんだ。

話者3:昨日そんな話で早々。

話者3:あと海南病院のケンジが、今日鎌倉昨日から鎌倉なんだ。

話者1:聞いてる聞いてる。

話者3:広瀬カオルさんと昨日会った。

話者3:昨日私たちがカオルさん家に行ってて。

話者1:そうですか。

話者3:この後サーフセラピーで彼に会うっていう話をしてたんですよ。

話者1:そうかそうか。

話者1:シンクロしてた。

話者1:なるほど。

話者1:そこのつながりも国永先生につながってる話なんで。

話者3:そうなんですよ。

話者3:たまたまカオルさんの家で、今度彼は自分の自宅でも漢方の診療みたいなのをやるということで、それで第一の再生をね家の周りを入れたいっていう話で。

話者3:それで僕ら矢野さんの妹さんの太子さんっていう人と一緒に色々やってるんで。

話者1:そうなんですね。

話者3:だから太子さんを連れてって色々とちょっとだけ刈り込みを、僕は見てたけど、お庭というか山というか、山と家がつながってるようなとこだったんで。

話者3:その時に国永さんが知ったらケンジさんが、ちょうどこれから彼に会うんだよみたいな話だったから、面白いなっていうか、そういうタイミングでした。

話者3:神田恵美さんは広瀬さん会ったことないって言ってたから。

話者3:でもその医療、恵美さんはオーガニックコットン衣と、綿とファッションと女性のビューティーみたいなところでやってるけど、やっぱそこを医療ともっともっとつながったらもっといいなっていう話を、昨日ちょっとして。

話者3:衣食中のやっぱ食と医療の、衣食動源の方の衣食はあるけど、やっぱ着るものも薬だっていう。

話者1:確かに。

話者3:概念っていうか感覚ってあんまり寄りないと思うんですよね。

話者3:食べるものが医療っていう直結してるっていうのも、国永先生とか一部の広瀬さんとかみたいな人、お医者さんも。

話者1:全部エネルギーもそうだし住宅建築もそうだし、やっぱ衣食中とエネルギーっていう、僕は一次産業だと思ってるんでエネルギーは。

話者1:一次産業と医療がちゃんと結びつくっていうのを、お互いが読み寄っていかないといけなくて多分。

話者3:本当にそう思う。

話者1:お医者さんとファッションの人とシェフと、なんか設計師とか、フリーエネルギーとかの人たちが、一緒にやっぱ解釈情報共有していくっていう機会を、どんどんどんどん作らなきゃいけない、っていうのはなんか思うので。

話者1:僕らもめちゃくちゃそこは前から意識していて、今の話で言うと対話っていうことをやってる時に、対話って普通のどこでもやれるんだけど場がすごい大事で。

話者1:場を設定するにあたって要は空間というか、そこが例えば住環境だったり地域の環境だったりね、言うとその先に異色獣が入ってくるから。

話者1:多分より何て言うのかな、よりハイクオリティというか、要は波動的にレベルが高い場っていうのを作ればね、やっぱポテンシャルがすごい開花しやすくなったり、もちろん健康にもつながるし。

話者1:その条件設定をどういうふうに、現実の中でどこまでやっていけるかっていうのは探究というか、今デキ君言ったみたいにいろんな分野の人とやっぱり通じ合っていかないと、部分的にしかね。

話者1:大地の再生やってる人はやっぱり大地の再生はすごくやるけど、他が全部やれてるかというとそこまで追いついてないこともあったりとか。

話者1:一人一人補っていくとねトータルで、場作りみたいなことができるかなと思ってて、そこの英知みたいなものを今これまでも集めてくるようなことをやってたんで。

話者1:そうですねその返上で四国というか、阿波の国にも訪ねした側面はありますね。

話者1:なんかまさにみんな専門職でそれぞれね、全員でやって分業でやってやるけど、やっぱりお互いやっぱり手元足元にフォーカスして、だからこそいいものが作れて。

話者1:だけどやっぱそれだけじゃなく世の中いろんなもので構成されてるから、やっぱりその他がどうやって何が起きてるのかとか、それが阿波藍の商人とかにつながっていく。

話者1:それを八塚さんとか阿波藍の商人っていう政治とか商人っていう人たちが、いわゆる政治家と経済経営者が俯瞰して、それぞれの役割になってくれてる人たちのそれぞれの動きを見ながら。

話者1:それがこれだったらこうなるよ、それがこの人がこれで困ってるんだけど、あの人のこれだったらこうしたらあなたのこれよくなるんじゃないとか、あなたのこれ向こう行ったらもっと価値が上がるよとか。

話者1:そういうの多分引いてみる人たちっていう立場の人たちが政治家であり、何かに属するわけじゃなくて、っていうところでなんか僕は政治家とかに近いのが。

話者1:そこで今お金も稼がなきゃいけないから、お金稼げないから僕は経営者じゃないって自分で思ってるんですけど、経営もある種お金がなくても、お金じゃないところも多分昔は強かったと思うんで。

話者1:そういう意味で僕が一つちょっと前回前々回で言いそびれた、僕の今までの経歴で。

話者1:そういう感覚はもう本当に25歳帰国してからやっぱり芽生えていってて、30歳の時に僕政治長期期間選挙に出たことあるんですよ。

話者1:長期期間。

話者1:実は31歳だっけな30歳から長期期間選挙に。

話者1:政治だと思って自分がやってきたことっていうのが、ちょっと話があれなんですけど、このまま本題に突入していくとすると、結局政治経済の担う人たちがちゃんと周り見渡して、みんなのことを考えてやれてたんだろうなきっとっていう。

話者2:ちょっと待ってください。

話者2:ヒトくん子供が今日日曜でいる。

話者1:ああ、そうかそうか。

話者1:気づかない。

話者2:そう。

話者2:リターピーとチェーンズパンにして。

話者2:リター。

話者2:ごめんね。

話者1:そうですね。

話者2:で、あの。

話者1:そういう。

話者1:自分が何者でもないというか、愛染職人もなれないしみたいな、それは結構昔からずっとそうなんですけど、今また何者か分かんなくなっていってるんですけど。

話者1:15年前ぐらいもそんな感覚になってて。

話者2:そう。

話者1:その時に政治だと思って、政治の道を行こうとしたことがあったんですけど、残念ながら。

話者1:長期回線落ちて、ならなかったんですけど、そんなこともありましたっていう。

話者1:周りで原発事故があったりとか、山本太郎さんとか三宅洋平とかね。

話者1:三宅洋平くんがちょっとつなご縁があって、彼が出馬して、三宅くんにも結構触発されたのもあったんですけど、それであの時に政治だって動いた。

話者1:何人か友達いたんですけど、ミュージシャンとかサーファーとかの、その中の僕も一人。

話者1:すごいちっちゃな


話者1:街だったし三宅くんみたいな話題になってないけど、しかも国会議員じゃなくて町会議員がしっかりしないといけないみたいな。
市町村議員が、ちゃんと国会議員と同レベルで意識を持って、ちゃんと地方で起きてることとか地方の価値をちゃんと理解して、地方の人たちが何に困ってるのか、っていうのを一番分かるのは市町村議員だから、それをちゃんと国政に届けるっていうか、国に届けられる能力がある人、意識がある人が市町村議員になるべきだし、ちゃんと国会議員も、ちゃんとそういう人たちとパイプを持つっていうか、そういうの全然できてないなって思ったんで、周り見てて。
それでなんかね、そういう時期もありました。
ただ時点って結構惜しかったんですけど、落ちたと落ちても結局、やっぱり愛情のこととか、やらなきゃいけないことはあるんで、そこから逆またさらに落ちた時に何が足りなかったのか、って経営者としての経験値というか能力が足りなかった。
意識的にも、お金を稼ぐっていう、お金のバランスシートみたいなものが見えて、経験もなかったし、自分が自分の会社とか個人事業でもいいですけど、商売っていう感覚と経験がなさすぎたなって。
やっぱりお金が大事だし、やることにお金がいくらかかっていくら儲かるのかとか、そういうことをちゃんと計算理解してる人間が政治をしないと、思いっていうか、自然環境とか文化的なこととかだけを、に重きを置いてる人間がやっぱり政治やると、多分ぐちゃぐちゃになるっていうか、ついてこないです。
だから俺落ちたんやと思って。

話者2:それはトータス入る前の話でしょ。

話者1:トータス入ってトータスの、トータスに就職してたときだから、社長にも断って、なんか同時成功してやっていいっていう、やっていいって会社が議員になってたらなりながら、会社の仕事もやるみたいな気持ちでいた。

話者2:そうっすね。
議員出るきっかけって、もう一個プライベートで離婚してて。

話者1:僕20、30歳で、30歳で子供できて、前歳と30で結婚して子供できて、31歳の時に、子供が1歳くらいの時に離婚して出ていかれちゃって、結構いろんなものをどん底に失ってた時期があって。
それも自分は一生懸命やってきて、会社員までやって、会社員になったきっかけも、結婚して子供できたっていうのもあったし。

話者2:トータスに入る実は。

話者1:なるほどそうだよね。
ゲストハウスとかやって適当にやってても、どうせならって、いろんな条件があってトータスに就職したんですけど、給料が安いっていうのとか、自分がやりたいことをやりきれないのに、給料も安いし。
僕一人だったら全然問題なかったんですけど、その給料の安さっていうのも、自分が生きていくのはいけるから。
ただやっぱり、いろんな兼ね合い、奥さんが関西の人だったんで、安月給だと、自由に神戸とかに帰れないとか、細かい話すると、要は相手もお父さんお母さんが。


話者1:貧乏だったりとかしてやっぱり親孝行したいとか、彼女はすごいお金がないと困るとかそういうタイプじゃなかったんだけど、やっぱりお金があった方がいいっていう人で価値観すごくあった。

話者1:平和活動とかその環境とかそういうのすごい価値観があったんだけども、やっぱり現実問題お金が十分にない中で、僕といると制約だらけで、僕はかといってお金を埋めようともしない。

話者1:トータスのこと愛のことっていうのもずっとそういうのに持っていかれるし、いろんな人がやってきて、外に外にエネルギーを使うから、それで多分喧嘩が絶えないとかいろいろあって、離婚して一番子供かわいいときにいきなりいなくなって、結構結構大変やって。

話者1:その時に自分の能力を使って今一番金稼げるのは政治だと思ったんですよ。

話者1:人脈もあるし、地盤もない血縁もないんですけど地元には、だけどなんか僕みたいなやついないと思って。

話者1:僕が長期会議になった自分も周りも絶対良くなると思って、しかも俺お金もらえるしみたいな。

話者1:したらなんか復縁できるかもしれないし、まあ本当そういうただただ環境に良いこととか、世の中に良いことだけをやって。

話者1:トータスみたいな素晴らしい会社があって、なんか良かったんだけど、そこで十分にサラリーが与えられないんだったら、もう一個なんかいると思って。

話者1:それで僕にマネタイズできる自分の経験と能力で、マネタイズできる道が地方議会だったんで、それで出たっていうのもあったんですよ。

話者1:まあでもその時そういうのが、トータスもやっぱり給料低い薬水なんか、僕が結構いろんなことやるから、まあなんかすごい扱いにくかっただろうけど、まあいいよみたいな。

話者1:そうで出たんだけども落ちて、そう落ちた時に、そもそもそのお金を目的で議員に出ようとしてたこととか、そうやっぱりそうじゃなくて、ちゃんとできる人間、まあそれはもう環境問題もそうだし。

話者1:もうあり政治家ってやっぱりフラットじゃないといけないし、あまりにも偏りすぎてたって自分が。

話者1:お金を目的にやっぱり政治家になろうとしたって、根拠がそもそもずれてたなっていうのと、みんなの税金を逆に監査するっていうか。

話者1:立場、議会、自治体とか庁長に対して、そのお金の使い方をちゃんといいのかどうかっていうのを、ちゃんと見極める、ちゃんと見定めて、低減していく立場の人間でもあるから。

話者1:庁議っていうのはそんなの全然僕できなかったし、多分当時。

話者1:まあいろんな意味で政治家っていうのが、自分は甘かったなっていうんで。

話者1:一回その後に、そうですねなんかいろいろ、あの一回自分で、お金を、商売をするというか。

話者1:そのいくらで何が仕入れられていくらで何やって、何やったらこれでいくくらいになってみたいの、本当簡単なことですけど。

話者1:それでまあ個人事業主として、インビツインブルースを立ち上げるっていう、ところに繋がっていくんですよね。

話者1:トータスでは、トータスいたの何歳?

話者1:35歳ぐらいまでトータスにいたのかな、確か。

話者1:30、そうっすね、35、8年前、8年前、9年前、そうっすね35ぐらいまでトータスいたから、選挙出たの32歳だったのかな。

話者1:ちょっと覚えてないけど、選挙出たの32歳だ。

話者1:だから3年ぐらいは、トータスの仕事しながら、まあ選挙も落ちたし、まあやってたんですけど。

話者1:でそのトータスに行って、給料が低いとかっていう問題もあったけど、それ以上にやってる中で、あのなんだっけその。

話者1:やっぱり愛とか法制業というか、そういう肌着屋さんなんで、僕が今までやってきた、音楽とかサーフィンとか、そういうクリエイティブとか、アートとかみたいなものとは、全然違う世界なんですね。

話者1:やっぱり地元の中小企業法制会社で、そうでなんかすごい畑やって、染めやってすごくいい経験させてもらって。

話者1:吉野川隆一との人たちとの繋がりもできたり、そうだけどなんかその愛とか、そのまあいわゆるインベの話とかもそうなんですけど。

話者1:こうなんていうかな、アーティストアートとか、クリエイティブみたいなものの世界から、すごいどんどん離れていってる感じなんですよ。

話者1:会社員であるもあるし、周りみんなおばちゃんばっかりやし、いや淡いの世界の人たちも、真面目な職人肩着の人たち、インベの歴史研究してる人たちも、みんなもなんかすごい歴史は詳しいけど。

話者1:そのインベの勉強会しますって、ポスターとかめちゃめちゃ、なんかもう文字並べてるだけみたいな。

話者1:でなんかもうそういう、僕は前半っていうか、最初はそれが面白かったから、今も面白いから、その人たちと付き合うんですけど、付き合ってるんですけど。

話者1:まあいいね、だけどやっぱり自分は、その自分は興味持ってるから行くけど、そんなんじゃ誰も来ないでしょ、みたいなものもそう。

話者1:プロダクトいいけど、パッケージがいけてないとか、そうなんかやってる。

話者1:勉強してる内容めっちゃいい、愛もめっちゃいいけど、なんかめちゃくちゃダサいみたいな、そういう世界になんか。

話者1:まあ20代後半から35、36までいたから、6年ぐらいはいたんですけど、トータスに。

話者1:なんかもう自分の中で、そのしんどいというか、やりたいことやれてない、みたいな感じはあったんで。

話者1:そうでなんか結局、そう最終的になった。

話者1:まあ35歳の時とかかな、レクサスっていう、トヨタレクサスのあるプロジェクトで。

話者1:僕レクサスの全島工芸を守って、継承してる若い子たちをピックアップして、47都道府県でレクサスがプロジェクトを組んで、若い匠と一緒に新しいものづくり、匠クラブと世界を見出す、みたいなプロジェクトがあって。

話者1:それに徳島県代表で選ばれて、小山軍道さんとか熊健吾さんみたいな、著名人の方々がアドバイザーに入って。

話者1:全国各地の匠とネットワークができて、まあなんか最終的に半年ぐらいかけて、メンターである軍道さんとかとやり取りして、何か新しいものを作るみたいな。

話者1:それは最後東京で発表する、みたいなプロジェクトなんですけど。

話者1:それはレクサスがお金出して、電通が資金を出す、それに選ばれて。

話者1:それも結構会社からしたら、なんかもういいPRにはなるかもしれないけど、なんか会社とはもうなんか、普段の業務とは別のこと、いっぱいやらなきゃいけなかったから。

話者1:そういうのもちょっと会社に、めちゃめちゃ気遣いながらやってたんだけど、それで最後発表して。

話者1:それで僕がMVPみたいな最優秀賞取って、国際マスコミ軍道さんの賞もらって。

話者1:それが結構きっかけで、そうなんか次のステージに行く、みたいな感じなんですけど。

話者1:それそうですね、自分の経緯をちょっと話しちゃってるんですけど、なんかそういうのがありました。

話者1:レクサスのやつは、指定レキックが選ばれたっていう。

話者2:どういう基準というかだったの?

話者1:変でしょ結構すごい、大きい話だなと思ってるんだけど。

話者1:トヨタレクサスの正式名称は、レクサス入宅民プロジェクトって言うんですけど、それが2016年に発足して。

話者1:電通がトヨタレクサスに提案して、始まったプロジェクトで。

話者1:レクサストヨタの会社の元々の始まりって、トヨタ食器って言って、折り機なんですよね実は。

話者1:そのトヨタのルーツでもある、そのクラフトものづくりの原点というか。

話者1:でちょうどそのSDGsとか、そのどうのこうのって言い出した頃だったんですけど。

話者1:そのレクサスってそっから、トヨタからレクサスっていう、海外向けのブランドラインが出て。

話者1:それが海外でも受けて、ちゃんとそこが経済として回ってて。

話者1:でもなぜレクサストヨタが世界で通用するかっていうのを、見直した時に。

話者1:その日本人特有の、緻密なものづくりのその基準とか、感性とか。

話者1:日本トヨタがなぜ日本で受ける、世界で受け入れられるかって言ったら、そのやっぱりすごい日本人独特のものづくりの方に対する姿勢。

話者1:精神性やっぱり車工場の中にも、そのすごい最後機械じゃ測れない、手でしかもう判断できないような、0.何ミリの世界を職人が最後検査するとか、なんかいろいろあるらしくて。

話者1:そういうのってどうやって培われてきたのかっていう原点を、たどっていくと。

話者1:トヨタ自体もその食器、トヨタ自動食器で、あの織物とかそれを織る機械のメンテナンスとか、制作とかがあったり。

話者1:まあそもそも日本人は、なぜそんなにものづくりに対して真面目なのかっていうのは、そのものづくりのそのいろんな工芸があったり、あの伝統工芸があったりね。

話者1:そういう各地に根付いてきた工芸ですね、伝統工芸でそれを受け継いできた。

話者1:匠と呼ばれる職人さんたちが、代々ずっと培ってきたものが、日本人っていうのの中に宿ってて。

話者1:でなんかトヨタは今売れてるけど、でも見渡してみると、その礎になったいろんな文化とか、工芸っていうのは時代の流れの中で、ほとんど伝統工芸は衰退していってるっていう。

話者1:自動車産業はね上がっていってるけど、でもそのルーツになってきたであろう、各地域のものづくりっていうのは、もう見渡すとどんどん衰退していってて。

話者1:それが林業とか農業とかに直結してるわけで、同じように衰退してて。

話者1:ちゃんと今経済を支えてる企業として、自分たちのルーツでもあるものを、もう一回そこに経済というか、光を当てていかないとダメだよねみたいな。

話者1:なんかそういう結構多い、いいコンセプトのプロジェクトだね。

話者1:でトヨタさんが全国各地に、販売店のネットワークがあるじゃないですか。

話者1:で電通、トヨタの各販売店の47都道府県の、レクサスの販売店と、あとは地方の新聞社とかが。

話者1:基本的にその匠の選出から始めて、47都道府県の各地域の情報をまず集めて、そこのコンペしてとか精査してっていうのは。

話者1:徳島だったら徳島新聞社と、徳島レクサス徳島トヨタ、で各都道府県でそういうのを。

話者1:人の選ぶところから決まってからは、そのサポートとか、約春から冬過ぎ半年ちょいぐらいかけてやるみたいな。

話者1:これがそうで僕がたまたま徳島新聞から、その若手で徳島愛染で行こうみたいな感じに。


話者1:なってて、でブアイソーっていう有名な奴らがいて、同期で僕らの同期っていうか、同じタイミングで愛染っていうのに関わり出したのって本当3人とか4人ぐらいかな。

話者1:たまたま県内に何人かいるんですけど、なんか僕に話が来て、でも僕でも当時からすでに、なんか自分は職人じゃないって思ってたんで。

話者1:職人本当に畑から染めまでやってる、彼らを僕から逆に推薦してってやったんですけど、やっぱ彼らが出るべきやって言ったんですけど。

話者1:なんかね、なんか徳島新聞の当時の担当者が、僕がいいって、サーフボードの愛っていうのが一つあったのかな。

話者1:なんかわかんないけど、その直感で、異端児的やったから多分。

話者1:で断って断ってしたけど、結局押されて、じゃあわかりました、もう知りませんよみたいな感じで。

話者1:で受けてまあやったんですけど、でそこで結果的にMVPみたいなの取れたんで、よかったんですけど。

話者1:まあでもそれを取ってからね、大概的にこう認知明度がやっぱ上がるんですよね。

話者1:そうすると案の定僕が恐れてたことが現実になって、あんな奴がみたいな、あんなわけわからんサーファー。

話者1:徳島の藍染めの中枢の徳島からレクサスプロジェクトで、あんなわけわからん奴が、なんの藍のことも分かってない奴が代表になって。

話者1:それで浮かれてる徳島の藍染め業界も、もう先が思いやられるわみたいに。

話者2:でも最優秀賞って一番でしょ。

話者2:一番になったってことでしょ要は。

話者2:それは何が良かったってその時評価されたんですか。

話者1:なんかね最優秀賞って言い方じゃなくて、一応プロジェクトの4組かな。

話者1:メンターが熊健吾さん小山君郎さん、あと生駒義子さんってファッション業界の助手みたいな方がいて。

話者1:あとね下川さんっていうね日本日系bpの元編集長の方がいて、5人ぐらいかな。

話者1:そのメンターが選ぶ匠っていうのが最初入賞的な感じで、47都道府県のみんながプレゼンして。

話者1:それ最後選ばれた人が登壇して表彰されるっていう。

話者2:小山君郎さんがプロジェクトのリーダーなんですね。

話者1:だから最後は小山君郎が選ぶ匠みたいな、小山君郎が選ぶ匠として僕が選ばれたんですけど。

話者1:それはもう君郎さんがなんかあの空海。

話者1:僕の作品はサーフボードに藍染めの生地を、前見ていただいたあのグラデーションで、サーフボードにその落とし込むっていうのをやって。

話者1:それがこの空と海で自分のふるさとの空と海を表す。

話者1:自分の景色当地元のサーファーとしてずっと見てきたその景色。

話者1:やはり海と空の四肢食いで育った自分の幼少期からの大事な景色と。

話者1:でそれと海外とかで暮らしている時にやっぱその、ホームシックかかった時とかも世界と繋がってるっていう。

話者1:空と海っていうのは自分の中で大事だったし。

話者1:それを天然の藍染め地元帰ってきて、泡の藍文化天然の藍文化でやった時に。

話者1:その染める回数とか染料の状態でグラデーションが出せて。

話者1:その天然藍のグラデーションで自分が大事な景色を表現して。

話者1:そこに最後その空海っていう四国広報大使、藍だけじゃなくてお辺路っていうのも僕が帰って徳島で四国で、すごい重要な文化だと思ったし。

話者1:それを作った人の名前も空海で、いわゆる僕のコンセプトとしている3つの柱を、一つのサーフボードに落とし込んだっていう。

話者2:すごいね、それは本当に。

話者2:なんかそれが技術とかじゃなくて。

話者1:なんかくんどうさんはそれがすごい良いって言ってくれて、かなり良いよねだって。

話者1:今のまこりんにメッセンジャーでその記事送った。

話者1:今見つけたので電通の、電通のねいろんな特診とか電通のその尖った先輩たちがね。

話者1:なんか僕面白がってこう上げてくれたんですけど。

話者1:僕はなんかそんなんよりもっと技術的なこと、一生懸命やってる人たちが出たらいいって当時は思ってたんですけど。

話者1:技術的な話で言ったら全然誰でもできるっていうか。

話者1:その藍染めのグラデーションなんか、サーフボード作るのは僕の師匠である千葉光平さんって303サーフボード。

話者1:っていうサーフボードはもう職人さんたちがやってくれてるんでね。

話者1:もうすごい僕はただ記事染めて、ボードの工場の職人さんたちに私やってもらう。

話者1:指示してやってもらうだけなんで、全然匠じゃないっていう僕は自分でも今でも思ってるけど。

話者2:すごいね、でもコンセプチャルなところですごいハマったんだね。


話者1:うん、だって輪郭がそうはっきりしてて、伝わるもんね。
そのメッセージがね。

話者2:はい、すごい。

話者1:でもそれが、だかられきくんの今にも含めてのなんか一つのベースではあるわけでしょ。

話者2:だって、そうですね。

話者1:はい、そこは変わらないもんね多分。

話者2:そう。

話者1:当時からまあそういう感じでやっぱりね、藍職人になれないと思ったし、サーファーでいたいし、なんか、まあそうっすね。
でもサーフィンだけやってらんないしみたいなところで、まあなんか出てきたものなんですけど。

話者2:そう。

話者1:で、あの、そういうところでそれが評価されて、なんか評価されていいんだろうかみたいなところは当時もあったし。
やっぱりそれで評価されることによって、まあ世に出ることによってやっぱり僕のことを知らなかった、徳島県内の藍住の先生、職人さんたちとか、まあそれ以前もトータス時代から、徳島県の藍業界に関わっている人たちの中で権力のある人たちから、結構トータスとともども叩かれまくってたんですよ、僕ら。
あのー、まあっていうのはトータスがやってた藍染めのその技法が、そのすくもを作って藍発酵だけじゃなくて、インスタントの乾燥した葉っぱにお湯と石灰だけ入れるとか、ちょっとやり方は今説明しきれないんですけど、まあいわゆるちょっと端折った、天然の藍の葉っぱ使うけども、プロセスを端折った結構簡易な染め技術を、まああのー、当時トータスの亀ちゃん、僕の上司の亀ちゃんが、栗の補助金とかも使ってね、それは良かれと思ってね価格を下げたり、もう少し少しでもその天然藍のものは広めるようにっていう意味で、本藍染めのものは他の福祉施設で染めてもらって、自分たちはその乾燥葉染めっていうのを、社内で確立していこうみたいな動きをしてて。
実はまあそれがめちゃくちゃ叩かれてたりとかして、すでに県内でも叩かれてたんだけども、応援してくれる人もいたり。
それをなんか伝統的な悪発酵だって、すくもの藍染めと一緒にするなっていう。
まあそれ言われるだけのトータスにもやっぱり、対外的に違いを説明できずにやってきてたトータスにも落ち度があったんですけど。
まあ俺そんなの分かってなかったから当時、ただただいいことをやってると思ってやってたけどやたら叩かれるっていう、伝統的藍業界の人たちは厳しくてめっちゃ腹立つなと思ってたけど、今後になって思うとこっちにも落ち度があったって分かってるんですけど。
そんなのもあってすでに叩かれるってことは、トータス入ってからすでにあったんだけど、レクサスでこれ一つ結果が出たときに、要はやっぱりさらに叩きにかかっていくみたいな。
それが県内じゃなくて県外に飛び火したんですよ。
徳島の藍だけじゃなくてやっぱ全国で藍にかかってる職人さんたちがいて、そういう人たちからなんかSNSとかでなんかマジでもう世も末みたいな、言われてすいませんみたいな。
そんなのもあった。

話者2:そのプロセスと独立するっていうのかな、全部リンクしてるような感じになるってこと?

