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「向こうが木の塊ならこちらは肉の塊」—— 城満寺・田村航也住職の仏像論

日付: 2019年9月30日(掲載)
参加者: 田村航也(城満寺 5代目住職)/ インタビュー:吉田沙織(よしだ造佛所)
キーワード: 城満寺、海陽町、田村航也、仏像、禅、曹洞宗、礼拝、心を込める、東京大学インド哲学、四国最古の禅道場
出典: 彼岸寺(higan.net)よしだ造佛所
参照URL: https://higan.net/zoubutsujo/2019/09/koya-part1/


木の塊に礼拝する意味 ——「向こうが木の塊ならこちらは肉の塊じゃないか」

修行中、彼は疑問を持った。「木の塊に、なぜ礼拝するのか」と。
その疑問が解けたとき、「木像のお釈迦様は息を吹き返した」。

● 概要

徳島県海陽町の曹洞宗真光山城満寺——四国最古の禅道場とされる——の5代目住職・田村航也氏へのインタビュー記事(前編)。仏像制作・修復専門家の吉田沙織が聞き手となり、「仏像とは何か」「礼拝する意味とは何か」という本質的な問いに迫る。

城満寺は永原レキ(れきくん)が総代を務める轟神社と同じ海陽町に位置する。海陽町という土地が、禅・水の神・藍染・エビス信仰といった多層的な精神文化を今も生きた形で保持していることを示す一例。

● 「木の塊への礼拝」という問い

修行初期、田村住職は「なぜ木の塊に礼拝するのか」と疑問を持った。その疑問はある気づきによって解消された——

「向こうが木の塊ならこちらは肉の塊じゃないか」

物質的な優劣(木 vs 肉)という問いの立て方自体が間違っていた。この認識に至ったとき、「木像のお釈迦様は息を吹き返した」——仏像が「もの」から「存在」へと変わった瞬間。

● 「お経をいただく」という姿勢

田村住職の礼拝哲学:

  • お経を「上げる」のではなく「いただく」(受け身的姿勢)
  • 「お釈迦様から本当に聞いている」という認識
  • 修行は「心を込めること」——感情・祈り・敬いを含む全体的な心の献給

導師の所作を目撃し「心を込めることだよ」という教示を受けてから、彼の修行は変わった。

● 田村航也住職について

  • 東京大学文学部インド哲学仏教学科卒業
  • 大本山總持寺(横浜市)で修行
  • 2011年、城満寺5代目住職に就任(28歳前後)
  • 城満寺は「四国最古の禅道場」とされる曹洞宗の古刹

● 城満寺について

徳島県海部郡海陽町に位置する曹洞宗の禅寺。「四国最古の禅道場」という格式を持ち、永原レキが総代を務める轟神社とともに、海陽町の精神文化の核の一つをなしている。

● エッセンス

「礼拝は、対象の"格"への問いではない」
仏像が「木の塊」かどうかは問題でない——礼拝する側が「肉の塊」でいる限り、どちらも等価だ。向き合う姿勢が、物質を存在に変える。これはシンクロシステムの「共鳴」という概念にも通じる。

「海陽町の精神的地層」
禅の古道場・城満寺、水の神・轟神社、藍染・エビス信仰——海陽町という小さな土地が、日本の精神文化の多層的な堆積を今も保持している。

● コア

なぜ木の塊に礼拝するのか
修行の若者は問い続けた

向こうが木の塊なら
こちらは肉の塊じゃないか

その瞬間
木像は息を吹き返した

仏像はものではなくなった
礼拝は行為ではなくなった

心を込めることだよ
と誰かが言った


一言でまとめると:「木の塊への礼拝」という問いは、「向こうが木ならこちらは肉」という気づきで解消され——礼拝とは対象への批評ではなく、心を込めることそのものだという認識に至る

● 登場人物

  • 田村航也(たむら こうや):城満寺5代目住職。東京大学インド哲学仏教学科卒。2011年就任。
  • 吉田沙織:インタビュアー。よしだ造佛所運営。仏像制作・修復専門家。
  • 故・奈良康明先生:永平寺西堂。田村住職と吉田氏の引き合わせ役。

● 関連

  • id:009 永原レキ(れきくん):同じ海陽町に根ざすアーティスト
  • 轟神社(海陽町):レキくんが総代、id:009 ネットワーク(reki-09参照)