
「生物の大型化、多細胞化には『抑制系の進化』が関わっています」
高木由臣①
生命の根本原理である「死」と「性」の起源を探究し続ける進化生物学者・高木由臣先生のインタビュー。全2回シリーズの第1回です。
生物は、細胞分裂するだけのバクテリアのような生き物と、たくさんの細胞から成り立ち、有性生殖をして子孫を残す大型生物に大きく分けられます。
前者は原核生物、後者は真核生物と呼ばれますが、存在のしかたがまったく違っています。
真核生物の末裔である僕たちからすれば当たり前の……時間とともに老いて死ぬこと。寿命があること。オスとメスが出会って子孫を残すこと。
目に見えない小さな生き物たちは、こうした時間軸によって成り立つ世界とはかけ離れた場所で繁栄をつづけ、僕たちの生存に様々な影響を与えてきました。
時間のない世界と時間のある世界が重なり合い、たがいに影響を与えながら存在しているこの世界の不思議なありようを、どう解いたらいいのか?
時間とは? 寿命とは? 生殖とは?
不死でないことの証明
寿命の研究というのは、本当に大変なんですよ。1954年に、T・M・ソネボーンがオートガミーを発見することで、不死だと思われてきたゾウリムシにも分裂限界があることが明らかになったのですが、別種のゾウリムシでは寿命はないという論文があって……。
そう。私が奈良女子大の助教授として赴任した時、研究室に入ってきた学生の一人が、その論文の追試をしたいと希望してきたんです。
彼女の希望を受け入れ、実験を始めたのはよかったのですが、結局、そのゾウリムシにも寿命があることを確かめ、論文にして発表するまで4年の歳月がかかりました。
ええ。ですから私は、ヘイフリック限界ではなく、「ソネボーン限界」と呼ばれるべきだと、つねづね思ってきました。
三宅さんが関わっていたのは、オートガミーではなく、先ほどお話しした同系交配です。
通常、ゾウリムシは異性どうしが出会わなければ接合しませんが、彼は大学の助手時代、一方の集団を塩化カリウム溶液(KCl)に浸すだけでクローン内接合を誘導できるという大発見をして、ソネボーンさんを驚かせたのです。
じつはこれ、酸で処理すれば分化した細胞が万能性細胞に初期化できるというSTAP細胞の話と同じなんです。塩化カリウムによってゾウリムシの同性どうしの接合が起こり初期化されるということは、若返るということですから。
だから、例の論文が『Nature』に発表された時、私は「これはもう50年以上前にゾウリムシでわかっているんですよ」と興奮しました。世間は酸の処理というあまりに簡単な方法で初期化されることに驚いたわけですが、私は三宅さんの発見が思い浮かんだんですね。 まあ、あんなフェイクな話になるとは思いませんでしたが……。
ありえるんですよ。iPS細胞にしてもそうじゃないですか、百歳以上の老人の細胞でも初期化できるというわけですから。
老人の細胞なんて、それまでのイメージからしたら、老いぼれてダメになった細胞にすぎませんが、そんな細胞も初期化できるということは、抑制されているだけで基本的なところは壊れていないということです。
iPS細胞については、個体発生のプロセスは抑制系なんだということを教えてくれた発見だったと思いますね。
ええ。その意味では、iPS細胞は抑制解除系だと言えるでしょう。
個体発生は老化、死に向かう不可逆的なものですが、通常は有性生殖によって受精卵に回帰できる過程が用意されています。
iPS細胞は、こうした仕組みを部分的に模倣したものだと言ってもいいでしょう。画期的な発見だったことは言うまでもありませんが、受精卵の万能性とは比べるべくもありません。
ガンも長寿も「抑制系の解除」
ええ。ただ、抑制解除ということで言えば、ガン化も当てはまります。抑制した細胞を勝手に解除して暴れ出しているわけですから。iPS細胞がガン化のリスクを抱えているのも、抑制を解除するからだと言えますね。
抑制が解除され、もとの状態に戻るという意味では、そう言っていいでしょう。