話者1:そうですね、レクサスが決まった時はもうね、独立するのが決まってて、もう36の時にもう独立、会社辞めて独立するとは言ってたんですけど、その最後の1年の時にレクサスが決まったんで。
でそれをやり切って退社するみたいな。
それ世に出たら会社のPRにもなるし、トータスっていうのを最後、書籍とかにもらってるんで、作品集みたいにもらってるんで、それとかにも会社の名前入れてもらったりとかしたんで、トータスいい最後の仕事をさせてもらった。
でそれが終わってもうやめ、MVPになれるって思ってなかったんですけど取れて。
ちょうどもうその時IBB、今のスタジオの改装とかも始めてたんで、結構ぐちゃぐちゃに忙しかったんですけどその時、東京で受賞して帰ってきてトータス退社して、1ヶ月時間空けて、1ヶ月半くらいか。
その帰ってきてすぐ直ちに、あのお遍路歩き、遍路に出たみたいな。
なんかやっぱ散々そのプロジェクトでも空海の話とか、君藤さんとかに対してもやってきたけど、やっぱり空海の話、お遍路の話するのに自分がお遍路やったことないっていうのが、やったことなかった引っかかってたんで。
やっぱりやったことない奴の言ってることって信じられないというか伝わらないと思ったんで。
まあそれを僕は、トータス独立して法制業とか、その伝統的に店で銭湯、洗食の技術とかだけじゃなくて、僕はやっぱそのサーフィンとか、空海お遍路とか空海とかもっと多角的にやっていきたかったんですけど、中でもやっぱサーフィンと空海は日本柱、藍と並ぶ2つ重要なキーコンテンツだったんですけど。
その空海に関しては好きでずっとなんかずっと好きで、いろいろお寺行ったりとかしてたけど、1回も四国歩いてもあったことないやってところで。
それはもう言っとかないと、これからさきそれをベースに人に伝えていくわけやから、スタジオの名前もインビジブルースで、だからこのタイミングで行くしかないと思って行ったのがお遍路に行ったきっかけですね。

話者2:それはどれくらいかかって、コンプリートというか。

話者1:35日ですね。
一気に歩いた感じだね。
僕がその時スケートボードを持ってスケボー遍路だったんですよ。
まあほとんど歩いてなかったけど、それもなんかただただ遍路するのも面白くないんで、行く先々に自分のメッセージを伝える旅にしたかったんで。
アイのアイとアサ、アサの服ゴーヘンプって僕好きなブランドの服をアイで染めて、ライドバッグっていうバッグ作ってる、ナルトにいる職人の友達にそのアイ染めした生地でバック作ってもらって。
あとは靴はキーンっていう靴好きだったんですけど、なんかいろいろパタゴニアにもレインコートちょっとサポートしてもらったりとか。
ちょっと自分が気になってるいいなって思うブランドとか、まあそういうアイ染めとかね、素材アサとかを身にまとって歩きたかったって言う。
一応週1回何かラジオ徳島の何かラジオとかとも話をつけて、週1回オヘンロンラジオ生出演するとか、いろいろ仕掛けてすごいね。
で一番はやっぱ一番自分が伝えたかったサーフィンっていう文化。
でサーフボードを持って歩いたらいいんですけどさすがにサーフボードを持って歩けないから、言ってたらある日日田の、日田の木でサーフボードとかスノーボードを作る友達がいて。
スケートボードを作ったらいいんじゃんって、日田の仲間がスケボーを作ってくれて。
で僕はそのスケートボードの上に自分でアイ染めした生地貼り付けて、空海のグラデーションの空海っていうスケートボードを作って、それをとりあえず持って歩くって言う。
歩く、歩いたんだね、だから。

話者2:もうね、基本なんか平坦な道はスケボーで走るところもあるんですけど。

話者1:大体山道なんで、結構スケボーも重くて。
スケボーも本当すごい過酷なんで、100グラムとか200グラムが重く感じてくるんですよ。
テントが1.3キロだったんですけどスケボー2キロぐらいあって、ずっとテント持ってたんだけど5日目ぐらいでこれマジ、これやばいと思って。
でもテントを手放すかどうか、スケボーを手放すって選択肢が自分の中になかったんで、1週間目でテントを家に送り返して、スケボーは維持して。
でもうそこからは泊まるとこが野宿。
艶堂っていうお寺で泊めてくれたらラッキーだし、知り合いがいるところは知り合いが泊めてくれたり、なければもうトイレとか。
そういう真冬の2月だったんで、雪の中、雪山でバス停で寝たりとか。

話者2:すごいね。
凍えちゃうね。

話者1:マジで死ぬかと思いました。
雪山も本当。

話者2:すごい時期に行ったんだね。
野宿もできないよね、だって普通は。

話者1:でも本当の遍路はやっぱなんか、昔の長浦の四国の巡礼はね、寝なしぐさで行き当たりばったりで、基本野宿で行くものが巡礼やっていうので。
僕はただお金なかっただけなんですけど、でもそれをねやれて帰って、無事に帰って。
ですぐにお店を立ち上げるっていう、っていうとこでしたね。

話者2:全然本題と違う話になっちゃってますけど。

話者1:確かに。

話者2:でもなんか最初聖人っていう言葉が出て、お金とかさ、経済、あの、ちょっと普通の人が使うニュアンスと違うものも、なんていうかな、加味して使ってるからさ。
それはこれから話すかもしれない。
そういう歴史とかの話とかも多分相当リンクしてる気がするしさ。
そういう意味では聞いてよかったというか、それに興味深い。

話者1:劣等くんなりの定義みたいなものがやっぱりそれぞれの言葉にあるっていうかさ。

話者2:懲戒議員をやるとか思ったときの背景というかにあるその政治って言葉の使い方がやっぱりちょっと、普通の人が政治をやろうっていうのとまたちょっと。

話者1:そうですよね、多少は重なるけどねなんか根っこは違うような感じもしたりとか、それが全部につながってるような気もして聞いてました。

話者2:31歳32歳かな、選挙で出たのが。
その時はハチスカとか、自分がその20代後半から関わり始めた藍の世界、の藍商人とかハチスカさんとかっていう藍の仕組みを回したっていうそこまで今ほど意識もなかったんですけど。
そこと自分は政治で出るっていうのはその時点ではそこまでシンクロしてなかったっていうか、そこまで連動してなかったんですよ多分。
だから知識的なことも含めてまだそこまで追いついてなくて。

話者1:原型みたいなものがあったのかもね。

話者2:今考えるとそのあわあいっていう世界を追ってきた時に、ステージっていうものが大事だったっていうのは間違いないし。
なんか自分の今現代自分が生きてるながらやってることと、自分がそのなんか歴史とかを紐解いて追ってるものとっていうのがなんかこう連動してるんですよね。
多分意識してなかったにしても当時。
だからまああの本当は今年長外議員選挙あった。
まあ2回ぐらいあったか、32歳の後に4年に1回あるから、前回、今年はだから12年一周回って12年ぶりに選挙があったんですけど。
その間の2回目


話者1:3回目は見送ったんですよ。

なぜならやっぱ経済っていうその自分がそこに至ってないと思って。

今回12年経っても結局僕ビジネス苦手だしあんまお金稼げてないし。

なんかやっぱ今回は見送ったんですけど。

でもやっぱ政治のことは誰よりも考えてるっていうか大事だと思ってるんで。

まあそのアワーイの話する時もやっぱ絶対蜂須賀さん出てくるし。

政治って言ってさ今どきの政治家とかさそういうじゃなくていきなり蜂須賀になるってところが面白いっていうか政治の見本というか。

まあ原点みたいなものその辺に置いてるっていうのはなんか。

そういう人もいそうでいないような気もするし面白いですね。

祭りごとっていうのがその祭りっていう言葉もやっぱその祭りと繋がってて。

やっぱ祭り構成してるのって本当もう一時産業から音から音楽からね。

あの踊りからもうあとアートから。

やっぱ祭ってめちゃめちゃ総合エンターテインメント。

なんて。

やっぱその僕まあ今今回まだ話せてないけど同時にやっぱ20。

帰国した27歳からあの藍染と同じタイミングで繋がったそのとどろき神社っていう僕の地元の。

とどろきの滝海風川の源流の海と山の民が守ってきた水の神様。

ここでも10だから今年18年目とかなるけどお祭りにずっとかかわってて。

そうこれ40歳ぐらいからその壮大もやってるしそのまあこれまだ話せてないけど空海もまだ来てないんですけど同時にやっぱお辺路とその愛と。

もう1個そのやっぱ自分がやってきた中ですごい重要なキーワードがやっぱとどろき。

水の神様の信仰とそれを信仰してきた海と山の民のつながり。

水産業とか農業とか林業のつながり。

そうとまあその人たちが年に1回こう体現する祭りっていう存在の面白さでこれもやっぱ全部つながってくる。

て言うかねそういうのそうだったね。

それもキーワードとしてあの本来あったんだよね。

ちょっとそこはちょっと抜けてたね。

だから聞きたいですよね。

話者2:そっちのお話もどっちかしらエビス信仰とかと同じくくりにはできるのかな。

話者1:とどろきの水浜のね。

はい水の神様の信仰は。

そうだよね。

なんかあの政治の話とかさそういうのもこう。

理想として言ってるってよりかつて日本でさやれてたって意味ではさ。

江戸時代とか室町江戸ぐらいの時にこういう仕組みもあったりとかさ。

実際に僕らのDNAにはちゃんと入ってるよねみたいなところをベースにしてる。

っていうところが。

あの理念とかさなんかそういう政策もなんていうのかな。

現実主義的なものとはまた違う感じがすごくするっていうの。

今時のまあそれがいけないわけではないんだけどね。

うーん。

そう。

それは半分思想的な要素っていうのもあのにも言葉としてはこうつながっていくと思うんだけど。

全部が連動してるっていう中の話なんだね。

話者2:だからそうですね。

なんか今日政治の話ちょっと冒頭でしたけどまぁその政治の話。

話者1:政治っていうのは祭りごとっていうその言葉言霊で。

実はそのもう一個違うベクトルでやってきたその僕は轟き神社の祭りの神社祭りの取り組みというか活動と実はリンクしてて。

なので政治家には慣れてないけどやっぱその政治っていうものに対する意識っていうのは。

その祭りごとっていうところで。

その轟き神社の活動を通して政治っていうものをこう考えることも結構多かったので。

話者2:そうか。

話者1:なんかあの海洋庁でまあ今も県議会議員先生と町会議長長さんたちねいますけど。

あの一昔前は国会議員で海洋庁というか旧海洋庁出身であの50年前ぐらいかな。

森下元春って厚生大臣。

国の大臣にまでなるような人がこの地域から出てて。

その時代までは結構政治の力が強かったんですよね。

海洋庁も。

それは林業で稼いだ財力があったっていうのもあって。

林業が強かった林業がちゃんとお金が回ってたりすごいしかも相当。

全国のお金が回ってた全国レベルでも見てもすごい。

栄えてたっていうのがそれだから政治家政治の力にも。

河野太郎さんのお父さんの河野一郎さんとかとこの海府の林業家の人たちがつながってた。

みたいなんで。

あの。

かなり強い。

河野洋平のお父さんか。

河野太郎って。

河野一郎って多分その上。

まあいいや。

その辺の人もつながってたみたいな。

その辺もつながってたっていうね。

だけど今まあそういうそこまで国会にまで全国レベルで名前の売れてる議員さんって今いないんだけどまぁちょっと昔まではいて。

そう。

なんかまあやっぱ。

政治も一時産業も地方の政治力とか一時産業の衰退と経済力と直結してるなぁみたいな。

確かに。


話者1:そういうのはね、もう結構、もうほんと地元、田舎で僕地方で住んでいるけれど、この海部町ってただの田舎じゃないと思っているんで。

登ると結構いろいろ見えてきて、そういうのがもったいないし、なんでそれが衰退したんだろうとか、どうやったらもう一回それをね、ある程度この力がつけれるんだろうとかっていうのは考えてるんですけど。

まぁそのとどろきの滝とか、その当時の国会議員さんとかやってた方々が、まあみそぎしに来られたりしてたみたいで。

いわゆる、霊犬あらかた、あらたかみたいな言うけど、あの当時やっぱ山節もそうだけど、滝行ってその水の力、龍神の力を宿すっていうか、得る行為で、結構いろんなジャンルの人たちが、やっぱその水神信仰、龍神信仰とかで日本各地であるじゃないですか。

うちのとどろきの滝にもやっぱその当時の国会議員の先生があの、みそぎに来てたって書いてる文章が残ってて、やっぱ政治家がちゃんとそういうところを抑えてたっていうか、その神仏とかその目に見えないものの力とか、まあそう、なんかそういうのが当たり前やったんやなみたいな。

もうちょい遡ると八塚さんが出てくるんだ。

これ愛の話につながるんだけど、八塚さんもとどろきの滝に八塚さんの殿様が来たっていう明確な記録はないんですけど、八塚に縁のある八塚家の関係する人たちがとどろき神社を参拝してたっていう記録は残ってて。

で、あの、なぜその愛の、愛じゃない徳島、阿波藩の、あんな徳島城がある今の現在徳島市からしたら、すごい遠いところ、ここ海部、海部って一応領土だからね、それは来るのは来るだろうけど。

とどろきの滝ってさらにも海部のこの島中心地からさらに何十キロも離れた奥地なんだけど、そこにね、わざわざ来る理由が、結局これ僕ら、今の時代の僕らだからそこがわざわざってなっちゃうけど、多分昔の人からしたら超重要な場所だったから絶対行って当たり前みたいな。


話者1:かもしれないんですけど、なんかそのなんでそこが重要かというと、あの、八重塚さん、森水軍という徳島の政治とか流通を支えてた人、愛称人とか森水軍とか八重塚さんって政治経済水軍で、海洋というのが前回の話ではすごい柱だったっていう。

話者1:その中でそれを支えてた海洋という船が必要で、船乗りが必要で、船をまず作る。

話者1:船大工が必要で、船大工が扱う木材が必要、木材を切り出してくる山が必要、どんどん原点掘り下げていくとやっぱ山と木が必要で、木こりが必要で。

話者1:その地域の一つが淡の海洋を支えてた根源を支えてた、地域の山の一つが海風がありの山だった。

話者1:で、そこがないと自分たちの商売も政治も動かせないっていうのがまずあって。

話者1:で、自分たちの政治経済の拠点は徳島の市内の方だけども、徳島城の付近だけども、あのちゃんと海風には海風城ってお城があって、阿波区城って言って、阿波をこう、阿波の国内をちゃんと管理するための9つの主要な城が定められてたみたいなんですけど。

話者1:阿波区城の一つが海風城だったっていう。

話者1:それも海風川の河口に立地してて立てられてて、それは海風川の上流から木が流されてくるんですけど、その木の流通の監視するためにも、海風城っていうのが河口にあって、そこから見張ってたっていう。

話者1:あそこは八重塚さんが管轄なんで。

話者1:それらの事業というかなりわいを営んでいるのは結局林業家じゃないですか。

話者1:この海風の地に住んでいる林業家で、その人たちがやっぱ大事にしてたのが、その自分たちの暮らす山であり農業であり、水産業でありを支えてくれている海風川って一つのライフラインがあって。

話者1:その水をあがめるというか、その水の神様として、海風の水の神様に感謝するための場所として、源流域の滝のそばに神社と寺と昔から建ってて。

話者1:毎年秋になったらその自分たち感謝の火を込めて、漁師と山師と一緒にお祭りをずっとやってきてて。

話者1:やっぱ政治経済の偉い人たちはやっぱその下の支えているいろんな職人さんたちとか、一次産業従事者によって支えられているって感覚があって。

話者1:その人たちが大事にしてるとこやから、やっぱ大事にしなきゃいけないっていう。

話者1:それがちょっとうまく言えないけど、信仰っていうものがすごい大切にされてたんだと思うし。

話者1:その象徴としての場所を作るのに、八重塚さんも神社を建てるのにも多分、お金なのか何なのか多分支援されていると思うし。

話者1:あっというのが轟神社には八重塚の万字マーク、万字の家紋が結構使われている川だと思う。

話者1:なんかそういう意味で、僕はそのいわゆる叩かれたり何やかんやっていうのは、徳島・吉野川流域のものやみたいな、あわあいっていうのは、そういう概念というか、風潮があるけど。

話者1:でもなんか僕は直接愛染めしたりしないけど、ある意味愛という文化の産業の仕組みの中の一つに関わりはあると思う。

話者1:なんとなく思ってたけど叩かれるながら、僕は徳島の南の人間や関係ない人間やって言われるのは腹立つから多分、自分なりにその鉄点を多分無意識のうちに探してたんだと思うんですよ。

話者1:僕は意識してずにとどろきの祭りもお遍路も、聖地もそうだけど、あわあいのこと以外のいろんなことやってるから叩かれるんだけども。

話者1:だけどなんか無意識のうちにやってきたことっていうのが、人に叩かれることによってなんであいつが何やってるか分かんないって言われるから。

話者1:自分もなんでか分かんないけどやってるけど、なんでなんだろっていうのを探求意識しだすと、繋がりが見えてきて。

話者1:そのとどろき神社に関わったのはきっかけは。

話者2:僕は27歳帰国してもすぐだったんですけど、その石骨院で働いてた先生が、僕帰ってきてしばらく石骨院でまた働いてたんですよ。

話者2:ゲストハウスやりながら石骨院2、3年働いてたかなパートで。

話者2:石骨院で働いてる時に、とどろき神社の総代のおじさんが何人か来てて、患者さんで。

話者2:僕結構気に入られてたから、秋祭りあるけども人がおらんから、若い人いるし来てくれって言われて。

話者2:その石骨院の先生が実は海部城を守ってきた木野内家っていう、すごい重要なこの地域の八塚さんの家来で来て、同じ海部城を守るためにやってきて。

話者2:今もずっと海部の城跡の下で、おもやがある一族で木野内石骨院って言うんですけど、そこの末裔の方が今は石骨院されてて。

話者2:僕はずっとそこに20代からご縁があって行ってたんですけど、木野内先生のお父さんとかも、当時とどろき神社の近くの学校があった時代の校長先生やってたりしたんで。

話者2:人手不足だから木野石骨院で働いてる若い子を、祭りに強制的に送り出すみたいな、毎年やってきたみたい。

話者2:その時に僕はその年に僕が、呼び出されて行ったんですけど。

話者2:みんな裸になってみそぎして酒もめっちゃ飲むし、裸になってみそぎ寒いのに、前の晩から夜通し滝行しなきゃいけないから。

話者2:若い子たちは嫌がるらしいんですよ。

話者2:嫌がってくる先生たち、今時の若い子たちはやっぱり、とどろき神社の神事はもう出たくないっていう、っていう感じやったんですよね。

話者2:人も店員が20人ぐらいは必要だったところが、僕行った時13人とかそんな人が足りてなくて。

話者2:僕もよくわかんないけど、直感で行きたかったっていうのと。

話者2:あと自分が帰ってきた理由が、海風川河口って川の河口が自分のサーフィンの聖地で、そこでサーフィンしたくて帰ってきたんですけど。

話者2:波がブレイクいい波が生み出されるメカニズムを考えた時に、自然の要素が必要なんですけど。

話者2:河口っていうのは上流から洪水とかで、砂利がいっぱい海に流された時に。

話者2:普段は深くていい波が割れないんだけど、雨の後に砂利が海に流れて、遠浅の地形が一時的にできるんですけど、そのおかげでいい波が立つっていう。

話者2:ハワイとかオーストラリアで影響を受けた、ジェリーロペスっていうサーフィンの神様が、ガイアシンフォニーっていう映画に出てて。

話者2:その人たちがやっぱり、サーファーが自然のメカニズムとか、すごい考えながら発信してるんですけど、波とは何なのかみたいな。

話者2:宇宙の太陽のエネルギーが、熱として光として地球にやってきて、それを受けて温度、高いところ低いところができて、気圧の高気圧低気圧ができて。

話者2:そこで空気の流れができて、それが風になって、地球上の海水の表面の風が吹き渡って、それが波を起こすっていう。

話者2:それが最後その大地の地形とぶつかって、波になるけど、そこに癒わせるのがサーファーであるみたいな。

話者2:サーファーじゃなくても、海行ったらなんで癒されるのかって、壮大な宇宙エネルギーの末端を、自分たちが受けてるから。

話者2:波の音とか、波がブレイクする様とか、視覚からも聴覚からも匂いからも、潮風とか磯の匂いとか。

話者2:匂いは分かんないけど、波っていうのはまさに太陽エネルギー、地球外からのエネルギーを、モロに受けてるのと一緒なんで。

話者2:そういう捉え方を海外とか行ったら、そういうサーファーがいるから。

話者2:僕も帰ってきた時に海風河河口を見直した時に、そこにさらに河口ってなると、山からのエネルギーが来るから、川からのエネルギー。

話者2:それはもう絶対そこに行かなきゃいけないだろうって思ってたんですよ。

話者2:そしたらやっぱその源流に、藍染と一緒で、轟の滝とか祭りがあるって知ってたけど、知ってるつもりで行ったことなかったし。

話者2:なんかそこに行かなきゃみたいな、声かかっていったのがきっかけ。

話者2:でもそこからも、そこが自分のサーファーとしての根源でもあるし。

話者2:そこに八重塚さんとか云々よりも、まずそこに海洋庁の海風河流域の山士、コリさん、お米の農家さんとやっぱ海の漁師さんが一緒に居合わせてて。

話者2:海の漁師さんたちが何でいるのかっていうところは、僕らは地形の恩恵を受けてるけど。

話者2:漁師ってダイレクトに山からのエネルギー養分が川から流れて、漁場に大きく影響してて。

話者2:やっぱ漁師さんたちの感覚的にもそういうのが分かってるから、ずっと昔から、すごい遠く離れてるのに。

話者2:海の漁師が都道府神社にお参りに行くっていう、ルーティーンがずっと続けられてきてるっていう。

話者2:僕はサーファーが海外行ってサーフィンの影響で、すごいそういう崇高な感性を持って帰ってきた、田舎の日本人にはない感覚を持ってきましたよって思ったら。

話者2:この地元の神社には昔から海の人たちが行ってて、それももうすいませんでしたみたいな、日本人ってマジですごいっていう。

話者2:ただそこにサーファーとかがいなかっただけで、そうだよね、もともとつながってたっていう回路があったってことだよね。

話者1:八塁とかはねその後からやっぱ、その時にだから藍染と都道府神社が関わってるんだけど、導きも持ってないですからねその時は。

話者2:そうか、当時は多くの若者はいやいや参加するみたいな中の、その一人という位置づけだったんだけど本人としては行ってみたら、まだいろんな情報や知識というのはつながってなかったにしても、何か響くものがあったのかそこからちゃんと。

話者2:その後も関わり続けていくわけでしょ。

話者2:でだんだんそういうことが肉付けされてきて、こういう流れなんですかね。

話者1:僕はもうなんかそもそもそのやっぱジェリーロペスっていうサーフィンの神様、ガイアシンフォニーっていう映画でその彼の言葉を聞いた時に。

話者1:自然のやっぱメカニズム的な視点から見た時にやっぱ、海風川の河口でサーフィンするのが何よりもすごい重要で帰ってきたし。

話者1:やっぱその上でその滝がすごい重要であるってことは、もうすでに土壌があったんで。

話者1:だから他の若い人たちはもうそもそも行きたくもないし行かないけど、僕はまず行きたいってなったし。

話者1:そこの段階で違ってたんだね。

話者2:その時点ですごいで足行ってみてその何をするかとか全然分かってなかったんですけど。

話者2:まずフルチンになるっていう夜ついて、全裸なんだね。

話者1:そうで何年か。

話者2:ふんどしも履かないの。

話者1:ふんどしも履かずに15人ぐらいのおじいちゃんも含めた、男の人た。


話者1:ちが集められて、まず神様清められて神前で。

そこから夕方の6時に集合して、6時8時10時12時ってもう2時間に1回、服を脱いでお寺を参り神社を参りして。

そこから歩いてちょっと5分3分ぐらい行くと、滝まで行けるんですけど、暗がりの中みんなが滝でみそぎして、全身全部水につけてまた戻って、お酒をひたすら酒飲んでご飯食べて、また酔っ払ってるんですけど2時間来たら行くぞってなって。

話者2:そこでまた全裸になるってこと?

話者1:全裸になるっす。

話者2:すごいね。

話者1:めっちゃ冷たいんですけど、すごい世界だね。

話者2:何?

話者1:11月の2週目10何日とか。

話者2:今年もあるんですか?

話者1:毎年あるっす。

話者2:毎年決まってるんだ。

話者1:毎年も。

話者2:それは男性だけでしょ?

話者1:そうなんですよ。

話者2:女性は見学もできない感じ?

話者1:女性はねなので基本的にはみそぎん時とか。

話者2:みそぎん時って山奥で誰もいない。

話者1:すごいカオスですよ。

話者2:誰もいない。

話者1:みそぎん時はそうだね。

もう1時間かけて、当時はVIP待遇だったんでタクシーで僕ら行ってたんですけど、元のタクシーを借りて、山奥行ってそこで降ろされて、とりあえず神社にそこからもう丸1日、もう拘束というか、どこも動けない、電波も入らないし。

でも神社の、神社が山の上にあって、その神社の床に休憩室みたいなのがあって、食堂があって、そこで女性は、すごい重要な仕事をさせてくれてるんですけど、それが食事。

みそぎに行く男子たちを、お酒と食べ物を全部、手に取ってくれるのがばあちゃんたちで、その滝までは歩いて降りていくのは、僕ら男だけで行くんですけど。

この間もおばあちゃんたちは、ひたすら厨房で全部、萩前、水前やってくれて。

じゃあそこのおばあちゃんとか、もう受け継がれているから、本当は若い人が入ったほうがいいとか、そういうのも。

もうそれ17年前の話で、僕入ったときも70、80のおばあちゃん、3人くらいでやってくれてたのが、もう2人なくなっちゃって。


話者1:ちょうどまあだから10年前ぐらいに後継者問題。

男子の担ぎ手以上に女性の厨房大事っていうので。

厨房が大事な理由がその海の漁師、山の山菜農家さんのその米とか。

やっぱり食べ物が海風川流域の海山川野のものが並ぶんですよ。

話者2:すごいね。

話者1:それ特にその中でも田舎のお寿司がお米と柚の巣。

柚の巣が僕らのところの大事な柑橘があって。

その米と山の柚の巣の融合がシャリで。

そこに海の魚とか山菜とか鮑魚とか。

お寿司がまさに海山川の融合物で。

僕は日本の寿司が海外で受けてるのは、寿司っていうのはもう本当に海山川のもう本当に融合物なんですよね。

ちょっと寿司の巣の代わりに柚の巣の巣を使わなくて。

なのかな。

柚の巣だけの巣で。

それで寿司飯を作ってそこの上に乗せるのが。

その海の幸と仲間であったり。

柚とか。

話者2:柚もあるの?

話者1:はい。

話者2:柚の寿司か。

飴子とか川崎とか。

話者1:あーすごいね。

話者2:じゃあもう全部その食文化をなんていうの。

凝縮したような。

話者1:はい。

これは多分ね海部川だけじゃなくて、日本全国そうだと思うんですけど。

やっぱりなんか田舎の寿司って各地域に田舎寿司ってあるんですけど。

寿司って結構日本のこの海山川が繋がる環境下で生まれた。

すごい江戸前っていう一つなんか江戸で。

その寿司の文化とかも多分含めて日本橋というか。

江戸に集合して江戸前寿司っていうのが。

完成されたんでしょうけど。

江戸前だから海のイメージが強くなりすぎちゃってるけど。

本来的にはあれなんですね山とかも含めたら。

寿司っていう食べ物は多分もっと広いというか深い。

話者2:そうだねそっかそれは全然気づかなかったな。

話者1:それもばあちゃんたちがこうやっぱレシピというかあって。

やっぱその男性おみこし担いでバーって滝に行くのが。

まあ壮大なあの祭りなんで。

まあそういう観光業界とかもそこを重視して。

まあそういうのが表向きに出るから。

男のなんか祭りみたいになるけど。

結局何が楽しいって飲んで食べてやってんのかな。

神様と一緒になんか美剣するのは大変やけど。

飲んでる食べてしてるのはめっちゃ楽しいし。

なんかそれを黙々と滝にも来れずに。

女性がやってくれてる女性たちを無視したら。

バチ当たるっていうか。

でやっぱその僕らが海の漁師さんと山の木こりさんと。

サーファーも含めて。

エルミヤマ川の感謝祭って言ってるけど。

もう料理が一番それの究極なんですよ。

リアルなんですよね。

なんか。

話者2:そうだねすごいでも。

こう文化ってすごいね。

話者1:だからそのねずっと受け継がれてきたものとしてさ。

耐えちゃったものもあるにしても守ってる人たちがいてね。

今そこの一番先端にいるんだったもんね。

今の世代としては。

でやっぱその厨房が大事だってのは。

結構早い段階で僕も気づいてて。

でもやっぱ結局祭りの美越し。

勝木に来る人たちもそうだし。

グージーたちもそうだけど。

やっぱそういう俯瞰して物事を見て何が必要で。

そのために何が必要っていう作業をする人って。

あんまいなくて。

だから僕とかが何か運営に関わっていくというか。

祭りだけじゃなくて全体的に。

女性足りてないですよねとか。

同世代の帰国して。

ちょうど地元出身で面白いことを出会って。

こっち帰ってきてから出会った子が。

そういう話をした時に。

もうすぐに面白そうって言って。

厨房を引き継いでくれ。

10年前ぐらいから女性陣に関わって。

世代交代で入ってくれた子たちが。

今2、3人いて。

勝木邸が不足が問題で。

勝木邸の募集も含めて結構僕も。

Facebookとか SNSは結構昔からやってるから。

人脈もあるし。

結構もう地元の人だけじゃない。

誰でもいいからって感じなんで。

誰でも別にあれなんだね。

話者2:他県の人というか誰でもいい。

話者1:他県の人でもいいって。

そうなんだ。

なんかね当初は誰でもいいっていないから。

だから今僕18年目ですけど。

10年ぐらいはだからもう本当誰でもいいって。

最初13人ぐらいだったのが。

ちょっとずつちょっとずつ増えて。

で去年一昨年初めて40人以上になっちゃって。

話者2:そんなにすごい本当に。

話者1:だからもうデイリーはあるんですけど。

みんな来たらずっと来るので。

去年一昨年40人になっちゃって。

逆にだから今それがフォワっていうか。

人増えすぎて問題になってて。

話者2:しっかり年度があるもんね。

話者1:それもねまたこの話出しても結構いろいろあって。

とはいえ祭りの時には40人集まるけど。

それが終わったら。

とどろき神社の年間当初の運営とか。

環境改善みたいなことにまで意識して。

行動してくれる人間ってほとんどいないんですよ。

僕ともう一人総代やってる。

けんすけって言って。

岩本けんすけっていうのがいるんですけど。

彼はと僕はやっぱそこ年間通して。

この神社とか仏閣とかが。

やっぱり建物老朽化とかも含めて。

参拝者の元もね。

普段なかったりとかやっぱ。

そういうのも含めて。

この祭りを支えてるのは。

やっぱ神社やったり。

仏寺やったりするんですけど。

そこ祭りの時以外も含めて。

ずっと維持していかなきゃいけない。

でも今ぐうじの息子さんも。

十何年前に帰ってきてくれたけど。

脱サラして帰ってきてくれて。

住んでるけど。

今までのたくわえとかがあるから。

どうにか本当どいなかの山奥の神社に。

寝泊まりしながら。

10年以上住んでくれてるんですけど。

参拝とか祈祷もたまにあるから。

ほんとギリギリで。

多分やっていけてはいるんですけど。

やっぱりその先。

今のぐうじ亡くなったりしたら。

今の一番ぐうじ80何歳で。

年金が学校の教員、大学の教員やってた人なんで。

年金があるから。

それで息子は。

ぐうじは年金があるし。

自分はそのもとで。

今までのたくわえで。

やっていけてるけど。

もしそれがなくなったら。

その先その次の世代とか。

この神社守っていくのって。

結構厳しいっていう状況で。

だからちゃんと神社が。

毎年年間通して。

なんか稼働して。

お金が入ってくるし。

人とお金が。

ちゃんと回るシグナル作らないと。

神社維持できないっていうところまで。

僕とかはやっぱそこ結構見てて。

だから祭り以外でも。

年間通しやらなきゃいけないこと。

いろいろあるんですけど。

それをずっと15年ぐらい。

やってるのかな。

これもまただから。

愛とは同じタイミングで。

このとどろき神社っていう。

神社とか祭りに。

そういう世界に出会って。

おへんろ愛っていう。

すごい大事なのに。

こう衰退していってる。

地元の重要な文化場所の一つとして。

とどろき神社と祭りっていうのは。

僕の中ではすごいインプットされて。

愛とかおへんろと同様に。

関わり続けてきて。

今に至るみたいな。

定流では全部リンクしてるわけだもんね。

もともとは何のリンクもなく。

ただ直感というか。

単純にこれ大事なのに人いないっていう。

価値伝わってない。

やばいっていう。

っていうので。

なんかもう直感と勢いで。

関わり続けてきた。

もの同士だから。

あれもこれもやってって。

みんなに言われるんだけど。

それはね。

分かんないけど。

やっぱり対外的に説明しないと。

説明できないと。

なんかあれもこれもやって。

よく分からんよ。

捨て人みたいに思われるの。

ただそれこそ日本人ありだから。

いろいろやっぱ僕も。

現実的に苦しい思い。

いっぱいしてきたんで。

でも自分は。

自分の私利私欲のためじゃなくて。

自分がこれ大事だと思ったけど。

やんない。

誰もやる人いないから。

自分はやるしかなくて。

やってきた。

ただただやってきて。

そうお金にもならない。

全部お金にならないことだし。

ああで愛はね。

愛だけはその仕事としてやってきた。

半分仕事じゃないとこもあるし。

でもこれをいつまでも。

なんかあいつ物好きでやってるって。

思われ続けてたら。

もう持たないし。

だから一生懸命。

なんでこれをやってるのかっていうのを。

第3者に説明できるようにしなきゃと思って。

話者2:確かに確かに。

この作業が歴史を勉強することだったのかな。

多分。

この話してくれてることも。

つながるといいなって今思ったし。

話者1:はい。

話者2:でそのれきくんの。

そういう人の繋がり方とかとは。

僕らは比べられないと思ってるけど。

なんか。

同じようななんか匂いを感じますね。

そういう。

何だろう。

直接お金になるわけでもないけど。

大事なことってあるじゃないですか。

で。

パッとはなかなか伝わりづらい。

難しさもあるっていうところとかは。

フォーカスしてるエリアがちょっと違うから。

初めて知ることばっかりだけれども。

うちの出版授業とかもすごい似てるような気がしてるから。

一応本は一応お金にはなるんだけど。

そうじゃあまりにもお金にならないことが多すぎるような中で。

編集って案で集めるって意味なんでね。

話者1:はいはい。

うん。

話者2:編集者なんですね。

だから編集的なんだよねれきくん。

そういう意味では。

編集者みたいな視点を持ってるから。

だからやっぱり。

いろんな経緯で全体を見るような意識とかは。

それを構成するとか組み立てるとかね。

そこはなんかすごい共感できるところがあるなと。

だからこうやって興味を持って聞かせていただいてるっていうのもある。

話者1:ありがたいです。

うん。

何とかしなきゃって思ったけど。

このリソースを。

練習能力が多分ないなと思ってて。

やっぱその最終的に。

まずピックして。

把握して選んで。

これをまとめてちゃんと分かりやすく料理して。

出すっていうところまでは。

あのできてないから僕。

だから本当は編集能力の欠如だと思ってて。

そのYouTubeとかもできないし。

僕本も書けないし。

結局編集って一番大事な作業ができないから。

その1個手前のとこまでしか自分ができてないなっていう。

僕らのフェーズで言うと。

編集って大きく言えば編集なんだけど。

取材と編集っていうようなね。

僕はどっちかというと取材っていうのはそんなに好きでもないんですね。

でもRECはどっちかっていうとそっちの部分っていうのは。

すごく得意というかすごくされていて。

最後の形にしてアウトプットするところは。

まだそこまで手がついて。


話者1:ないという感じ。
ハードルが一気に上がったけど、組むといいかもしれないね。
自分で食いしめるような感じもするけど、最終的に別にそんなことはどうでもいいのだみたいなところに行こうとしてる自分もいるんですけどね。
執着せずに、これをどうにかしなきゃ伝えなきゃみたいな。
最終地球なくなるし、自分の手の届く範囲内でやって、それがもし消滅したらそれはそれで仕方ないのかなとか。
そういうのを諦めてる自分もいますね。

