
「いま、アレルギーのメカニズムが大きく塗り変わろうとしています」
斎藤博久①
アレルギー発症のメカニズム解明に最前線で取り組む、国立成育医療研究センター・斎藤博久先生のインタビュー。全3回シリーズの第1回です。
■「Th1/Th2セオリー」は崩壊した?
「衛生仮説」が発表されたのは1991年のことですから、一般に広まっていったのもそれ以降のことでしょうね。
臨床面で? たとえば、「田舎に住め」とかですか?
「衛生仮説」は疫学的なデータですから、そういう傾向があるとわかっても、臨床面で活かすのは難しいですね。あまり過度に清潔になりすぎないようにとか、そういう認識は患者さんに伝わったんじゃないかと思いますが。
斉藤:ええ。Toll様受容体のメカニズムがわかってきて、免疫学者も(「衛生仮説」に)興味を持ち出したんです。やはり、メカニズムが伴わないとサイエンスとしてなかなか認めにくいという風潮がありますから。
斉藤:そうです。2003年に英国のギデオン・ラック教授が指摘したのをきっかけに、皮膚からの感作がアレルギーの第一原因として認識されるようになってきました。その後、2009年に「二重抗原曝露説」(図2参照)を提唱され、私たちの研究にもつながっていきました。
そのあたりの話とも関係してくると思いますが、じつは最近、「衛生仮説」の理論を裏付ける非常に興味深い論文が『Science』に出たんです(http://www.sciencemag.org/content/349/6252/1106)。まだ私自身も知ったばかりなのですが、この内容を読む限り、これまでの定説だった「衛生仮説」の裏付けとしての「Th1/Th2セオリー」は崩壊したんじゃな���かと思いますね。
それまでアレルギーの発症については、Th1(Ⅰ型ヘルパーT細胞)とTh2(Ⅱ型ヘルパーT細胞)のバランスで説明されることが多かったのですが、実際それでは不十分で、炎症性のTh17や制御性T細胞なども関わってくることは今回の本でも解説していますね? こうした個々のT細胞のバランスが大事であるということは正しいんですけれど、もうちょっと細かいメカニズムがわかってきたんですよ。
いや、加わるというか、そもそもTh1はアレルギーに関係ないかもしれないのです。たとえば、気管支ぜんそくになる場合、まず気道にダニやほこりなどのアレルゲンが侵入し、上皮細胞に待機している樹状細胞がそのアレルゲンを取り込んでしまう。その結果、免疫反応が起きて、アレルギーを起こすサイトカインが分泌されることでIgE抗体ができ、ぜんそくが発症するわけですね。
ところが、農村などの地域ではエンドトキシンがたくさんあるでしょう?
エンドトキシンはToll様受容体の4番(TLR4)のリガント(受容体に結合する物質)ですから、気道に侵入してきたエンドトキシンは最初に樹状細胞のTLR4がキャッチするわけですが、その際に気道の上皮細胞からA20という分子が発現されるんです。このA20が発現すると、樹状細胞がアレルゲンを取り込まなくなる(図1参照)。
ええ。A20が気道の上皮細胞を保護してくれるわけです。まあ、皮膚における保湿剤みたいな役割を果たすことになるんですね。
エンドトキシンの刺激を受けて、気道の上皮細胞上に発現する。そうやって新しく出てくる分子なんですね。
そうです、この9月にね。
大きいです。アレルギーのメカニズムが大きく塗り変わってきますね。先ほどもお話したように、それまでのTh1/Th2セオリーが崩壊したことになるわけですから。
■「衛生仮説」の気道上皮で起こる
A20が出てくると、アレルゲンが取り込めなくなってしまって、ぜんそくが起こらなくなりますが、消化管には普通に取り込まれますから、腸管で「免疫寛容」が成立します。皮膚に保湿剤を塗ってブロックしている間に、腸管からアレルゲンが取り込まれて免疫寛容が成立するのと同じ理屈です。
ええ、ぴったり合います。だから、保湿剤を塗っているのと同じ効果なんですね、気道上にA20が発現するということは。
正確には、少量のエンドトキシンに繰り返し曝露することが必要です。大量だと毒性が出てきますから、あくまでも少量、長期間の繰り返しによって、気道の上皮細胞上にA20が発現することになります。
そうですね。バリアができて、樹状細胞がアレルゲンと接触できなくなる、その結果、ぜんそくが発症しにくくなるわけです。
「衛生仮説」が成立するのは、ぜんそくや花粉症のようなアレルギー性鼻炎だけで、そこに関与しているのは、ダニとか空気中に飛んでいる分子だけだったということでしょう。食物アレルギーやアトピー性皮膚炎が「衛生仮説」に当てはまらないことはわかっていましたが、その点もきれいに一致するわけです。
