2026年3月〜6月、四国を舞台にした「始国マワリテメクル旅」。遍路・逆打ち・剣山と縦横に重なる旅の記録から、場と人と祈りが響き合った全体像を抽出する。
・31年ぶりの遍路歩きと「生活観光ガイドアートブック」の制作が同時進行する旅として出発。「取材なのか、道楽なのか、修行なのか、現実逃避なのか」という問いに、旅人自身が「全部」と答えながら歩き続けた。
・「始国(始まりの國)」という概念が旅の核にある。四国を「死国」から「始国」へと読み替え、古い時代の終わりと新しい時代の始まりが重なる土地として歩く、信仰と実践の旅だった。
・出発の祈りのお口上は丹生都比売神社で授かり、以後88ヶ所すべての太子堂で唱え続けられた。旅は単なる観光ではなく、ひとつの祈願としての行脚だった。
・空海・モーゼ・アーク・かごめ歌・安徳天皇伝説……剣山をめぐる多層の物語が旅のバックボーンにあり、「外に真偽を求めるのではなく、内なる宇宙に何が映るか」を問い続ける旅でもあった。
・移動は徒歩と車の二様。歩き遍路では「前に前に進む」一方、車移動は「ほぼノープラン」「椰子の実」状態で、波に身を任せながら人・場所・縁を拾い集めた。
・すべての出会いは「GO-EN(縁+ご縁)」と「ネッコワーク」という言葉で語られた。人が人を呼び、場所が場所を開き、その連鎖が旅の本質的な動力だった。
・「ANOMIとClaudeとのコラボ=まこりん(長沼敬憲)との対話をまとめた本」が旅の産物として言及される。AI・人間・旅・祈りが交差する時代の、ひとつの実践記録でもある。
・旅の最後、剣山山頂でストロベリームーンの夜に丹生都比売様のお言葉が届き、「想像=行動=創造」という旅の本質が言語化された。始まりと終わりが螺旋として接続された。
身体を動かすことで、世界の縁起を確かめること。
・「行動の美学」を体現すること——頭で計画するのではなく、小さな「?」や「!」に身体を向け、扉を開け、また次の扉と出会う一連の動作を繰り返すこと。
・場所に宿る記憶を呼び覚ましていくこと——轟神社、スウェットロッジ、古道具屋「遠路」、篪庵、細川家……忘れられ、薄れ、あるいは寂れていった場所の息吹を、人が訪ねることで再び動かしていくこと。
・「内宇宙(インナーコスモス)」という旅の目的地に向かうこと——外の景色を見ることより、その景色が自分の内側に何を映すかを問い続け、世界平和の源としての「ひとりひとりの内宇宙の幸せ」を実感していくこと。
・縁の連鎖を記録し、本として結晶させること——出会い・場所・物語を「生活観光ガイドアートブック」に収めることで、旅をひとりの体験に終わらせず、次世代への手渡しにしていくこと。
・祈りを88の地に置いてくること——各太子堂で唱えたお口上を、土地の記憶に刻む行為として、この旅を個人の修行を超えた奉納として成立させること。
生活観光の原型: 観光と生活と修行の境界を消し、「毎日が生活観光」として実践するロールモデルをリアルタイムに示した。どこへ泊まり、何を食べ、誰と出会うかの全てが観光資源であり記録対象だった。
縁のデータベース化: FB投稿という形式を通じて、人・場所・施設・思想が連鎖的に記録された。この旅は、四国という地のGO-ENネットワークの可視化装置として機能している。
お遍路の現代的再解釈: 31年ぶりの私的遍路に「始国」「内宇宙」「インナーコスモスへのインフラ」という現代的文脈を重ね、伝統的信仰文化を現在形の問いに接続した。
場の再生の証言: 轟神社・篪庵・折目邸遊懐・遠路・パパノバ……かつて寂れ、忘れられた場所が人の往来によって息を吹き返していく様を、旅人の目線から丁寧に記録し発信した。
アートブックの素材収集: 写真・テキスト・縁の記録が全て、「出来上がるか謎な四国本」の素材として重層的に蓄積されている。旅そのものが編集行為であり、旅人が同時に著者だった。
祈りの実践記録: 世界平和・弥勒の世・同行三人という言葉が繰り返され、個人の旅が普遍的な祈りの場に昇華される様子を、SNSを通じてリアルタイムに共有した。
