旧保育所を改修した阿波木偶の資料館。「個人収蔵とは思えないほどの大量の木偶」を保有し、来訪者は圧倒される。撮影不可。
この保育所自体の歴史も深い——同和対策事業開始前に、「働く親の代わりに子どもを預かる」という地域の強い願いから作られた。現代の保育所の原点がここにある。
近隣には、木偶が流された飯尾川、吉野川の洪水レベルを示す高地蔵、幼い子どもが溺死した用水(保育所建設の遠因)など、土地の記憶が重なる。