簡単に言えば「衛生仮説」というのは、気道上皮の問題だったんです。おそらく腸管にはA20は発現しないでしょうから。まあ、そこまでまだ研究は進んでないですが、普通、腸管までエンドトキシンは届かないですからね。
おそらくそういう感じではないかと思うんですね。
■まずは皮膚の保湿がおすすめ
そこはしょうがないですね。ただ、本の中でも従来の「Th1/Th2セオリー」を前提にするような表現は避けていましたから、書かれた内容を大きく訂正しなければならないわけではないと思いますよ。
多少はなるとは思いますが、日本人の発見ではないですし、これがいかに画期的であるか、一般にはあまり理解されないかもしれません。私たちからすれば、これだけ美しくいろんな要素が合致して、合点できることなかなかないと思っているのですが。先ほども言ったように、まだ検証しなければならないところも多いですけどね。
ベルギーですね。ランブレヒトという人がラストオーサーになっていますが、樹状細胞の研究で世界的に有名なグループの一つです。
過去の研究では、赤ちゃんにダニとか花粉などのアレルゲンをなめさせて免疫をつける方法などが試されてきましたが、これはうまくいかなかったですよね。でも、微量のエンドトキシンを赤ちゃんに吸入させるやり方なら、A20が出てきて、保湿剤を塗っているのと同じ効果が得られるんじゃないかと思います。
ええ。微量のエンドトキシンを吸入させるんですよ、毎日。もちろん、毒性のないレベルであることが前提になりますが。
皮膚はわからないですね。ただ、「衛生仮説」が花粉症やぜんそくに当てはまるのに、アトピー性皮膚炎や食物アレルギーには当てはまらないということを考えると、現状、これは気道上皮だけで起こる話なのかなと感じます。
それはそうです。アレルゲンがまず皮膚から入るということは間違いありませんから。
そうですね。この場合、ぜんそくが該当しますが、間違いなく割合は減るでしょう。ただ、エンドトキシンの吸入を実現させるハードルは高いですから、とりあえず皮膚に塗るほうがいいとは思いますけどね。皮膚にA20があるかどうかはわからないですが、それが確認できればその段階に研究は進んでいくでしょう。
■皮膚のバリア機能はなぜ低下したか?
そうですね。アレルゲンを口にしたからアレルギーになると思っていた人は多いでしょうから、とても興味深いことではありますね。
まあ、新生児のバリア機能はもともと低いわけですが、そこに清潔志向の社会への広まりであるとか、石鹸の性能がよくなって油脂が落ちてしまうとか、様々な要素が重なっていることはあるかもしれません。データが明確にあるわけではないのでよくわからないですが、昔に比べればよく洗っていますよね?
体力などについてはわかりません。具体的に考えられるのは、皮膚の脂分が減っているのではないかという点です。確かに昔の子どもは綺麗ではないですよね。だからA20が発現すると考えると、その点はピッタリ重なります。
まあ、いくら洗いすぎても、それでバリア機能が低下するかというと、「そこまで綺麗にしているかな?」とは思いますけどね。そもそも、昔から赤ちゃんは清潔にしていましたよね。「洗いすぎ」だけで片づけているところがあるようにも思いますけど、そこはちょっとわからないところがあります。
それだと説明つかないことも多いわけです。第一、アトピー性皮膚炎の発症率は、都会と農村部で差はありません。食物アレルギーも同様です。先ほどもお話ししたように、これらは「衛生仮説」が当てはまらないんですね。
それはそうでしょう。
そこを前提にしないと、A20の説明がつかないですからね。いろいろとわかってきた部分はありますが、原因について言及するのは難しいですね。
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1952年、埼玉県生まれ。1977年、東京慈恵医科大学卒業。国立相模原病院小児科医長を経て、1996年より国立成育医療センター研究所・免疫アレルギー研究部部長、2010年より同センター副研究所長。2013年より日本アレルギー学会理事長。東京慈恵医科大学、東邦大学、東北大学などの小児科客員教授を兼任。米国アレルギー学会評議員、同学会雑誌編集委員、日本小児アレルギー学会理事なども務める。著書に『アレルギーはなぜ起こるか』(講談社ブルーバックス)、『Middleton’s Allergy 第8版』(分担)など。
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斎藤博久 Hirohisa Saito
国立成育医療研究センター研究所・副所長。アレルギー疾患の発症メカニズム解明において最先端の研究を牽引し、皮膚などのバリア機能とアレルギーの関係を明らかにするなど、新たな治療アプローチを提唱している。