だからなんか江戸の人たちとかの、ああいう域っていう文化が、結局は省略して作られるんだけど、僕らがやってることは野暮なことなんですね。
だからそういう意味では、やらないでも余計なことっていうか。
要は物っていうのは消えていくもんだし、そういうのも日本の文化で含み置いた上で、それでもやっぱり表現するっていうのの繰り返しで、いろいろ変容しながらやってきてるじゃない。

行為としてはなんでこんな案で集めて、何やってるのかなとか。
別に実生活にあんまり関係ないしね。
直接やってる人が偉いなと思うしね。
一次産業とか担い手の人の方が、やっぱりそのまんまだなとかね。

いやいや、やっぱりその一次産業の人たちの仕事のためになるわけじゃないですか。
その場合によってメディアとか、政治とか経済もそうだけど、それをその人たちの仕事を少しでも円滑にするような、そのためのっていう意識があれば、アーティストでもミュージシャンでも、政治家でも経営者でも何でもいいですけど、デザイナーとかでも。

なんかそのよくわからないものに対して、その価値を上げるための仕事がやたら多いじゃないですか。
価値のないものに価値をつけて、価値づけして人の話聞くみたいな。
それが多分多すぎて、主流になってきてる。

でも本当に価値のあるものって、特別に誰かの発明者がいるとか、創案者がいない中で自然にできちゃうものも結構多いから。
あのこういう名刺が特定しづらいものも多いし、特に歴史とかでもそうだしね。
愛商人とか言っても誰みたいなね。
こう無数の人の連なりだったりするから、当事者は結構見えてないことも多いですね。

自分の俯瞰した役割とか、あるいはどれだけ自分が本当に価値があるかとか。
やっぱ外の人が、僕らがアウトサイダーみたいなもんで。
なんていうのかな。
なかなか中心にはいられないところに、いつもいるんだけど。
やっぱそういう人の役割も、まあ一応言うとあるっていうかね。

リックの場合はアメリカとか、アメリカっていうか、オーストラリアもそうか。
外から一度出て戻ってきたっていう意味で、アウトサイダー的なね。
だから違法人的なところで、やっぱその視点がすごく役に立つっていうね。
面もあるのかなっていうね。
そこは似てるというか。

似てる?
似てるってなんか全然。
僕は海とかあんまり、葉山にいても海に入ったことすらないんですけど、すいませんみたいな。
足までみたいな、すいませんみたいな。
なんかそういう。

別にどうでもいいんだけど。
でも僕らの見てる、なんかいかんだというか、考え方とかが、なんか消えていくのであれば、たぶんこの人類も消えていくだろうなみたいな。

話者2:確かに。

話者1:なんかそれ自滅しに行ってるんだろうなみたいな。
でもあんま自滅したくないしな。
僕はって思うんで。
自滅したくないから、こうやって一生懸命やってるんだけど。
でも僕はなんか自滅しに行ってることすら気づいてないんだろうけど。

そのまま行ったら自滅するってことは、分かってない人たちがそうなったからもう仕方ないんですけど。
でもなるべくできる範囲で、足掻いていこうかなっていう感じで、できることをやってるつもりだけど。

まあねなんだかんだ一応希望はあると思っていてね。
根拠があるかないかって微妙なところなんですけど。
あんまり期待したら、期待して期待してしんどくて、もう30代苦ししんどかったんで。

話者2:確かにそこはそうだね。

話者1:でもさあ、こんなに面白いことなのになって思うのが、原動力ですよ。
ただなかなかパッと伝わらないことも多い中で。
でもそれが本当は知性とかね、教養って言われてるもののはずなんだよね。
本来的な意味ではね。

だからみんな本当は学んだりして、還元してね。
自分のとか周囲に。
そういう文化の力を一応信じてる。
文化とかはそのためにあるはずというか、あるよね。

日本列島はリソースがやっぱり非常に多いからさ。
どこ切り取ってもやっぱり、同じぐらいの深さってのが見えることが多いから。

そうね、その切り取り方も、どこにフォーカスするかで当然変わるから。
もうねリスペクトしかないというか。
そういうそれは全然気持ちが折れるってことはないんだけど。
自分が好きだからやってるっていう。

あんまり行政とか地域とかにもそこをこう、共感をこうまとめるとしんどいんでも。
ある意味僕ちょっと44歳になって、40歳になってなんかちょっと。
ちょっと力が抜けた時からちょっと分かってきたから。
ちょっとずつ良くなって。


話者1:50ぐらいでなんかもしかしたら選挙、政治とかも含めてもうちょっと、なんかその人間社会ともうちょっと歩み寄って何か結実するかもって今思ってて。

20代30代はちょっとなんかもう分かんなかったんであと経済的な余裕もないし。

経済的な余裕ない癖にそういう大概的に社会的社会活動みたいなしたことにやっぱ意識を持って行動時間も意識も使い過ぎたんで不安もずっとあった。

やっぱなんでこんな俺みんな世の中のためにやってんのになんでこんなしんどいんやろとか、自分は好きでやってただけやっていうのに気づいたっていうかそういうことにすればもうそういうことだみたいな。

やりたくなければやらなきゃいけないんだよっていう。

地球が滅亡してもいいじゃんみたいなそういう感じでちょっと大人になってどっかで半分諦めがつき始めたんで。

だから今のほうが楽なんかな、多分。

一寸前分かんないでもそれじゃあダメですけどね。

多分やっぱり祭りも伝統文化も信仰もやっぱりここで僕らみたいなレアキャラがいなくなったらこの感じ伝えるやつがいなくなったらほんまに途切れてしまうから。

特に田舎はそれでもうなくなってしまった文化とか場所とかいっぱいあるからやっぱそれを失うことは多分全体にとっても不利益になると思うからちょっとでも食い下がってやり続けないとはいけないなと思うんで。

諦めてはないとはですけどね、力の入れ加減はちょっと緩くしてる感じかなっていう。

話者2:確かにね、変えようと思って変わるもんではないっていうとこはね、あるからそういう力みはあんまり有効ではないっていうのはね。

話者1:国田先生みたいな人も現れて風向きと変わりそうななんか雰囲気が出てきたんでね。

これ本当ケオな方ですね。

あの人はもういいかなって思ってたんですけど、ああいう人出てきたらそういうわけにはいかない。

今までやってきたことをちょっと真剣にちゃんと共有してちゃんとやらないともったいないっていうか。

そういう感じですね。

今回のご縁が何かにつながればいいなってそう思いますね。

一応トラちゃんもそういう志で伊達や水餃じゃなくてやってるもんね。

だからそう何かが変わる起爆雛形として今回の本を作るっていうのは大真面目に彼はちゃんと思っていて。

だから何か作用するものにしていきたいなというところです。

別に何らか起こるだろうけどそこがちゃんとこう地に足ついた形で次に向かって展開されていくような。

やっぱり常にそこを持ってはいますが、まだまだ制作も始まったばっかりなんで具体的にどうっていうのはまだ難しいんだけど。

きっとどこかで今今日聞いた話とかも何かしらに作用してね。

そうでなかったら意味がないみたいな感じがありますね。

俺あれですよね。

僕今日エビス信仰とかそのエビス信仰のN字もなかったエビス信仰でも前回その話してトドロキの話が今日できたのはよかったんですけど。

話者2:そうよかった。

話者1:あとそっからエビス信仰についても人と話したんだけども。

あのあれだ。

そうなんか多分エビス信仰とかトドロキのその水の神様の信仰とかっていうのが、まあそっから他にもその日本各地の海洋民族のその海の神様の信仰がいろいろあって。

話者2:そうだね。

話者1:アズミ族とかアシア族とかアマベ族とか。

そこを聞きたいね。

あのインベ氏もさ海じゃないかもしれないけど直接的には。

あの全部その辺の歴史。

話者2:そうで。

話者1:トドロキの信仰の話はねちょうどその中でやろうとその中でしなきゃと思ってたんで今日はそれはそれで話せてよかったんですけど。

その淡い吉野川とか鶴木さんっていう徳島の中の北部の方のつながりと南部のこのつながりが全く今はほとんどの人が認識してないっていうか。

ところでも実はその今話したトドロキの林業の人たちと水の神様と八塁さんと海洋道っていうのでその淡いというものを流通させるための仕組みの中のすごい重要なあの場所の一つだったっていう。

そこの人たちが信仰してた水の神様、水葉の芽っていう女性の水の神様。

あと竜神ですね。

竜神、竜の神様の信仰があって。

とかあと波切不動か空海さんがお不動さんってやつですね。

特にトドロキ神社には竜神と水葉の芽とお不動さん。

お不動さん神社ではなくてそのトドロキ神社の下に竜幕院ってお寺があって、山岳信仰もすごい昔から山伏が修行してた場所としても言われている場所で。

トドロキの滝の付近はそこに伝わっている仏教的な信仰での波切不動と竜神信仰も結構仏教的な要素が強いんですけど。

そうなんかそういうのが根付いてて。

まあまあ要は木を切り出す人たち、海の海上安全とか大漁を願う人たちの信仰の対象として水の神様とかお不動さんとかがあったり。

エビス信仰もその中の一つであるっていう。

エビス信仰に関してはアワアイの勝利と特にね結びつきが強いっていうのは前回お話したんですけど。

そのエビス信仰をたどっていくと徳島県南部がまた出てくるっていう話があって。

それが全国各地にエビス信仰っていうのは地名も含めて残っていると思うんですけど。

徳島の南部に僕らのところもエビス神社というかエビス神社が祀っている神社がもちろんあって。

あと海の神様でスサノオの御事っていう海の神様が御祭神のギヨン神社っていうのがあって。

この間行ったっけ。

話者2:行ったと思うすね。

話者1:そのエビスさんを祀ってる神社とそのギヨンさんスサノオを祀ってる神社っていうのはシシクイってエリアに集中してて。

そのシシクイエリアに関してそこに暮らしてる漁師の漁師町の人たちの名前の中にエビスっていう名前つく人がめちゃくちゃ多いんですよ。

三好がエビス。

エビスダニ。

エビスダニ。

エビスイ。

エビスダ。

エビスっていう。

宇品にエビスっていう名前がつく人がもう圧倒的に県内でも一番多いのがそのシシクイ。

話者2:それって漢字は?

話者1:漢字はね、武士みたいな中に銃って書いてる。

話者2:あーはい、わかる。

あれ一文字で?

話者1:あれ一文字でエビス。

で大体エビスダニってエビスイとかってエビスについてる人が多くて。

珍しいある意味集中してるんだ、割と。

話者2:はい。

話者1:ヒルコって書いてエビスっていう名字の人はシシクイよりねそのもうちょい上にヒワサっていう。

話者2:ヒワサ。

話者1:旧南町ってとこと、逆にシシクイの高知側の東洋町、高知県の東洋町ってところにエビスって人が多くてつながってるんだよ。

なんせそのでもね、阿波の古事記研究会とかその歴史調べてる徳島が山大国あったとかそういうあの徳島の歴史を調べてる徳島説の人たちは。

そのエビスの話もよくするんですけどエビスさんは中川っていうアナン今で言うアナン市ってとこかな。

そこで生まれたってエビスさん生まれた場所っていう説を唱えてる人たちも多くて。

あの国産をしたイザナギイザナミが国産した時のその阿波の立花のなんとかのお殿みたいなところがアナンの海で。

そこの近くにあのエビスさん生まれた場所っていうのでこうなんか看板とか建てられているとこもあって。

その阿波の愛称には徳島の北部の方で今のエビス神社っていうのは徳島市内にあったり徳島の方でも北部とか南部アナンあたりにエビスのことが語る人が多いんですけど。

人名でエビスが一番多いのは絶対県南部。

しかもスサノオの御事とか海洋民族で黒潮に乗ってやってきた人たち。

エビス族っていう部族。

ユダヤの話みたいなイスラエルとかユダヤ失われた10種族の話とか、徳島の剣山系とかでその日ユロソロンってユダヤと日ユ日本の同層論とかで。

トライ人ユダヤの人たちが来たみたいな話もよくするんですけど。

そういうよそからやってきた人たちも関わっている時とした時に黒潮でやってきたら南から来るよねみたいな話もあって。

もうちょっと徳島の南部の方の海洋民族の経緯とかで言ったらやっぱもうちょっと南が黒潮に一番近いところほど入ってきた可能性は高いと思うし。

もうちょっと県南の歴史ももうちょっと調べるべきだと思うんですけど。

だんだけどまあ人がいないからそういう学者とか研究者も少なくてあんまりそのエビスの話と一つとってもネットとかで調べても徳島県南部の話はほとんど出てこないんですよ。

けど僕的な考察ではそのねまず名前が多いのはなぜなのかとかあのやっぱり色々それ以外もねなんか。

あの竹ヶ島って言ってもらってお二人にも言ってもらった鹿島信仰とか金目石信仰とかエビスさんにまつわるので金目石信仰ってありますけど。

金目っていう場所があったりその竹ヶ島、鹿島っていうのも全国にあって鹿島信仰みたいのがあって、竹ヶ島もおそらくその一つつながりで。

竹ヶ島って島もまさにエビスだ。

エビス田さんとかがめっちゃ集中している島なんですよ。

そこに年老主と大国主、エビスさんと大国さん祀られている竹ヶ島神社があって。

その少し離れたところに金目っていう集落があって。

そういう海洋民族の歴史を調べていってエビスさんとかもそのね。

ユダヤの話でもなんかいろいろあるんですよね。

エビス信仰ってあの徒歩神浸め、何だっけ、素敵赤身、ああいうのも。

徳島の鶴木さんの方とか神山の方とかでも恵比寿さんにまつわるそういう海洋民族のなんか言霊とかいろんなのがあるんですけど。

県南はもう見事にそういうのないんですよね。

海洋庁寺敷とかっていうのはそういう今の時代にそういうとこを掘り下げて何か展示してたりとか看板掲示してたりとかっていうのは全然なくて。

だけど僕とか僕の周りのそういう関係する深いディープな調べてる人とかいろんな人に連れて行ってもやっぱそのその海にまつわることでやっぱ徳島の中でこの海部エリアっていうのは天辺族の拠点であったりもうちょっと調べる価値あるよねみたいなのはあって。

愛称人がそのいわゆる船で


話者1:歩神浸にもね、公園があったりとか、その実際物理的に木材って大事だっていうので、その木材が県南部の方が気候とか土壌の条件で良くて、結局ここの徳島海部の杉っていうのはすごい非常に重要な、経済支えてた重要な存在だったっていうこととかも含めて、基本エビス信仰って海洋民族の信仰だと思うんで、だから本当は何が言いたいかっていうとね、その試食のことが全然調べられてないんで、もっと調べる必要があるんじゃないかっていうところですね。

まあトドロキ以上に今僕はそのメジャーだしエビスさんって、なんか愛称人を語る上でエビスさんも大事だし、エビスさんを語っていくともう少し南側の情報が足りなすぎるから、そこはなんか掘り下げていきたいなと思って自分なり調べてるんですけど。

愛称人、あと海とその港域というか流通的なものとエビス信仰は、ピンポイントで懸難のことがわからないとしても、まあ広い意味ではそれがもうなんていうか見えてるというか論章されてる面があるわけでしょ、大きな括りとしてのアウトラインみたいなところ。

海洋民族としてのまあエビスだけではなくてこの間ちょっとお話した京都でソミン生来、ぎおん神社、八坂神社、スサノオさんのやつがぎおん神社って京都有名だったんだけども、ぎおんの信仰もそのぎおんっていうのは全国いっぱいある中で日本産ぎおんって言われてるのが、四肢食いのぎおんさんやって。

もう一個広島の福山で、広島の福山の布隈神社と四肢食いの八坂神社が、京都のぎおんさんが火事で燃えた時にその二社が主に寄付をして復興させたという歴史があるらしくて、そういうのも何かしらぎおん信仰の中でも重要な神社の二つが広島と、広島福山と徳島の四肢食いにあって、それぞれスサノオ祀ってるんですけど、なんせ海の神様の信仰がすごい強いわけで。

その、あと天部族、今海部郡って言うけど当時は天部族って言われてて、アズミ族とかアシア族とかいろんな海洋民族って名前あるけど天部もその一つ。

愛知県の天とか大分県にも天部が。

この神社ってさ天の橋立てのあそこも天部氏でしょ。

話者2:はい。

話者1:天部さん、海部かな、地位一緒じゃないのかな。

話者2:同じだよね。

話者1:同じ海洋民族天部族の最も文献とかが残ってるのが京タンゴ地方なんですよ。

だから大体調べると京タンゴが出てくるんだけども、その京タンゴに伝わってるもののいろんな、ワナサーっていう天竜の羽衣の伝説の助けた老夫婦の名前はワナサーっていう名前だけど、僕らの地元シシクイリナサってとこがあってもともとワナサーって言われてる地名で、ワナサー王族っていう神様がここら辺りにすごい古い神様がいて。

あれは出雲のイナサーってのは関係あるの?

話者2:イナサーでイエスかノーかみたいな話も、何だっけ、竹見一智が剣の上に乗っかって。

話者1:あれそれは違う。

話者2:そうだよね。

話者1:その話?ところ?

イナサー、出雲のイナサー。

なんか出雲のイメージが普通の古事記とか日本書紀の系、神話ではそこに集約されてるイメージがあるじゃない。

だから出雲系だよね。

だって一般的に言えば。

でも出雲系って呼んじゃっていいのかなみたいなぐらいの広がりもあるし、僕は単純に起点が出雲で色々その勢力圏が広がっていったのかなみたいなイメージもあったんですよ。

でもちょっとそういう辺も疑った方がいいのかなとかね。

広い意味での海洋民族的なというか海の繋がりとか、そういうものの担い手みたいな人たちが一つの部族だけではないけどもなんか、古代のねスサノオとかとか呼ばれるような人たちとか、エビスはだからオオクニヌシのさらに子供になる。


話者1:コトシロヌシ、コトシロヌシだもんね。

話者1:その教単語とはアマベの歴史で言うと、本当もうアマベ族が拠点にした箇所って本当に何箇所かやっぱあって思わなかった。

話者1:でも開封、徳島の開封って多分一番認知度低いっていうか。

話者2:そうね、知らなかった。

話者1:僕ら海洋民族アマベのどっちが開封群だと思ってるし、開封島って刀があってそのタタラ製鉄が四国で最大の産地なんですよ。

話者1:この開封川領域ってもともとで、日本刀の刀匠が日本刀作りの一番四国最大の産地っていうのも一つ事実としてあって、開封島ってのはまあ今はもう途絶えてるけど、その開封島の残されているもの展示されて町の文化館に展示されてたりとかするんだけど。

話者1:それもやっぱ製鉄って言ったタタラ伊豆湾と有名なんですけど、やっぱりそことの鉄の物流とかその製鉄技術のもった人材の物流通り行き来とか、やっぱりその出雲とこの獅子喰いの流通の繋がりっていうのは結構古い時代から絶対あったのは開封島の文化からも見れるし。

話者1:あとその和獅子王って人がいて、この獅子喰いってもともと足喰いわけっていう国の名前だったんですけど、まだその土地が国として成立してない時に1600年前ぐらいの話らしいんですけど。

話者1:当時その和獅子王という天皇の血筋の人が、大阪住之江州っていうかな、雪津の国か、からあの阿波の南のエリアを国を治めなさいって言われて、傾向天皇って天皇の孫にあたる人らしいんですけど。

話者1:その和獅子王って人が雪津の国から派遣されてやってきて、この足喰いっていう国を作ったって言われてるんですよ。

話者1:でこれが今の獅子喰いの始まりって言われてて、和獅子王の妹が2人いるんですけど、この2人は李中天皇って人に突入でて、李中天皇は晴間とか出雲とかにも縁のある人を聞きしてたらしくて。

話者1:李中天皇言ったらその時の天皇ですから妹たちが天皇の妃になってるんで、李中天皇も自分の妃の里である兄である和獅子王を訪ねて獅子喰いにやってきてるって史実で残ってて。

話者1:でその時の記録とか阿波不動記って書かれてるんですけど、なんせその1600年前ぐらいに和獅子王という豪族がいて、それが天皇との関係があったんで、すごい皇室との行き来もあったっていうのはあったり。

話者1:和獅子王は獅子喰いを作った後、狭抜きの国に移って、それこそそれが空海につながっていくんですけど。

話者1:今の香川県狭抜きの国ができる前の時に、和獅子王は狭抜きの国に渡って、狭抜きの国を作った人って言われてるんですね、和獅子王って。

話者1:なので最後は狭抜き国作りの見事って名前になって、狭抜きの国で亡くなってるんですけど、狭抜きには狭抜き藤っていう山があって、別名半山、ご飯の山で半山飯の山とか半山って言うんですけど。

話者1:そこに眠ってる豪族が和獅子王って言われてて、狭抜きの師祖が最後狭抜きの師祖ともなり、狭抜きの国で墓してるんですけど。

話者1:そこが近畿から来られてるんで、結構この瀬戸内海と近畿、大阪関西なら和歌山とかも含めて、近畿圏と四国徳島と狭抜きをつないで、それが出雲までつながってたんで。

話者1:この辺りを行き来してた有力者がここにもいたっていうこれが1600年前で、その3、400年後ぐらいに空海が狭抜きの国で生まれてるんですよ。

話者1:空海は室戸岬で修行して、悟り開いて空海って名前も室戸岬で、この海と空からもらったって言われてるんですけど。

話者1:その前には阿南の大流寺ってところで、山の上で修行して。

話者1:で、最後に。

話者1:切れた。

話者2:でも時間が3時だ。

話者3:割といい時間になってきたね。

話者2:あれじゃない?電源切れちゃったんじゃない?

話者3:そうかもね、うん、そんな気もする。

話者2:少しまあどうしようかな。

話者3:でも次回も必要だね。

話者2:ね、すごい。

話者2:あと1、2回はいるかなって気がするけど、切りがないんだけど。

話者3:そうだよね、本当に。

話者2:ちょっと求めする意味では。

話者3:まあでもなんか彼のブログかなんかにもちゃんとベースは書いてあるから。

話者2:もちろんね、調べていけばいろいろ補足はできるから。

話者3:どうしようかね。

話者2:ね、多分切れちゃったんだろうなって気がするね。

話者3:でもメールしても一緒かもね。

話者2:切れちゃってるから。

話者3:じゃあまた。

話者1:あ、繋がった。

話者3:本当?

話者1:ごめんなさい。

話者1:携帯熱くなりすぎてダウンしてしまった。

話者2:ああ、そうだよね。

話者3:時間も割れて。

話者2:あと。

話者1:すいません。

話者1:ちょっとある程度締めたところで、もう今日は一旦整理したいので。

話者2:はい。

話者3:あれは、あの話は超重要なんで、また次回かな。

話者2:そうだね。

話者2:これ、インベの、インベの師祖の雨の日和しの見事とか、インベって和紙が、和紙って重要なんですよ。

話者2:和紙のマーク。

話者2:我々県南部も和紙積み王っていうのがすごい重要なんですけど、インベと天辺を繋ぐ重要な人物だったとも僕は思ってて。

話者2:和紙積み王っていうのは。

話者3:確かにね。

話者2:空海が、なぜ彼がブロトンまで一回奈良に頭いいから大学で行ったけど、会わずに、ロクセに会わずに一回戻って、山節の世界に、信仰の世界に行くけど、なぜそれが南に行ったのかっていうので。

話者2:僕は自分が生まれた、空海が生まれた、サヌキの国を作った和紙積み王の足跡をたどっていった可能性があると思ってて。

話者3:そうか、確かにね。

話者3:鶴木さんも含め、神山も含め、和紙積み王っていうのがたぶん、獅子喰いからサヌキに行く道中、やっぱり色々インベの足跡もたどっていってるはずなんで。

話者2:空海がそういう南に行った理由というか、導いたきっかけの一つが、僕は和紙積み王だったんじゃないかなと思って。

話者2:それが海布とか獅子喰いとか、そういうのもね、まだ僕の個人的考察レベルですけど、何かあり得ると思ってて。

話者3:確かに改善性はあるよね。

話者3:インベと天辺の話をする上でも、空海の話をする上でも、実はこれ最後出てきたけど、和紙積み王という人物が、出雲なり錦記も含めてですけど。

話者3:このミラクルの中で、南阿波のエリアと他の地域をつなぐ、超重要人物だったっていうのは間違いない。

話者2:僕らなりにも調べておいて。

話者2:ちょっとまだやっぱり少なくとも1回、あと1、2回は話さないと、一旦完了にならない気がして。

話者2:エンドレスは1回避けて、1回ちょっとどこか、これぐらいに着地したいなというので。

話者2:今日はこれでほぼチェックアウトして、終えるぐらいで。

話者2:また相談できたらっていうところかな。

話者2:次のまたに行って、もう1回だけ決めるとか。

話者3:トラちゃんが10日くらいから来るんだっけ。

話者2:10日くらいから来るから、この週かな。

話者3:この間1回ぐらいは、お話ししておきたいなと思いつつ。

話者2:月曜以降でどうですか。

話者3:月間ぐらいの中で、明日以降ってことですよね。

話者2:僕はね8日から多分忙しくなっちゃうんで、明日朝ってどこかで時間取れるか。

話者3:お二人がどうですかちなみに。

話者1:明日は午後がもうだいたい塞がってて。

話者1:通うのがいいのかな、通ってきゅんきゅん。

話者1:日中誰か。

話者3:それだったらあるいは月曜の夜とか。

話者2:明日だ。

話者2:明日か。

話者1:僕は明日は大丈夫です。

話者2:8日からずっと忙しい感じですか。

話者3:8日からね、ずっと18日まで。

話者2:じゃあちょっと明日、話せるとこまで話してってので。

話者2:1回こっちで整理して、何かしらまとめてその後にまた、やりとりしようってことかな。

話者1:明後日は夜もオンライン配信だからさ。

話者3:明日の夜でもいいですか。

話者2:明日の夜大丈夫です。

話者3:何時ぐらいがいいですか。

話者2:どうしよっか20時ぐらいにする。

話者3:20時半とかくらいがよくいいかな。

話者2:6時には終わるから多分。

話者1:それでもいいですか。

話者3:全然大丈夫です。

話者2:明日は。

話者1:6時半にしません。

話者3:分かりました。

話者2:連日で恐縮なんです。

話者3:こちらこそです。

話者2:じゃあ明日。

話者2:最後話し切れてない話し切った気もするけど、今の歴史のところ、空海の話ももう少し、まとまっては聞いてない感じは、ちょっとあるような気もするかな。

話者3:おさらいみたいなのもあってもいいと思うんで。

話者2:全部舐めるぐらいの最後。

話者3:そうか。

話者2:天草とか、愛称人がつないだ、泡踊りのルーツの話とかしましたっけ。

話者3:それしなきゃいけないな。

話者2:愛称人の、江戸内海から九州とか、肥料の話しましたよね。

話者3:北海道の日清の、日清が泡をね、宮崎とか鹿児島は鰹節。

話者2:あれの文脈で、肥料だけとか愛だけじゃなく、染料肥料を商売道具にしながら、それ以外の文化、音とか踊りとかも愛称人が全破させた。

話者2:それの中の一つが泡踊り。

話者2:沖縄のカチャーシーとか。

話者2:それと空海の話ぐらい。

話者2:明日その話ができればと思います。

話者3:全体が締めくくられたら、情報をとりあえずぶつけまくる。

話者2:吐き出しまくる。

話者2:ほぼチェックアウトもこんな感じで。

話者3:ありがとうございました。

話者2:ありがとうございます。

話者1:明日もまたお世話になります。

話者3:ありがとうございます。

第二部(7/6 00:03〜)

レキ君:うん、忌部とかその阿波の話で1個は、の。
阿波のまあ要は僕は阿波に関する記述とかその研究みたいなものがやっぱり人口の問題とかもわかんないせいがあったり。
そうで多分その忌部と阿波の中では阿波って何も語られてないっていうのに対して、僕はその海陽町を生まれ育った人間としてまあ、自分の生まれ育った土地の歴史みたいなものをもうちょっと世の中にも、あの伝えていきたいっていうので多分、今回もこうやってお話しさせていただいてるんですけども。
なぜならば歴史とか、あの声のでかいやつが笑う、ブルーハーツの歌詞にもありますけど、笑う必要はないんだけどもあの、まあでもなんか僕はそういうのはあの歴史とか特にあのできる人間、言った人間声のでかい人間の言ったことが歴史っていうか、全体に影響していくっていうところでまぁ自分たちのその持ってるものとかいいもの。
だからやっぱりその影響が薄く済まっているのは良くないだろうということで、伝えたまいいね、忌部ですらねやっぱりショーアンマイノリティーですけどもまあその中でも、さらに、阿波はもっとマイノリティーなわけで。
そうやっぱりこう忌部の話とか平和の話、まあ平和な部族とか言われたりとかねやっぱりその、日本の神道とかそういうアウロスアニミズムっていうまあ日本神道っていうのはあの、素晴らしいと評価を受けている中でもまあ忌部の存在もすごい重要な存在の一つ、だけどもやっぱり全然知られてないって言う。
まあそういう忌部を支えてきた阿波と言われている海洋民族の存在とかもそう知られてないって、いうのはやっぱり、伝えた方がいいだろうと思った分言ってんだろうまあ調べて発信してんだろうなぁと、改めて思っていますで。
忌部と阿波の関係性で一つ面白いのが忌部と阿波が手と手を取ってという、フレーズがあの、徳島では伝えられてまして。
で一個、現存するというか実際今も歌われてるのが、佐那河内村という徳島県唯一の村。
佐那河内村っていうのがあって神山の横隣なんですけれども。
まあ、何だろうな神山とかもその剣山、海沿いのまあ、徳島とか徳島のちょっとした小松島っていうところ海沿いのエリアから、まあ剣山に向かう途中にあるのが神山とかな。
その手前佐那河内があったりするんですけど。
神山の手前だとこの中学校の校歌に、忌部と阿波が手と手を取ってっていうあの、フレーズが出てくるんですよね。

