
「いずれアレルギーという病態がどんなものか、完全に把握できる時代になるでしょう」
斎藤博久②
アレルギー発症のメカニズム解明に最前線で取り組む、国立成育医療研究センター・斎藤博久先生のインタビュー。全3回シリーズの第2回です。
■アレルゲンを遠ざけても食物アレルギーは防げない?
ええ、それはそうですね。社会が清潔になり、衛生環境が改善されたことで、感染症は減りましたが、アレルギーは増えていますから。ただ、アレルギーの増加に関しては、アレルギーを起こしやすい食べ物を子どもに食べさせなくなったことも関係していると思います。特にアメリカなどでは、ピーナッツを食べさせないようにしたことで、ピーナッツアレルギーが逆に3倍に増えていますから。
一度アレルギーにかかってしまったら食べるのは控えなくてはなりませんが、最初に感作する場所は腸ではないわけです。
だから難しいところもあるんですが、そうしたナーバスな部分がアレルギー増加に拍車をかけた面もあるかもしれません。実際は、ちゃんと食べさせたほうが免疫寛容が働き、かえってアレルギーが防ぎやすくなるわけですから。
エンドトキシンはアトピー性皮膚炎とは関係ないと思いますが、清潔志向が問題になるという点は共通しているでしょうね。まあ、清潔ということには変わりないのですが、アトピー性皮膚炎はほこりの問題ではなく、洗いすぎて皮の脂分を奪い取ってしまうのがいけないんじゃないかと思います。
それはその通りですよ。皮膚に関して言えば、脂を取りすぎてしまうと皮膚全体が乾燥してガビガビになって細胞が壊れてしまうので、樹状細胞が突起を出し、アレルギー反応が加速してしまうという流れになります。
気道の場合は、自然な状態だとアレルゲンがどんどん入り込む。そこに微量なエンドトキシンが出てくると、あたかも保��剤を塗っているようにA20が出てきてくれて、バリア機能を補強してくれる。その結果、ぜんそくが防がれるわけです。気管支ぜんそくの場合は「清潔さ=エンドトキシン」、アトピー性皮膚炎の場合は「清潔さ=洗いすぎ」と考えればいいでしょう。
それはないと思うんですけどね。体質が変わったのではなくて生活習慣でしょう。いまは赤ちゃんを、一日一回綺麗に洗っていますよね。昔も沐浴はやっていたけれど、水やお湯くらいでしょう。その違いはあるかもしれません。
そうなると、今度は皮膚病が増えてしまうかもしれないので、その意味では綺麗に洗って必ず保湿剤で脂分を補うようにすれば問題はないわけです。
ただ、清潔にしたほうが赤ちゃん死なないですみますよね。
だから、清潔になるのはいいことなんだけれども、それをそのままにしておくとアレルギーがどんどん増えてしまうので、増えないようなことをしたほうがいい。たとえば保湿剤で補うとか、そういう話になってくるわけです。
■見直したい「ステロイドへの拒絶反応」
そうですね。90年代の後半の頃のことなんですが、「ステロイドが怖い」というニュースが広がって、赤ちゃんに全然使用しなくなった。それで湿疹がひどくなった子どもが結構多かったんですね。最近は普通に使うようになりましたけど。
かなりステレオタイプですけど、そういう傾向もあったかもしれません。「ステロイドは悪である」ということをいう人が多かったのは事実ですから。
私が国立小児病院(現・国立成育医療研究センター病院)から国立相模原病院の小児科の医長に就任したのが94年1月なんですが、その年の5月ぐらいでしたかね、キャスターの方が「ニュースステーション」で「ステロイド薬は悪魔の薬です」って言ってしまったんですよ。それがすごくセンセーショナルな話題になって、ステロイド剤を塗っていた(アトピー性皮膚炎の)患者さんが一斉にやめてしまったんです。
皆さん、悪化しちゃって。私のいた病院もアレルギー専門だから、たくさんの方が押しかけてきました。初診の患者さんだけで一日10人くらい診ましたし、1週間で3百人くらいの患者さんを診察して……かなり大変だったんですけどね。