そう。そうした抑制システムができているのに、ガン細胞という勝手なやつができて、システムを壊していると(笑)。
生物の寿命というものは、本来、長生きしないよう抑制する遺伝子が働いている状態にあるようなのです。実際、その遺伝子を人為的に壊すことで寿命が延びたという例が、いくつかの生物で報告されています。
ええ。せっかく老死による寿命という抑制システムを獲得したのに……。
だから、私はアンチエイジングには賛同しないわけ(笑)。
進化の産物である老死に、「アンチ」を唱えることに抵抗を覚えるのです。もちろん、寿命の限界まで健康に生きたいという思いを否定するわけではありませんが。
そう、そんな感じです。
般若心経と進化論のつながり
ちょっと難しい質問ですね。まあ、万物の霊長という感じはしませんが……。
進化のレベルというのは、すべての生物が38億年かけたおなじ歴史を持っているわけです。みんな頂点に立っているんですね。
一般にはバクテリアや原生生物が下等であるかのように思われていますが、おなじヒストリーを持って生きているわけです。
ゾウリムシ、バクテリア、ヒトという三者関係のなかで研究してきたからかもしれませんが、私にはそういう思いは不思議とないですね。時間的な距離はみなおなじで、みな共通のオリジンを持っている、おなじオリジンにさかのぼれるという視点が必要でしょう。
私は仏教的な知識がまったくないので、おっしゃるように完全に科学者の視点での「解釈」に過ぎませんが……。
そういう意識はないですねが、般若心経をたどっていくと進化論とおなじようなところに行き着くように感じました。ダーウィンは自らの説を「変化を伴う継承の理論」と呼んでいますが、「すべての生命はつながっている」という基本認識が共通していると思いますね。
中ほどにある「無老死亦無老死尽」という箇所ですね。私自身、老死ということをずっと追ってきましたが、般若心経では「老死なんてない」「死に尽くすことはない」と言っている。
老死は不可避であるという生物学の認識とは矛盾しますが、「老死のない時間的、空間的位相がある」と相対的にとらえると、「不生不滅」(=生まれることがなければ、死ぬこともない)という箇所とも対応することがわかります。
空を仰ぐと青空がある。雲が出ると青空がなく、夜の空にも青空がない。……つまり、青空があるのも事実、ないのも事実、星空があるのも事実、ないのも事実。
この世の現象はあり続けることはありえず、「ある」と「ない」がたえず位相を変えながら存在のしかたを変化させているわけです。
「般若心経と進化論」については私の遊びみたいなもので、本では取り上げられないだろうと思っていたんですが、編集者が最後に入れてくれて嬉しかったですね。
今日は気持ち良く話をさせてもらって、楽しかったですよ。 (おわり)
↓前編はこちらをご覧ください。
1941年、徳島県生まれ。理学博士。専攻は発生遺伝学、細胞生物学。静岡大学卒業。京都大学大学院理学研究科修士課程修了。同博士課程中退後、京都府立医科大学助手・講師。1975年、奈良女子大学助教授に就任、教授、理学部長を経て、2005年定年退職。奈良女子大学名誉教授。ゾウリムシの生活史研究を足場に、生物における寿命や、死の進化的意義、有性生殖の起源などを探求してきた。
著書に、『生物の寿命と細胞の寿命〜ゾウリムシの視点から』(平凡社)、『寿命論〜細胞から「生命」を考える』『有性生殖論〜「性」と「死」はなぜ生まれたのか』(ともにNHK出版)、『生老死の進化〜生物の「寿命」はなぜ生まれたか』(京都大学学術出版会)などがある。
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高木由臣 Yoshiumi Takagi
奈良女子大学名誉教授。専門は細胞生物学、進化生物学。ゾウリムシなどの繊毛虫を用いた研究で知られ、生命の起原、特に「死」や「有性生殖」の起源について独創的なアプローチを続ける。