まこりん:ええ、すごいな。

レキ君:で、まぁこれはまあ忌部の研究している人たちの中ではあんますごいそんな有名でもないんだけどまぁ知ってる人は知ってるというか。
うーん、阿波部という存在意識を持ってくれている忌部研究者、まあ何人かいるというか。

まこりん:うんはい。

レキ君:だけどまぁその中でもいう数少ないこう、実存するというか実際になんかこう歌われ学校のね。

まこりん:うん、校歌の歌詞の中にあるっていうのは一つ面白いですね。

レキ君:ねぇ。
でまぁこの阿波藍とまぁその曲前回も話した廻船業とか林業とかにつながる件。
海風がは中川っていうのはね、あの徳島のその木材の供給を支えた土地だし。
まあその船を作るとかね廻船業の中でまぁ、いわゆる海洋民族のノウハウとか阿波部の自然環境っていうのが、徳島県のその阿波踊りとかも話しましたけどその阿波合いとかって文化を発展させるのに。
まあ一躍を勝ったになってたって言う。
とはこれ実は忌部と阿波部時が手を手と手を取っていてもその江戸時代とかにもっと昔の、話なんで忌部とか阿波部っていうのはそういう、阿波の地の海と山の民が。
まぁあの場合によってはトライ人とそのネイティブみたいな感じかもしれないですけど。
その、そうロなんかそういった日や海の民と山の民が連携してこの土地のいろんな文化。
そこと海を通してつながるいろんな各地の、つながりを作ってお互い相乗効果を上げていくみたいな、文化文明の発展を、促してたみたいなところが阿波の忌部と阿波部の物語だと思うんですけど。

まこりん:そう。

レキ君:なのでまあその中でそういうのもありつつ。
だけど今の昨今のYouTubeやSNSとかYouTubeとかであの語られるのはほとんどまあ忌部。
忌部は結構ねなんか陰謀論YouTubeとかいろいろ、取り上げられてるけど、阿波部に関しては全然情報はまだまだ出てないなっていう感じなのが。

まこりん:忌部氏は、都からあれでしょ、阿波の国の方に落ちてきたというとは言葉あれだけど、移ってきた人たちがまあ入植したというか、切り開いていったみたいながそれはそういう話でいいんですかね。

まこりん:いいんですかというか、忌部もそのどうやってきたのか僕はあんまよく分かってないですけど。

レキ君:阿波太玉命と阿波の日和の巫女と、始祖どっちだっけ忘れたけどなんかそういう忌部の、師祖みたいな人たちがいて、その人たちは一体どこから来たんだろう。
僕ちょっと忌部の話は僕はもしない方がいいなあんまり詳しくないんで。

まこりん:故事拾遺だっけなんだっけその書物が忌部氏が平安時代ぐらいになってある日没落した時に藤原氏が前世になっちゃったんで、やっぱり歴史を残さないとっていうところで忌部氏のその歴史を残したのは、確か故事拾遺だったっけなっていう。
それが割と出典元みたいになってて。
っていうふうに僕は認識してて。

レキ君:平安時代ですよね。

まこりん:あのそうあの故事拾遺が残す表されたのはそうだけど、結局、朝廷の祭祀をつかさどってた中臣氏とさ。
それが藤原氏になって、建政を握っていく中で多分役割は違うんだけど同じように最初になってた忌部氏が、脇に追いやられるというかさ、政治的には没落することになって。
それで多分その一族というかグループが海を渡って阿波の国で再起を図るというか。

レキ君:どうなんだろう。
そもそも徳島がその祭祀の中心地だった認識があるんですけど僕の中で。
朝廷が近畿だったのか。
それ以前にその徳島が中心だったっていう時代が。

まこりん:そうだよね。
だから割とスタンダードな見方みたいなところでしか僕は捉えてないから。

レキ君:そうでもなんだっけそういう職人の集団というかその多分、朝とかああいうのはどっちかというと祭祀というよりはそっちの方で、土地を開いていったみたいな。

まこりん:そうですね。
そこから枝分かれした一部がまた黒潮に乗って房総の方にも移って、っていうのはなんとなく僕のなんていうか。
そこまで解像度が高くないんだけど、ざっくりそんなイメージは持っていたっていう感じの話で。
ちょっともうちょっとチェックしないとわからないところもありますけどね。

レキ君:人間のことに関しても散々いっぱい世に出てるんで、なんとなくそういう、あの朝もそうだ車とはしなはがしとか、私の歴史ももう千何百年前からあるって言われてるんで。
平安時代が1300年前としても、まあそれ以前もうちょい古かった気がするなぁ、はしろ。

まこりん:なるほど。

レキ君:なので麻の歴史とかもそうだしまあ、昨日話した鷲住王とか1600。
あの、そうまあちょっとそのあたりがね忌部氏がいついつ誕生したのかはちゃんと調べなきゃいけないんですけど。
そうねまあまああの、なんせその鷲住王とか線路僕はね把握している線路で、前には沈みをって人がいたって言う。
その人は間違いなく徳島県南部にまあ、使わされてきてて。
近畿朝廷天皇というまあ日本の中枢から、派遣されたというか。
まだその国っていうのはそんなちゃんと成り立ってない時に南アオ、収めを言われてやってきたと言われている鷲住王がいて。
それが讃岐の国づくりの見事って言ってまあそれに行く道中きっと、さっき言ったさな号地とか、あの大龍寺のあたりとかなのかまあどの道通ったのかわかんないですけど。
徳島の山間部は絶対通ってて。
まあその時にすでにそう忌部インみたいなコミュニティある部族がいたのかちょっと、僕はそれは定かじゃないですけど。

まこりん:なんかね今回の、四国の本もそのトラちゃんのとのその視点がそもそもなんていう四国がもうなんか、歴史の起源じゃないけどそれぐらいのなんていうかそこをどうなんていうかな。
えっとあまり怪しくないかとんでもにならない。
やっぱりちゃんとなんか文化論としてロジックにしたいというか。
だから、若干そう通史で言われていることもまあ、踏まえつつもなんてか本としての一応、あの、こう、捉え方をある程度なんか決めたい感じがあるんですよね。
いったんねその時にまあ次のステップとかに今度はトラちゃんも交えてでこう、大まかななんかアウトラインを、デッキも含めてなんか共有していってっていう。
ここがあまり逸脱お互いの認識がずれすぎていると本としてはね整合性が合わないから、一旦こうだろうみたいなところの共有をしたいっていうのが今は地ならしというか、前段階なんで。
そうまだその辺はこういろいろとこう、なんていうの点が線につながってないことがあっても全然構わないっていう、そんな感じでアウトプットしてもらえたら、っていうところですね。

レキ君:改めて言うとね、あの邪馬台国は阿波だったみたいな邪馬台国が基本近畿なのか九州なのかで、論争がされてて青森のほうの三内丸山とかもあるんですけど。
基本なんか近畿対九州みたいなずっとやってきていて。
でそこに新しく、内側邪馬台国だったって名乗りを挙げてる地域が今ここ最近何か所があるらしくて。
徳島はめちゃ徳島県内ではその邪馬台国阿波だったっていうのはすごい盛り上がっている感じはある。

まこりん:そうかそうか。

レキ君:それがJCって青年会議所みたいないわゆる、各地域にある青年会議所の徳島県のJCのOBの人とかが結構その、経営者のそのグループが力入れて歴史観光で徳島の経済盛り上げはみたいな、地を巡る旅って出てる。
結構YouTuberや有名なYouTuberとかが特に鶴木さんに陰謀論系とかその歴史系YouTuber結構ちょこちょこって、その邪馬台国阿波だった説の徳島の人たちの案内してみたいな。


レキ君:ここに3年それで、まあちょっとずつその一部日本ユダヤの同祖論とか、まあいろいろそういうところからは注目を浴びてて著名人も来たりして。

でもまあそんなに簡単に邪馬台国阿波だったって多分難しい。

本も結構出してる人いるんですけど、まあそんな簡単じゃないと思うからこの本とかはもうなんか四国起源説っていうのとかも邪馬台国阿波だったとかの人たちのリアリングしたらいろいろ情報出てくるんでしょうけど根拠とかなんか僕個人としてはどこが始まりとかどうでもいいっていうか、なんでわかるんすか知ってないそれが。

古代一番最初ルーシーって人類の最初の人類がエチオピアで生まれたとか言われてるのもすごいなんでわかるのって。

しかも同時多発じゃなかったんですかみたいな。

まこりん:一応あれでしょDNAでさミトコンドリアのDNAその学術的というかその計算上はそうなるってことだもんけどね。

レキ君:僕なんか文系なんで数理とか理系の人の頭の構造全然わかんなくて、なんでそれ言い切れるのかがよくわかんないみたいなその同時多発だった可能性がゼロではないはずやと思ってて。

まこりん:学術的にはそっちほぼ否定されちゃってる雰囲気だもんね。

レキ君:でもね、なんでそれ否定できるのか意味わからんっていうのは僕個人的なスタンスなんですけど。

だから邪馬台国がどこだったかとかでなんか論争してるのとかもまあ論争したい人たちがしてるんだからいいんですけど、なんかそんなところにあんま僕はこの答えを求めるのが時間の問題だなと思って。

なんかまあそれでね色々わかっていくのはいいことだからねその争うというか対立するっていうのは必要。

まこりん:うん。

レキ君:歴史すごい好きだけど、人より何より詳しいんだけども、細かい時系列とか本当の専門家考古学者とか歴史の学者とかにはやっぱ慣れないっていう。

ここもまた僕すごい中途半端なんですけど。

やっぱそこってなんか、あやふやにしといていいんじゃないみたいな。

逃げなのかもしれないですけど。

だからどこが起源とかっていうのは、僕はなんかそんな誰にも分からないし、どこが起源でもいいんじゃないっていうのが個人的なスタンスなんですよ。

だから今回のやつは四国起源説にする場合は、そのエビデンスみたいなのは多分僕はその辺は頼りにならないというか。

それだったら忌部研究の林ひろあき先生とか、博士号って書いてあるとか、いろいろそういう学者サイドの人たちの文献とかはしっかり先生たちは本出されてるんで、記事を読ませてもらって。

まこりん:雑誌のやつはね監修か何か多分あれですよね。

林先生が話されてたやつだったのを読んでるって。

でもなんか多分れきくんのスタンスはどっちかってなんていうかなそういう知性学というか、この土地がこういう感じで、そこにそういう人の営みがあって、特定の個人がどうっていうよりも、もっとその人とか。


まこりん:物流とか、そこに自然との関わりとか、なんかそこのありようだよね。

まず、で、その連続というか、積み重ねる中で、今の人たちの暮らしもあったりとか、多分そこに忌部シとかアマベシっていうのが乗ってくるところもあるし、あのね、エビス信仰とかさ、いろいろそういう、ある程度オーソライズされてるようなものが、おそらく当てはまるだろうというところではめていくような視点だから、学術的なその厳密さとかよりは、もっと違うところのものの見る視点というか、そうですね。

レキ君:なんか、その時間、空間にあんまり、こう、断定したくないっていうか、どこが一番古いかとか、どこの場所が一番大事かとかじゃなくて、もう全体が繋がってるってことを証明したい。

まこりん:確かに。

レキ君:だから、一極集中、都市一極集中とかね、いろんな問題があるみたいな感じ、やっぱり田舎も、いろんな歴史とか、今の文化産業とかを、国を作ってきた。

まこりん:それは東京は東京だけじゃ成り立たなかったんだよっていうのを。

レキ君:そこにいろんな地域とか、いろんな人たちがいて、いろんな文化があって、特に海洋町なんか、そうだけど、日本各地の過疎地で人がいなくなっていくところって、歴史もそうだけど、その存在自体、名前自体も知られないから、結局そこに人の意識が及ばなくなっていくと、経済も回らない、人も回らないってなって、そういう地域は人がいなくなっていくっていう、そういうのを避けたい。

なるべくだから、もう再結果に至るところに張り巡らしたいみたいな。

まこりん:確かに。

レキ君:で、たまたま僕は過疎地、徳島の中でも一番、歴史の話を聞いてても、なかなか出てこないし、空港からも一番遠いしみたいな、やっぱこの壁地というか、過疎地で暮らしてる人間が、なんかそういう末端の地域を、見落とすなよじゃないですけど、そういう根性でやってる感じなんですよね。

まこりん:でも末端の血流がさ、ちゃんと血が、血が巡ってないと健康じゃないみたいなさ。

このロジックと一緒だよね。

だからね、末端、冷え性じゃないけど、なんていうの、そう、人の体もね。

だからそれだと全体がやっぱり影響がいくというか、体調とか全部に影響するのの、一番先端ってのは大事とかさ、なんか同じフラクタルというかさ、原理は同じように成り立ってると思うから、決してただの今、例えではなくてさ、なんかそういう説理みたいなものがあるような気がしてて、それを抑えた上で、共有しながら話していく方が、実態に合ってるというかさ。

レキ君:そんなスタンスかななんていうのを持って、なんかうちの地元すごいから、すごいんだぜっていうのが目的じゃないというか、ある程度やっぱうちの地元もすごいよっていうのを言って、興味と認識を引っ張って、その血流を巡らせるようとする。

そのためにはうちすごいんだぜって言わなきゃいけない、多少言わなきゃいけないんだけど、なんかうちがすごいっていうのを、アピールするためっていうのが最終目的じゃないっていうか、なんかそういうのを見落とすと、全体がおろそかになって、全体に影響していくよ。

自分たちの地元もそうだし、日本全体もそうだし、環境問題で言ったら世界地球全体で見たときも、やっぱり一個一個のこういう、今見落とされがちな地域とか文化、これは徳島海陽町だけじゃなくて、藍染とかお辺路とか祭りとかねっていう、そういった僕が関わってる、マイノリティな場所とか文化に関わってる理由は、そういったものに気づくきっかけを、ちょっとでも自分は作りたいと思って、それがそれぞれの文化やったり、地域の存続のためにもなるし、全体の経済とか環境問題とか、文化発展のためにもきっとなるだろうから、こいつが一番すごいって言いたいわけじゃないんだけど、多少はアピールするみたいな感じなんかな。

何が一番とかじゃないんですけどねみたいな。

そんな感覚で多分僕は活動してるから、だからなんかあんまり本になりにくかったりとか、話題になりにくかったりする。

まこりん:あとは今話してて思うんですけど、本当体の話で言うと、例えば臓器で臓器ごとにやっぱり役割があるけど、でも胃だけ切り取ってもやっぱり成り立たないみたいなこととかで、でも内科でもいいね、胃の病気の専門の人とかっているみたいなね。

だけどやっぱりあるいわゆるホリスティックにね、全体が見えてないとそこだけ承知してもって、よく言われてる話と同じようだから、でもそこの胃の専門家ですとか、腸の専門家ですっていう方が確かに効くから、そういう人の何か書いてるものとかの方が、なんかあれだもんね、分かりやすいもんね。

レキ君:なんかそうだよなと思ったり。

脳みそとか心臓とか、やっぱ目とかって重要な臓器はあるし、ある種急所とかっていうのは守らなきゃいけないから、それがもしかしたら東京だったりするのかもしれない。

僕らの地元はもしかしたら親指とかかもしれないし、必要だけど、そうそうそう、なかったらなかったでも痛いけど、なくてもいけるのかなみたいな。

でもそういう意味ではあれかな、食料とか環境とか水とかっていう視点で見た時に、やっぱ海陽町みたいな場所は親指ではなくて、どちらかというと心臓に近いはず、もうちょっと主要な臓器に近いはずなんだけど、見るお金のものさしにした時は、結構そのほんとあんまり、もし最悪なくなってもいいとこになっちゃう、見る視点か見る角度というか並べるあれによって、なんか変わるその価値が変わるから。

なのでやっぱみんなね、やっぱ大事に満遍なく大事にしていくっていうのは必要な気がします。

まこりん:全部同じ細胞からできてるわけだし、普通に平等だと思うんですよね。

レキ君:俺そんな話をしてたら全然話進めない。

結構大事な、やっぱ寅さんの本が四国起源っていうのは、そこは結構僕はなんかあんまりそこには戦力になれないかもしれないけど

まこりん:僕らもね彼のスタンスがまだ厳密にわかってないんで、今度ね葉山来てくれた時に、もう来週今週末か、そこでいろいろと擦り合わせるというかね、どういう位置づけにするかまだこれから。

レキ君:確かに。

朝廷天皇家に新たえを収めるとか、そのやっぱ忌部族が日本の中枢と未だに繋がってたり、より濃く繋がってた時代があったりとか、いうのは絶対あったし、でもその起源って言い出したらもう何が起源かわかんなくなってくるっていうか、いわゆる文字ができた後なのか、言葉ができた後なのかとか。

まあなんかホツマツタエとかいっぱいあるじゃないですか。

なんかもいろんなのがありあって、古事記日本書記とかそれ以前とか、その話をして、縄文遺跡なんか日本各地どこでも出てるし、その時点でもいろんなとこでいろんなもう人間が暮らしてたわけで、それは文明がなかったから、それはそこに歴史には含まないとかだったらわかるけど、もうすでにでも縄文解図がいっぱいあって、どこで誰がどんだけすごかったかとか、どうでもいいじゃんみたいな、みんないたんだよみたいなそこに。

で、何かしら勢力を持ったり力をつけたり、なんか都内人が来て争ったりとか、まあ融合してなんか勢力が増えてみたいな、多分そういう繰り返しがいろんなとこで起きてたんだと思うんですけど、そういう意味では四国も一つ。

空海の話とかにもっていくとその結界あったりとか、空海が悟り開いた空海が生まれたとか、この国にその平安時代に大きな影響を与えたお坊さんが生まれた場所だし、まあその人ねそういう意味で、まあなんか空重要な場所の一つには間違いないですよっていう。

で、四国88箇所を作って、それが未だに1200年前の人が、空海が88箇所全部作ったわけじゃないみたいですけど、それが時代時が時を経て、まあその空海の教えに影響された後世の人たちが、その88箇所巡りっていうシステムを作って、まあそれがねすごい長い時代、いまいまだにこう現存してて、で機能しててお寺もあって、逆にその観光的な見方をすると、その海外からの観光客が今どんどん増えて、この進化していってるというか、その長本人はもういないんですけど、その1200年前の人が影響したものが、1200年たった今もこう機能してるっていうのは、もうなんかすごいことだし。

SDGsってこういうことになっちゃうみたいな話、いろいろあるにしても、とりあえず一人の人から始まったといってもね、一応空海さんから始まってるっていうんでね、まあコアさんもそうだけど、これだけの広がりになるっていうのはなんかすごい話かなと。

空海がやっぱその遍路だけじゃなくて、ことわざとか、全国各地にその井戸水、湧水盛り合わせたり土木工事したりも、いろんなもう一人歩きしてるというかもう、やっぱすごいスーパースターだった、スーパーマン的なね人だったんでしょうね。

京都とか高野山なら、和歌山の高野山に行って、基本やっぱ近畿の方に空海の影響っていうのは、強く色濃く残ってるんですけど、四国は生まれた土地であり、悟りを広いた土地であるにも関わらず、やっぱそういう部分の空海の足跡、空海の縁のある土地としては、あんまり認識されてないっていうか。

だけど88カ所辺路っていうのがあるおかげで、高野山とか京都に並ぶ、知名度というか四国88カ所辺路って、なんとなくみんな知ってるんで、若い人たちも含めて、それを残してくれてるおかげで、四国は過労死で、観光とか経済的にも影響が今もたらされてる。

実際高野山とか京都の当時とか行くと、レベルが違うっていうか、一個一個の寺で比べると、お金の回り方とか人の来方とか、全然やっぱ四国とレベルが違うんで、そこはもったいないな。

四国の人たちっていうのは、思うとこはあるんですけど、高野山っていうのは山なり町だもんね。

それでそこでずっと同じ修行が続けられていてね、今も引き継がれていて、もちろん文化財務的なものも含めて。

でも88カ所は僕も自分が歩いてるわけでもないし、でも個々のお寺。


レキ君:としては、とりわけ有名なものもあれば、ちょっと地味なものもあったりとか、その88カ所ってことでしょ。

まこりん:四国の人というか徳島の人でも、れきくんにとっての88カ所の意味合いとかさ。
実際に歩かれた話も前に言ってたけど、その辺はちょっと言葉にするとどんな感じなんですか。

レキ君:なんていうのかな、やっぱり空海になんで僕が惹かれたのか、よくわからないんですけど、昔から好きで。
歩いてみて思ったのは、やっぱり四国全体をゆっくり歩くことって、自分も人生なかったんですけど、海があって山があって、お寺の建築が美しくて、四国の風土が豊かで。
お寺も一個一個、すごいな、88カ所の寺がちゃんとずっと、そこでお参りして、それぞれの寺に特徴もあったり、あったりなかったりするんですけど。
その道中の山道、海に出た海の道があって、街があって、すごい美しいんですよね。
一番いいのはやっぱり、お接待っていう文化で、一番シンプルに、これは素晴らしいなって思うのは、お接待っていう文化が根付いてる。
お遍路を通して、88カ所の遍路巡礼を通して、よそから来た人たちが歩いてる、バスなり車なり、歩き遍路の人とか、遍路してる人たちに、地元の各地域の地元の人たちが、何かしらジュースを差し出すとか、人によってはお布施、お金渡すとか、場合によって僕とかだったら、友達とかだったら止めてもらうとか、ご飯食べさせてもらう、渡される、頑張ってくださいねって声かけられる。
何かしらお遍路さんに、お接待をして、何かを差し出すっていうのが、お接待文化として、四国の人たちに根付いてるっていうのが、すごいなって思う。
仏教用語で言うと、その人の、自分以外の他者に、何かを施すことが、巡り巡って、自分の利になるっていう、その利他の、意思考え方というか、感覚が、お接待という文化を通して、四国の人は特に、日本の中でも、四国の人には根付いてるような、気はしましたね。
何が一番いいって、お接待、人に何かを施すことが、自分に返ってくる、自利と利他というか、一番大事なことだと思うんですけど、そこが、自然と、地域というか、ここの土地に暮らしてる人たちの、心身に、宿ってるっていうのは、すごいなって、思いましたね。

まこりん:確かにね、仏教とか神道が根付いてるから、この国全体が、日本人っていうのは、そういう考え方があるんでしょうけど。
遍路を回ったときに、四国のその強さは、特に感じましたね。

レキ君:これを、海外の人たち、今海外の人たちが本当に多くて。
日本人は、四国で生まれ育って、遍路を歩いて回ったことある人は、多分本当に、すごい少ないパーセント数だと思うんですけど。
だからそれもすごい残念、もったいないと思うんですけど。
日本人より海外の若い子、日本人って結構年配の人とか、リタイアした人とか、が多いんですよ。
海外の人は、若い人が多いんですよ。

まこりん:そうだな。

レキ君:この辺の感性というか、アンテナの感度が、全然違うっていうか、日本人と。

まこりん:確かに、やっぱりそれで。

レキ君:やっぱりそういう人たちが来て、実際にお接待の、リアルに受けて、そこに感動する、ような、僕も見たし、家も来るんで、僕もお接待、今も来たら、できることやったりするんですけど。
そういうのをすごい喜んで帰る。
っていうか、そもそもなんですけど、何がやっぱり、お接待というのが根付いているのもすごいけど、経済効果的な、観光の、影響、効果としても。
だって、なんて言うんだろう、誰も見向きもしないような地域を歩いているわけですよね。
何の、行政が何のPRもせず、四国遍路っていう文化があることによって、向こうから勝手にやってきてくれる、海外のインバウンドってやつ、すごいよね。


レキ君:価値を持つわけだもんね。
アニメとかで何かしら大きなお金を投資してやったりとか、なんかなんかそういうんじゃない。
そのもともとある1200年前の人が作った、もともとあるそこにはすごい時間かけて投資されてきてるからあるんでしょうけど、やっぱそこがすごい。
やっぱもう価値財産であることに、うん、やっぱり地元徳島四国、四国の人たちがもっと気づくべきだし。
なんか、SDGsと返すなんか、よくわからないことにね、ヘッドすれば、俺もっと。
まあ本当自分たちの足元のこういう文化に投資したら、もっとこの今来てるお客人の流れがもっと増えるのになって思ったり。

で、学校も、そうなんですけど、英語教育とか、まあみんな力入れてやってるけど、その要は海外旅行行かなくても、家から一歩出たら、お返路の僕ん家の前とかもそうだけど、パスポートを取らなくても、あのチケット、エアチケット取らなくても、歩いて、自分が勇気もさえ出せば、あのチャンスがつかめるんですよね。
オランダ人とか、わかんないけど、アメリカ人、ニューヨークもそうだし、もいろんな人が歩いてるから。
なんか、いろんな人に声をかけるまあ、それもね、なんか変な人もいるから、あんまり誰でも彼でもってわけにはいかないんだけど、やっぱそのチャンスが田舎には、チャンスがないって言われてるけど、チャンスめちゃくちゃ転がってるからそれみたいな。

まこりん:そうだよね。

レキ君:そういうところに地元の子どもたちが日本人、返路さんたちと、その交流ができるような仕組みにもっとお金を投資すれば、もっとなんか自然と、しかも相手はもうすでに日本のことを好きな人たちやから。
僕らが丸腰で海外って、イエローモンキーみたいに言われると違う。
より質のいい自分たちと相性のいい外国人と、漏れなくすぐ仲良くなれるんですよ。
何だったら本を売ってまた向こうで何か交流ができるみたいな可能性がもうめちゃめちゃあって、なんかもう可能性でしかない。
ただなのに、まあ多くの人が、この地元離れていく若者たちが、だけじゃなく、まずそんなね、みんなここの価値わからず出て行く人ばっかりやから。
そのもちろん、を返路なんかやったことないですよ、みんな。
その価値すら気づきもせずに、何もないって言って出て行ってしまってる。

いやいやいや、なんか全然、あのここにいたら世界とつながる。
あの可能性めちゃくちゃあるよっていうのを、大人が伝えられてない。
でまぁなぜなら、大人の多くもその自分が歩いて、変のなんか、回ったことないからほとんど。
学校の先生もそういうところを変えていかないと、子どもたちにその世界とつなぐとか、この土地の魅力を伝えるとかは、本当できないっていうのはめっちゃ思うっすね。

これはお返路だけじゃなくて、奈良とかだったらね、その大仏があったりとか、もいろんな文化が、もうすでにそういうのはちゃんと奈良とかだからそれができてるってことですよね。
多分。

まこりん:そうね。
一応守ってきてるからね。
はい、奈良もそうだし。

レキ君:そうですね。
まぁ四国はちょっとその辺が。

まこりん:だからあの、歴史とか観光とかいろんなものが教育と結びついてない感じはしますね。

レキ君:そう。
なので、まぁ話が空海と僕の今回の話の内容どうつなげたらいいかわかんないですけど、やっぱそのある価値に気づけてない今の時代の中の一つが、そのお返路だと思うし。
そこは徳島とか四国の人にとってはすごい財産であるっていうのはまぁ、一人でも多くの人がそういう感覚でね、お返路とか向き合って、そのアップデートとか、次世代とつなぐ方法を考えて実践していったら、この土地はもっと良くなるなっていうのは思いますね。

まこりん:そうだよね。
死に、というか、そうだよね。
よく伝えないでね。
その要因はさ。
でもいろんなこの、これまで話してくれたような経済とか流通とか、いろんな人のあれだよね。
行き来があったり、そのそもそもの暮らしがあったり、その歴史とか、その宗教とかさ、何か信仰だけを切り取るっていうのもおかしいじゃない。
今日の話も全部つながってるんだけどね。

だから全部が一体となって営みがある中で、大事なものと皆が思えたからっていうところがすごいじゃない。
例の轟神社の話とかもそうだしさ。
やっぱみんな大事だって思い続けた人たちによって受け継がれてきてるわけだもんね。
その背後の話も含めて、れん、あの、レキくんはずっとしてくれてるというか。
つながり?
突然みたいな話か。

レキ君:ですね。
その何て言うんだろう、歴史的に文化的に僕がやってきたことと空海のつながっていくんですけど。
一例を挙げると、空海はその時の国で生まれて、昨日話した和静岡を。
それは僕の個人的な考察でどこにもあんま出てないですけど、その和静岡空海のチェンジというのは、可能性としてはあり得るなっていうので。

阿波南部の国を開いた人がその後佐渡を開いて、そこで亡くなって、その何百年後かに空海が生まれて。
空海はいろいろあったけど、近畿から一回また四国帰ってきた時に、なぜ高知の室戸岬まで行ったのかってところに、和静岡という人が切り開いた、足首岳っていう国が南部にあって、高知の県境にあって、そこに行った可能性は、そこを認識はしてたはずなんですよね。
頭いい人だから。
自分の国を作った人が、その前に徳島の南で国を作ってるっていう、足首岳って国があるっていう認識は、きっとしてあったと思う。

そこの国の子祖が、自分の生まれた国の子祖と同一人物であるってこともわかってると思う。
なので認識は絶対してたはずだから。
人間って結局知ってるものの中でしか動けないじゃないですか。
なので偶然みたいな漁師が漂流してっていうか、遭難してアメリカにたどり着いたジョン万次郎みたいなパターンもあるんですよ。

あの空海とかの場合は多分、知識とか認識のもとに移動したんじゃないかなっていう気は僕はするんで。
そうなので、なんか徳島足首と僕がやってきたその祇園神社の祭りも関わってきたけど、自分が生まれ育った足首と、空海さんの生まれ育った、讃岐っていう国の繋がりっていうのがあって。

で、轟神社の話で言うと、轟神社には空海さんの伝説伝記が残ってないんですけど、空海の生い立ちと言われる縁人と言われる人がお坊さんがいたらしくて、その人が轟の滝で修行してたっていう文章が残ってるらしくて。
それは空海と同じ時代に生きてたお坊さんたちですけど、それは海陽町の歴史書で見たことがあって、それも本当かどうかわかんないですけど。