そうしたこともあって、アトピー性皮膚炎の赤ちゃんが一時期バッと増えているのですが、最近ではまた少しずつ減ってきています。ステロイド剤に対する拒絶反応も少なくなりましたし、保湿が大事だということも浸透してきましたから。
文明の恩恵というか、清潔にするためにいろいろなものを使っているのに、一方で「薬だから嫌だ」と言ってステロイドを使わないとか、あるいは、保湿剤も使わずに石けんでゴシゴシ洗うとか、片手落ちみたいなところはあると思いますね。
そもそも自然の環境では私たち暮らせませんし、実際に暮らしているわけではありません。そんな環境に放り込まれたら、大部分の人が死んじゃうわけだから。
私たちに人工的に生かされているわけです。にもかかわらず、人工的なものを悪だと見なして拒絶すると、アレルギーが現れてしまう。
「自然に帰れ」というのは無理なんです。それでは乳児死亡率が何倍も何百倍も増えてしまいますから、健康でいられるはずはありません。(「自然に帰る」ということは)そういうことを意味するんだと知らないとね。
■2016年は「IgE抗体」発見50年の節目
50年目だから研究を変えようということはありませんが、数年前に自然リンパ球(ヘルパーT細胞)が発見され、重篤なぜんそくの発症に特に大きな役割を果たしていることがその後の大規模研究でわかってきました。IgE抗体を介したメカニズムもかなり明らかになってきていますが、その一方で、自然リンパ球の働きによってIgE抗体を介さずに炎症が起こることもだんだんとわかってきたわけです。
それまでは重篤なぜんそくもすべてIgE抗体で説明しようとしていたんですけど、それではやはり無理であったということです。
課題はいろいろとあると思いますが、自然免疫の領域について、これからもっと研究しないといけないでしょうね。非常に重要であることはわかったんですが、ほとんどマウスによる治験ですから、ヒトでも重要だということはこれから明らかにしていく必要があります。ヒトとマウスで結構違う部分がありますから。
まあ、IgE抗体が発見されて50年足らずで、IgE抗体を介したメカニズムが解明されて、大部分のアレルギー疾患の病態の説明がつくようになっているんですけど、どうもそれでは合わない部分があったわけですね。
ええ、いずれアレルギーという病態がどんなものなのか、完全に把握できるようになるでしょう。大規模研究で網羅的に調べていくなかで、たとえばぜんそくに関しては、インターロイキン33(IL-33)のようなサイトカインであるとか、それに刺激される自然リンパ球が重要であることが様々なアングルから繰り返し出てきていますから、おそらくそれ以上に重要なものは出てこないんじゃないかと思うんですね。
ええ、大部分は見えるはずですよ。これだけ網羅的にやって調べているわけですから。その意味では、IgE抗体に次ぐ大きな発見がこの数年にあったということですね。
(第3回に続く)
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1952年、埼玉県生まれ。1977年、東京慈恵医科大学卒業。国立相模原病院小児科医長を経て、1996年より国立成育医療センター研究所・免疫アレルギー研究部部長、2010年より同センター副研究所長。2013年より日本アレルギー学会理事長。東京慈恵医科大学、東邦大学、東北大学などの小児科客員教授を兼任。米国アレルギー学会評議員、同学会雑誌編集委員、日本小児アレルギー学会理事なども務める。著書に『アレルギーはなぜ起こるか』(講談社ブルーバックス)、『Middleton’s Allergy 第8版』(分担)など。
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斎藤博久 Hirohisa Saito
国立成育医療研究センター研究所・副所長。アレルギー疾患の発症メカニズム解明において最先端の研究を牽引し、皮膚などのバリア機能とアレルギーの関係を明らかにするなど、新たな治療アプローチを提唱している。