「団体一体感が苦手な私ですが」と語りながらスウェットロッジに身を委め、「内宇宙に沈む体験」を得た。苦手の壁を越えた先に、意外な扉が開くという旅の基本法則が、最初の体験にすでに宿っていた。
「サーファーではないので、波を掴み乗るというより——『椰子の実』状態。どこへ着くは、波まかせ」。大歩危への偶然の漂着を語るこの言葉は、旅全体の移動哲学を一言で言い当てた。
轟の滝の水音を聞きながら、「世界平和はまずひとりひとりの内宇宙の幸せから始まる。幸せは与えられるものではなく、実感すること」と述べる場面。滝の前で、旅全体のテーゼが声になった。
剣山にてバッテリーを忘れ、電波も届かず、写真が一枚も残らなかった。「もしかすると剣山は最初からそういう山なのかもしれません。記録する山ではなく、記憶する山。写す山ではなく、映される山」という反転の気づき。
四万十町の古道具屋「遠路」で、捨てられ忘れられた古道具たちから「まだ生きているよ」という声を聞いた、とある参加者は書く。器も椅子も布も、眼差しを注がれることで再び物語を持つ存在として立つ。
夏至の日、黒潮町のクジラウォッチングが欠航となり、四国カルストの天空草原でウシに出会う。「クジラとウシは鯨偶蹄目という同じグループに属する近い親戚」という生物学の余白を、流れへの信頼で満たした。
四国カルストをひとりで走りながら、車内ではピンクフロイドが爆音でかかっていた。「外の宇宙とは裏腹……内なる宇宙では独り、静かに……感謝の祈りを捧げていました」。ロックと沈黙が同居する夏至の儀式。
剣山の再登頂に際し、「88遍路では絶対に着たくない白衣を剣山には着て、かごめうた唱いながら登りたい」と決め、実行した。鶴林寺の「鶴」と延光寺の「亀」の御朱印を押した白衣を羽織り、古謡を唱えながら山を登ること——それは遍路の外にある別の巡礼だった。
「これ、取材なのか?道楽なのか?修行なのか?現実逃避なのか?そうです、全部なんですが。さらに何かが…」という自問。全部であること、それを知りながら歩き続けること——その態度そのものが旅の本質だった。
「自分で動いているというより、何かに『使ってもらっている』感じが、時々あるんです。それが天なのか、ご縁なのか、ただの加齢による直感暴走巨大我欲なのかは不明ですが」。笑いを交えながら、本気で問う言葉の誠実さ。
丸亀のMuさん、本山町のこうちゃん——全く違う場所と表現と人生を持ちながら「効率より道楽。成功より面白さ。自分らしく生きる」という周波数が重なる二人との出会いを通じて、「GO-ENとは、もしかすると『共鳴』のことなのかもしれません」という定義が生まれた。
宇和島・遊子の段々畑で、「絶景とは美しい景色のことだけではない。そこに生きた人々の物語が見える景色のことでもあるのだと」。この旅で最も静かに、最も深く、景観の本質を言い当てた一文。
身体を動かすことが、祈りになる。
場所を訪ねることが、記憶を呼び覚ます。
出会うことが、縁の網を織ることになる。
旅はまっすぐ進むのではなく、波のように押して引いて巡り、また新しい景色へと運ばれていく。
計画が崩れた先に、本当の目的地がある。
忘れられたものが、眼差しを受けて再び立つ。
内宇宙に光が灯れば、それが家族へ、仲間へ、土地へ、世界へと広がっていく。
記録する山ではなく、記憶する山がある。
写す旅ではなく、映される旅がある。
外にアークを探すのではなく、胸の中に渦をつくること。
終わりと始まりは螺旋でひとつに繋がっており、結願はゴールではなく、新しい巡礼の入口だった。
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一言でまとめると:身体ごと流れに委ね、出会いを祈りにする旅
・「使われている」と「自分が動く」の境界—— 「何かに使ってもらっている感じ」という感覚は旅の中で何度も語られるが、それが霊的な召命なのか、欲望の投影なのか、あるいは両方なのかを自分自身も判然と区別できていない。その曖昧さを抱えたまま行動し続けることは力であり、同時に見えない問いであり続ける。