轟の滝の下にある竜幕院というお寺は真言宗ですし、山節の竜神信仰とか山岳信仰、五摩滝とか、そのいわゆる空海と縁の深い信仰とか、その儀式が根付いてる寺なんで、何かしら接点はあったんだろうと思うし。
轟の話でもっと掘り下げていくと、竜神信仰、水神信仰で、轟の滝の竜の神様はもともと和歌山の那智勝浦の、那智の滝、そこから来たって。
那智の滝が枯れた時に、ある大昔に枯れた時に、その竜神様が住処を見失って、そこを離れてどこか次の住処を探した時に発見した。
たまたまたどり着いたのは、轟の今の、っていう伝説が一個あるのと。

もう一個の説はその竜の神様が、那智の滝か轟の滝かどっちかを選んで、どっちかに住むっていう。
まあなんか選択する時があってそれで轟の滝にやってきたって言う。
那智の滝との縁はよく、和歌山との縁がよく出てくる、轟の滝って。

和歌山といえば荒谷山、世界遺産にも那智の滝から荒谷山って、あのあたり熊野世界遺産があってるんで、この間も荒谷山から那智の滝、僕行ってきたんですけど。
那智と、那智というか木の国ですね、和歌山と粟。
粟はもともと井の国って言われてたらしいんですけど、古くは木水道っていうのが和歌山と徳島の間にある。
海水道、木水道で、木の国と井の国を結ぶ水道らしいんですよあれ。
淡いって呼ばれる前の、井の国って言われてた時代があったらしくて。
イロハニフォヘトの井とか、アユウエオの和とかで、和の始まりの地で、井の国という時代があったらしくて。
出雲もね、だから和の話っていう話があるんですよ。

これまたね、それちょっと話すとややこしいからまた後にするけど。
なんせね、その和と徳島と和歌山で、今も高野山と四国88か所で連動してるじゃないですか。
88か所歩いて回ったら最後結願って言って、回りましたっていうのを高野山にちゃんと那智さんに報告するっていうので、南海フェリーっていうので最後行ったりするっていうのがルーティン、ルートであるんですよ。
てかちゃん御座だったね。

なので空海文脈で見ても、和歌山と徳島っていうのはすごい重要なパートナー。
轟きの水上信仰、竜神信仰を掘り下げてても、木の国が出てくるんですよね。
他にもいっぱい出てくるんですよ、和歌山ってやっぱ木の国。
井の国って言ったらもう海で渡って、目の前の先なんで。
もう一個、もう一個というか、いっぱいあるんですけど。
空海でしょ、竜神信仰でしょ。

あとは土砂瓶調炭っていう、こっち阿波の僕らの地元も昔は徳島も瓶調炭、炭焼きの技術っていうのが今も残ってるんです。
特に土砂瓶調炭っていう、うちの隣の東洋町が最大の炭の文化が残ってるんですけど、もともと木種瓶調炭って今もありますけど、木種瓶調炭っていうのが始まりって言われてて。
その瓶調炭っていうのも、木の国と井の国のその先輩特許で、炭の文化、植物のあれもそうだし。

あと地名、勝浦白浜とか海南とかね、その地名も合わせ鏡みたいな感じで、その地名からも神話性、つながりすごいあるんですけど。
なんか空海文脈と水上振興文脈で、木の国っていうのが出てくるっていうのは今一つ言いたいことで。
それ以外にもいろんな産業でもつながってるっていうので。
空海と轟きの滝といえば、その話、そのつながりが類似しているっていうのが一個ありますね。

まこりん:なるほど。

レキ君:あとはその和歌山城とか、そのいろいろあるんですよ、八塁さんが徳川系だったんで。
近代の江戸時代の話とかすると、和歌山には和歌山城っていうのがあって、そこは徳川が治めてて、八塁さんが徳川派だった。


レキ君:んで、やっぱり八塁と和歌山、木の木種の徳川系もつながりが深かったりとか、いろいろいろいろいろいろある、和歌山との接点も、なんかあれだよね、地図を見ると海を挟んである意味とがり同士だもんね。

まこりん:そうなんですよ。

レキ君:三浦半島と房総半島もさ、地形を見るとっていうか海を挟んで見ると近いんだなって思えるみたいな。
なんか当時の人の感覚とそっちの近いじゃない、今のね電車でどうとかって話じゃないじゃない。
だから全然感覚違うんだなっていうのは三浦半島の葉山に来てから気づいて、いず半島向こうかみたいな感覚っていうのは、昔の人の感覚にまだ近いのかなとか、よりともはこの辺から逃げてきてね、こう回って房総の方まで一回行ったんだなとかっていうのはなんか感覚でよくわかるようになるじゃない。
それで言うとねすごい、四国っていうのでやっぱ考えちゃうから、4つの県があるところみたいなさ、島みたいな、でもさ実際は木半島ともつながってるというか海を介して、淡路島もそうだろうけどなんていうかエリアみたいなので見るとね。
そこは特に商人たちとかね、海を介していろいろ移動してたとかって話も含めると、なるほどって思った。
だから空海もだからなんていうかその活動範囲のエリアというかの中で、が彼にとってのコアな何か、その場所というようなことも今地図をそういう目で見たことなかったからちょっと新鮮な気がしていて。
自分たちのやっぱ今の僕らの現代人と多分明治とか産業革命以前の人たち、昭和でもそうですけどやっぱりだいぶ違うと思う。

まこりん:だいぶ違うよね。

レキ君:なんかそこはもう山、本当もう全く今の自分たちの感覚はあんま当てにならないっていうか、っていうのはいろんな時に思います。

まこりん:そうだよねそういう視点で見ないと、というとこですね一つはね、で空海ともう一個その和沈み王の繋がりで言うと、空海は住吉っていう住吉大社っていう、あのまあこれ和沈み王にもねあの、藍松林にも繋がるんですけど、節の国大阪の住吉っていうのはもうすごい重要な住吉大社っていう重要な神社があって、そこに和沈み王にまつわる土地でもあって、あんまりね和沈み王の全然記録というか祀られていることが全く今言ってもないんですけど、あの和沈み王はその節の国から来てるって言われてるんで、あの、ですけど空海は、まああの、都市30過ぎてから県投手に選ばれて、乗ってるじゃないですかあれの出航地が住吉なんですよね。
そこから何そこに県投手の船がまず、出航地なんですよ。
出航地か、この国の天皇が、あの、定めたまあそのいわゆる県投手の出航地として住吉っていうのは、船が出る場所として重要な場所として、あって、で、まあそこから瀬戸内海を越えて、行くんですけどその道中にその金平さんがあったりとか、あと村方三女神って言って、太陽民族で言うと村方のその三女神の話がある。
住吉とかっていう住吉って住吉三神とも言うんですけど、あの海の三神が九州では市岸姫とか宮島もそうか広島も、あそこも、あの、そうだよねつながってんだよね、で、空海が、県投手で出航する前に、村方大社って今ある村方も立ち寄ってて、で、あの、村方のその三女神を、毎日。


レキ君:で、検討士で最後長崎のどっかの島から行って遭難してナンパするじゃないですか。

その時に空海が、要はそこを切り抜ける祈りを捧げて助けてもらった村方の三女神って言われてて。

そのおかげで自分は命を救われて無事に大陸に漂着できて。

そこで2年間その大陸でいろいろ西流寺行って、帝化あじゃりから信号幹を授かって2年で帰ってくるみたいな。

帰ってきて一番最初に建てたのがその村方大社の横にある鎮国寺ってお寺なんですよ。

空海ってそれは自分がその出港した時にその海の神様に守られたっていうのをお礼で、仏教なんでその一喜島姫三女神を仏教のその仏さんになぞって祀ってるらしいんですよ。

一喜島姫が大日如来とかね。

それが鎮国寺ってお寺で今は村方大社とちゃんとうまく連携して共存してるんですけど。

僕は環境省のアンバサダーに初めてからこの3年前ぐらいから村方大社で毎年村方国際環境会議っていうのを11月に出させて。

主催者が村方大社のぐうじさんなんですけど、その方々とのご縁で福岡も毎年行くことがあって。

前々回言ったクルメガスリっていう福岡の愛染文脈でも福岡行く機会。

村方は井出三佐蔵の出身地なんで、井出三隆盛家の創業者の出世地。

そこに愛の事業をやってた井出三の場所だったり、いろんなものがつながってるのは見えてて。

特に村方大社で要は海の神様の信仰、恵比寿信仰とか村方三条神信仰、墨吉三神とかはそこでここ数年ちょっと学んでて。

なるほどね。

そう。

で、もうちょい村方から西に行くと鹿野島っていうのがあって。

キリンの、あそこを安住家が代々安住家族が守ってて。

今も安住30代の子がやってるんですけど。

そこも去年お参りして。

そこはまさに鹿島信仰と金明寺信仰だったんで。

そこもね、四肢喰いとつながってるのがすごい分かって。

その話も知らせたらまとまらないですけど。

あのあたりってやっぱ南西、僕らの地元に通じる海洋交易の信仰がすごい共通が多いし。

まあいわゆる県投資とかの時代になってくると、県投資の拠点が墨吉だったんで。

墨吉大社って大阪だと有名なんですけど、墨吉三神って九州で全国で聞くけど、墨吉ってすごい重要なキーワードやなみたいな。

それが喰いにもつながるし、和静岬にもつながるし。

なんかちょっとうまく言えないんですけど、南西つながってるんですよね。

これあの、イオン信仰文脈と藍染めの商人も墨吉大社は。

墨吉大社って日本でも有数の石と大きな石の道路あるじゃないですか。

あれの巨大なやつがいっぱい並ぶのでも有名なんですけど。

そのでかい石道路の、いろんな商人とか名刺があれはお金出して神社に収めてるんですよ。

奉納してるんですけど。

その中の一部が阿波の藍商人によって奉納されてるんですよ、墨吉大社。

それは阿波の藍商人が海鮮業で北前船とかにもちゃんとつながりが深かったんで。

その藍商人が儲けたお金の一部を墨吉大社に収めてるんですよね。

だからこれ藍文脈でもその墨吉っていうのは結構重要なんですけど。

阿波藍商人の足跡をたどっていっても大阪の墨吉にたどり着くっていう。

これね今バーッと言っちゃいましたけど。

話した内容の中で空海とか藍商人とか和鎮を擬音進行とか、いろいろんなものがこの一つちょっと近畿でいうと墨吉大社にもつながって同じとこにつながってるっていう。

ちょっとそれで質問だけじゃないけど。

空海は検討士で言うとそこのそういうルートをたどっていったっていうのはその通りだと思うし。

それはそうとして藍商人もそうだし、そういう海洋。

だから天部とかつながりは別に論章はされてるわけではない。

この商人というのかな何かそういう人たち経済を持ってた人たちと、いわゆる宗教家とかそういう修行者ってさ。

接点はあると言える。

そもそもなんていうかそういう関係を結びながらさ、表に一体にいろいろ活動してきたっていうさ。

山の方の話はあの水銀の乳っていう、あのつながりと空海のつながりは強いのはすごくわかるというか。

だから鉱山氏とかねああいう人たちの経済力と、空海がなんかぽっと出たような印象があるのに。

すごくすごいだから結局あれですよね、お金。

どこで党に当たってね、現地で使うお金を手に入れたのかみたいなことは。

それこそ柴梁太郎ですら言っていて。

でも海の話っていうのは今まであんまり考えたことはなかったんですよ。

だからその辺はどんな何かあるのかなと思って。

りっくんの中でイメージとか、空海相性人ってもすごいもっと小生なんで。

そうかそうだね、時系列。

まこりん:要は神社とか仏閣って結局権利力のある人たちが立ててるじゃないですか。

特に寺とかだった戦国時代の前とか。

あれか鎌倉時代室町時代とか。

要は武器のその山出地域がいろんな。

要は今で言ったらその軍自衛隊とかあれなんかな。

軍がある海軍があるみたいなところに経済と人と集まり。

そこはそういうところに寺が建ってたりとかよく聞くんですけど。

なので海洋町は縄文寺って四国最古の戦争かな。

あれが700年前ぐらいに建ってるけどなんで海洋町に四国で最初に建ってたのか。

つったら海部島が作られて大いなる財源になってたし。

それによって人と流通があってて。

なので縄文寺に関しては海部島と直結してたりして。

何かしらの有力者がいっぱいいたっていうのが。

住吉とかの話になる大松林の話になると、大松林が特に瀬戸内航路で大事にしてた神社っていうのが住吉大社と。

もう一個は香川県の金平神社なんですよ。

それは両方とも何で分かるかつったら石塔。

金平さんもすごい長い階段登るんですけど、両サイドにもすごいいっぱい。

いろんなところから送られた石塔が。

そこに阿波藍の商人が結構な数奉納してるんで。

それが今も残ってる、江戸時代のものが。

なので金平と住吉大社に関しては阿波藍の商人がかなり大事にしてたっていうのが見えるんですけど。

それをなぜ大事にしてたかっていうと、ビラ信仰もやっぱ海運、海上交易、海上安全。

住吉も住吉三信、海上安全祈願。

なのでやっぱりそこを愛称人たちがそのいわゆる海上安全交通、海上交通の安全をその信仰によって。

そこの祈願してたっていうか記念。

それはもう経済人がそういうことを大事にしてたっていう証拠だと思うんですよ。

レキ君:そうだよね。

それはまあ江戸時代とかの話なんで、阿波藍の商人が活躍する。

その以前の空海の時代の話ですけど。

あの、僕らの地元ひも付けた海風島っていうのの流通は一つ多分阿波藍。

江戸時代平和な時代になる前の主要な商材としては海風島で流通してた瀬戸内航路を通って。

大陸にまで輸出されてたんで。

その人たちが住吉とかコンピュラーさんに関わってたのかどうかは僕は調べたことないけど。

和地住吉とかのその流れから言ったら間違いなく住吉とかとすでに1600年前につながりがあるんで。

まこりん:確かに。

海風島がある程度文化として産業として発展した。

1000年前なの、海風島いつからなのかわかんないけど。

縄町の700年前以前にはすでにあったんで。

レキ君:そうだから、住吉三神みたいな住吉に関わりのある海の神様の信仰は。

この徳島県南部の人たちも持ってたはず。

だし空海もね、おそらく住吉さん。

あの、検討して乗る出向地なので間違いなく何かしら祈願をしてたはずやし。

まこりん:そう。

ってところは確かに。

空海はやっぱりすごい当然才能があって。

もともと何その、比叡山とかの最長みたいなエリートではないけど。

やっぱり存在としてすごい才能があったから。

やっぱりいろんな人がサポートしてて。

そこにやっぱりそういう海洋民族的、海洋部族というの。

海洋族的な人たちの応援とかもあったり。

だから個人で単に才能があるから島に行けてどうのこうのってんじゃない。

やっぱり経済とのつながりとか、全部込み込みでなんか成り立ってたみたいな。

レキ君:そうしないとね。

なんていうか帰ってきてからもいろんな活動をする時も一人でやりきれるわけじゃないしとかさ。

なんかそんなイメージがすごく聞きながらつながっていくような気がしてて。

空海はまあ本当でもその忌部とアマベがタネの時代とかからのその。

ほんとそういうつながりをちゃんと利用してたっていうか。

ちゃんとそことのつながりを大事にしてたんだろうなっていうのは思いますね。

その何でも受けてたのか。

水銀州で中川か、中川流域の水銀州。

若杉山遺跡とかあるんですけど。

その水銀の鉱山を掘り当てたりとか。

それを日本各地でそういう鉱脈を掘り当ててそれを財源にしてお金を稼いだのか。

に言われますけど、海陽町もその縄文遺跡でも水銀。

あの弥生時代とかにあるんですよ、水銀の加工跡、加工地跡が。

まあその海浮川と中川って木材で泡の間合いを支えたって言ってたけど。

両方やっぱ中川流域も海浮川流域も水銀の加工してたとか。

中川に関しては大きな鉱山の跡地が遺跡が出てきてるんで。

だからまあ何かしらあったんでしょうね。

大きなその当時の経済活動が行われてたっていうか。

空海の足跡とさやっぱり鉱山、乳の鉱山とかはかなり。

だって荒谷山もね、乳津姫神社ってあるけどあれ乳だもんね。

まこりん:そうですね。

だから当然そこの人たちとの結びつきと。

自分のそういう山岳信仰とか修行みたいなものが。

フィールドが一緒だもんなと思って。

あとはその政治。

やっぱ天皇とかとめちゃ近いじゃないですか、宗教界って。

その和室美容に関してなんで僕がそこまでこだわるかって。

皇族なんですよね、和室美容って自分のお父さんとかおじいちゃんとか天皇なんで。

レキ君:なんで。

まこりん:なので僕が空海が和室美容の足跡を追いかけたっていうのは。

その皇室関係、そのつながりを。

まだその当時にはまだこの辺りにも残ってたんじゃないかなと思って。

わかんないですけど、和室美容って人が言った1600年前は間違いなく和室美容がこの海洋町に暮らしてて。

そこに皇室関係者が来てるんで。

そうだからそういう空海って政治。


レキ君:と日本の朝廷とのつながりをすごい上手に利用してるので感じするの。

朝廷とのつながりが深いであろうこの深かったであろうこの海洋女子市区位に来る理由は十分あったんじゃないかなっていう。

何かしらのそのつながりがあったのか、それを求めてきたのか。

まこりん:そうだよね。

あの今さチラッと見てたのさあのインターネット。

空海は西紀氏じゃない。

西紀氏もさやっぱり慶光天皇の時代に、その阿波とか、なんだろうこっちに送られたというかなんか。

最初やっぱりそのぐらいにだからなんていうのこの阿波とかなんか他の国も四国の、狭野家とか伊予とかも含めてだけど。

レキ君:うん。

まこりん:移り住んだというか、人たちみたいですよ。

西紀家がですか。

レキ君:うーん。

あの千葉良太郎の空海の風景ではその空海は皇室系の西紀が自分のルーツだと思いたかったが、実際は江戸地から来た西紀。

まこりん:あーそうなんだ。

レキ君:いわゆる江戸のあの、なんていうんですかネイティブ、部族。

まこりん:あー。

レキ君:言葉とかも喋れない、野蛮な。

まこりん:そうだね。

あーなるほどね。

レキ君:わかんないです。

千葉良太郎が空海はそのエリートの西紀家じゃなくてその江戸地から来た、あの野蛮なあの西紀族よく騒ぐから西紀って言われた。

それが西紀家になっていって。

西紀にも何かいくつか何かの、面白い江戸系の西紀だったって千葉良太郎が書いてましたけど。

まこりん:よく覚えてますね。

そこだけ印象的だったんですよ。

今ねウィキペディア見るとその東国人って言い方してるからほぼ一緒だよね。

フォレだったってね。

なんかあんまり位がよく、負けた側、やられた側の人たちみたいな。

やられた側そうだよね。

でも和沈み王とかの時代と重なるんだね。

慶光天皇とかって、慶光天皇の命令でその捕虜たちが送られたってのはそういうことか。

レキ君:あの晴山、佐渚、伊予、秋、阿波、農家各区に要は送られたと。

送還されたと。

東国の人たちが捕虜か何かになったのか知らないけど。

西紀でしょうね。

まこりん:そう。

だからその祖であると。

その起源であって、その家を受け継いだ中で、空海も生まれたと。

佐渚に土着したということですよね。

その中の。

だから東国人というか、愛美氏というかあっちの人たちかもしれないんだけど。

この辺は調べればもうちょっとわかるかもしれないけどね。

こういうところがね、なんか、わかんないけど、和沈み王とかって本当マイナーな多分歴史上の人物だけど。

僕らにとっては超重要な人物。

なので、まああとはそのちょっと話したい忌部のその思想の、雨の日和氏のみこと。

和氏っていうのが忌部がその東国に渡ったときに。

忌部が開拓していった土地には、和氏の名前がつく神社とかが多いって言われてて。

鳥の市の鳥とかも、和氏。

あれどこだっけな。

あるんですよ。

それもね鳥の市の鳥も和氏っていう説があって。

レキ君:ああそうなんだ、面白いね。

それもねあれなんか東京に浅草とか辺りですね。

江戸にもねその和氏にまつわる忌部の。


レキ君:調べたら出てくるんですけど、ちょっと調べる。

レキ君:千葉もちろんだし福島とか栃木。

まこりん:そっか、広がっていくのか。

レキ君:はい。

レキ君:ちょっと和紙がね、伊勢と天部と連携の中で、和静岬とか雨の日とかの繋がりは、それこそそういうのをもうちょっと、調べれる学者の人たちが調べたらいいのにみたいな。

レキ君:僕がそこまでいたってないですけど。

まこりん:なるほど。

まこりん:面白い。

まこりん:でも和静岬が存在というか生きていた時代に、さっきの話というと空海の祖先である西起史ももうその時代にいたはずだということが、だから多分繋がっていくんでしょうね。

レキ君:もしかしたらもう実際にその西起史は繋がってたかもしれないしね。

レキ君:一緒に土地を開いて何か。

まこりん:だから南に渡る空海は奈良から、奈良で属性に合わずに無計画で帰ってきたんじゃなくて、何かしらもうその南アワの方へ室戸に向かう、ある程度のその道筋があったのかもしれないし。

レキ君:そうだよね。

レキ君:何のあてでもなく行くっていう理由もなくってことはないでしょうからね。

まこりん:山節とかをたどりながら、アワの大流だけで修行して、手とさの室戸岬で開岸したってだけ書かれてますけど、そこがもうほんまそこに2ヶ所しか空海の三号式っていう本人がそこ2ヶ所しか出てくる。

まこりん:その間どうやって何をやったのか全く書かれてないから。

レキ君:でもそれらの大流寺っていうのはやっぱ若杉山ってその二の山地のすぐそばなんで、中川流域。

レキ君:もうちょっとそこも空海をちょっと書いてくれてたらよかったのに。

まこりん:確かに。

まこりん:空海もね、島に行くまでの10年ぐらいとかも分かってないしね。

まこりん:いろいろ記録が途絶えてて。

レキ君:いろいろ想像が膨らむ存在というか、そういうのもあるけど。

レキ君:でも今日話したような話も、時代はそれぞれレイヤーがあるというか、年代が違うけどやっぱりつながっていくというか。

レキ君:大きな国の中で人の動きとか、今日話してるようなことの中にやっぱり空海も位置づけられるし、現代の一番先端というか、全部が当然内包されてるから、88箇所もちゃんと残ってるしとか、いろんな痕跡が全部、時系列関わりなく一応並列として残ってるから、その上に乗っかって生きてるってことですもんね。

レキ君:なんかそういうのがやっぱり、トラちゃんと話しながら描けたらいいなととりあえず思うし。

レキ君:その実態というのかな、そのすごいヒントというか鍵になるようなことをだいぶ話していただいたような気がしてる。

まこりん:とりあえず散りばめた感じはしますね。

レキ君:もう一個だけ僕、愛称人と海部島の話したかしなかったか確認したくて。

レキ君:愛称人が全国の港に行って、肥料と交換したりとか商売してたって話はしたんですけど、その時に話し忘れたかなと思うんですけど、愛称人は対等してて刀を、それも海部島を対等してたケースが多いらしいんですよ。

レキ君:自分たちが、あんまり戦もないし、日本と実戦とは重要なかった時代なんですけど、江戸時代の愛称人の活躍した時代って。

まこりん:海部島って武士じゃなくてもモテたってこと?

レキ君:モテたらしいんですよ。

レキ君:特別なのかなんだろうね。

まこりん:その海部島の特徴の一つに海部ごしらえっていうのがあって、美術品として身分を証明する役割があったらしいんですよ。

まこりん:ごしらえっていうのはいろんな工芸が交わる、漆塗りとか色んな細工が、職人が寄ってたかって一つの、美術品としての刀を作るみたいな。

まこりん:それを持ってることが、どこ行っても海部島を持ってたら、寝るとこ食べるものに困らないって言われる。

レキ君:なるほどね。

まこりん:それぐらい海部島が、権力の象徴的な感じで美術品としても評価が高くて。

まこりん:住吉とかいろんな地域行ってますけど、僕が確認できたのは一箇所だけなんですけど、甘草。

まこりん:熊本の甘草に、江戸時代に海部島の阿波の愛称人の、鈴谷小沢門って人が毎年、甘草を仕切ってた愛称人がいて。

まこりん:その人が鈴谷小沢門が甘草に行った時に、現地の一宮大事な神社の諏訪神社っていうのがあって、今もあるんですけど、その諏訪神社の偶示に海部島を象徴してるんですよ。

まこりん:要は重要な取引先の、取引の流行の証として、主な取引先に自分たちが送り物をする時に、海部島を送るケースがあったらしくて。

まこりん:それが牛深っていう今も九州甘草の一番最南端、海洋地域みたいなところなんですけど、その元で一番平気地な土地なんですけど。

まこりん:その牛深の博物館に、江戸時代に愛称人から送られた海部島っていうのが、今も展示されてて、それたまたま僕見つけたんですけど。

まこりん:それも徳島県南と吉野川流行をつなぐ、一つのストーリーとかキーワードなんで、今ちょっと伝えとかないと。

レキ君:確かにすごいね。

レキ君:ずっとでも受け継がれてきたから、江戸時代になってからもあれなのかね。

まこりん:江戸時代以前は、戦国時代は実戦島として張ったの、八重塚さん以前の人たち。

まこりん:海部島っていうのは実戦島として生産されてた。

まこりん:江戸時代に入ってから、その美術品としての創造、美術品としてだから、武士としての意味合いがまた別なんだろうね。

まこりん:とは、その海部ごしらえっていうのは、四国や近畿では結構有名だったみたいです。

まこりん:他の地域にも送られてるのは、噂では聞いたことあるけど、実際実物実物見たことないんで。

まこりん:僕が確認できてるのは九州だけなんですけど。

まこりん:それも海部島淡い。

まこりん:もう一個牛深っていうところは、九州のハイヤブシっていう踊り、発祥地と言われていて、二拍子の踊りなんだけど、それが淡の愛称人たちが、ハイヤブシを徳島に持ち帰って、それが今の淡踊りの二拍子の原型になってるっていう、淡踊りにも大きく影響した土地なんですよね。

レキ君:淡草牛深っていうのは、そんな面白いね。

まこりん:ハイヤっていうのは南風っていう意味で、現地の言葉で。

まこりん:それは愛称人だけじゃなくて、淡草の牛深って港町でも、沖縄とか奄美地方とか琉球地方とか、他の地域からもいっぱい商船がやってくる場所で、南風に乗って南からやってくる人たちを。

まこりん:が持ってきた温度というか二拍子なんですけど、ハイヤブシの源流はさらに、沖縄のカチャーシーって言われてて、それがさらに伝わってみたいな話。

まこりん:それがハイヤがどんどん伝わって、青森県のアイヤとかもそうだし、全国いくつかに。

まこりん:おそらく淡の愛称人であり、他の商人たちが伝えてるけど、特に淡の愛称人は、淡草の牛深にかなりの、認識を持ち込んでたんで。

まこりん:淡の愛称人によって、ハイヤも全国に伝播したんじゃないか、っていう説があるんですよ。

レキ君:そうかもね。

レキ君:面白いですね。

まこりん:ついでに言うと、淡草には、淡草日本一最大のエビス像とかがあって、エビス信仰もめちゃくちゃ根付いてるのが淡草です。

レキ君:全部が連動してる感じが受けるね。

レキ君:つながり合ってるというか。

まこりん:そこの手前、淡草とかに大きな影響を与えてるのは、奄美軍統とか、琉球列島なんで。

まこりん:要は南洋からのエネルギー、愛知からのエネルギー、情報がめっちゃ工作してて。

まこりん:さらに、佐吉っていう集落が、淡草にはあって、そこが世界遺産になってるんですけど、要は隠れキリシタンの里で。

まこりん:なので外来の南蛮文化とかもかなり入ってて。

レキ君:なるほどね。

まこりん:淡草の話だしたら海外に行ってしまうんで、なかなか今日は話し切れないけど。

まこりん:なんせそこに、そういう海外からも含めた、いろんな情報が集まってきてるところに、愛という商材を通じて、徳島からもいろんな商人が出入りしてた。

レキ君:そうだよね。

まこりん:だから海以外も全部つなげていて、もちろん国境とか、いろんな国の境はあるんだけど、商人たちだから当然そこも超えちゃう。

まこりん:ある意味グローバルなところもあって。

レキ君:そうだよね。

まこりん:でもその土地の産業と結びついてるっていう意味では、淡の国というのが一つの基盤でもあったというか、淡の人たちも相当な影響を与えてたっぽいですね。

レキ君:そうだよね。

まこりん:なのでそういう話をしていく、その道中の後藤列島とか津島とか。

まこりん:津島は恵比寿信仰の、日本でも三本の指に入る恵比寿の中心地、根付いてる地域って言われてるけど。

まこりん:そういう九州の玄海那とか、あの辺りの津島列島とか、ああいうところも。

レキ君:九州の話をしだしたらほんまにすごい。

まこりん:その人たちの信仰がやっぱり、関島姫とかそういう恵比寿信仰になるんで。

レキ君:そうだよね。

レキ君:すごいですもう。

まこりん:愛だけじゃなくて、あのエリアって日本の漁業のすごい中心地でもあって、九州の北部の漁業には、徳島の漁民が相当影響を与えてるらしくて。

まこりん:漁具とか漁法とか、水産業の歴史をひも解いていっても、特に阿波ナルトエリアと、九州の北福岡とか長崎、佐賀の後藤列島の漁師のつながりはかなり深い。

まこりん:そういうのもあるんで、愛だけじゃなくて漁業を見ていっても面白いですよ。

レキ君:そうだね。

レキ君:これはもう本当。

まこりん:この辺も含めて海のつながりと信仰と産業、海を起点に捉えるっていうのは古代というか昔はむしろそこが主流だった可能性もあるから。

まこりん:その辺も現代人とね全然、今の時代は基本は陸だからさ。

レキ君:リックも言ってたが移動手段が全然違ったって話。

まこりん:そうかそうか分かりました。

まこりん:そんくらいかな。

レキ君:ちなみに天草には僕早山の知り合いが住んでて。

レキ君:今も早山帰ったかな。

レキ君:ミュージシャンのユカリシャスさんって人がいて。

まこりん:ユカリシャス、繋がってない、早山なんだっけパン屋さん。

まこりん:ううちゃんうずきちゃんとか分かんないですか。

レキ君:あれでなんだっけ、早山ブレッドでしょ。

まこりん:早山ブレッドで働いてたり、ブルームーンっていう海の色のチーム、赤のミュージシャンが一人ユカリシャス。

まこりん:ユカさんって。

レキ君:すら聞いたことあるよ。

レキ君:あまりよく知らないけど。

レキ君:また会う機会があったら。

レキ君:天草で何年か前まで住んでて旦那さんと結婚して早山から、天草に移住したんだけど、別れちゃって。

レキ君:今ユカさんは早山に帰ってるっぽいんで、会う機会があった。

まこりん:すごい素敵な。

まこりん:ブルームーンの人たちは何となくは知ってるんだけどね。

まこりん:近藤大輔さん議員、大さんのシスターたちですね。

レキ君:面白い。

レキ君:天草に行った時にお世話になった早山の人と知らないっていう、繋がりがあって。

レキ君:あれ近藤は天草行くんだっけ違った。

レキ君:あれは違うか、行かないか、ちょっと違うか。

レキ君:天草もたまに出てくるから、名前が気になる。


レキ君:るね、ユカさんの元旦那さんはユーマさんって言うんですけど、ユーマさんはめちゃくちゃ面白い人で、先月僕天草行った時ユーマさんが会ってきて、ユーマさんはアワ忌部ノとか空海のまつわる本を出版してます。

まこりん:そうなんだ。

レキ君:出版してる。
出版のすごい重要な盾役者だったんですけど、彼の名前では出版されてないんですよ。

まこりん:出版されてない。

レキ君:中山安直さんでしたっけ。
なんかちょっと有名な伊豆大島とかちょっとスピリチュアル系の、でなんか捕まったりいろいろやってたけど、まことの話っていう朝の今の朝にひらがなでことのまことの話っていう、ユーマさんがひらがなでことのまことの話っていう、いわゆるその日本の歴史とかを紐解いて暴いたというか、それを20年前ぐらいかなに四国をずっと回って取材して、でその本を出してるんですけど、それの時に一緒に四国のロケというか取材を同行ずっともう右腕でついてた人がユーマさんで、めちゃくちゃ詳しいんですよ。

まこりん:そういうの。
それまことの話もね、まだ読まれてなかったらいい資料参考資料になるかもしれない。

レキ君:普通に入手できる。

まこりん:多分できると思います。

レキ君:中山さん有名人やから、大塚陽介君とかもみんなつながってて。

まこりん:なるほどね。
芸能とか芸能系強い。
ファッション系強いけど、スピリチュアル系で歴史とかにも文章書けて、それでカリスマ競争的な感じ。

レキ君:あるわあるわ。
ユーマさんはそういう、ユーマさんももともと東京の人でファッション業界だったけど、自分はユーマさんも、ちょっと中に入って入っていったっていうか、もうちょっと派手さのない世界をすごいかっこいい深い世界にどっちかっていうと、どんどん切り込んでいった感じ。

まこりん:そうですね。
イリーガルじゃない方というか、いい程よいバランスで。

レキ君:なぜかそうして天草にたどり着いて今住んでるんですけど、すごいね天草に住んでる。

まこりん:そう。

レキ君:倉竹ってどこにいます。

まこりん:そこがエビス信仰のエビスさん、日本一のエビス像がある場所です。
倉竹。
そこに住んでるユーマさん。

レキ君:そうだよね。
ユーマさんの話が出ましたね最後に。

まこりん:はい。
天草の話が出ました。
ちょっとそうだよね、天草そうか。
ある意味だから本当に広い視点を持ちつつでも四国とか阿波とかみたいな捉え方がねありあった上でのいろんなキーワードをどう整理していくかみたいな感じなのかな。
もちろん解像度上げるときはもっとさらにいろんな複合性的なつながりが想像できるよね。
それを総合して一応日本って呼ぶとか。


レキ君:もうちょっと広いエリアでねアジアとかいろいろそういうような話になるのかなとかって一旦なんか使えるかわかんないけど一旦情報として収めといていただいて最後ねこのね話のオチというかケツのところになるんですけどなんかどうでもいい話なんですけど僕いろんなキーワード話してきたじゃないですか。

レキ君:それでこの僕が地域とか文化とか関わってきた自分の外の世界を探求していった僕が関わってた自分の外の関わる世界の歴史とか紐解いていった上でいろんな土地の名前が出てきたりしたじゃないですか。

レキ君:僕個人の話なんですけど長原暦のルーツが実は全部つながってて僕のお母さんは西成出身で西成には今宮恵比寿さんがきょんきょんさんもあるし僕母子家庭だったんで大阪預けられてる時は東海道は今宮恵比寿行く恵比寿町のすぐそばなんですけど西成行って。

レキ君:で正月は住吉大社なんですよ。

レキ君:僕も幼少期から中学校までは正月は住吉さんで初詣でやったんですよ。

レキ君:あと僕の父親は天ヶ崎ってとこ出身なんだけどもお父さんのお父さんおじいちゃんは香川県の全通寺出身なんですよ。

レキ君:僕のおじいちゃん僕はだから幼少期は本籍地は香川県全通寺市讃岐の国だったんですよ。

レキ君:僕のおじいちゃんのお墓とかは半山って言って鷲住王が眠ってるお墓のすぐそばにあってそれ僕父親がちっちゃい時にいなくなってもそういうことを教えてくれる両親じゃなかったから自分でもなんか親戚のおばちゃんと聞いて探り合ってたどり着いたのが本当30代40代30代後半で初めて父方のお墓参りしたんで。

レキ君:それもその空海とかに縁の近いところに自分とこのルーツの仲があったり天草も行ったきっかけは自分の母方の先祖が熊本なんですよ。

レキ君:熊本の宇都ってところでその天草に熊本市から行く途中に宇都を通って天草に入っていくんですけどそこにトドロキ水源って実は日本最古の浄水道システムが敷かれた宇都っていう町があってそこを通って天草に行くんですけど。

レキ君:そこに僕母方のお墓参りも本当大人になって初めて自分で自分でなんかたどり着いて行ったんですけどなんか自分の先祖参りと自分が関わっている自分以外のその自分個人じゃない周りの先祖参りっていうかルーツが全部つながっていくんですよ。

レキ君:これなんか本当どうでもいい話なんだけどなんか俺はだからつながってるなっていうのがそれって周年でそうやって自分が意識してつなげていったのかもしれないけどたまたまなのかもしれないけどなんか不思議と自分は自然とか先祖崇拝っていうのを大事にしてて。

レキ君:これ個人もそうだけど自分が関わるもののルーツっていうのも大事にしてて未来も同様に環境問題とか未来を見せてのことなんですけどそういう意識でなんか動いてると。

レキ君:なんか結果的になんか全部自分のことも周りのこともなんか全部一緒でつながってるやんみたいなことが40歳になって40過ぎて急速にまたそれがどんどんどんどんつながっていく。

レキ君:なるほど。

レキ君:これ本当僕の長原力という一個人の勝手な人生の勝手なシンクロなんですけどなんかねなんか映画になるような話題でね内容でもないしだけどそういう個人ことその単のその未来も過去もやっぱり結局一緒なんやでみたいなところがなんか俺は伝えられたらいいなと思うしなんかそういうその辺がこの話の僕のまだまとまってない途中まだストーリーは途中なんだけどもなんかそんな話を聞いていただいてありがとうございましたみたいな感じでしょうか。

まこりん:いやいやいや。

まこりん:それは個人的なっていう話に留まらないなんか意味合いを感じたけどね。

まこりん:全員がこういうのやってみて本当だみたいなったら面白いですよねなんか。

まこりん:これはよくちょっとスピリチュアルに言えば祖先先祖の導きみたいなのが無意識のうちにあって本人の健在意識では全然自覚はしてないけど結果的にその関係ある場所に自分がつながっていってそこが自分の関心ある領域の大事な場所だったりとかみたいなこととかは決してなんかね偶然ではないだろうみたいな。

まこりん:それはなんかそういう言い方でも全然ありかなみたいな。

レキ君:意識したから余計そういう風になっていったんだと思うんですけどでもね最初から測ってそんな理屈でそうやってつなげていったわけじゃないところでね。

レキ君:後でいろいろ分かったことも多いだろうしそういう人にはそういうとこあると思うしね。

レキ君:昔の人ほどそういう感覚で感じながら関わりながら生きてきたみたいなね。

レキ君:そんなロジックばっかり当然生きてないだろうしみたいな。

レキ君:豊かな気持ちになれるじゃないですかなんか面白いっていうか。

レキ君:なんかそれは単純になんか社会の歴史勉強するのつまんなかったけどこういう見方したら面白いみたいな。

レキ君:あと社会の学校の歴史はやっぱりなんか例えば日本史とか世界史とかだけどさ郷土の歴史はまた別みたいなねとか。

レキ君:だけど全部さレイヤーが違うだけで連動してるっていう見方にした方が明らかに何ていうの実態に合ってるしいわゆる兄弟だって育まれるしさ。

レキ君:そういう捉え方にして学んでった方が楽しそうな気がするなっていう気も今日とかってかずっとデッキを流しきながら感じたかもしれないね。

レキ君:社会も日本の歴史を勉強させられるけど世界史とか自分の地元の情報歴史って全然出てこないじゃないですか。

レキ君:学校の教科書とか結局なんかコピーペーストでやらされてるってそのオリジナリティみたいなのは作れないからみんな均一な情報を勉強させられるんだけどやっぱそれじゃダメでしょみたいな。

レキ君:なんかそれ地元の郷土史があって全国史があって究極自分史みたいな自分の歴史も含めて自分史っていうのを社会の歴史の中で勉強させられるっていうのは僕は思ってた。

まこりん:それはそこまでは思わなかったです。

まこりん:でも確かにそうかも。

まこりん:これ先祖ねみんな最近流行ってるじゃないですか自分の先祖。

まこりん:そういうの学校の授業で取り入れていくように。

まこりん:その学校の授業もなんかみんなまとめてポンじゃなくてオリジナリティそれ持たせるの難しいのは分かるけど文科省とか。

まこりん:でもやっぱそういう風にしていかないと。

レキ君:それはいいね。

レキ君:僕らも大人になってルーツは6代ぐらいまで遡るようにって言われたんですね。

レキ君:ある人に。

レキ君:それでうちの方もそうだしきょんきょんのところもそうだしきょんきょんのところのルーツはちょっとすぐ分からない。

レキ君:なんかいろんな背景があってそういうのを鹿児島の方まで行って見つけたりとかしたんです。

レキ君:でもねむしろ小学生ぐらいでやれたらいいよねとかね。

レキ君:そういう授業とかで。

レキ君:今それこそAIとかねいろんな技術があるから絶対関心持てるし。

レキ君:そうやって調べられる選択肢が増えてるしね。

レキ君:それで旅したりするのもいいしね。

レキ君:国永先生もやっぱそういうのすごい大事にしてるから。

まこりん:確かになんか。

まこりん:そうかそうか。

まこりん:自分のルーツでもあることも含めて鹿児島に来たっていうのは。

まこりん:やっぱあの人なんかまさに自分のルーツを大事にされてて。

まこりん:そのおかげで海陽町助かったみたいな。

まこりん:あの人が自分のルーツを大切にする人だったからこそ海陽町を選んでもらえたので。

まこりん:確かにだって恩返しみたいな言い方をね結構してた。

まこりん:いろいろな回インスタでもたまに書いたりしてたから。

まこりん:やっぱその意識が強いのかなとか普通の人よりね特に。

レキ君:めちゃめちゃ強いと思います。

レキ君:そういうところが僕と国永先生は全然違う世界に住んでるけどなんか。

レキ君:会うとどうか。

まこりん:そっかそっか。

レキ君:はい。

レキ君:そうだよね。

レキ君:最初に会ったあたりから気持ちがある程度通じ合えたのはそういうのも背景にあったかもしれないってところ。

レキ君:分かっていく中で話が言語が通じるし。

レキ君:やっぱそのアチスカがどうとかカイフ島がどうとかそもそもそうだよね。

レキ君:愛商人がどうとかね。

レキ君:そういう言語ってなかなかやっぱそういう言語を喋れる人っていないんですけど。

レキ君:あの先生そういうのバンバン通じるから。

まこりん:そっかそっか。

まこりん:仲良く。

まこりん:そっか。

まこりん:りっくんと出会う前段階から自分でも関心があったってこと。

まこりん:それは。

レキ君:お医者さんにしてはっていうのはちょっと偏見かもしれないけどすごいですね。

レキ君:自分の専門領域だけじゃなくて。

レキ君:でも繋がってる意識があるのかもしれないなって。

まこりん:おー面白い面白い。

まこりん:食とかねサーフィンとかありとあらゆる領域に意識向けてるけど。

まこりん:向けてるけど特に歴史に関して。

まこりん:そのうちの一つなんだろうけども歴史に関しては他の領域よりも多分興味が深い気がします。

まこりん:国永先生詳しい。

まこりん:料理で何がどうとか。

まこりん:あまりそんな大事だと意識はあるけど情報はそんなに多くない。

まこりん:詳しくはない感じするけど歴史は好きなんだと思う。

レキ君:健康みたいな話で言ったら食事の方が大切そうなのにね。

レキ君:食事はもうなんか自分は料理できない。

レキ君:そこはプロに任せるみたいな。

レキ君:でも全部自分育んでるものとしては全然無関係じゃないみたいなね。

まこりん:はい。

まこりん:そうだよね。

まこりん:広い意味でウェルビングっていうかね。

まこりん:そういうのも含めての健康だもんね。

まこりん:そういう意味でだから国永先生が意思として社会的信頼の高い立ち位置から一次産業のことも農家さんのこともそうだしサーフィンのこともそうだけど。

まこりん:さっき言った歴史とか自分史も含めてそういったことも探求していくことが結果自分のためであって自分の地域であったりとか関わっている産業の未来にとってもいい未来にも繋がるみたいなことを。

まこりん:お医者さんとしても言ってくれるととてもありがたいっていうか。

まこりん:僕とかがあいつもわけわかんないって何やってるかわかんないって思われてるよりも彼みたいな人がそうやって言ってくれたらそれで海陽町の歴史に興味持つ人も増えるだろうし。

まこりん:そこは本当に国永先生にかかってるっていうのはさっきの最後の歴史の話も含めて国永先生に。


レキ君:すごい期待してるところが僕個人的にもありますね。

ちょっと国永先生とも、少しいろいろ話をしてみたいというか、彼の個人史も聞いてみたい思いもあるんで、それも参考に。

あと手短でもいいんだけど、縄文寺の田村住職、もう縄文寺自体の重要性はなんとなくわかるようになってきたし、あそことの繋がりとかそういうのも、れきくんと田村さんとか小谷さん。

小谷さんは僕今、僧大寺の僧大、関与者というのかな、5、6年前から小谷さんに声かけてもらって、出会ったのは17年前、15年前くらいかな。

帰ってきて小谷さんがこっち来て13年くらいなのかな。

あれ一緒に表紙になってたもんね。

あれもすごい前だし、十何年前に、その、まだ独身だった時で来たばっかりで、そのヨガをやる人とか、アルシェとか映画上映とか、なんか僕が結構イベントをプロデュースを企画したり、オーガナイズすることも多かったんですけど、今までそんなお寺でやったことなかったんですけど。

その20代後なんだけど、その縄文寺って四国最古で、それだけの歴史がある寺があるってことすら知らない、行ったこともなかったので。

縄文寺は帰ってきて小谷さんが来てるってのを聞いて、噂で聞いて、行ってみたらこんなすごい寺があったみたいな、っていうところから、すごい寺あるやんと思って。

四国最古で、何となく海外ではね瞑想とかやったことあったけど、座禅って全く触れたことない領域やったんで、それこそ鎌倉でお寺でライブやったりとかを見てきたんで、地元でもやれたらいいなみたいなところで思ってたんだけど。

その、いきなりレゲエとか、ライブとかをやるっていうよりは、その、いきなり突拍子もないというか、全然違いないことをやるっていうよりは、ヨガとか、あとなんだろう、あの、ハイウルベイダーみたいな、インドにルーツがあるような、関連性のありそうな、あるチタールの演奏会とか、そういうので、お手伝い、僕の知り合いが来てやらせてもらったりとか、そういう人が来たときにお手伝いしたりとか、そういう関係で。

僕もなんか寺によく出入りさせてもらってて、やっぱその地元の海部島の話とかもそうですけど、やっぱその四国最古で、この土地の歴史を語る上でも、縄文寺は非常に重要な場所っていうのは、どんどんどんどん分かっていく中で。

高谷さんも、東大でインド哲学、大学院で、僕なんかもう全然頭いい人やから、もう、なんかもう、この地に骨埋めるぐらいの、やっぱすごいこの土地にハマって、奥さん結婚もされて、子供を授かって。

やっぱその本気で自分の土地として、この歴史を探求する、今だったら文化財の保護委員とか、図書館の館長とか、一時的に勤めたりとか、教育委員会とか、そこを本気で、この歴史を調べたり、公共の立場にも一部ついて活動してたりとか。

なんていうのかな、すごい動的なとこがあるんですよ。

なるほどね。

立場は僕より全然いろんな、総統首の中でもそうだし、通町内でも、ちゃんとした立場がある人なんで、全然立場は違うんですけど、僕はどこかで、お寺の住職先輩でもあり、なんか動的な関係性で、聞いてよかったな。

そうだったんですよね。

結構重要な何年か前、神奈川県の総知事で、経産全市700年記念の大法要で、高谷さん一世一代のお勤めされる時も、地元の総代とか関連の人たちと一緒にツアーやったんですけど、それも僕も参加して一緒に3泊くらい、総統首のいろんなとこ巡るの一緒に行ったりとか、いろんな、いろんなことをね、ちょこちょこ一緒にやらせてもらって。

寺の継承の、これから支えていく、高谷さんの、ちょっとでもサポートできたらなみたいなあるし、逆に僕は全然知らない、仏教とか、世界をやっぱちょこちょこ通いながら、教えてもらって。

仏教って、戒律の世界なんで、上下関係も、やっぱり戒律っすね。

神社とかとは、全く正反対な感じで、神社のその自由度の高い、真逆で、やっぱ高谷さんは高谷さんでやっぱり、総統首もそうだし、立場も立場やし、プレッシャーもプレッシャーやから。

時に場合によっては、すごい厳しいとか、すげえ辛い。

俺めっちゃ中間に、中間入れめちゃめちゃ厳しい、もうやめたいみたいな、この寺関わんのマジしんどいみたいな、ぶっちゃけそういうこともあるし。

それはやっぱその、上満寺。


レキ君:っていう四国最古であり総本山っていう日本の大きな全宗派組織に中心に関わられている人の苦悩とか大変さ。

それが僕らも近くで付き合いが深まれば深まるほどそういうことを僕らにも伝わることもあるし。

それがたまにもほんまに投げ出したくなるような時もあるんですよ実際。

けどそれも毎回勉強やなと思って。

僕にやっぱ僕は何も無知で落ち度があって、やらかしてしまうっていうかあの迷惑かけたりとかね。

することによって問題が起きる時もあるしまあそういうのも経て。

最近はあんまり僕はそういうことしなくなったけど、そういうのも勉強で本当。

僕は坊さんにはなれないけどならないしなれない人。

仏教っていう世界をちょっと片足突っ込んでる片足も突っ込んでないけどまあまああのなんか人並み。

普通の一般の人よりは仏教という世界に触れさせてもらうなんかその機会を与えてくれている人ですね。

その総代っていうの?

まこりん:神社のやつも総代って言うんだっけ?

レキ君:神社も総代ですね。

ちょっとどういう立場っていうかなんか総代っていうのは神社とか寺の地元で。

まこりん:宇治湖とか団佳とかって言いますね。

レキ君:長万寺の場合団佳がいない団佳を取らない寺なので団佳はいないんですけど。

寺とか神社があるエリア地区のお坊さんが寺の場合お坊さん、神社の場合は神職神主さんの人たちが基本は守るんですけど。

それだけじゃ守れない。

神社とか寺って公共のある開けた土地のみんなのための場所でもあるんで。

それを神社の人、寺の人だけでは守れない部分を地域の住民の代表者が総代として地域の代表ですね。

その寺神社の支援をする。

みんなで支援するんだけどその中でもその地域の住民の代表の何人かが総代として。

寺、住職、総代、地域、お寺も神社も両方。

レッキーくんは総代としてやっていて。

まこりん:なるほどね。

でもお寺の方が厳しい感じがあるって。

レキ君:寺の方がやっぱなんか日本神道って結構その教えっていうか内容も結構欲とか人間の欲、団佳の話とか結構その人間のそのままみたいな応用がねあるじゃないですか。

で自然やおよろずとかその自然住まいとかっていうところがあるがままの応援、そのまま。

今の日本の神社庁とかにきっちり属しているところの神社のビジネスももうしっかり回っているところだと。

それはルールとか縛りめちゃあると思うんですけど。

都道府県神社みたいにもう敵地で、みんなと回ってるけど。

ある種そのそれが行き届いてない組織の中、組織の力の要は届いていない末端のところってある意味で自由なんですよね。

だから僕らみたいな若い総代が入って、祭り回したいこういろんな人呼んでくるとか本当だったら地域の人じゃないとダメなところおじいちゃんたちがもういいんちゃうかみたいな。

だから僕らがなすがままに人が。

だから人めっちゃ集まったんですよね。

自由度があったから人が集まる。

それによって集まりすぎて今人が集まりすぎることによるいろんな問題とか圧力で逆に今大変ここ数年は苦しんでいるというか。

いろんな問題に直面しているんですけど。

そういう都道府神社の動きがありつつ。

片谷縄万寺の方では僕らはもう都道府縄万寺ってやっぱ総本山の中でも四国最古で日本でも一番目に古い総本山の本山からしても重要なとこっていう位置づけというか認識されていて。

だから先代先々代何代か小谷さんの先代先代3代4代前の住職さんたちがずっと続けて復興活動を続けてきて本山をちゃんと巻き込んで本堂もあるしクイーンもあるし総堂もあるし今もう敷地がもう完全に復興してるじゃないですか。

やっぱそれだけ人のお金も人も集まってあの場所が今保たれてるってことはそれだけの人が関わってることになるし。

それだけ小谷さんはそこを任されてるけどもやっぱそれだけの目が気にしないといけない立場だしやっぱ都道府縄方はもう本当ボロボロで。

なんかそこを僕ら一生懸命お金集めたりやったりしてるけど縄万寺は縄万寺と都道府で全然違う状況なんですよね。

かつその仏教と神道の違いみたいなところで。

やっぱその仏教ってやっぱり苦行したりとかまぁその戒律があったりとか結構厳しいイメージがあって。

いろんな理由でやっぱ縄万寺さんと関わらせてもらうっていうのはそれなりな学びがあるっていうかいろいろ。

まこりん:そうかそうか。

僕だから都道府神社だけずっとやり取りしてたら今みたいな感じなかったと思う。

レキ君:縄万寺さんとのこの10年数年の付き合いが自分の今長原暦の人格形成に影響していると思います。

まこりん:そうか。

レキ君:独り神仏集合だと思ってるんですよ。

日本人を代表しているような感じの。

まこりん:そうか。

なるほどわかりました。

そうだよね。

レキ君:だってそこに関わる以上守らなきゃいけないこととかもあった。

まこりん:そういうようなことですよね。

レキ君:最近僕が何者かわかんないけどなんとなくお坊さんとか観住さんにも近いのかと思って自分が。

ではないんだけども。

なんか言い方があれですけどその観住さんとかもノリと唱えてたらお金もらえるじゃないですか。

でよくわからないじゃないですかみんなでもお金払ってるじゃないですか。

意味とかまででわかるわけじゃないし。

でもなんかそういうもん何か大事なことだけよく何が何なのかよくわからないけど。

なんか大事なものだからみんなこうお参りしたりとか。

まこりん:そうだねありがたいところで。

レキ君:なんか意識高い人とか知識経験豊富な人はちゃんとお布施したりとか。

まこりん:確かに。

レキ君:祈祷したりそういうのをするんだけど。

僕はお坊さんにも観住にもなれないんだけども。

なんかそういう要素も自分の中にちょっと少なからずあるなみたいな。

お布施じゃないんだけど長原暦になんかとりあえずどうにもしなきゃみたいな。

たまに助け舟が現れるのはお坊さんの寺とか神社になんかしなきゃみたいな感覚になる人がたまにいるんじゃないかと最近思う。

まこりん:まあそれ役割とも言えるかもしれないしね何かそういう。

レキ君:何か大事なことをやってる気がするこいつはみたいなよくわかんないけど。

よくわかんないをポジティブに捉えて付き合ってくれる人たちもやっぱ中にはいるんで。

面白いなかなかいないタイプじゃないかと思いますけど。

まこりん:そんなねなんか本当神社とか寺とかでお坊さんとか神主さんがやってることって。

よくわかんないじゃないですか僕ら僕は今そんなこと言えない多少人よりわかるけど。

レキ君:なんか一般の人からしたら本当に何をしてるかってあんまり理解されてないと思うし。

だけどねなんか日本っていう国はその神社仏閣がちゃんと残ってるし。

まあでもそれも衰退していってるからね今神社も寺もどんどん減っていくって言われてるし。

海外からのその他の宗教の人たちがね神社とか寺燃やしたり結構今問題になってるじゃないですか。

まこりん:そうだねこれとかも結構ここ1年またそのニュースよく出てくるけど。

レキ君:そういうそれってやっぱ日本人が神道仏教のことよくわかってないからだと思うんですよ。

だからそこは結構まずいなーっていうのは思うから。

なんかもうちょっと神仏に対する意識とかその理解は深めていったほうがいい気がする。

まこりん:そうだね。

まあ。

レキ君:今日のまとめではないけどでも。

だいぶ長引いてしまいましたけど。

やっぱなんかこれから本も作ったりなんだりしてもっとね色々と理解が進んでいけば相互理解が進んでいけばいいかなと思いながら。

やっぱりそれはそれとしてなんかレッキーくんのやっぱり役割みたいな何か立場というか何かがあるんだろうなっていうのを。

そういうところの人のつながりとかで何かをやろうとしている。

愛という言葉だけではくくれないものみたいのも含めた。

というものが何か言葉にできるのか何か見える形で共有できるとそれは何かをそれが作用して。

よりねそれが広い場所に何か届いたりとか。

世の中の変化にもね。

何らつながっていくような。

なんかやるならそういうことをやりたい。

っていうところに何か改めて何か気づけたというか。

そのためのソースというか何か素材を。

とりあえずは冷蔵庫に入るぐらいのものを全部とりあえず入れましたみたいな。

ここからどういう料理にするかは味付けも含めてまだわかりませんみたいな。

でもちょっと何か作んなきゃいけないからちょっとまた連絡しますみたいな。

貴重なアーカイブの機会をありがとうございます。

本当にありがとうございます。

まこりん:整理してそうだね全体の位置づけもあるし。

レッキー君と何回かやった中の一つのなんていうのかな。

整理して僕らで言うと構造化をして。

両面あるからちょっとねまた落ち着いたらというか。

話す時間を作らせてもらえたらいいかなと思ってます。

トラさんとまたやり取りして必要があったらいつでも連絡ください。

トラちゃんともこの話をちょっとフィードバックしないといけないんで。

それをまずやりますね。

今日何かありますか。

レキ君:全然違うけどというかさ。

トドロキ神社のお祭りって11月にあるんですよね。

まこりん:そうです。

レキ君:じゃあ今年も11月いつだっけと思ってたんだけど。

7、8かな今年は。

まこりん:やっぱりそこなんだ。

2週目。

2週目って書いてありましたよね。

レキ君:残念その前にはいくんだけど。

7、8は帰りそうだよね。

7日に結婚式があるんだよね。

だから多分11月の頭には行くけど。

タイミングがあれば行きたいなと思ったけど。

ちなみに11月1日があれですよね。

まこりん:マサゴさん。

そこはもう行かないといけないというか。

でもそっちではなんかあるんですもんね。

企業条例が。

レキ君:それもすごい気になる。

別にその後とかでも僕が空いていれば。

トドロキの滝行けたら行きたい。

その辺何日間かいるだろうから。

マサゴさんも来れるんだったらね。

開封まで来れたら。

ほんと一番ですよ。

まこりん:多分言えば喜んで行きたがるよね。

今のところ2、3とかは開いてるんで。

また言ってくれたら。

早めに日程も決めて。

忙しいだろうから。

やっぱ7、8なんだ。

トドロキの滝行ってないもんね。

まだそういう行かなき。


レキ君:ちょっと行けてないところもあると思うんで、そこもちょっとピックアップして、マストだよね。

まこりん:行ったほうがいいっすね。

レキ君:ちょっと情報整理して、でも最低限ここも行っとかなきゃっていうのは、多分まだ他にありそうな気もするから、日程をそこで組み立てたいなと。

前は行き当たりばったりだったんですけど、いい意味で、トドロキの滝行きたいんだけど、いい意味でね。

悪い意味じゃなくて。

今度はもうちょっと会うべき人に会うとかっていうのも、必要になりそうだから、それはちょっと相談して決めて、早めにそういう出来込み予定とかも、もし時間取れるなら、あらかじめ約束させてもらえると、嬉しいかなと思って。

まこりん:ぜひとも楽しみにしてます。

レキ君:僕はもうとりあえず今回合計4回、いろいろアウトプットさせてもらって。

まこりん:1回でした。

レキ君:まとめて何かできると言って、自分で見ててもこれを本にするって、あんまりイメージつかないから、とりあえずこの中からピックして、トラさんの本に使ってもらえたらそれでいいし、もし僕が死んだら、これそのまんまでも文章にして、誰かに渡してもらえたらいいなみたいな。

そういう意味ではこれは保管しておいてもらえたらありがたい。

まこりん:もちろんですけど。

レキ君:なんかね、葉山なのか阿波の国なのか、ちょっと違うレイヤーで、クリアーさんの話とかもそうだけど、なんだろうな。

多分100%四国論に重ならない気もしてて、それが本当に本になるのかとかそういうのは置いといても、1回何か整えたい。

それが何に使えるかどうかはとりあえず追って考えるというか、それをそこまでやっておきたい感じですね。

だからまた時間をとってそういう話もできたらと思って。

まこりん:良かったですね。

まこりんと世界観が似てるって言ってたから。

レキ君:そうね、何となく似てるし、興味のある感じがね。

編集感覚とか、一緒なんだよね。

でも取材者系で僕はうちかと編集者系なんで、それは昨日話したけど、何かしら着地できるところも形にできるところまで、近い未来にできたらいいと思うので、国永先生とか特に、僕の周りで言ったら一番面白そうだし。

まこりん:確かに。

何かしらまこりんさんのパワーを、葉山ともダイレクトに繋がったらいいなと思うんで、葉山思った以上に面白いと思ってましたので。

レキ君:自殺率が日本で一番低いみたいな本があって、それ見てない?

それ読んでないですか?