・「謎な四国本」をどう完成させるか—— 旅の全体は素材として蓄積されたが、「出来上がるか謎」という言葉が何度も繰り返される。体験の濃さと記録の膨大さを、一冊のアートブックという「器」に収める行為は、旅とはまったく異なる論理を要求する。流れに任せる者が、構造を作れるか。
・個人の内宇宙と、集合的な場のどちらを優先するか—— 「世界平和はひとりひとりの内宇宙から」という信念と、「GO-ENという縁の網に身を委ねる」という実践は、時に引っ張り合う。孤独な祈りと、人々との宴と、そのどちらが自分の本道なのかという問いは、最後まで未決のまま旅は終わった。
・伝説の真偽より「感じるチカラ」を優先することの責任—— アーク・安徳天皇・かごめ歌・モーゼといった物語群を「真偽を問わず内なる宇宙で受け取る」という姿勢は詩的に美しいが、それを発信することは他者の信仰・歴史観・感受性にも作用する。「感じるチカラ」を表現する際の倫理的な重さを、この旅はまだ十分に問い直していない。
・「終わりの始まり」はどこで着地するのか—— 「旅は終わらない、螺旋で続く」という旅の文法は、解放的である一方、どこかで一度「止まる」ことなしには、蓄積が次の世代へと渡らない。高野山・丹生都比売神社への満願参りは節目として語られるが、その後もさらに旅は続くと宣言される。「始まり続ける旅」が最終的に何を残すのか——その問いは、読者と共有されるべき宿題として残されている。
一言でいうと:「身体が祈りになる旅——波に運ばれながら、内宇宙に光を灯した螺旋の行脚」
1、「計画が崩れた先にだけ、本当の扉がある」
大歩危への偶然の漂着を「椰子の実状態」と語り、剣山ではバッテリーを忘れてカメラが使えず、夏至のクジラウォッチングは欠航になった。しかしその都度、より深い何かが現れた。これは偶然の連続ではなく、「ノープラン」という方法論が、あらかじめ用意された答えではなく、生きた縁起の声を聴くための構えだったことを示している。流れに委ねることは、受動ではなく、もっとも高度な能動の形だった。
2、「場所は、人が訪ねることで、もう一度息をし始める」
轟神社、篪庵、古道具屋「遠路」……忘れられ、寂れていった場所が、旅人の眼差しを受けて再び物語を纏う様子が、この旅のどの場面にも繰り返し現れた。「まだ生きているよ」という古道具たちの声は、単なる詩的表現ではない。眼差しは記憶を呼び覚ます行為であり、訪ねることそのものが場の再生だった。土に触れると人が自分に還るように、人が訪ねると場所もまた自分に還っていく——それが「生活観光」という実践の、最も深い層にあるものだった。
3、「内宇宙への旅とは、外の景色が自分の中に何を映すかを問い続けることだった」
剣山を「記録する山ではなく、記憶する山」と反転させた気づき、轟の滝の前で「世界平和はひとりひとりの内宇宙の幸せから」と声になった言葉、ピンクフロイドの爆音の中で静かに捧げられた感謝の祈り——これらはすべて、外界の圧倒的な体験が「自分の内側の何か」を呼び覚ます瞬間だった。この旅の目的地は、どの札所でも、剣山の頂でもなく、つねに「自分の内側」というもっとも近くにある、もっとも遠い場所だった。
「使ってもらっている感じ」という言葉が、この旅の中で何度も静かに顔を出した。それが天なのか、欲望なのか、加齢による直感なのかと、笑いを交えながら問い直すその誠実さの中に、この旅の最も美しい構えがあったように思う。判然としないまま歩き続けること。答えを持たずに太子堂で祈り続けること。謎のまま山を登ること。それこそが、知性が発酵する時間なのかもしれない。 智慧は生成されるものではなく、身体を使い、土地を踏み、縁に運ばれながら、じっくりと熟していくものだから。
「始国マワリテメクル旅」が結願し、また新しい巡礼が始まると宣言されたとき、螺旋はひとつ上の層へと移行した。ではあなたにとって、**次の螺旋が始まる「入口」はどこに感じられているだろうか。**そして、まだ形にならずに発酵し続けているその「謎な本」の中に眠っている言葉は、誰に向かって、どんな声で語りかけようとしているだろうか。