まこりん:まだ何も読まない。

これからの全部。

レキ君:葉山は自殺率が日本で一番低い街だった記録があるので、20年前ぐらいに出てるんですけど、行き心地がいい街って、大学のある女性の先生が調査されて、その本ともう1人男性の方が、葉山の、葉山っていうか旧葉山庁っていう、朝鮮合戦前のデータなんですけど、なぜここが自殺率とか精神疾患がないのかっていうのが、一応書籍にされてて、それを見て大学の若い子たちが、未だに葉山に向いて、あれ系の本を国永先生とかを主題で、ちょっと時代が早かったんですよね。

多分出るのが、めちゃめちゃ重要なキーワードなんで、むしろ今だよね。

今日本一じゃないかもしれないけど、要は自殺率低いエリアの一つであるのには違いなくて、もっとそれを活用して、地域のブランディングっていうか、やればいいんだけど、あんまそれ葉山できてなくて、でも全然ね。

例のANOMIとか使うとね。

例えば10人ぐらいの葉山の人に、みんな合わせてでも、そうするとコアが出てくるんで、幸福度っていうテーマでやれば、それなりのものを出すとか、そういうのはそんなに難しくない。

それだったら今の社会問題の中でも相当重要な、重要案件なんで自殺率とか、それだったら本として重要あるなみたいな感じはするし。

まこりん:そうだね、ウェルビング文脈みたいなやつで、そういう形でフォーカスするのはあり。

なんかお二人と菅永先生と岡先生って以前ね、それ書かれた先生も今も付き合いがあって、なんかその意気込みが。


レキ君:心地がいい街、令和バージョンみたいなやつを何か作れたら、それは何て言うのかな。

まこりん:そう、なんか興味、大衆が興味を持ってくれるっていうのは間違いないと思う。

レキ君:そうだね。

まこりん:で、海陽町で出す意味もあるって感じですよね。

レキ君:あるっす、ほんまに。

まこりん:必然というか。

レキ君:うん、あーなるほどね。

まこりん:そこはちょっとね、何か具現、形にするならそのテーマだなみたいな。

レキ君:いい感じがするんで、ちょっと頭の中入れといていただいて。

まこりん:ちょっと面白そう。

レキ君:入口が入りやすい入口にして、ちょっとあまりマニアック過ぎないところ。

まこりん:中入ったら少しそういうものも見えるっていうのは、ありかもしれないし、そこはいろいろ考えられるから。

レキ君:ちょっと今時の感じでやって、コアに近づくっていうのができるような気がするんでね。

まこりん:面白そう。

レキ君:ちょっとぜひ頭入れて。

まこりん:縄文時代もあるし、海陽町のキーパーソンたちをいくつか集めて、生き心地がいい街、令和バージョン。

レキ君:なぜこの街は生き心地がいいのかっていうのを、何人かのプレイヤーを集めて、話集めて一冊の本にまとめるとかは面白いかもしれないし。

まこりん:コアさんと国永先生とかも全国に出れるなんか準備できてる人いるんで。

レキ君:そうだね。

まこりん:できるよ。

レキ君:俺プロデューサーします。

まこりん:俺プロデューサー。

レキ君:いいね。

まこりん:心強いな。

レキ君:早間です、早間で30人やってるんで。

まこりん:あれはAIも何もなかった時からやって3年も買っちゃったんだけど、最後のところでANOMIが入ってくれて解説ができたんで、データもちゃんと出せて。

レキ君:あれも本にすると逆に30人多すぎて、一冊にはならないから、ウェブに公開して一覧録したんだけど、そのノウハウがあるから。

まこりん:もっと3年もかかって、早ければいいってもんじゃないけど、むしろそれはできるっていうかね。

レキ君:海洋町が一応生き心地がいい町が出た後に、ちゃんと自殺率が低いことに対してやってくる。

まこりん:対外的な、よそからやってきたりする人たちの窓口が、海洋町の役場内にあるんですよ。

レキ君:そこは生き心地がいい町福祉館なんですけど、一応担当課まであるにもかかわらず全然動いてなくて、町長とかに言ってなんか予算出してもらって、そういうのできる気がするしやるべきやと思うので。

まこりん:うちもね、早間町もね、僕らの活動と関わりなく5カ年計画っていうのを、町が政策課とかやってて。

レキ君:それは5カ年計画っていう16年計画、2040年に向けての早間の在り方みたいなものを、何年もかけてやってて調査広告も出してるのがあって、僕らの出したレポートとほとんど一緒だったんですよ。

まこりん:結果、結論が、だから言ってもしょうがないけど一緒にやってたらもっと良かったみたいなね。

レキ君:それはお互いが暗中模索で苦労して作ってみて、全然違うアプローチでね、ほとんど結局実態結構重なってるっていうのが見えてきたからさ。

まこりん:だからそういうものにも結構親和性があるというか、結果的にそういうのも分かったから、行政と組むのもやり方としてはアリなんだなとか。

レキ君:岐阜県の日田市でも一冊本作ってて、それも2年ぐらいかけてまとめてるんでね。

まこりん:市長も著者の一人なんで。

レキ君:意外と実績ある。

まこりん:日田市?高山とか?

レキ君:高山に乗って日田の。

まこりん:日田市。

レキ君:日田市がいろいろとまた面白いというか、人口減少が日本最速みたいなところだったんだけど、今の市長が今3期目なんだけど、なった時から結構空気が変わってきていてね。

まこりん:その背景、空気変わったっていうのは実態どういうことなんだっていうのを、研究者も入れて交えて、それを一回書籍にしたいところでうちが手伝ったっていう。

レキ君:そうそう。

まこりん:だからそれもいろいろ結論というかなんか見えてきたものがあってさ。

レキ君:それ町長に来週会うから提案してみようかな。

まこりん:町長3期目なんで、なんかアーカイブしませんみたいな。

レキ君:町長も入れて、生き心地がいい街の本のアップデートで、岡先生にもちょっと関わってもらって、今を生きる国永先生、高野山、とどろき神社の僕と一緒に相談やってる岩本っていうのがいる。

まこりん:彼は柿養殖の水産ベンチャーやってて、女子もちょっと誰かいるから探してとか。

レキ君:なんかそれで町長を取り巻く今の生きる海陽町生きる人たちも、なんかそういうのをね、街でやったらいいよね。

まこりん:町長が実績としてね。

レキ君:なんか編集者のプロ2人みたいなプロがいて、カス地域の補助金みたいなのとかって多分あるよね。

まこりん:なんかそういうの使ってもいいかもね。

レキ君:そういうの使ってやると、おそらくやりやすいかなって。

まこりん:そうだね。

レキ君:全然一般向けの分かりやすい本も作れるし、ちょっと固めのレポート、エビデンスベースのやつも作れるから。

まこりん:言うと両方出せるソースが一緒だから。

レキ君:あーそうですか。

まこりん:今僕がパッて考え思い浮かべて、もう町長は別として、もう一人はみぞうち先生っていう小学校の先生がいて、めちゃめちゃヤバい人がいるんですよ。

レキ君:小学校先生ね。

まこりん:セガで元々勤めてた。

レキ君:セガのソニック・ザ・ヘッジホックの開発者。

まこりん:昨日その先生の講演を。

レキ君:それまた劇なんですけど、ムーンウォークをセガのゲームで、マイケル・ジャクソンのムーンウォークを、ちゃんと記録というか撮影する、ゲームに落とし込むみたいなミッションがあって、マイケル・ジャクソンに会いに行ってるんですよその先生。

まこりん:すごい。

レキ君:もうアメリカまで、会えたんでね。

まこりん:会ってマイケルと一緒に仕事してるんですよ。

レキ君:セガもそう、結構ね何も言わないんだけど、20代に相当もう技術者としてセガで、グローバルな仕事して、30歳ぐらいで帰ってきて、普通に地元の教員になって。

まこりん:で地元でIT教育を10何年前から、タブレットとかが出たすぐから、地元の仮想地のもう本当、10人とかしかいないような小学校で、全員にタブレットを普及して、それを全部なんか、自分で業者入れずに、自分で全部設定して、で学校で全部みんなが使えるように。

レキ君:なんかよくわかんないけど、全部自分で業者に頼んだら、1000万とかそういうわかんない、かかるやつを全部一人でやって、そのIT教育を10年以上やってるっていう、ただものじゃない先生が、誰にも何も知られずに、今も海洋上の小学校で、黙々と授業してるんですよ。

まこりん:かっこいいですね。

レキ君:パラッとマイケルジャクソンと仕事してるっていうのは、俺何年も付き合えるけど、昨日初めて知って、引き出しだらけやんみたいな。

まこりん:自分からそういうことさえ言わないんだね。

レキ君:言わないんですよね。

まこりん:セガの話もほとんどしないし。

レキ君:かっこいいな。

まこりん:本当なんか、でも地元に帰ってきても、ひたすらに教度はいい。

レキ君:で地元の子供たちに、自分のモチュールのノウハウを、おしげもなくとりあえずもう、ビジネスじゃないみたいな。

まこりん:あの先生とかも本にもなってないし、もうなんかね、教育、仏教、祭り、水産業、で、医療、結構プレイヤーいるから。

レキ君:あそこと行政の町長、三浦町長は、これといって、俗っぽい人なんで、町長自身の、これって尖ったとこあんまない。

まこりん:それが町長の魅力というか、強みでもあるんだけども。

レキ君:とはいえ海南病院のね、国永先生とか、巻き込み引き込み、呼び込みは町長の実績なんで。

まこりん:そうね。

レキ君:ITの教育も、町長すごい力入れてるんで、やっぱその海南病院とIT教育は、町長の実績でもあるんで、そこを2つ特にね、書籍化するとかメディアにするとか、多分町長としてはやりたいはずだし。

まこりん:そうだね。

レキ君:いくつぐらいの人ですか。

まこりん:町長52ぐらい。

レキ君:若いまだね。

まこりん:みぞうち先生は60前、59。

レキ君:高谷さん47。

まこりん:国永先生46みたいな。

レキ君:あとは僕の、書籍養殖の子は43かな。

まこりん:僕と一緒にとどろき神社の相談やってる。

レキ君:うち今は上々目指して、すごい頑張ってる。

まこりん:彼も今ネコックなんで。

レキ君:すごい人材が、集まってるというか、そういうチームで。

まこりん:もしかしたら、本作るのは、面白いかも。

レキ君:面白いしできる。

まこりん:今上がっただけでも、みんな領域が違うし、面白いね。

レキ君:男ばっかだったから女性が、女性いるなと思ったけど、それも含めて、せっかくの講演なんで、僕も本を作るっていうのを、いろんなネタを、アンテナ貼っておくんで。

まこりん:またよろしくお願いします。

レキ君:お願いします。

まこりん:なんか遅れそうなもの送っておきます。

レキ君:今早間のやつは、リンク送ったので、こういうのも作ったり、みたいな。

まこりん:これこの間見せてもらったやつね。

レキ君:そこに今、解析レポートも、ちょっと入れてるんで、そういうのも作れますみたいな。

まこりん:そんな感じなんで、ちょっと一旦こういうのも、みんなに共有しておきます。

レキ君:来週長調にも、ぜひ。

まこりん:なんか楽しそうな気がしました。

レキ君:一緒に本作ると楽しいよ。

まこりん:大変かもしれない。

レキ君:僕は、ウェブと神と両方、やったら、絶対。

まこりん:長調にちょっと、消し掛けておきます。

レキ君:分かりました。

まこりん:なんか思わぬ展開で、一回締める形で。

レキ君:ありがとうございます。

まこりん:言ったのがちょっと長々と。

レキ君:ありがとうございました。

まこりん:今日はありがとうございました。

レキ君:引き続きまた連絡きれますので。

まこりん:ありがとうございます。

レキ君:それでは、11月も予定だったら、早めに連絡いれますんで、案内してます。

まこりん:ありがとうございました。

レキ君:失礼します。

まこりん:おやすみなさい。

第三部(7/6 08:40〜)

話者1:はい、じゃあこれ。
忌部とか海部の話で、要は僕は海部に関する記述とか研究みたいなものが人工の問題とかわかんないですけどあったり、多分忌部と海部の中では、海部ってのは語られてないっていうのに対して、僕は海陽町生まれ育った人間として、自分の生まれ育った土地の歴史みたいなものをもうちょっと世の中にも伝えていきたいっていうので、多分今回もこうやってお話しさせていただいてるんですけども、なぜならば歴史とか声のでかいやつが笑う、ブルーハーツの歌詞にもありますけど、笑う必要はないんだけども、でも僕は歴史とか特にできる人間、言った人間、声のでかい人間の言ったことが歴史っていうか、全体に影響していくっていうところで、自分たちの持ってるものとかいいものだからやっぱりその影響が薄まってるのは良くないだろうということで伝えたい。

忌部ですらね、やっぱりマイノリティですけども、その中でもさらに海部はもっとマイノリティなわけで、忌部の話とか平和の話、平和な部族とか言われてたりとかね、日本の神道とか八百万アニミズムっていう日本神道っていうのは素晴らしいって評価を受けてる中でも、忌部の存在もすごい重要な存在の一つだけども、やっぱり全然知られてないっていうのは忌部を支えてきた海部と言われてる海洋民族の存在とかも知られてないっていうのは、やっぱり伝えた方がいいだろうと多分言ってんだろう、調べて発信してんだろうなと改めて思ってます。

忌部と海部の関係性で一つ面白いのが、忌部と海部が手と手を取ってというフレーズが徳島では伝えられてまして、一個現存するというか実際今も歌われてるのが、徳島県唯一の村、神山町というのがあって、神山の横隣なんですけども、神山とかも鶴木さん、海沿いの徳島とか徳島のちょっとした小松島っていうところ、海沿いのエリアから鶴木さんに向かう途中にあるのが神山とか、その手前に神山町があったりするんですけど、ここの中学校の校歌に忌部と海部が手と手を取ってっていうフレーズが出てくるんですよね。

話者2:へー、すごいな。

話者1:これは忌部の研究してる人たちの中では、すごいそんな有名でもないんだけど、知ってる人は知ってるというか、神山町という存在に意識を持ってくれてる忌部研究者何人かいるというか、だけどその中でも数少ないと実存するというか、実際に歌われてる、学校の校歌の歌詞の中にあるっていうのは一つ面白い話ですね。

この阿波と前回もお話しした廻船業とか林業とかつながる海風川、中川っていうのは徳島の木材の供給を支えた土地だし、船を作るとか廻船業とかで、いわゆる海洋民族のノウハウとか南部の自然環境っていうのが徳島県の阿波踊りとかもお話ししましたけど、阿波とだって文化を発展させるのに一躍を担ってたっていうのは、これ実は忌部と海部が手を取ってって、江戸時代とかもっと昔の話なんで、忌部とか海部っていうのは、そういう阿波の地の海と山の民が場合によってはトライ人とネイティブみたいな感じかもしれないですけど、そういった海の民と山の民が連携して、この土地のいろんな文化とそこと海を通してつながるいろんな各地のつながりを作って、お互い相乗効果を上げていくみたいな文化文明の発展を促してたみたいなところが阿波の忌部と海部の物語だと思うんですけど、その中でそういうのもありつつ、だけど今の昨今のYouTube、SNSとかYouTubeとかで語られるのはほとんど忌部は結構陰謀論YouTubeとかいろいろ取り上げられてるけど、海部に関しては全然情報はまだまだ出てないなっていう感じ。

忌部氏は都から阿波の国の方に移ってきた人たちが入植したというか切り開いていったみたいなのが、それはそういう話でいいんですかね。
忌部もどうやってきたのか僕はあんまりよくわかってないですけど、雨の日は死ぬ見事、始祖どっちだっけ?
忘れたけど、忌部の始祖みたいな人たちがいて、その人たちは一体どこから来たんだろう。
僕ちょっと忌部の話は僕はもしない方がいいな。
あんま詳しくないんで。

古事記だっけ?
なんだっけ?
文献が忌部氏が平安時代ぐらいになって、ある日没落した時に藤原氏が前世になっちゃったんで、やっぱり歴史を残さないとっていうところで、忌部氏の歴史を残したのが確か古事記だったっけな。
っていう、それが割と出典元みたいになってて、多分そういうふうに認識してて、平安時代ですよね、それは。

話者2:古事記が表されたのはそうだけど、結局朝廷の祭祀を司ってた中臣氏とか、それが藤原氏になって先制を握っていく中で、多分役割は違うんだけど同じように祭祀になってた忌部氏が脇に追いやられるというかさ、政治的には没落することになって、それで多分その一族というかグループが海を渡って阿波の国で再起を図るというか。

話者1:どうなんだろう、そもそも徳島が祭祀の中心地だった認識があるんですけど、僕の中で。
その朝廷が近畿だったのか、それ以前にもっと徳島が中心だったっていう時代があるんだよね。

話者2:そうだよね。
だから、割とスタンダードな見方みたいなところでしか僕は捉えてないから、今回真剣でいいね。
そんな感じでアウトプットしてもらえたら、改めて言うとね。

話者1:ヤマタイ国は阿波だったみたいな。
ヤマタイ国が基本近畿なのか九州なのかで論争がされて、青森の三内丸山とかもあるんですけど、基本近畿対九州みたいなのがずっとやってきてて、そこに新しく北内側ヤマタイ国だったって名乗りを挙げてる地域が今ここ最近何か所かあるらしくて、徳島はめちゃめちゃ徳島県内ではヤマタイ国阿波だったっていうのはもうすごい盛り上がってる感じは。

JCって青年会議所みたいないわゆる各地域にある青年会議所の徳島県のJCのOBの人とかが結構ビジネス経営者のグループが力入れて歴史観光をビジネス徳島の経済盛り上げをみたいな。
地を巡る旅ってで結構ユーチューバー有名なユーチューバーとかが特に鶴木さんに陰謀論系とか歴史系ユーチューバー結構ちょこちょこ来てそのヤマタイ国が阿波だった説の徳島の人たちが案内してみたいなここ2、3年それでちょっとずつその一部日本ユダヤ同祖論とか色々そういうところからは注目は見てて著名人も来たりしてでもそんなに簡単にヤマタイ国が阿波だったって多分難しい本も結構出してる人いるんですけどそんな簡単じゃないと思うからこの

話者1:流れとかそこに自然との関わりとかなんかそこのありようだよねまずその連続というか積み重ねの中で今の人たちの暮らしもあったりとか多分そこに忌部ストとか海部ストっていうのが乗ってくるところもあるしエビス信仰とかいろいろそういうある程度オーソライズされてるようなものがおそらく当てはまるだろうっていうところで当てはめていくような視点だから学術的な厳密さとかよりはもっと違うところのものを見る視点というかそうですね時間空間にあんまり断定したくないっていうかどこが一番古いかとかどこの場所が一番大事かとかじゃなくて全体が繋がってるってことを証明したい。

話者2:確かにだから一極集中と多極集中がいろんな問題があるみたいな感じやっぱ田舎もいろんな歴史とか今の文化産業とか国を作ってきた。

話者1:それは東京は東京だけじゃないりただかなかったんだよっていうのでもうすでにでも縄文人貝塚いっぱいあってどこで誰がねそんだけすごかったかとかどうでもいいじゃんみたいなみんないたんだよみたいなそこに何かしら勢力を持ったり力をつけたりトライ人が来て争ったりとか融合して勢力が増えてみたいなたぶんそういう繰り返しがいろんなところで起きてたんだと思うんですけどそういう意味では四国も一つ空海の話とかに持っていくと結界あったりとか空海が悟り開いたとか空海が生まれたとかこの国に平安時代に大きな影響を与えたお坊さんが生まれた場所やしそういう意味空海が88カ所全部作ったわけじゃないみたいですけどそれが時を経て空海の教えに影響された後世の人たちが88カ所巡りっていうシステムを作ってそれがすごい長い時代いまだに現存してて機能しててお寺もあって逆に観光的な見方をすると海外からの環境観光客が今どんどん増えて進化していってるというかその長本人はいないんですけど1200年前の人が影響したものが1200年経った今も機能してるっていうのはすごいことだしSDGsってこういうことになっちゃうみたいな話ですね。

話者2:いろいろあるにしてもとりあえず一人の人から始まったといっても空海さんから始まってるっていうことですね。

話者1:小川さんもそうだけどこれだけの広がりになるっていうのはすごい話だなと思って空海がやっぱその返路だけじゃなくてそのことわざとか全国各地に井戸水湧き水取りあったり土木工事したりいろんな一人歩きしてるというかすごいスーパースターだスーパーマン的な人だったんでしょうね。

話者2:京都とか高野山奈良県高野山和歌山の高野山に行って基本やっぱ近畿の方に空海の影響っていうのは強く色濃く残ってるんですけど四国は生まれた土地であり悟りを拾えた土地であるにも関わらずやっぱそういう部分の空海の足跡空海の縁のある土地としてはあんまり認識されてないっていうかだけど88カ所返路っていうのがあるおかげで高野山とか京都に並ぶ知名度というか四国88カ所返路ってなんとなくみんな知ってるんで若い子たちも含めてそれを残してくれてるおかげで四国は過労死で観光とか経済的にも影響が今もたらされてるでも実際高野山とか京都の東寺とか行くとレベルが違うっていうか一個一個の寺で比べるともうやっぱもうそのお金の回り方とか人の聞き方とかが全然やっぱ四国とレベルが違うんでそこはもったいないな四国の人たちっていうのは思うとこあるんですけど高野山っていうのはもうその山なり町だもんねそれでそこでずっと同じ今修行が続けられていてね引き継がれていてっていうもちろん文化財的なものも含めてでも88カ所は僕も自分が歩いてるわけでもないしでもねその個々のお寺としてはでもなんていうんだろうとりわけ有名なものもあればちょっと地味めなものもあったりとかそれを88カ所ってことで四国の人というか徳島の人でも歴史区にとっての88カ所の意味合いとかさ実際に歩かれた話もね。

話者1:そうですけどその辺はちょっと言葉にするとどんな感じなんですか。

話者2:何ていうのかなやっぱ空海に何で僕が惹かれたのかはよく分からないんですけど昔から好きで歩いてみて思ったのはやっぱり四国全体をゆっくり歩くことって自分も人生なかったんですけどやっぱり海があって山があって寺の建築が美しくて風土が四国の風土が豊かでお寺も一個一個やっぱりすごいな88カ所の寺がちゃんとずっと現存してるそこでお参りしてそれぞれの寺に特徴もあったりなかったりするんですけどその道中の山道海に出た海の道があって街があった街があってすごい美しいんですよね。

話者1:一番いいのはやっぱりお接待っていう文化で多分一番シンプルにこれは素晴らしいなって思うのはやっぱりお接待っていう文化が根付いてるお辺路を通して88カ所辺路巡礼を通して他から来た人たちが歩いてるバスなり車なりもあるけど歩き辺路の人とか辺路してる人たちに地元の各地域の地元の人たちが何かしらジュース差し出すとか人によってはお布施お金渡すとか場合によって僕とかだったら友達とかだったら止めてもらうとかご飯食べさせてもらうパン渡される頑張ってくださいねって声かけられるみたいな何かしらお辺路さんにお接待をして助け何か差し出すっていうのがお接待文化として四国の人たちに根付いてるっていうのがすごいなって思って仏教用語で言うと利他っていう自分以外の他者に何か施すことが巡り巡って自分の利になるっていう利他の考え方というか感覚がお接待という文化を通して四国の人は特に日本の中でも四国の人には根付いてるような気はしましたね。

話者2:何が一番いいってお接待人に何か施すことがやがて自分に返ってくるっていう自利と利他というか一番大事なことだと思うんですけどそこが自然と地域というかここの土地に暮らしてる人たちの心身に宿ってるっていうのはすごいなって思いましたね。

話者1:仏教とか神道が根付いてるからこの国全体が日本人ってそういう考え方があるんでしょうけどお辺路回った時に四国のその強さすごい特に感じましたね。

話者2:これを海外の人たち今海外の人たちがほんと多くて日本人は四国で生まれ育ってお辺路歩いて回ったことある人たちたぶんほんとすごい少ないパーセント数だと思うんですけどそれもすごいもったいないと思うんですけど日本人より海外の若い子日本人って結構年配の人とかリタイヤした人とかが多いんですよ海外の人は若い人が多いんですよ。

話者1:この辺の感性というかアンテナの感覚が全然違うっていうか日本人とそれでそういう人たちが来て実際にお接待のリアルに受けてやっぱりそこに感動するようなシーン僕もうちはうちも来る。

話者1:価値を持つわけだもんね。
アニメとかでね、何かしら大きなお金を投資してやったりとか、なんかそういうんじゃないですか。
もともとある1200年前の人が作った、もともとあるそこには、すごい時間かけて投資されてきてるからあるんでしょう。
けど、やっぱそこがすごい価値財産であることに、やっぱ地元徳島四国の人たちがもっと気づくべきだし、SDGsとかよくわからないことに返答してやったら、本当自分たちの足元のこういう文化に投資したら、もっと今来てる人の流れがもっと増えるのになって思ったり。
学校もそうなんですけど、英語教育とか、みんな力入れてやってるけど、要は海外旅行行かなくても、家から一歩出たらお遍路の僕ん家の前とかもそうだけど、パスポート取らなくても歩いて、自分が勇気さえ出せればチャンスがつかめるんですよね。
オランダ人とかアメリカ人、ニューヨークもそうだし、いろんな人が歩いてるから、いろんな人に声かける。
それも変な人もいるからあんまり誰でも彼でもってわけにはいかないんだけど、やっぱそのチャンスが、田舎にはチャンスがないって言われてるけど、チャンスめちゃくちゃ転がってるから、それみたいな。

話者2:そうだよね。

話者1:そういうところに、地元の子どもたちが日中高遍路さんたちと交流ができるような仕組みに、もっとお金を投資すれば、もっと自然と、しかも相手はもうすでに日本のことを好きな人たちやから、僕らが丸腰で海外行ってイエローモンキーみたいに言われるのとは違うわけ。
より質のいい、自分たちと相性のいい外国人ともれなくすぐ仲良くなれるんですよ。
なんだったら恩を売ってまた向こうで何か交流ができるみたいな可能性がめちゃめちゃあって、可能性でしかないただ、なのに多くの人がこの地元を離れていく。
若者たちだけじゃなく、そんなみんな9日の価値分からず出て行ってきた人ばっかりやから、それはもちろんお遍路なんか、やったことないですよ。
みんなこの価値すら気づきもせずに、何もないって言って出て行ってしまってる。
いやいやいやいや、全然ここにいたら世界と繋がる可能性めちゃくちゃあるよ、っていうのを大人が伝えられてないなぜなら、大人の多くも自分が歩いて変度なんか回ったことないから、ほとんど学校の先生もそういうところを変えていかないと、子どもたちに世界と繋ぐとか、この土地の魅力を伝えるとかは、本当できないっていうのはめっちゃ思う。
これはお遍路だけじゃなくて、鎌倉とかだったらね、大仏があったりとか、いろんな文化がすでにそういうのが鎌倉とかだから、それができてるってことですよね。

話者2:そうね。
奈良もそうだし、京都はちょっとその辺が。

話者1:だから歴史とか観光とか、いろんなものが教育と結びついてない感じはしますね。

話者2:なるほど。

話者1:だから空海と僕の今回の話の内容どう繋げたらいいか分かんないですけど、やっぱある価値に気づけてない今の時代の中の一つがお遍路だと思うし、ここは徳島とか四国の人にとってはすごい財産であるっていうのは、一人でも多くの人がそういう感覚でね、お遍路とか向き合って、そのアップデートとか次世代と繋ぐ方法を考えて実践していったら、この土地はもっと良くなるなっていうのは思いますね。

話者2:そうだよね。
不思議というか、そうだよね。
よく廃れないでね、その要因はさ。

話者1:でもいろんなこれまで話してくれたような経済とか流通とか、いろんな人のあれだよね。
行き来があったり、そもそもの暮らしがあったり、歴史とか宗教とか、さ何か信仰だけを切り取るっていうのもおかしいじゃない。

話者2:今日の話も全部繋がってるんだけど、だからその背後の話も含めて、歴史君はずっとしてくれてるというか、この繋がり必然みたいな話か。

話者1:その通りですね。
その一つはね、例の轟神社の話とかもそうだし、さなんかやっぱみんな大事だって一応思いつづけた人たちによって受け継がれてきてるわけだもんね。

話者2:でもその背後の話も含めて、歴史君はずっとしてくれてるというか、この繋がり必然みたいな話か。

話者1:ですね。
その一つはね。
その轟神社の話でもっと掘り下げていくと、竜神信仰、水神信仰で、轟の滝の竜の神様は元々和歌山の那智勝浦の那智の滝そっから来たって、那智の滝が枯れた時に、ある昔に枯れた時に、その竜神様が住処を見失ってそこを離れて、どっか次の住処を探してた時に発見した、たまたまたどり着いたのは轟の今の滝っていう伝説が一個あるのと、もう一個の説は、その竜の神様が那智の滝か轟の滝か、どっちかを選んで、どっちかに住むっていう選択する時があって、それで轟の滝にやってきたっていう。
那智との、那智の滝との縁は、よく和歌山との縁はよく出てくるんですよ。
轟の滝って他にもいっぱい出てくるんですよ。
和歌山ってやっぱ気の国と井の国って海で渡って住んでる話先なんで、もう一個、もう一個っていうか、いっぱいあるんですけど。
空海でしょ。
竜神信仰でしょ。
あとは戸佐土佐備長炭っていう、こっち阿波の僕らの地元も昔は徳島も土佐備長炭焼きの技術っていうのが今も残ってる。
特に戸佐土佐備長炭っていう、うちの隣の東洋町が炭焼きの文化が残ってるんですけど、もともと紀州備長炭って今もありますけど、紀州備長炭っていうのが始まりって言われてて、その備長炭っていうのも木の国と井の国の先輩特許で、炭の文化、植物のあれもそうだし、あと地名、勝浦、白浜とか海南とかね、地名も合わせ鏡みたいな感じで、地名からも神話性、繋がり、すごいあるんですけど、なんかその空海と轟の滝といえば、その繋がりが類似してるっていうのが一個ありますね。

話者2:なるほど。

話者1:あとは和歌山城とか色々あるんです。
蜂須賀氏が徳川系だったんで、近代の江戸時代の話とかすると、和歌山には和歌山城っていうのがあって、そこは徳川が治めてて、蜂須賀氏が徳川派だったんで、やっぱ蜂須賀氏と和歌山紀州の徳川家も繋がりが深かったりとか、色々あるんです。
和歌山と徳島っていうのはすごい重要なパートナーで、轟の水神信仰竜神信仰を掘り下げてても木の国が出てくるんですよね。
もう一個、空海が県頭市で出港する前に、宗像大社って今ある、宗像の立ち寄ってて、宗像の三女神を毎日、宗像三女神を空海文脈と水神信仰文脈って木の国っていうのが出てくるっていうのが今一つ言いたいことで、もそれ以外にもいろんな産業でも繋がってるっていうので、なんか空海と僕の今回の話の内容どう繋げたらいいか分かんないですけど、やっぱある価値に気づけてない今の時代の中の一つがお遍路だと思うし、ここは徳島とか四国の人にとってはすごい財産であるっていうのは、一人でも多くの人がそういう感覚でね、お遍路とか向き合って。

話者1:で、遣唐使路で最後長崎のどこかの島から行ってます。

遭難して難破するじゃないですか。

その時に空海が要はそこを切り抜ける祈りを捧げて助けてもらったのが宗像三女神って言われてて。

そのおかげで自分は命を救われて無事に大陸に漂着できて、そこで2年間大陸でいろいろ整理をして、慧果の青龍寺から真言密教を授かって2年って書いてくるみたいな。

帰ってきて一番最初に建てたのが宗像大社の横にある鎮国寺ってお寺なんですよ、空海って。

それは自分が出港した時に海の神様に守られたっていうお礼で、仏教なんで市杵島姫、三女神を仏教の仏さんになぞって祀ってるらしいんですよ。

市杵島姫が大日如来とかね。

それが鎮国寺ってお寺で、今は宗像大社とちゃんと連携して共存してるんですけど。

僕が環境省のアンバサダーになってから、3年前くらいから宗像大社で毎年宗像国際環境会議っていうのを11月に出させてもらってて、その主催者が宗像大社の宮司さんなんですけど、その方々とのご縁で福岡も毎年行くことがあって、前々回と久留米ガス社っていう福岡の愛染文脈でも福岡行く機会があって、宗像は出光佐三の出身地なんで、出光石油の創業者の出身地。

そこに愛の事業をやってた出光の場所だったり、いろんなものが繋がってるのが見えてて、特に宗像大社で海の神様の信仰、恵比寿信仰とか宗像三女神信仰、住吉信仰はそこでここ数年学んでて、その話もした人もまとまらないですけど、あの辺はなんせ僕らの地元に通じる海洋交易の信仰がすごい共通が多いし、いわゆる遣唐使時代とかの時代になってるとケント市の拠点が住吉だったんで、住吉大社って大阪だと有名なんですけど、住吉信仰って九州で全国で聞くけど、住吉ってすごい重要なキーワードやなみたいな。

それが空海にも繋がるし、ワシズミオにも繋がるし、ちょっとうまく言えないですけど、なんせ繋がってるんですよね。

これ、祇園信仰文脈と愛染めの商人も住吉大社は、住吉大社って日本でも有数の赤島の大きな石の灯籠あるじゃないですか、あれの巨大なやつがいっぱい並ぶのでも有名なんですけど、そのでかい石灯籠のいろんな商人とか名士があれはお金出して神社に収めてるんですよね、奉納してるんですけど、その中の一部が阿波の藍商人によって奉納されてるんですよ。

住吉大社。

それは阿波の藍商人が廻船業で北前船とかにもちゃんと繋がりが深かったんで、その藍商人が設けたお金の一部を住吉大社に収めてるんですよね。

だから阿波文脈でも住吉って結構重要なんですけど、阿波藍商人の足跡を辿っていっても大阪の住吉にたどり着くっていう。

これね、今バーッと言っちゃいましたけど、僕が話した内容の中で、空海とか藍商人とか和静みを祇園信仰とかいろんなものが一つちょっと近畿でいうと、住吉大社にもつながって、同じとこにつながってるっていう。

ちょっとそれでそういうわけじゃないけど、空海はだからその遣唐使でいうとそこのそういうルートを辿っていったっていうのはその通りだと思うし、それはそうとして何だろうな、藍商人もそうだし、そういう海洋、だから天部とか、つながりは別に論章はされてるわけではない。

この商人というのかな、何かそういう人たち、経済になってた人たちと、いわゆる宗教家とか修行者ってさ、何ていうのか、接点はあると言える、そもそもそういう関係を結びながらさ、表裏一体にいろいろ活動してきたっていうさ、山の方の話は、水銀の乳っていう、あのつながりとさ、空海のつながりは強いのはすごくわかるというか、だから鉱山師とか、ああいう人たちの経済力と、空海がポッと出たような印象があるのに、すごいだから結局あれですよね、お金、どこで党に渡ってね、現地で使うお金を手に入れたのかみたいなことは、それこそ柴梁太郎ですら言っていて、でも海の話っていうのは今まであんまり考えたことはなかったんですよ。

だからその辺は何かあるのかなと思って、りくんの中でイメージとか。

藍商人ってもうすごいもっと小さいなんで、そうかそうか、時系列。

住吉とかの話になる、藍商人の話になると、藍商人が特に瀬戸内航路で大事にしてた神社っていうのが住吉大社と、もう一個は香川県の金平神社なんですよ。

それは両方とも何で分かるかって言ったら、さっき言った石造、石造。

金平さんもすごい長い階段登るんですけど、両サイドにもすごいいっぱいいろんなところから送られた石造が。

そこに阿波の藍商人が結構な数奉納してるんで、それが今も残ってるんです。

江戸時代のものが。

なので金平と住吉大社に関しては阿波藍商人がかなり大事にしてたっていうのが見えるんですけど、それはなぜ大事にしてたかっていうと、金平信仰もやっぱり海上貿易、海上交通、海上安全。

住吉も住吉信仰、海上安全祈願なので、やっぱりそこを藍商人たちがいわゆる海上交通の安全を信仰によってそこの祈願してたっていうか、それは経済人がそういうことを大事にしてたっていう証拠だと思うんですよ。

そうだよね。

それは江戸時代とかの話なんで、阿波の藍商人が活躍すると。

その以前の空海の時代の話ですけど、僕らの地元をひも付けた廻船業っていうのの流通が一つ多分、江戸時代平和な時代になる前の主要な商材としては、廻船業が流通してた瀬戸内航路を通って、大陸にまで輸出されてたんで。

その人たちが住吉とかコンピューターさんに関わってたのかどうかは、僕は調べたことないけど、和紙墨用とかの流れから言ったら、間違いなく住吉とかと既に1600年前につながりがあるんで。

だし、空海もおそらく住吉さん、県当市で乗る出港地なんで、間違いなく何かしら祈願してたはずやし。

そうだね。

そのところは、確かに。

空海はやっぱり、当然才能があって、もともと比叡山とか、最澄みたいなエリートではないけど、やっぱり存在としてすごい才能があったから、やっぱりいろんな人がサポートしてて、そこにやっぱりそういう海洋民族的、海洋部族というの?

海洋族的な人たちの応援とかもあったり、だから個人で単に才能があるから党に行けてどうのこうのって言うんじゃない、やっぱり

話者1:調べたら出てくるんですけど。

ちょっと明日も調べる。

千葉もちろんやし、福島とか栃木とか。

話者2:そっか、広がってくのか。

話者1:ワシが忌部と海部の連携の中で、鷲住王とかアメの秘書とかの繋がりは、それこそそういうのをもうちょっと調べれる学者の人たちが調べたらいいのにみたいな。

僕が人まで至ってないですけど。

話者2:なるほど。

でも面白い。

話者1:でも鷲住王が存在というか生きていた時代に、さっきの話で言うと空海の祖先である佐伯氏もその時代にいたはずだということとか。

もうしかしたら実際に佐伯氏は繋がってたかもしれないですね。

一緒に土地を開いて何か。

だから南に渡る空海は奈良で属世に合わずに無計画で帰ってきたんじゃなくて、何かしら南阿波の方に室戸に向かうある程度の道筋があったのかもしれないですね。

話者2:そうだよね。

何の当てもなく行くっていう、理由もなくっていうことはないでしょうからね。

話者1:山節とかをたどりながら、阿波の大流だけで修行して、土佐の室戸岬で海岸しただけ書かれてますけど、そこがもうほんま2カ所しか空海の三号式っていう本にはそこ2カ所しか出てくる。

その間どうやって何をやったのか全く書かれてないから。

でもそれらの大流寺っていうのは若杉山ってその丹生の産地のすぐそばなんで、那賀川流域。

もうちょっとそこも空海ちょっと書いてくれてたらよかったのにみたいな。

話者2:確かに。

空海も島に行くまでの10年ぐらいとかも分かってないしね、記録が届いてて。

いろいろ想像が膨らむ存在というか、そういうのもあるけど。

話者1:でも今日話したような話、だから時代がそれぞれレイヤーがあるというか年代が違うけど、やっぱり繋がっていくというか、大きな国の中で人の動きとか今日話してるようなことの中にやっぱり空海も位置づけられるし、現代の一番今のこの一番先端というかに全部が当然内包されてるから、88カ所もちゃんと残ってるしとか、いろんな痕跡が全部あれだよね。

時系列関わりなく一応並列して残ってるから、その上に乗っかって生きてるってことですもんね。

話者2:本当に。

話者1:なんかそういうのがやっぱりトラちゃんと話したから描けたらいいなととりあえず思うし、その実態というのかな。

そのすごいヒントというか鍵になるようなことをだいぶ話していただいたような気はしてる。

話者2:とりあえず散りばめた感じはしますね。

話者1:もう一個だけ僕、藍商人と廻船業の話したかしなかったか確認したくて、藍商人が全国の港港に行って肥料と交換したりとか商売してた話はしたんですけど、その時に話し忘れたかなと思うんですけど、藍商人は帯刀してて刀を。

それも海部刀を帯刀してたケースが多いらしいんですよ。

自分たちが。

あんまり戦もないし、日本刀っていう実戦とは重要なかった時代なんですけど、江戸時代の藍商人が活躍した時代って。

刀って武士じゃなくても持てたんですか?

話者2:持てたらしいんですよ。

それが。

話者1:特別なのかなんだろうね。

その海部刀の特徴の一つに海部刀拵えっていうのがあって、美術品として身分を証明する役割があったらしいんですよ。

海部刀拵えっていうのは色んな工芸が交わる、漆塗りとか色んな細工が職人が寄ってたかって一つの美術品としての刀を作るみたいな。

それを持ってることがどこ行っても海部刀を持ってたら寝るとこ食べるものに困らないって言われる。

それぐらい海部刀が権力の象徴的な感じで美術品としても評価が高くて、住吉とか色んな地域行ってますけど、僕が確認できたのは一箇所だけなんですけど、熊本の天草に江戸時代に海部刀の阿波の藍商人の鈴屋小財門って人が毎年天草を仕切ってた藍商人がいて、その人が鈴屋小財門が天草に行った時に現地の一宮大事な神社の諏訪神社っていうのがあって、今もあるんですけど、その諏訪神社の偶事に海部刀を贈答してるんですよ。

要は重要な取引先の有効の証として、主な取引先に自分たちが贈り物する時に海部刀を送るケースがあったらしくて、それが牛深っていう今も九州天草一番最南端、海洋寺みたいなところなんですけど、熊本では一番平吉な土地なんですけど、その牛深の博物館に江戸時代に阿波の藍商人から送られた海部刀っていうのが今も展示されてて、それたまたま僕見つけたんですけど、それも徳島県南と吉野川那賀川流域をつなぐ一つのストーリーとかキーワードなんで、今ちょっと伝えとかないと。

話者2:確かにすごいね、そういう。

ずっとでも受け継がれてきたから江戸時代になってからもあれなのかね。

話者1:江戸時代以前は戦国時代は実戦棟として、蜂須賀氏以前の人たち、海部刀っていうのは実戦棟として生産されてたんだけど、江戸時代に入ってから美術品としての。

話者2:美術品としてだから、武士としての意味合いがまた別なんだろうね、棟は。

話者1:海部刀拵えっていうのがすごい四国の中で、四国や近畿では結構有名だったみたいです。

他の地域にも送られてるのは噂では聞いたことあるけど、実際実物見たことないんで、僕が確認できてるのは九州だけなんですけど、それも海部刀、阿波藍。

もう一個牛深っていうところは、九州のハイヤブシっていう踊りの発祥地と言われてて、二拍子の音と踊りなんだけど、ハイヤブシっていうのはやっぱり若杉山っていう丹生の産地のすぐそばなんで、那賀川流域。

そういうのもあるんで、阿波の藍商人たちがハイヤブシを徳島に持ち帰って、それが今の阿波踊りの二拍子の原型になってるっていう。

話者2:そんな面白いね。

話者1:ハイヤっていうのは南風っていう意味で現地の言葉で、これは藍商人だけじゃなくて、天草の牛深って港町でも沖縄とか天海地方とか琉球地方とか他の地域からもいっぱい商船がやってくる場所で、南風に乗って南からやってくる人たちが持ってきたオンドというか二拍子なんですけど、ハイヤブシの源流はさらに沖縄のカチャーシーって言われてて。

話者2:それがさらに伝わってみたいな話?

話者1:それがハイヤがどんどん伝わって、青森県のアイヤとかもそうだし、全国いくつかに。

おそらく阿波の藍商人であり、他の商人たちが伝えてるけど、特に阿波の藍商人は天草の牛深にかなりの力を持ってたんで、阿波の藍商人によってハイヤも全国に伝播したんじゃないかっていう説があるんですよ。

話者2:そうかもね、そうかもね。

面白いね。

話者1:ついでに言うと、天草には日本一最大の恵比寿像とかがあって、恵比寿信

話者1:もうちょっと広いエリアでね、あちらとか、いろいろそういうような話なのかなとかって。

一旦なんか使えるかわかんないけど、情報として収めておいていただいて。

最後ね、この話のオチというか、ケツのところになるんですけど、どうでもいい話なんですけど、僕いろんなキーワード話してきたじゃないですか。

僕が地域とか文化とか関わってきた自分の外の世界を探求していった。

僕が関わってた自分の外の関わる世界の歴史とか紐解いていった上でいろんな土地の名前が出てきたりしたじゃないですか。

僕個人の話なんですけど、長原力のルーツが実は全部繋がってて。

僕のお母さんは西成出身で、西成には今宮エビスさんが近郷さんもあるし、僕母子家庭だったんで大阪預けられてる時は東海エビスは今宮エビス行く。

エビス町のすぐそばなんですけど西成行って。

正月は住吉大社なんですよ。

僕は幼少期から中学校までは正月は住吉さんで初詣やったんですよ。

あと僕の父親は天ヶ崎ってところ出身なんだけども、お父さんのおじいちゃんは香川県の善通寺出身なんですよ。

僕の幼少期は本籍地は香川県善通寺市、さぬきの国だったんですよ。

僕のおじいちゃんのお墓とかは半山って言って、和静みようが眠ってるお墓のすぐそばにあって。

父親が小さい時にいなくなって、そういうことを教えてくれる両親じゃなかったから、自分でも親戚のおばちゃんとかに聞いて、探り当ててたどり着いたのが30代、40代、30代後半で初めて父方のお墓参りしたんで。

それも空海とかに縁の近いところに自分とこのルーツの墓があったり、天草も行ったきっかけは自分の母方の先祖が熊本なんですよ。

熊本の宇都ってところで、天草に熊本市から行く途中に宇都を通って天草に入っていくんですけど、そこに轟水源っていう日本最古の浄水道システムが敷かれた宇都っていう町があって、そこを通って天草に行くんですけど、僕、母方のお墓参りも本当大人になって初めて自分でたどり着いて行ったんですけど、自分の先祖参りと自分が関わっている自分以外の個人じゃない周りの先祖参りっていうかルーツが全部繋がっていくんですよ。

これどうでもいい話なんだけど、だから繋がってるなっていうのが、それって執念でそうやって自分が意識して繋げていったのかもしれないけど、たまたまなのかもしれないけど、なんか不思議と自分は自然とか先祖崇拝っていうのを大事にしてて、これ個人もそうだけど自分が関わるもののルーツっていうのも大事にしてて、未来も同様に環境問題とか未来を見据えてのことなんですけど、そういう意識で動いてると結果的に自分のことも周りのことも全部一緒で繋がってるやんみたいなことが40歳になって急速にまたそれがどんどん繋がっていく。

これは本当僕の長原力という一個人の勝手な人生の勝手なシンクロなんですけど、そういう個人ことその探の未来も過去も結局一緒なんやでみたいなところが、俺は伝えられたらいいなと思うし、なんかその辺がこの話の僕のまだまとまってない途中、まだストーリーは途中なんだけども、そんな話を聞いていただいてありがとうございましたみたいな感じでしょうか。

話者2:いやいやいや、それは個人的なっていう話にとどまらない意味合いを感じたけどね。

全員がこういうのやってみて、本当だみたいになったら面白いですよね。

これよくちょっとスピリチュアルに言えば先祖の導きみたいなのが無意識のうちにあって、本人の潜在意識では全然自覚はしてないけど、結果的にその関係ある場所に自分繋がっていって、そこが自分の関心ある領域の大事な場所だったりとかみたいなこととかは決して偶然ではないだろうみたいな。

それはそういう言い方でも全然ありかなみたいな。

話者1:意識したから余計そういう風になっていったんだと思うんですけど、最初から測ってはそんな理屈でそうやって繋げていったわけじゃないところで、後でいろいろ分かったことも多いだろうし。

そういう人にはそういうとこあると思うしね。

昔の人ほどそういう感覚で感じながら関わりながら生きてきたみたいなね。

そんなロジックばっかりで当然生きてないだろうしみたいな。

豊かな気持ちになれるじゃないですか。

話者2:面白いっていうか、それは単純に社会の歴史勉強するのつまんなかったけど、こういう見方したら面白いみたいな。

話者1:確かに。

あとさ、社会の学校の歴史はやっぱり日本史とかさ、節解史とかだけどさ、郷土の歴史はまた別みたいなね。

でも全部レイヤーが違うだけで連動してるっていう見方にした方が明らかに実態に合ってるし、いわゆる郷土愛だって育まれるしさ、そういう捉え方にして学んでった方が楽しそうな気がするなっていう気も今日とか、ずっとデッキ子の話聞きながら感じたかもしれないね。

社会も日本の歴史を勉強させられるけど、世界史とか自分の地元の情報歴史って全然出てこないじゃないですか。

そういう情報の学校の授業でやるっていうよりは、自分史も含めてそういったことも探求していくことが、結果自分のためであって自分の地域であったりとか関わってる産業のいい未来にも繋がるみたいなことを、お医者さんとしても言ってくれるととてもありがたいっていうか、僕とかがあいつもわけわかんないっていつも言ってて、何やってるかわかんないって思われてるよりも、彼みたいな人がそうやって言ってくれたら、これで海陽町の歴史に興味持つ人も増えるだろうし、そこは本当に国永先生にかかってるっていうのは、今日の最後の歴史の話も含めて、国永先生にすごい期待してるとこが僕個人的にもありますね。

ちょっと国永先生ともまた少しいろいろ話をしてみたいというか、彼の個人史もちょっと聞いてみたい思いもあるんですね。

それも参考に。

あとごめんね、手短でもいいんだけど、縄文時代もあるし、海陽町のキーパーソンたちをいくつか集めて、居心地がいい街令和バージョン。なぜこの街は居心地がいいのかっていうのを何人かのプレイヤーを集めて話し集めて必殺の方にまとめるとかっては面白いかもしれないですね。

それをそこまでやっておきたい感じですね。

国永先生とか特に僕の周りで言ったら一番面白そうだし、何かしらまこりんさんのパワーを海陽町ともダイレクトにつながったらいいなと思うんで。

海陽町思った以上に面白いと思ってたので。

国永先生とか特に僕の周りで言ったら一番面白そうだし、何かしらまこりんさんのパワーを海陽町ともダイレクトにつながったらいいなと思うんで。

話者2:国永先生

話者1:四国最高であり曹洞宗っていう日本の大きな全州組織に中心で関わられている人の苦悩とか大変さ。

それが僕らも近くで付き合いが深まれば深まるほどそういうことを僕らにも伝わることもあるし、それがたまに本当に投げ出したくなるような時もあるんですよ、実際。

でもそれも毎回勉強やなと思って。

僕は何も無知で落ち度があって、やらかしてしまうっていうか迷惑かけたりとかね、そういうことによって問題が起きる時もあるし、そういうのも経て、最近はあんまり僕はそういうことしなくなったけど、そういうのも勉強で、僕は坊さんにはなれないけど、ならないし、仏教っていう世界をちょっと片足突っ込んで、片足も突っ込めないけど、まあまあ、なんか人並み、普通の一般の人よりは仏教という世界に触れさせてもらう機会を与えてくれてる人ですね。

総代っていうの?

話者2:総代、はい。

話者1:神社のやつも総代って言うんだっけ?

話者2:神社も総代ですね。

話者1:どういう立場っていうか、総代っていうのは何?

話者2:神社とか寺の地元で、宇治子とか団家とかっています。

浄土満寺の場合団家がいない、団家を取らない寺なんで団家はいないんですけど、寺とか神社があるエリア地区の、そこを坊さんが寺の場合、坊さん、神社の場合は神職、神主さんの人たちが基本は守るんですけど、それだけじゃ、神社とか寺って公共のある意味、開けた土地のみんなのための場所でもあるんで、それを神社の人、寺の人だけでは守れない部分を地域の住民の代表者が総代として。

話者1:代表者?

話者2:地域の代表者。

寺神社の支援をする、みんなで支援するんだけど、その中でも地域の住民の代表の何人かが総代として、寺住職、総代、神社。

話者1:お寺も神社も両方力くんが総代としてやっていて。

でもお寺の方が厳しい感じがあるっていうか。

話者2:お寺の方がやっぱり日本神道って結構知恵っていうか内容も結構、欲とか、権の欲、男女の話とか。

結構その人間のそのまんまみたいな。

話者1:応用だね。

話者2:あるじゃないですか。

話者1:あるある。

自然やおよろずとか、自然すごいとかっていうところでもあるがまま。

話者2:本年。

日本の神社、今の日本の神社町か。

きっちり属してるところの神社のビジネスもしっかり回ってるとかだと、それはルールとか縛りめっちゃあると思うんですけど、轟神社みたいにもう壁地で。

何かと関わってるけど、ある種それが行き届いてない。

組織の力が届いてない、末端の。

ある意味で自由なんですよね。

だから僕らみたいな若い総代が入って、祭り回したり、いろんな人呼んでくるとか、本当だったら地域の人じゃないとダメなところ、おじいちゃんたちが、もういいんちゃうかみたいな。

僕らがもうなすがままに人が、だから人めっちゃ集まったんですよね。

自由度があったから人が集まった。

それによって集まりすぎて今、人が集まりすぎることによるいろんな問題とか圧力で逆に今大変、ここ数年は苦しんでるというか、いろんな問題に直面してるんですけど、そういう轟神社の動きがありつつ、片谷城満寺での方では、僕らはもう、轟神社ってやっぱり曹洞宗の中でも四国最高で、日本でも次番目に古い。

曹洞宗の本山からしても重要なとこっていう位置づけというか認識されて、だから先代、先々代、何代か、小山湖谷さんの先代、三代、四代前の住職さんたちがずっと続けて復興活動を続けてきて、本山をちゃんと巻き込んで、本堂もあるし、福院もあるし、総道もあるし、今もう敷地がもう完全に起こしてるじゃないですか。

やっぱそれだけも人のお金も人も集まって、あの場所が今保たれてるってことは、それだけの人が関わってることになるし、それだけ小谷さんはそこを任されてるけども、やっぱそれだけの目が気にしないといけない立場だし、やっぱ轟神社は片谷もうほんとボロボロで、なんかそこを一生懸命お金集めたりやったりしてるけど、城満寺は城満寺、轟神社でまた全然違う状況なんですよね。

かつ仏教と神道の違いみたいなところで、やっぱその仏教ってやっぱ苦行したりとか、戒律があったりとか、結構厳しいイメージがあって、いろんな理由でやっぱ城満寺さんと関わらせてもらうっていうのは、それなりな学びがあるっていうか、いろいろ。

話者2:そうかそうか。

話者1:僕はだから轟神社だけずっとやりとりしてたら、今みたいな感じなかったと思う。

やっぱ城満寺さんとのこの10年、数年の付き合いが、自分の今長原歴の人格形成に影響してると思います。

話者2:そっか。

話者1:一人神仏集合だと思ってます、僕。

話者2:そうね。

日本人と代表してるような感じの。

話者1:そっか。

なるほど、分かりました。

話者2:そうだよね。

そこに関わる以上は守らなきゃいけないこととかもあったりとか、そういうようなことですよね、きっと。

話者1:最近僕が何者なのか分かんないけど、なんとなくお坊さんとか神主さんにも近いのかもって自分が。

ではないんだけども、なんか言い方があれですけど、神主さんとかもノリと唱えてたらお金もらえるじゃないですか。

で、よく分からないじゃないですか、みんな。

でもお金払ってるじゃないですか。

そういう何か大事なことだけ、何なのかよく分からないけど、何か大事なもの。

みんなお参りしたりとか、ありがたいと思って。

なんか意識高い人とか知識経験豊富な人はちゃんとオフセもしたりとか、活動したり、そういうのするんだけど、僕はお坊さんにも神主にもなれないんだけども、そういう要素も自分の中にちょっと少なからずあるなみたいな。

オフセじゃないんだけど長原歴に何かとりあえずどうにもせなきゃみたいなたまに助け舟が現れるのは、お坊さん、寺とか神社に何かしなきゃみたいな感覚になる人がたまにいるんじゃないかな。

話者2:まあそういう人もある意味ではある。

話者1:これは一応保管しておいてもらえたらありがたいなと思うんですけど。

何かね、海陽町なのか阿波の国なのか、ちょっと違うレイヤーで、栗原さんの話とかもそうだけど、何だろうな、多分100%四国路に重ならない気もしてて。

それが本当に本日なるのかとかそういうのは置いといても、一回何か整えたい。

それが何に使えるかどうかはとりあえず追って考えるというか。

それをそこまでやっておきたい感じですね。

国永先生とか特に僕の周りで言ったら一番面白そうだし、何かしらまこりんさんのパワーを海陽町ともダイレクトにつながったらいいなと思うんで。

海陽町思った以上に面白いと思ってたので。

話者2:国永先生

話者1:心地がいい街令和バージョンみたいなやつを作れたら、それは興味、大衆が興味を持ってくれるっていうのは間違いないと思う。

話者2:そうだね。
海陽町で出す意味もあるって感じですよね。

話者1:あるです。
自然というか。
ここはちょっとね、形にするならそのテーマだなみたいな感じがするんで、ちょっと頭の中入れといていただいて。

話者2:ちょっと面白そう。
入りやすい入り口にして、あまり間に合わなすぎないとこの中入ったら少しそういうものも見えるっていうのはありかもしれないし、そこはいろいろ考えられるから。
ちょっと今時の感じでやってコアに近づくっていうのはできる気がするんでね。

話者1:面白そう。
ちょっと頭入れ。
あの縄文時代もあるし、海陽町のキーパーソンたちをいくつか集めて、居心地がいい街令和バージョン。
なぜこの街は居心地がいいのかっていうのを何人かのプレイヤーを集めて話し集めて必殺の方にまとめるとかっては面白いかもしれないですね。
高谷さんと国永先生とかも全国に出れる準備ができてる人っていうので。

話者2:そうだね。
そう。
できるよ。
これプロデューサーします。

話者1:心強いな。
葉山で30人でやってるんで。
葉山の何もなかった時からやって3年もかかっちゃったんだけど、最後のところでアノミが入ってくれて解析ができた。
データもちゃんと出せて。
あれも別に本にするときに逆に30人多すぎて雑音にはならないから、そんなウェブに公開して1回一覧録したんだけど、だからそのノウハウはあるから、そんな3年もかかってじゃなくて、別に早ければいいってもんじゃないけど、全然、むしろそれはできるっていうかね。
海陽町が一応居心地がいい町が出た後に、ちゃんと自殺率が低いことに対してやってくる対外的な、よそからやってきたりする人たちの窓口が海陽町の役場内にあるんですよ。
そこは居心地がいい町福祉課なんですけど、全然担当課まであるにもかかわらず全然こういってなくて、町長とかに言って予算出してもらって、できる気がするし、やるべきやと思うので。

話者2:いいね。
うちもね、葉山町もね、僕らの活動と関わりなく、五カ年計画っていうのを町が政策活動をやってて、それは五カ年計画っていう16年計画、2040年に向けての葉山の在り方みたいなものを何年もかけてやってて、調査報告も出してるのがあって、僕らの出したレポートとほとんど一緒だったんですよ、結論が。
だから言ってもしょうがないけど、一緒にやってたらもっとよかったみたいなね。
だからお互いが暗中模索で苦労して作ってみて、全然違うアプローチでね。
ほとんど結局実態、結構重なってるっていうのが見えてきたからさ。
だからそういうものにも結構神話性があるというか、岐阜県の飛騨市でも一冊本作ってて、それも2年ぐらいかけてまとめてるんで、市長も著者の一人なんで、意外と実績あるな。
高山とか。

話者1:高山になって飛騨市。

話者2:飛騨市がいろいろとまた面白いというか、人口減少が日本最速みたいなとこだったんだけど、今の市長が今3期目なんだけど、なった時から結構空気が変わってきていてね。
その背景、空気変わったっていうのは実態どういうことなんだっていうのを研究者も入れて交えて、それを一回書籍にしたいってところでうちが手伝ったっていう。
だからそれもいろいろ結論というか見えてきたものがあってさ。
うちが三尾内先生でも一冊本作るのは面白いかもしれない。
町長は別として、もう一人は三尾内先生っていう小学校の先生がいて、めちゃめちゃヤバい人がいるんですよ。
セガで元々勤めてた、セガのソニック・ザ・ヘッジホッグの開発者。
昨日その先生の講演があってね、それまた劇なんですけど、ムーンウォークをセガのゲームでマイケル・ジャクソンのムーンウォークをちゃんと記録というか撮影して、ゲームに落とし込むみたいなミッションがあって、マイケル・ジャクソンに会いに行ってるんですよ、その先生。
アメリカまで。
会ってマイケルと一緒に仕事してるんですよ。
セガもそうだね。
結構何にも言わないんだけど、20代に相当技術者としてセガでグローバルな仕事して、30歳ぐらいで帰ってきて、普通に地元の教員になって、地元でIT教育をもう十何年前からタブレットとかが出たすぐから、地元の仮想地の本当10人とかしかいないような小学校で、全員にタブレットを普及して、それを全部自分で業者入れずに、自分で全部設定して、で学校で全部みんなが使えるように、よくわかんないけど、全部自分で業者に頼んだら、1000万とかそういうわかんないかかるやつを全部一人でやって、そのIT教育も10年以上やってるっていう、ただものじゃない先生が誰にも何も知られずに。

話者1:かっこいいですね。
からっとマイケル・ジャクソンと仕事してるっていうのは、俺何年も付き合えるけど、昨日初めて知って、引き出しだらけやんみたいな。

話者2:自分からそう言わないんだね。

話者1:言わないんですよね。
セガの話もほとんどしないし、かっこいいな。
でも地元に帰ってきて、ひたすらに共同愛。
地元の子どもたちに持ち得るノウハウをおしげもなくとりあえず、ビジネスじゃないみたいな。
あの先生とかも本にもなってないし、教育、仏教、お祭り、一時水産業、医療、結構プレイヤーいるから、そこと行政の町長、三浦町長はこれといって、俗っぽい人なんで。
町長自身のこれっていう尖ったとこあんまない。
それが町長の魅力というか、強みでもあるんだけども、とはいえ海南病院の国長先生とかも、巻き込み呼び込みは町長の実績なんで、そう、教育、教育も町長すごい力入れてるんで、やっぱその海南病院とIT教育は、町長の実績でもあるんで、そこ二つ特にね、書籍化するかメディアにするのは、多分町長としてはやりたいはずだし。

話者2:いくつぐらいの人ですか?

話者1:町長52ぐらい。
若いまだね。
水内先生は60前、59。
高谷さん47、国長先生46みたいな。
あとは僕の柿養殖の子は43かな。
僕と一緒に轟神社の早大やってる。
うち今上場目指して今もうすごい頑張ってる。
あれも今全国区なんで。
すごい人材が集まってるというか。
そういうチームで、もしかしたら本作るっていうのを、いろんなネタをアンテナ張っておくんで。

話者2:そうだね。
はい、またよろしくお願いします。

話者1:よろしくお願いします。
本作る楽しいよ、大変かもしれないけど。
僕はウェブと紙と両方やったら絶対。
町長にちょっと消しかけときます。

話者2:わかりました。
思わぬ展開で。
一応1週間アーチで。

話者1:ありがとうございます。

話者2:ありがとうございます。
また連絡入れますんで。